上 下
45 / 59
第九章:古井戸の遺体

45:術者の影

しおりを挟む
「そうだな。これは牽制の意味合いが強いんだろう。入るなという三河屋みかわやの主人の意向が働いている。周りのものにそう思わせることが目的だ」

「意向と言っても。それだけで誰も入らなくなるものでしょうか?」

「それだけこの一帯に影響力を持っているんだろう」

 豪商であれば金回りもよさそうである。葛葉くずはには想像もつかないような駆け引きがあるのだろうか。葛葉くずはが門の向こう側に目をこらしていると、可畏かいが隣の青年を見た。

「君はもう戻ってくれてかまわない。ここまでの案内に感謝する」

「中へ入るのですか?」

 青年の目にすこし好奇心の色が光っていた。可畏かいが嗜めるように横に首をふった。

「ここまで私たちを案内した。君が知っているのはそれだけだ。どうせなら、特務隊を門まで案内したが、入れないと知って諦めた、と報告してくれても良い」

「わかりました」

 三河屋みかわやの主人には、青年が特務隊に協力したと思われない方がいいのだろう。青年も可畏かいの配慮を汲み取ったようだった。

「では、私はこれで失礼します」

 立ち去ろうとした青年を、可畏かいがふと呼び止めた。

「すまない。あと一つだけ聞きたいことがある」

「はい」

 可畏かいの配慮に触れた青年には、もう何の警戒心もないようだった。

「君はこの柄鏡に覚えはないか?」

 廃屋で見つけた藤模様の柄鏡を懐から出して、可畏かいは青年に見せた。青年はすぐに「知っています」と答えた。

たえが大切にしていた鏡です。たしか母親の形見だったと思います」

たえさんの形見?」

 思わず葛葉くずはが横から口を挟むと、青年は頷いた。

「はい。彼女は母親の形見として、三味線とこの鏡をとても大切にしていました」

 たえに化けていた鬼を思い出す。美しい歌声と三味線。葛葉くずはの脳裏によみがえる、うりざね顔の女性。

 あの時に見た女性がたえなのかどうなのかはわからない。
 青年の教えてくれたことが、ただゆるやかにあの時の光景とつながっていく。

「そうか、ありがとう」

 可畏かいが青年に礼を述べたが、葛葉くずはのように驚いている感じはなかった。
 事実確認がすんだと言いたげに、彼はそっと柄鏡を懐にしまう。

 一礼をしてから踵を返した青年を二人で見送ってから、葛葉くずははすぐに可畏かいを仰いだ。

御門みかど様はその鏡がたえさんのものだと知っていたのですか?」

「知っていたというか、ソレしか考えられなかった」

「どうしてですか?」

「あの鬼の正体がわかったからだ」

「あの鬼は――」

 疑問を遮るように、可畏かいは自分の口元に指をたてる。

葛葉くずは、今はそれ以上聞くな。お前に話すのは裏取りできてからだ。とりあえず、門の内側を探ってみよう」

 ぐっと言葉を詰まらせて、葛葉くずはは渋々うなずいた。

「はい、御門みかど様」

 鬼の正体が気になりすぎるが、葛葉くずはは気持ちをきりかえて改めて木材を組んで作られた簡素な門を見上げた。

「よじ登るのですか?」

「いや、まず式鬼しきを放ってみる」

 可畏かいが手をかざすと、数匹の鴉アゲハがひらりと羽を動かしながら現れた。ふわりと飛び立つと、門を越えるように高く羽ばたく。なんの障害もなく門内の上空へ入ると思っていたのに、アゲハの黒い影が不自然に動きを止めた。
 ひらひらと不自然に落下する。地面まで落ちてくるあいだに、空気にとけるように姿が失われた。

「……結界」

 葛葉くずはが状況を理解するまえに、低い呟きがあった。可畏かいの横顔をみると、彼は何かを得たと言いたげに酷薄さのにじむ笑みを浮かべている。

御門みかど様? 式鬼しきが消えてしまいましたが……」

「ああ。弾かれた」

「え!?」

 式鬼しきを弾くような場所があることに驚いたが、可畏かいは落ち着いている。

式鬼しきをはじくなんて、何かまじないでも施してあるのですか?」

「そうだろうな」

 可畏かいは簡単に頷くが、葛葉くずはには信じられない。呪いや呪符は陰陽師の管轄である。文明開化の流れによって、明治政府は陰陽道の暦から太陽暦を採用する施策をとった。それを契機として陰陽道は下火になり、それを生業にしていた者も減った。

 今も術者と呼ばれる者があり、能力の長けた者は政府に重用され、特務部とは別に妖の調伏に起用されている。

 けれど術者の呪いや呪符は異形には無力だった。
 それが昨今の異能者と術者の力関係を大きく傾けた。異能は特務部の創設が成るほどの名声があり、表舞台に立つことが多い。比べて術者の影は薄くなった。

「でも、術者が関わっていることなんてあるでしょうか?」

 今でも大妖の調伏には異能よりも術者に分がある。ただ強力な術者は少なく、今は政府からの要請で動くようになっていた。可畏かい式鬼しきを弾くほどの術者が、こんな事件の一端に関わっているとは思えない。

