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第二章 シルファ=マスティア=サクリード
3:社交界デビューの提案
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「おまえを社交界デビューさせる」
「はぁ?」
シルファの提案に、ミアはわかりやすく目を剥いた。うたた寝のせいでいつもより遅くなってしまった昼食に負い目を感じたのか、ミアの様子からは、朝の怒りは綺麗に姿を潜めている。
「社交界?」
相変わらず、味つけに失敗している食事だが、シルファはひとまず料理への不平を呑み込んで仰天しているミアに笑ってみせる。
「そう。たまには華やかな世界に触れるのもいいだろう」
これまでシルファは彼女にどのように接するべきかを模索していた。崇高な一族である己の素性を全てを打ちあけるべきかどうか。
逡巡の末、結局シルファは人としての自分を貫くことにした。ミアのいた世界の事情も、どうやら現在のマスティアに等しく、魔的な概念は架空の創造物でしかないようだ。
王家の派生にヴァンパイアや魔女が関わるマスティアでも、シルファの正体がばれたら騒動になるだろう。ミアのいた世界は、マスティア以上に人ならざる者への免疫がない異世界である。そんな彼女にシルファの事情を語り、秘匿に努めろというのは、あまりにも酷な気がした。
ただ、人としての身分を明かすことには何の問題もない。そして、社交の場に彼女の存在を見せることで、大魔女アラディアにも、何らかの噂が届くだろう。
宣戦布告だとも言える。
シルファが表舞台に顔を出し、さらに娘を連れているとなると、大魔女は多くの邪推をする筈だった。
「社交界って、私みたいな得体の知れない一般人も参加できるものなの? 上流階級や貴族の催しじゃないの?」
「そうだな」
「そうだなって……。どうやって参加するの? シルファはお金持ちにも見えないし、私もただの居候だし。呪術対策局の関係でお呼ばれしているとか?」
シルファは戸惑っているミアにただ笑顔を向ける。
「おまえがどう感じているか知らないが、私は王家の親戚だ」
「え?」
咄嗟に言葉を失ったのか、変な間があった。
「え? まさか、シルファが公爵様ってこと?」
「まぁ、ただの肩書だ。これと言って治めている領地もない。どちらかというと呪術対策局の褒賞で戴いた称号の方が知られているかもな」
「戴いた称号?」
「そう。Dだ。社交場では、Dサクリードと呼ばれることの方が多い」
「Dサクリード?」
「Dは知識と言う意味もある。シルファ=マスティア=サクリードが私の名だから、さしづめサクリードは知識ある者ってことかな」
「へぇ。シルファって、すごいんだね」
瞳をキラキラさせて、ミアが素直に讃えてくれる。シルファは今まで感じたことのない感情に支配された。
悦びとも異なる、くすぐったくなるような甘い衝撃。
「そういえば、はじめは王宮の離れにいたもんね。じゃあ、実はお金持ちなの? どこかに豪邸をもっていたり?」
「ミア。おまえ、そんな可愛い顔をして、俗にまみれているな」
「なっ、何よ! 悪い? 私のいた世界では、お金持ちに憧れるのは、普通の感覚だけど?」
頬を真っ赤に染めて抗議するが、どうやら俗にまみれていることを恥じらっているわけではなさそうだった。
可愛いと言ったことに照れているのだ。シルファは可笑しくなって、思わず肩を震わせる。
「何がおかしいの?」
「いや、おまえは可愛いよ。ミア」
「また! 人のことからかって!」
「これは、からかってない」
からかっていないつもりだったが、頬を染めて狼狽えているミアを見ていると、悪戯な衝動がこみ上げてくる。
「そんな可愛いミアを、私は着飾らせてみたい。きっと似合う」
「ーーセクハラだ」
熟した果実のように赤くなって、ミアがぽつりと呟く。
「セクハラ?」
「私の世界では、女性が嫌がる浅はかな言動をすること!」
「嫌がる? なぜ? 可愛い者を可愛いというのは普通のことだろう。じゃあ、どうやって女を口説くんだ?」
「……っぐ」
「変わった世界だな」
「だから、時と場合によるの! それに、わたしが着飾ったって、衣装に着られてるみたいになるのが関の山だよ」
照れているだけかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。誰と比べているのか、自分の容姿に自信がないようだった。
「おまえは着飾れば見栄えすると思うがな」
口をへの字に曲げて俯いていたが、シルファの本音をどのように受け取ったのか、ミアが無言のまま、きっと睨んでくる。シルファは屈託のない笑顔を向けた。
「どんなふうに化けるのか、楽しみだ」
「ーーこの下衆が!」
可愛い台詞には程遠い、呪詛を吐き捨てるような反応が返ってくる。
