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第三章:王主催の晩餐会

1:深窓の令嬢バージョン

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 シルファの下衆な発想はいただけないが、社交界デビューについては好奇心がうずく。元の世界でも体験したことがなく、この国については、まだ知らないことの方が多い。シルファがどんな人達と交流をもっているのかにも興味があった。

 ミアは魔術研究ためにシルファに与えられている、王宮の離れに来ていた。召喚されてから帰れない現実を直視するまでの数日間、まるで海外旅行者のような気分で散策していたことを思い出す。
 手入れの行き届いた庭は、変わらず綺麗だった。風がふんわりと花の芳香を届けてくれる。

 離れは王宮の厳かな宮殿からは少し離れている。ミアの目には離れもお城であり、充分大きくて美しいが、シルファ曰く、王宮の華やかさはここの比ではないらしい。

(研究のためにこんなお城を与えられているって、なんかスケールが違うな。実はシルファって結構な身分のお金持ちなのかも)

 この離れは、王宮とは反対側に伸びる道の果てに、呪術対策局の窓口がある事務所に通じているようだ。ミアとシルファの住まいは支部といったところだろうか。
 彼がなぜこの離れではなく、街外れにある小さな家に移ったのか、ミアは詳しい理由を知らない。

「ミア。これなんていかがですか?」

 住まいと兼用の事務所――支部への出入りで、すでにミアと顔見知りになっていたシルファの部下ーーセラフィが、もう何着めかわからないドレスを進めてくる。

 王宮の離れの一室に案内され、ミアは鏡の前に立たされていた。今まで見たことはあっても、まさか自分が着る羽目になるとは思わなかった豪華な下着まで着せられて、何とも居心地が悪い。

 いつのまに用意したのか、数えきれないドレスと装飾品の数々で、室内は溢れかえっている。どうやらシルファは本気で自分を着飾る気らしい。
 深窓のお姫様ごっこをしているような、妙な倒錯感に襲われる。

「セラフィ。ごめん。私にはよくわからないから、何でも良いよ。どれを着ても似合わない気がする」

 化粧気のない顔に、後ろで無造作に束ねた、何の手入れもしていない癖毛。セラフィが楽しそうに衣装を進めてくるが、ミアの目には自分がひどく浮いていることがわかる。こんなお華のようなドレスではなく、男装した方がマシな気がしていた。

「もうセラフィが着ちゃえばいいんじゃない? セラフィは美人だから似合うよ、ほら」

 ミアは足元に重なっているドレスをセラフィに押し当てて鏡を見る。
 白髪に翠緑の瞳をしたセラフィは、ドレスの華やかさに負けず、まるで絵画に描かれた女神のように、何の違和感もなく鏡に映っていた。

「すっごく似合うよ」

「何をいってるんですか。王主催の晩餐会まで、たっぷり時間があります。シルファ様の期待に応えるため、私ははりきりますよ。ミアの黒髪を引き立たせるには、やっぱり白かな。清純で可愛い」

 ミアははぁっと大きなため息をつく。これは中々に心が消耗するなと、覚悟を決めた。




 数時間後、セラフィの超大作が完成した。

「じゃ~ん! ミア深窓の令嬢バージョン!」

 再びセラフィに鏡の前に誘導されて、ミアは仰天した。

「え? 誰? 誰これ、わたし?」

 ミアは鏡の自分が同じ動きをするのかと、思わず手をあげたり振ったりしてしまう。

「わ、わたしだ」

 鏡の中で白い薔薇のように立っている美少女。純白のドレスに散るようにあしらわれた赤い薔薇が、絶妙に身体の線を綺麗に見せる。手入れしていなかった癖毛は綺麗に巻かれ、半分だけ結い上げられて、赤と白の薔薇で豪華に飾られていた。

 セラフィの化粧技術は神業で、ミアは生まれて初めて自分の顔に見惚れた。
 どこか憂いのある大きな眼には、年相応の色気が漂っているように思う。適度に色づいた頬。ドレスに散る赤い花の鮮やかさに負けない紅い唇。

 どこからどう見ても、完璧な美少女である。

「す、すごい! セラフィにこんな特技があったなんて!」

「何を言っているんですか。貴族の令嬢はもっと盛ってますよ。ミアは可愛いから、盛り甲斐があります! はやくシルファ様にお見せしたいですね」

(ーーあの下衆に?)

 高ぶっていた気持ちに、一瞬にして黒いものが溶け込んだ気がする。可愛くなった自分を見せたい欲望はある。彼はどんな顔をするだろうか。そんな気持ちが隠しようもなく込み上げてくるが、素直に喜んでいる自分を見せるのは、なんだか癪に障る。

(そもそも、こんな変身状態で、シルファは私だとわかるのかな)

 見せたいような、見せたくないような複雑な気持ちで、ミアはもう一度鏡の中に佇む美少女を眺めた。
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