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第十三章 愚かな嫉妬

5:聖女への崇拝

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 セラフィは何の屈託もない様子でニコニコと笑っている。ミアは全身がかぁっと火照った。

「体がつながると、心が近くなる気がしませんか?」

 ミアはぎょっとする。

「体はつながってない!」

「え? は?」

「さすがに、そこまでやらかしてない!」

「え? いえ、あの、それはミアがやらかすとかじゃなくて、……本当ですか?」

「神に誓って本当です!」

 セラフィはあんぐりとした顔でミアを見た。ミアには項垂れることしかできない。

「だから、シルファにとって私は、知らないところから飛んできた隕石みたいなものだよ。ただの災難なの!」

 両手で顔を覆って自分の失態に悶絶するミアを慰めるように、セラフィが労ってくれる。

「まぁまぁ、ミア。でも、おかげでシルファ様は大魔女の手掛かりを掴んだようですよ」

「え?」

 ミアはすっと顔をあげてセラフィを見た。彼女は少し寂しそうに目を細めて笑う。

「きっと、ミアが元の世界に帰れる日も近いです。それがわかっているから、シルファ様はミアの貞操を守ってくれたんですよ、きっと」

「わたしが、元の世界に帰る……」

 突然目の前に突きつけられた現実に、ミアはさっきまでの戸惑いや恥じらいが遠ざかるのを感じた。自分が思っていたよりも早く、シルファとの別れはやってくるのかもしれない。

 彼に会えなくなる日常。シルファのいない毎日。
 なぜか、ミアにはうまく思い描けない。

(……どうしよう)

 まだ帰りたくない。会わせる顔がないような失態をやらかしても、シルファと会えなくなることは考えていなかった。このままずっと、一緒にいられるような錯覚がしていた。

 まだ、何も心の準備ができていない。
 胸が締め付けられるような苦しさがあった。じわりと目頭が熱くなる。

「ミア?」

 セラフィの戸惑った声を聞きながら、ミアは思い出していた。
 はじめから与えられていた、シルファの想い。

――私の聖女……。

 聖女として特別な自分。

 昨夜の記憶を振り返ってもあきらかだった。女としての理想からは程遠い自分を、彼は受け入れてくれた。身体に触れた掌の熱を覚えている。彼に向かって投げ出した欲望を拒むこともなく、抱き締めて応えてくれた。

 そして。

――愛しているよ、ミア。

 受け止められて与えられながら、ミアはたしかに聞いていた。
 愛しげに響く、シルファの声。変わらず、聖女に向けられる愛。

 胸が苦しい。

 無理やり彼に捧げた血。痛みはなく、悦びだけがあった。以前は激痛でしかなかったのに、昨夜は彼の歯が首筋の皮膜を突き破った瞬間、仰け反るほどの刺激が身体を貫いた。

(シルファは……)

 彼は望まない。ミアの気持ちが、この世界に残ることを。
 どんな時も、まるで何事もなかったかのように、自分を元の世界に返すことだけを願っているのだ。

「どうしよう、セラフィ」

「え?」

「わたし、シルファのことが好きだ」

「ミア」

「帰りたくない」

「――私は歓迎しますよ」

 セラフィの気持ちは嬉しい。でもミアは横に首を振った。

「でも、シルファが力を取り戻したら、帰らなきゃいけない」

 崇高な一族サクリードが抱く聖女への崇拝。自分は彼を縛り付けている鎖のようなものだ。シルファの愛はミアと言う一人の女の子には向けられない。
 大切にされているのに、苦しい。

 そっとセラフィがミアの背中に手を添えた。避けて通れない別れがある。自分が考えたくなかったことを、シルファはずっと考えてくれていたのだ。

 ミアは声を殺すようにして、少しだけ泣いた。
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