54 / 83
第十二章 破られた盟約
1:司祭の過去
しおりを挟む
王宮の離れに戻り、シルファは自室に夕食の準備をさせた。食事をしながらミアにルミエの事情を明かすと、予想通り仰天する。壁に擬態しているかのように、気配もなく控えているベルゼを見た。
「嘘でしょ? 本当に?」
どうしても信じられない様子だが、ミアに対して口数の少ないベルゼが珍しく返事をした。
「残念ながら、本当です」
ベルゼはミアとルミエにしかわからない出来事を淡々と口にする。さすがにミアも理解したようだった。
「良かったのかどうかは分からないけど、でもベルゼが無事で良かった。ルミエともう会えない感じなのは、ちょっと残念だけど」
ミアは複雑な心持ちを隠すことはなく苦笑する。それでも教会で見た時のような不安げな目はしていなかった。少しは気持ちが落ち着いたのか、用意された料理に手を伸ばす。
「安心したら、お腹が空いてきた」
給仕として控えていたゲルムが、にこやかにミアの皿に料理を盛る。「ありがとう」と言いながらミアがようやく笑顔を見せた。
シルファは教会で感じた違和感が引っかかっていたが、考えすぎかとそっと吐息をつく。
「それにしても、どうして裸足だったんだ?」
ミアはもりもりと食事をしながら、少しはにかむような顔をする。
「実はゲルムに見つからないように、そこの窓から木を伝って下りたの。その時に脱げたんだけど、茂みに落ちて見つからなかったから、もう裸足でいいかなって」
彼女らしい成り行きの気もするが、周りの気遣いを反故にしているという前提だけが、どうしても引っかかる。我を忘れ、施しておいた仕掛けを破る程に、ルミエへの愛着は強かったのだろうか。
「でも、自分でもどうしてそんなに不安になったのか、よくわからない。わたしが駆け付けたところで、何かが変わるわけでもなかったのに。ゲルムには迷惑をかけて、本当にごめんなさい」
「いえ、そんな。僕がもっとミアの気持ちを考えるべきでした」
ゲルムが頭をかく。自分でも不思議だと言うミアの様子を見て、シルファは完全に警戒を解いた。彼女なら親しい者が失踪して、いつも通りでいられる方がおかしいだろう。
シルファもようやく食事に意識が向く。料理に手をつけた時、部屋を訪れる者があった。
「ただいま戻りました」
変わらず陽気な雰囲気で、セラフィが入ってくる。もりもりと食事をしているミアを見て「聞きましたよ!」と笑う。
「え? 何を?」
「ミアが脱走したって」
何とも言えない顔をして、ミアが肩をすくめる。
「うん。ちょっと、心配で我を忘れたというか」
「まぁ、ベルゼのことを話していなかったから、無理もないですね」
セラフィがちらりと寡黙に立っているベルゼを見た。
「そんなに心配されると、ベルゼも悪い気はしないでしょ?」
ベルゼからの回答はない。ただセラフィに冷ややかな一瞥が向けられる。
「あなたは何をしに来たのですか?」
セラフィはふうっと息をついた。表情を改めてシルファを見る。
「報告がありますが、本部へ持ち帰りましょうか」
ミアの存在を気に掛けているようだが、シルファは「いや、いい」と促した。ミアが今日のような衝動に囚われるのなら、多少は危機感を煽っておく必要がある気がしていた。
「では、報告します。まず、ミアを襲った女の血液検査の結果です。――残念ながら、何もでませんでした」
「出てくれた方が話が早いが……、仕方ないな」
シルファは今朝、面会した女の様子を思い浮かべた。何かに囚われた様子。正気とは思えない。血液検査の信憑性を疑いたくなるが、切り替えるしかない。
「反応が出なくても、あの状態では療養が必要だな。あとは犯罪対策庁に任せよう」
「わかりました。では、次。ドラクル司祭のリディアでの過去について」
「さすが、早いな」
「え? 司祭の過去?」
ミアが驚いたようにセラフィを見る。
「どうして? 何かあったの?」
ミアの問いにはシルファが答えた。
「ちょっと気になる話を聞いたから、裏付けをとっただけだよ」
「気になる話って?」
ミアの瞳が好奇心で輝いている。シルファはいつもの調子を取り戻したミアに、すこし悪戯めいた気持ちになる。
「ドラクル司祭の死んだ娘が、教会に出るらしい」
「え?」
ミアが面白いくらいに顔色を変える。
「わたし、幽霊とか、そういうの苦手なんだけど」
震えあがるミアの様子にセラフィとゲルムも笑う。
「呪術対策局って、そんなオカルトな噂まで調べるの?」
「いや、今回は特別」
シルファは笑いながらセラフィに報告を促す。
「はい。では、続けます。ドラクル司祭には娘がいましたが、今から六年前に病気で亡くなっています。その後、妻とは離縁。娘が亡くなる前には、悪魔祓いを行った記録も残っていました。ベルゼの聞いた噂は本当だったみたいです」
「では、マスティアに赴任した際に、娘を連れていたというのはただの噂なのか?」
「渡航歴を見る限り、ドラクル司祭は単身でリディアからマスティアに移っています。記録では同行者はないようですが……」
珍しくセラフィの歯切れが悪い。
「なんだ? 気になることがあるのか?」
「その、ちらほらといるんですよね。黒髪の少女を見たという人が」
「教会のこども達以外にも?」
「はい」
セラフィがちらりと気遣うようにミアを窺う。
「ここから少し怖い話をしますが――」
「嘘でしょ? 本当に?」
どうしても信じられない様子だが、ミアに対して口数の少ないベルゼが珍しく返事をした。
「残念ながら、本当です」
ベルゼはミアとルミエにしかわからない出来事を淡々と口にする。さすがにミアも理解したようだった。
「良かったのかどうかは分からないけど、でもベルゼが無事で良かった。ルミエともう会えない感じなのは、ちょっと残念だけど」
