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第八章:マスティアの信仰

3:深夜の帰途

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 しんとした夜道の空気は澄んでいた。王宮の離れを出てから触れた外気は肌寒く、淀んだ気持ちには心地よい。
 長い帰途をわざと徒歩で辿りながら、シルファは深呼吸をした。

 影の一族シャドウの変幻でもたらされる消耗が、以前よりも激しくなっている気がする。ベルゼを声を失った少年に変幻させたが、それでも荷が重かったのかもしれない。

 残虐な事件の趨勢は、まだ何も描き出されない。
 はじめから一つだけ見えていた接点に、シルファは重きを置いた。繋がりのない事件の背景で、唯一人々が繋がるもの。マスティアに根付く信仰である。信仰での繋がりとなると、ほぼ万人に通じるため、事件の繋がりとするには、あまりにも広義すぎた。

 犯罪対策庁の盲点になっているようだが、シルファは一つの可能性として、教会に目を向けている。
 アラディアの気配や魔力が働いていないことは確認しているが、大魔女から目を逸らすと、調べることがない訳でもない。

 王宮の離れを出てから、教会を起点として街はずれで生活を続け、確認したことがある。
 マスティアの人々が息をするように自然に繋がる場所があるということ。それは、言い換えれば、全ての事件が繋がる場所にも成り得た。

 聖糖を求めて、人々が出入りしている教会。

 信仰による行いを接点と考えるのは、やはり強引なのかもしれない。これまでの事件の加害者の訪問については、既に裏が取れているが、各々が気まぐれな参加で、それ以上の繋がりは見えてこなかった。同じような凶行が全くの偶然であるはずがないが、今のところ唯一つながる糸はそこで途絶えている。

 教会。シルファ自身も、穏やかで神々しい聖堂を訪れたことは数えきれない。

 人々の聖域とも言える場に猜疑心を抱きたくはないが、仕方がない。可能性があるなら目をつぶることはできない。白なら白で良い。白か黒かをはっきりさせておく必要があるのだ。

 ミアを囮に大魔女の動向を窺いながら、ベルゼにはミアの警護と共に、教会の調査をさせていた。

 シルファは深夜の静寂に包まれた夜道を黙々と歩く。支部と住処を兼ねた小さな家への帰途で、何度もため息をついた。

 心臓を失ってから、月日を経るごとに精力が失われていくのが分かる。永劫に生きることを望まなければ、自身が滅びることは容易いような気がしていた。

 けれど、アラディアを残したままでは意味がない。
 崇高な一族サクリードは、もう淘汰されるべき種族なのだ。アラディアの裏切りによって、一族の未来は異なった道へと歩み始めてしまった。種としての滅亡である。

 人はもう一族の庇護がなくても、日々を輝かせ営んでいける世界を手に入れているのだ。
 今となっては、与えられた終焉に向かって後始末をすることが、崇高な一族サクリードの最後の責務だろう。

 この世界にはもう、魔力は必要ない。

 喧騒の途絶えた街並み。馴染みのある夜道を歩き続けていると、やがてシルファの視界に見慣れた家がうつる。今日はまだ灯りが落ちていない。

 人と交わりできるだけ渇望を癒しているが、足りているとは言い難かった。渇望によって、時折ひどく思考が歪む。嗜虐的な妄想に囚われて、聖女に牙を向ける可能性も捨てきれない。

 シルファは帰宅を諦め、王宮の離れに戻ろうかと逡巡する。

 灯りのついた家。

 保留していた聖女の恩恵について、ミアなりに何かを考えたのだろうか。答えを聞くのが怖い気もするが、中途半端にすれ違っていることにも限界がある。

(ミアではなく、私の方が逃げていたのか……)

 認めてしまうと、ふっと気が緩んだ。灯りのともる家が、自分の帰りを待っているミアの心を映している。聖なる光アウルではなくても、ミアの示す小さな光は、自分を照らしてくれる。

 失われた心の空洞を埋める、あたたかい気持ち。
 ミアの顔を見たいという思いが、緩やかに胸を占めた。シルファはもう迷うこともなく、小さな家に帰宅した。
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