「では、見よう見まねで施したまじないがたまたま機能したと?」

「いえ、でも。異形の事件に術者が出てくるなんてことあるのかなと……」

「そうだな。普通ならあり得ない」

「普通ではないと?」

 可畏かい葛葉くずはを見て不敵に笑う。

「面白くなってきた」

 彼が強がる意味などない。門の向こうを眺める赤眼は、変わらず自信に満ちている。冴えざえと輝いて曇りがない。

 きっと何か気づいたことがあるのだ。
 彼の中でどんな絵が描かれているのか、葛葉くずはにはまだ見えない。

 可畏かいの視線を辿るように、葛葉くずはも門の向こう側に並ぶ閑散とした長屋を眺めた。

「式鬼がはじかれるのなら、門をこえて中へ入りますか?」

「いや、出直そう」

 可畏かいはあっさりと門に背を向けて道を戻り始めた。

「三河屋の主人に直接話を聞く。いつ戻ってくるのか女将に確かめておこう」

「はい」

 葛葉くずはは小走りになりながら、先を行く可畏かいの背中を追った。彼に並ぶと、そっと門を振り返る。

 人気のない、厳重に隔離された住まい。

(妙さん……)

 彼女の行方を思うと、ちくりと胸を刺すような一抹の不安がよぎった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

待つノ木カフェで心と顔にスマイルを

佐々森りろ
キャラ文芸
 祖父母の経営する喫茶店「待つノ木」  昔からの常連さんが集まる憩いの場所で、孫の松ノ木そよ葉にとっても小さな頃から毎日通う大好きな場所。  叶おばあちゃんはそよ葉にシュガーミルクを淹れてくれる時に「いつも心と顔にスマイルを」と言って、魔法みたいな一混ぜをしてくれる。  すると、自然と嫌なことも吹き飛んで笑顔になれたのだ。物静かで優しいマスターと元気いっぱいのおばあちゃんを慕って「待つノ木」へ来るお客は後を絶たない。  しかし、ある日突然おばあちゃんが倒れてしまって……  マスターであるおじいちゃんは意気消沈。このままでは「待つノ木」は閉店してしまうかもしれない。そう思っていたそよ葉は、お見舞いに行った病室で「待つノ木」の存続を約束してほしいと頼みこまれる。  しかしそれを懇願してきたのは、昏睡状態のおばあちゃんではなく、編みぐるみのウサギだった!!  人見知りなそよ葉が、大切な場所「待つノ木」の存続をかけて、ゆっくりと人との繋がりを築いていく、優しくて笑顔になれる物語。

毒小町、宮中にめぐり逢ふ

鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。 生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。 しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。

離縁の雨が降りやめば

月ヶ瀬 杏
キャラ文芸
龍の眷属と言われる竜堂家に生まれた葵は、三つのときに美雲神社の一つ目の龍神様の花嫁になった。 これは、龍の眷属である竜堂家が行わなければいけない古くからの習わしで、花嫁が十六で龍神と離縁する。 花嫁が十六歳の誕生日を迎えると、不思議なことに大量の雨が降る。それは龍神が花嫁を現世に戻すために降らせる離縁の雨だと言われていて、雨は三日三晩降り続いたのちに止むのが常だが……。 葵との離縁の雨は降りやまず……。

幾久しくよろしくお願いいたします~鬼神様の嫁取り~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
キャラ文芸
「お前はやつがれの嫁だ」 涼音は名家の生まれだが、異能を持たぬ無能故に家族から迫害されていた。 お遣いに出たある日、涼音は鬼神である白珱と出会う。 翌日、白珱は涼音を嫁にすると迎えにくる。 家族は厄介払いができると大喜びで涼音を白珱に差し出した。 家を出る際、涼音は妹から姉様が白珱に殺される未来が見えると嬉しそうに告げられ……。 蒿里涼音(20) 名門蒿里家の長女 母親は歴代でも一、二位を争う能力を持っていたが、無能 口癖「すみません」 × 白珱 鬼神様 昔、綱木家先祖に負けて以来、従っている 豪胆な俺様 気に入らない人間にはとことん従わない

神様達の転職事情~八百万ハローワーク

鏡野ゆう
キャラ文芸
とある町にある公共職業安定所、通称ハローワーク。その建物の横に隣接している古い町家。実はここもハローワークの建物でした。ただし、そこにやってくるのは「人」ではなく「神様」達なのです。 ※カクヨムでも公開中※ ※第4回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます。※

宵風通り おもひで食堂

月ヶ瀬 杏
キャラ文芸
瑠璃色の空に辺りが包まれた宵の頃。 風のささやきに振り向いた先の通りに、人知れずそっと、その店はあるという。

あやかし神社へようお参りです。

三坂しほ
キャラ文芸
「もしかしたら、何か力になれるかも知れません」。 遠縁の松野三門からそう書かれた手紙が届き、とある理由でふさぎ込んでいた中学三年生の中堂麻は冬休みを彼の元で過ごすことに決める。 三門は「結守さん」と慕われている結守神社の神主で、麻は巫女として神社を手伝うことに。 しかしそこは、月が昇る時刻からは「裏のお社」と呼ばれ、妖たちが参拝に来る神社で……? 妖と人が繰り広げる、心温まる和風ファンタジー。 《他サイトにも掲載しております》

傍へで果報はまどろんで ―真白の忌み仔とやさしい夜の住人たち―

色数
キャラ文芸
「ああそうだ、――死んでしまえばいい」と、思ったのだ。 時は江戸。 開国の音高く世が騒乱に巻き込まれる少し前。 その異様な仔どもは生まれてしまった。 老人のような白髪に空を溶かしこんだ蒼の瞳。 バケモノと謗られ傷つけられて。 果ては誰にも顧みられず、幽閉されて独り育った。 願った幸福へ辿りつきかたを、仔どもは己の死以外に知らなかった。 ――だのに。 腹を裂いた仔どもの現実をひるがえして、くるりと現れたそこは【江戸裏】 正真正銘のバケモノたちの住まう夜の町。 魂となってさまよう仔どもはそこで風鈴細工を生業とする盲目のサトリに拾われる。 風鈴の音響く常夜の町で、死にたがりの仔どもが出逢ったこれは得がたい救いのはなし。

処理中です...