ミアは複雑な心持ちを隠すことはなく苦笑する。それでも教会で見た時のような不安げな目はしていなかった。少しは気持ちが落ち着いたのか、用意された料理に手を伸ばす。
「安心したら、お腹が空いてきた」
給仕として控えていたゲルムが、にこやかにミアの皿に料理を盛る。「ありがとう」と言いながらミアがようやく笑顔を見せた。
シルファは教会で感じた違和感が引っかかっていたが、考えすぎかとそっと吐息をつく。
「それにしても、どうして裸足だったんだ?」
ミアはもりもりと食事をしながら、少しはにかむような顔をする。
「実はゲルムに見つからないように、そこの窓から木を伝って下りたの。その時に脱げたんだけど、茂みに落ちて見つからなかったから、もう裸足でいいかなって」
彼女らしい成り行きの気もするが、周りの気遣いを反故にしているという前提だけが、どうしても引っかかる。我を忘れ、施しておいた仕掛けを破る程に、ルミエへの愛着は強かったのだろうか。
「でも、自分でもどうしてそんなに不安になったのか、よくわからない。わたしが駆け付けたところで、何かが変わるわけでもなかったのに。ゲルムには迷惑をかけて、本当にごめんなさい」
「いえ、そんな。僕がもっとミアの気持ちを考えるべきでした」
ゲルムが頭をかく。自分でも不思議だと言うミアの様子を見て、シルファは完全に警戒を解いた。彼女なら親しい者が失踪して、いつも通りでいられる方がおかしいだろう。
シルファもようやく食事に意識が向く。料理に手をつけた時、部屋を訪れる者があった。
「ただいま戻りました」
変わらず陽気な雰囲気で、セラフィが入ってくる。もりもりと食事をしているミアを見て「聞きましたよ!」と笑う。
「え? 何を?」
「ミアが脱走したって」
何とも言えない顔をして、ミアが肩をすくめる。
「うん。ちょっと、心配で我を忘れたというか」
「まぁ、ベルゼのことを話していなかったから、無理もないですね」
セラフィがちらりと寡黙に立っているベルゼを見た。
「そんなに心配されると、ベルゼも悪い気はしないでしょ?」
ベルゼからの回答はない。ただセラフィに冷ややかな一瞥が向けられる。
「あなたは何をしに来たのですか?」
セラフィはふうっと息をついた。表情を改めてシルファを見る。
「報告がありますが、本部へ持ち帰りましょうか」
ミアの存在を気に掛けているようだが、シルファは「いや、いい」と促した。ミアが今日のような衝動に囚われるのなら、多少は危機感を煽っておく必要がある気がしていた。
「では、報告します。まず、ミアを襲った女の血液検査の結果です。――残念ながら、何もでませんでした」
「出てくれた方が話が早いが……、仕方ないな」
シルファは今朝、面会した女の様子を思い浮かべた。何かに囚われた様子。正気とは思えない。血液検査の信憑性を疑いたくなるが、切り替えるしかない。
「反応が出なくても、あの状態では療養が必要だな。あとは犯罪対策庁に任せよう」
「わかりました。では、次。ドラクル司祭のリディアでの過去について」
「さすが、早いな」
「え? 司祭の過去?」
ミアが驚いたようにセラフィを見る。
「どうして? 何かあったの?」
ミアの問いにはシルファが答えた。
「ちょっと気になる話を聞いたから、裏付けをとっただけだよ」
「気になる話って?」
ミアの瞳が好奇心で輝いている。シルファはいつもの調子を取り戻したミアに、すこし悪戯めいた気持ちになる。
「ドラクル司祭の死んだ娘が、教会に出るらしい」
「え?」
ミアが面白いくらいに顔色を変える。
「わたし、幽霊とか、そういうの苦手なんだけど」
震えあがるミアの様子にセラフィとゲルムも笑う。
「呪術対策局って、そんなオカルトな噂まで調べるの?」
「いや、今回は特別」
シルファは笑いながらセラフィに報告を促す。
「はい。では、続けます。ドラクル司祭には娘がいましたが、今から六年前に病気で亡くなっています。その後、妻とは離縁。娘が亡くなる前には、悪魔祓いを行った記録も残っていました。ベルゼの聞いた噂は本当だったみたいです」
「では、マスティアに赴任した際に、娘を連れていたというのはただの噂なのか?」
「渡航歴を見る限り、ドラクル司祭は単身でリディアからマスティアに移っています。記録では同行者はないようですが……」
珍しくセラフィの歯切れが悪い。
「なんだ? 気になることがあるのか?」
「その、ちらほらといるんですよね。黒髪の少女を見たという人が」
「教会のこども達以外にも?」
「はい」
セラフィがちらりと気遣うようにミアを窺う。
「ここから少し怖い話をしますが――」
0
お気に入りに追加
449
あなたにおすすめの小説
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです
石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。
聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。
やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。
女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。
素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。
今日は私の結婚式
豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。
彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる