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第十二章 破られた盟約

5:ヴァハラの権威の象徴

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 気を失ったミアを寝台に残したまま、シルファは部屋を出た。

 永い時を振り返っても、これほど最悪の夜があっただろうか。少し含んだ聖女の血のせいで、ふわりとした陶酔感が残っているが、何とか意識を飛ばさずにやり過ごした。

(――耐えた)

 素直な感想だった。聖女の血を矛にした欲望と、自制心を盾にして戦った。もし渇望が満たされていない状態で同じことを試せば、彼女を貪りつくして、深刻な過ちを犯したかもしれない。

 不幸中の幸いだった。
 血を与えるというミアの衝動だけを叶えて、一線を前に踏みとどまった自分を、心から称賛したくなる。

 まだ血に酔っているが、シルファは素早く身支度を整えて一階の広場へ降りる。すぐに離れの影を一族シャドウに招集をかけた。

「ミアが口に入れたものを、出した食事の食材の出所も含めて、徹底的に調べてほしい。少しでも不明なことはすぐに報告しろ。この件を最優先する。――ゲルム!」

「はい」

「私は本部へ行く。引き続きミアを頼む」

「今からですか? それにシルファ様、何だか具合が悪そうですが」

「少し酔っているだけだ、心配ない。それより、ミアには暗示がかかっている。衝動は止んだと思うが、部屋から出さないようにしてほしい。仕掛けも強めておく」

 ゲルムは何か感じていたことがあるのか、早口にシルファに伝える。

「ミアの暗示は、教会に行くと言ったことも含まれていますか?」

「ああ。何か気になることが?」

「食材の件にも通じますが。ドミニオ王子にもらった聖糖で、ミアが気になることを言っていたんです」

「王子にもらった聖糖?」

「はい。ミアは一つだけ緑に光っていたと、そう言っていました。僕には全て同じ純白にしか見えませんでしたが。いま思えば、それを食べてしばらくしてから、教会へ行くと落ち着きがなくなったような気もしていて。はじめにドミニオ王子が教会へ誘った時は断っていましたし」

「――緑に光る聖糖、か」

 なるほどと嘲笑が浮かぶ。また一つ、かちりと歯車が噛み合った。どうやら聖女には崇高な一族サクリードと同じ目があるようだ。

 記憶をさかのぼっても、何の齟齬もない。
 破られた盟約。アラディアとの婚約と引き換えに、ヴァハラが呑んだ条件。あの時に全てを焼き払ったはずだった。

 脳裏に蘇る、闇の中で発光する光景。ヴァハラの権威の象徴。

「わかった。ありがとう、ゲルム」

 報告に頷いて、素早く今後の展開を予想する。ミアの暗示を解く筋道も見えた。
 早急に聖糖を回収する必要がある。

 シルファは傍らの影の一族シャドウに、犯罪対策庁への報告と依頼を命じた。崇高な一族サクリードに繋がるヴァハラの件は伏せなければならないが、もはや原因は明らかなのだ。疑いようもない。

 幾重にも先読みをして、うまく収束させる筋書きは描けそうだと検討をつけた。
 問題はその原因がどこから出たかということである。

(――この手掛かりは、わざとかもしれないな……)

 大魔女は待っているのかもしれない。
 シルファはようやくアラディアの影を踏んだ気がしていた。

「ゲルム、私は本部へ行く前にドミニオ王子に会う。ミアを頼む」

「わかりました」

 シルファは素早く王子訪問の手続きを取った。非常識な時間帯だが火急の用件である。
 Dダアトの称号で望めば、王ですら拒むことなどできないだろう。ゲルムに見送られながら、シルファは王宮へ向かった。
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