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第一章:当主と花嫁の出会い
5:花嫁の目的
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「どうやら、おまえはいろいろと問題を抱えていそうだな」
ぎくりと葛葉の鼓動がはねる。
「だが、私がいる。何も心配はいらない」
「え?」
「たしかに、おまえから石を外したのは早計だったようだが」
可畏が背広の懐から葛葉の数珠を取りだした。
「あ! わたしの数珠」
葛葉が手を伸ばすと、可畏がその手を避けるようにして数珠を持ち上げる。
「これは誰から与えられたものだ」
「かえしてください!」
「では、ます私の質問に答えろ。これは誰から譲り受けた?」
「あばあちゃん……あ、えっと、祖母です」
「祖母?」
「はい。祖母からお守りとしてもらいました。悪いモノからわたしを守ってくれると言って」
「では、おまえはこれの出処を知らないのか」
「ですから、祖母です」
じっとこちらを見つめている可畏につられて、葛葉も彼の目を見てしまう。あわてて目を逸らすと、卓の上をすべらせるようにして、可畏が葛葉の手元へと数珠を戻した。
「とりあえず返しておく。おまえには必要だろう」
「ありがとうございます!」
葛葉がさっそく数珠を腕にはめる。そしてすぐに自分の異変に気づいた。
異変というよりは、胃がはち切れそうな満腹感である。
「うっ!」
食べすぎた反動が今頃やってきたのかと、葛葉は思わず口元を手でおさえた。
「どうしたの? 葛葉さん」
「食べすぎたみたいで。今頃、お腹が苦しくなってきました」
教師は「まぁ」と言って、朗らかに笑っている。葛葉も合わせようとしたが、とてつもない満腹感で吐き気がこみ上げてくる有様だった。
「やはり憑いてしまったな」
葛葉の様子をみて、可畏が何かを悟ったように吐息をついた。続けて信じられないことを口にする。
「その石を外したせいで、おまえには餓鬼が憑いている。だが、その石を身につけていれば、ひとまず心配はいらない」
何かおかしなことを言われた気がするが、聞き間違いだろうか。
「あの、ガキというのは?」
「鬼の一種だ。深く考えずに、おまえからその石を外したせいだ。すまない」
まさか自分が鬼憑きになるとは思ってもいなかったが、餓鬼は特務部が手を焼くような、大それた妖ではないはずだった。
「でも、御門様なら簡単に調伏できるのでは?」
「ふつうの餓鬼ならな」
葛葉は嫌な予感を全身で感じながらたずねる。
「わたしに憑いたものは普通じゃないと?」
「どちらかというと、原因は餓鬼ではなくおまえの方にあるが。どうやら、おまえは何も知らないらしい」
「どういうことでしょうか?」
「おまえは羅刹の花嫁だ。鬼神に嫁ぐ宿業を背負っている」
「羅刹の花嫁……」
葛葉にも聞き覚えがある。幼い頃、泣きじゃくる自分に祖母がそう言った。なだめるための出まかせだと思っていたが、意味があったのだろうか。
「聞いたことがあるのか」
考えこむ葛葉の様子をみて、可畏が興味を示す。
「祖母が昔、そんなことを言っていた気がします」
「また祖母か。たしか火災で亡くなったのだったな……」
可畏の声には、葛葉よりも先に隣の教師が答えた。
「はい。葛葉さんは、その時に能力が顕現したようです。他に身寄りもなく、特務科に入学するまでは倉橋侯爵があずかっておられました」
可畏はうなずくと、ふたたび葛葉を見る。とっさに視線をそらして俯くと、艶やかな声が話を進める。
「とにかくおまえは羅刹の花嫁だ。今後は私の嫁として御門家の人間になってもらう。寄宿舎は引き上げて、これからは私の家から特務科に通え」
「ちょっと待ってください!」
「なんだ」
「羅刹の花嫁って、いったい何ですか? わたしは力が顕現したおかげで運良く倉橋様に拾ってもらい、特務科に入学できましたが、能力者といっても御門様のように大した力もありません」
「それで?」
「それでって、本来は身寄りもない孤児ですよ!?」
「知っている」
葛葉はうつむいたまま、ぎゅうっと自分の手を拳ににぎる。
「そんな得体のしれない人間が筆頭華族に嫁ぐなんてあり得ません!」
力強く言い放ったいきおいで、葛葉は続けた。
