上 下
11 / 59
第三章:帝と妖

11:帝都の御所

しおりを挟む
 堀に囲まれた広大な敷地は、豊かな緑にめぐまれている。みかどが京都から東京にうつり、御所も遷都されて久しい。帝の御座所でありながら、帝都にうつった御所は一度火災により焼失した。

 新たに建造された建物は、京都御所の外観を踏襲しつつ、内装は欧化の影響をうけた和洋折衷の宮殿である。

 元は江戸城のあった皇居周辺は美しく整備され、馬車での往来にも負担がない。堀や宮殿の森閑とした様は、幾度となく帝に拝謁している可畏かいには、みなれた光景だった。

 いつ訪れても、広大な開放感と共に一筋の憂慮がよぎる。

 今回の帝からの急な呼びだしも、可畏かいにとっては晴れやかな謁見だとは思えない。

御門みかど様、本当にわたしのようなものが天子様に拝謁を賜ってもよろしいのでしょうか」

 馬車にゆられて、正門へ向けての二重橋にさしかかると、葛葉くずはがうわずった声をだす。もう何度もおなじような問いかけをされていた。

「帝がお呼びなのだから、参上しない方が不敬に値する」

「それはそうかもしれませんが」

 葛葉にはまだ状況が飲みこめないのだろう。いかにも緊張していますという様子で、身を固くしている。

 改めて彼女を眺めながら、可畏かいは拭いようのない強烈な気配をかんじていた。幼少期から葛葉のまわりでは不穏なできごとが絶えなかったというが、無理もないと思える。

 今まで誰にも抱いたことのない、未知の気配。

 明るい兆しのようであり、まばゆい光のようにもかんじられる。
 可畏かいは知らずに葛葉にむける目を細めてしまう。

 まるで未曾有みぞうの束縛だった。
 それは感情にまで侵食して、可畏かいの心をとらえようとする。

(こんなにあからさまに感じるなら、たしかに見まちがうはずがない……)

 自分だけに触れる感覚であってほしかったが、すくなからず万人に影響があるのだろう。
 羅刹の花嫁。
 出会えば、決してあらがえない。だから一目でわかると教えられていた。

 けれど、婚約披露で葛葉をみつけるまで、可畏かいの花嫁にたいする興味は希薄だった。
 あまりにも音沙汰がなく、信じられなくなっていたのだ。

 羅刹の花嫁との出会いは僥倖ぎょうこう。ずっとそう刷りこまれてきたのに、肝心の花嫁との邂逅を果たせない。
 成人をむかえてもなお、誰に出会っても感じない。何も触れない。

 帝は千里眼をもって、必ず羅刹の花嫁が現れると説いた。可畏かいがその天啓てんけいを疑うことはない。

 帝を信じるが故に、いつのまにか花嫁への刷りこみは建前なのだと感じはじめていた。出会うだけで触れるようなものはなく、ただ特別な存在として接するための、後付けの理屈だったのだろうと。

 倉橋紅葉との婚約がきまり、可畏かいはその考えが裏づけられたのだと思っていた。
 花嫁との特別な出会いなど、はじめからなかったのだ。
 あるのは政略的な婚姻だけ。
 そう理解していたのに、突如、花嫁との邂逅は果たされた。

(葛葉をみつけた時は、本当におどろいた)

 華族館の会場で、群れるように集うあまたの人々。たあいない光景のはずなのに、可畏かいはある一点から目が離せなくなった。

 壁際で肩をすくめ、うつむいている小柄な姿。特務科の制服に身をつつんだ一生徒が、鮮やかに視界に飛びこんでくる。
 ドレスで着かざった淑女も、壇上で自分をまつ華やかな婚約者も、すべてが褪せて色をうしなう。

 華族館でのざわめきが遠ざかり、ふいに耳鳴りのしそうな静寂におそわれた。
 浮かび上がる人影。
 これまでの世界が覆るように、ただ彼女だけを感じた。

 羅刹らせつの花嫁。

 考えるよりも先にみつけたのだと震える感情があった。
 夢物語のように刷り込まれてきた花嫁との出会い。いま心がそれをなぞっている。

 抱き続けた焦燥が消えうせ、自分がどれほどこの瞬間に焦がれていたのかが明らかになる。

 静寂を切りさく雷鳴の煌めきのごとく、鮮やかに。
 そして甘美な痛みさえともない。

 待ちつづけた花嫁との出会いがなった瞬間だった。

(思えば、私も平静さを失っていた)

 花嫁をみつけて高揚した気持ちは、すぐに苛立ちにかわった。
 何もかもが腑に落ちない。

 自分を拒絶する羅刹の花嫁。
 婚約者としてあてがわれたのは、花嫁であるはずがない侯爵令嬢。

 どんな策略のもとに、この婚約披露が成立したのかを考えると、花嫁との邂逅を喜んでばかりはいられなかった。

 自分の預かり知らぬところで、巧妙な策が張りめぐらされていたのだと思い至るまで、時間を要さない。倉橋家には御門家に楯突くような力はない。後ろで糸をひく者がある。

 羅刹の花嫁が隠されていたことは疑いようがないのだ。
 自分の力を削ぐためのはかりごと。そう推測すると、可畏かいには黒幕の検討がついた。

 今後のことを思いながら花嫁の真実を強引にしめしたが、結果として何も知らない葛葉に負担をかけることになってしまった。

(彼女から石を外したのは、まずかった)