「台無しだな」と言いかけたが、彼女を逆撫でても碌なことがないと、シルファは沈黙を守った。
「はぁ?」
シルファの提案に、ミアはわかりやすく目を剥いた。うたた寝のせいでいつもより遅くなってしまった昼食に負い目を感じたのか、ミアの様子からは、朝の怒りは綺麗に姿を潜めている。
「社交界?」
相変わらず、味つけに失敗している食事だが、シルファはひとまず料理への不平を呑み込んで仰天しているミアに笑ってみせる。
「そう。たまには華やかな世界に触れるのもいいだろう」
これまでシルファは彼女にどのように接するべきかを模索していた。崇高な一族である己の素性を全てを打ちあけるべきかどうか。
逡巡の末、結局シルファは人としての自分を貫くことにした。ミアのいた世界の事情も、どうやら現在のマスティアに等しく、魔的な概念は架空の創造物でしかないようだ。
王家の派生にヴァンパイアや魔女が関わるマスティアでも、シルファの正体がばれたら騒動になるだろう。ミアのいた世界は、マスティア以上に人ならざる者への免疫がない異世界である。そんな彼女にシルファの事情を語り、秘匿に努めろというのは、あまりにも酷な気がした。
ただ、人としての身分を明かすことには何の問題もない。そして、社交の場に彼女の存在を見せることで、大魔女アラディアにも、何らかの噂が届くだろう。
宣戦布告だとも言える。
シルファが表舞台に顔を出し、さらに娘を連れているとなると、大魔女は多くの邪推をする筈だった。
「社交界って、私みたいな得体の知れない一般人も参加できるものなの? 上流階級や貴族の催しじゃないの?」
「そうだな」
「そうだなって……。どうやって参加するの? シルファはお金持ちにも見えないし、私もただの居候だし。呪術対策局の関係でお呼ばれしているとか?」
シルファは戸惑っているミアにただ笑顔を向ける。
「おまえがどう感じているか知らないが、私は王家の親戚だ」
「え?」
咄嗟に言葉を失ったのか、変な間があった。
「え? まさか、シルファが公爵様ってこと?」
「まぁ、ただの肩書だ。これと言って治めている領地もない。どちらかというと呪術対策局の褒賞で戴いた称号の方が知られているかもな」
「戴いた称号?」
「そう。Dだ。社交場では、Dサクリードと呼ばれることの方が多い」
「Dサクリード?」
「Dは知識と言う意味もある。シルファ=マスティア=サクリードが私の名だから、さしづめサクリードは知識ある者ってことかな」
「へぇ。シルファって、すごいんだね」
瞳をキラキラさせて、ミアが素直に讃えてくれる。シルファは今まで感じたことのない感情に支配された。
悦びとも異なる、くすぐったくなるような甘い衝撃。
「そういえば、はじめは王宮の離れにいたもんね。じゃあ、実はお金持ちなの? どこかに豪邸をもっていたり?」
「ミア。おまえ、そんな可愛い顔をして、俗にまみれているな」
「なっ、何よ! 悪い? 私のいた世界では、お金持ちに憧れるのは、普通の感覚だけど?」
頬を真っ赤に染めて抗議するが、どうやら俗にまみれていることを恥じらっているわけではなさそうだった。
可愛いと言ったことに照れているのだ。シルファは可笑しくなって、思わず肩を震わせる。
「何がおかしいの?」
「いや、おまえは可愛いよ。ミア」
「また! 人のことからかって!」
「これは、からかってない」
からかっていないつもりだったが、頬を染めて狼狽えているミアを見ていると、悪戯な衝動がこみ上げてくる。
「そんな可愛いミアを、私は着飾らせてみたい。きっと似合う」
「ーーセクハラだ」
熟した果実のように赤くなって、ミアがぽつりと呟く。
「セクハラ?」
「私の世界では、女性が嫌がる浅はかな言動をすること!」
「嫌がる? なぜ? 可愛い者を可愛いというのは普通のことだろう。じゃあ、どうやって女を口説くんだ?」
「……っぐ」
「変わった世界だな」
「だから、時と場合によるの! それに、わたしが着飾ったって、衣装に着られてるみたいになるのが関の山だよ」
照れているだけかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。誰と比べているのか、自分の容姿に自信がないようだった。
「おまえは着飾れば見栄えすると思うがな」
口をへの字に曲げて俯いていたが、シルファの本音をどのように受け取ったのか、ミアが無言のまま、きっと睨んでくる。シルファは屈託のない笑顔を向けた。
「どんなふうに化けるのか、楽しみだ」
「ーーこの下衆が!」
可愛い台詞には程遠い、呪詛を吐き捨てるような反応が返ってくる。
「台無しだな」と言いかけたが、彼女を逆撫でても碌なことがないと、シルファは沈黙を守った。
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