 普通の数珠ではないことは明らかだった。可畏かいには羅刹の花嫁をめぐる謀略の一端にみえたが、どうやらそうではなかったらしい。

 帝からの勅使で、ようやく可畏かいは婚約披露へいたる成りゆきを思いなおす。御門家と対立する特務華族を思い描いていたが、この一連の成りゆきに帝が登場するなら話は変わる。

(しかし、帝が噛んでいるなら、いったい何のために?)
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

待つノ木カフェで心と顔にスマイルを

佐々森りろ
キャラ文芸
 祖父母の経営する喫茶店「待つノ木」  昔からの常連さんが集まる憩いの場所で、孫の松ノ木そよ葉にとっても小さな頃から毎日通う大好きな場所。  叶おばあちゃんはそよ葉にシュガーミルクを淹れてくれる時に「いつも心と顔にスマイルを」と言って、魔法みたいな一混ぜをしてくれる。  すると、自然と嫌なことも吹き飛んで笑顔になれたのだ。物静かで優しいマスターと元気いっぱいのおばあちゃんを慕って「待つノ木」へ来るお客は後を絶たない。  しかし、ある日突然おばあちゃんが倒れてしまって……  マスターであるおじいちゃんは意気消沈。このままでは「待つノ木」は閉店してしまうかもしれない。そう思っていたそよ葉は、お見舞いに行った病室で「待つノ木」の存続を約束してほしいと頼みこまれる。  しかしそれを懇願してきたのは、昏睡状態のおばあちゃんではなく、編みぐるみのウサギだった!!  人見知りなそよ葉が、大切な場所「待つノ木」の存続をかけて、ゆっくりと人との繋がりを築いていく、優しくて笑顔になれる物語。

毒小町、宮中にめぐり逢ふ

鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。 生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。 しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。

離縁の雨が降りやめば

月ヶ瀬 杏
キャラ文芸
龍の眷属と言われる竜堂家に生まれた葵は、三つのときに美雲神社の一つ目の龍神様の花嫁になった。 これは、龍の眷属である竜堂家が行わなければいけない古くからの習わしで、花嫁が十六で龍神と離縁する。 花嫁が十六歳の誕生日を迎えると、不思議なことに大量の雨が降る。それは龍神が花嫁を現世に戻すために降らせる離縁の雨だと言われていて、雨は三日三晩降り続いたのちに止むのが常だが……。 葵との離縁の雨は降りやまず……。

幾久しくよろしくお願いいたします~鬼神様の嫁取り~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
キャラ文芸
「お前はやつがれの嫁だ」 涼音は名家の生まれだが、異能を持たぬ無能故に家族から迫害されていた。 お遣いに出たある日、涼音は鬼神である白珱と出会う。 翌日、白珱は涼音を嫁にすると迎えにくる。 家族は厄介払いができると大喜びで涼音を白珱に差し出した。 家を出る際、涼音は妹から姉様が白珱に殺される未来が見えると嬉しそうに告げられ……。 蒿里涼音(20) 名門蒿里家の長女 母親は歴代でも一、二位を争う能力を持っていたが、無能 口癖「すみません」 × 白珱 鬼神様 昔、綱木家先祖に負けて以来、従っている 豪胆な俺様 気に入らない人間にはとことん従わない

神様達の転職事情~八百万ハローワーク

鏡野ゆう
キャラ文芸
とある町にある公共職業安定所、通称ハローワーク。その建物の横に隣接している古い町家。実はここもハローワークの建物でした。ただし、そこにやってくるのは「人」ではなく「神様」達なのです。 ※カクヨムでも公開中※ ※第4回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます。※

宵風通り おもひで食堂

月ヶ瀬 杏
キャラ文芸
瑠璃色の空に辺りが包まれた宵の頃。 風のささやきに振り向いた先の通りに、人知れずそっと、その店はあるという。

あやかし神社へようお参りです。

三坂しほ
キャラ文芸
「もしかしたら、何か力になれるかも知れません」。 遠縁の松野三門からそう書かれた手紙が届き、とある理由でふさぎ込んでいた中学三年生の中堂麻は冬休みを彼の元で過ごすことに決める。 三門は「結守さん」と慕われている結守神社の神主で、麻は巫女として神社を手伝うことに。 しかしそこは、月が昇る時刻からは「裏のお社」と呼ばれ、妖たちが参拝に来る神社で……? 妖と人が繰り広げる、心温まる和風ファンタジー。 《他サイトにも掲載しております》

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

処理中です...