「それに、わたしの祖母は生きています!」
「記録では死亡したことになっているようだが?」
「火災跡には祖母の遺体がなかったんです。だから、きっと生きています!」
「では、火災を境におまえを残して失踪したと?」
可畏の皮肉めいた口調に、葛葉はぐっと言葉をつまらせる。
どちらがより不自然なのかは、明白だった。
「誰も信じてくれませんが、だからこそ、私は祖母を探すために特務部へ入隊しなければなりません」
「祖母の失踪に異形が関わっていると?」
「わかりません。でも、わたしには失踪した祖母を探すという目的があります。だから、あなたの花嫁になることはできません」
無礼だとわかっていても、これだけは譲れない。葛葉が睨みをきかせていると、可畏が面白そうに笑う。
「ようやく私の目を見たな」
「あ!」
葛葉が目元に隠すように手をかざすと、可畏がその手を掴んだ。
「おどおどしているだけかと思ったが、威勢がいいな」
「も、申し訳ありません!」
可畏がつかんでいた葛葉の腕をはなす。
「詫びる必要はない。だが、おまえが私の花嫁となることは変えられない」
「でも」
葛葉の声を遮るように、可畏の冷ややかな赤眼が葛葉を射抜く。ぞっとするほど美しい冷笑が浮かんでいた。
「葛葉、とりあえずその鬱陶しい前髪はあらためてもらおうか」
ぎくりと葛葉の鼓動がはねる。
「だが、私がいる。何も心配はいらない」
「え?」
「たしかに、おまえから石を外したのは早計だったようだが」
可畏が背広の懐から葛葉の数珠を取りだした。
「あ! わたしの数珠」
葛葉が手を伸ばすと、可畏がその手を避けるようにして数珠を持ち上げる。
「これは誰から与えられたものだ」
「かえしてください!」
「では、ます私の質問に答えろ。これは誰から譲り受けた?」
「あばあちゃん……あ、えっと、祖母です」
「祖母?」
「はい。祖母からお守りとしてもらいました。悪いモノからわたしを守ってくれると言って」
「では、おまえはこれの出処を知らないのか」
「ですから、祖母です」
じっとこちらを見つめている可畏につられて、葛葉も彼の目を見てしまう。あわてて目を逸らすと、卓の上をすべらせるようにして、可畏が葛葉の手元へと数珠を戻した。
「とりあえず返しておく。おまえには必要だろう」
「ありがとうございます!」
葛葉がさっそく数珠を腕にはめる。そしてすぐに自分の異変に気づいた。
異変というよりは、胃がはち切れそうな満腹感である。
「うっ!」
食べすぎた反動が今頃やってきたのかと、葛葉は思わず口元を手でおさえた。
「どうしたの? 葛葉さん」
「食べすぎたみたいで。今頃、お腹が苦しくなってきました」
教師は「まぁ」と言って、朗らかに笑っている。葛葉も合わせようとしたが、とてつもない満腹感で吐き気がこみ上げてくる有様だった。
「やはり憑いてしまったな」
葛葉の様子をみて、可畏が何かを悟ったように吐息をついた。続けて信じられないことを口にする。
「その石を外したせいで、おまえには餓鬼が憑いている。だが、その石を身につけていれば、ひとまず心配はいらない」
何かおかしなことを言われた気がするが、聞き間違いだろうか。
「あの、ガキというのは?」
「鬼の一種だ。深く考えずに、おまえからその石を外したせいだ。すまない」
まさか自分が鬼憑きになるとは思ってもいなかったが、餓鬼は特務部が手を焼くような、大それた妖ではないはずだった。
「でも、御門様なら簡単に調伏できるのでは?」
「ふつうの餓鬼ならな」
葛葉は嫌な予感を全身で感じながらたずねる。
「わたしに憑いたものは普通じゃないと?」
「どちらかというと、原因は餓鬼ではなくおまえの方にあるが。どうやら、おまえは何も知らないらしい」
「どういうことでしょうか?」
「おまえは羅刹の花嫁だ。鬼神に嫁ぐ宿業を背負っている」
「羅刹の花嫁……」
葛葉にも聞き覚えがある。幼い頃、泣きじゃくる自分に祖母がそう言った。なだめるための出まかせだと思っていたが、意味があったのだろうか。
「聞いたことがあるのか」
考えこむ葛葉の様子をみて、可畏が興味を示す。
「祖母が昔、そんなことを言っていた気がします」
「また祖母か。たしか火災で亡くなったのだったな……」
可畏の声には、葛葉よりも先に隣の教師が答えた。
「はい。葛葉さんは、その時に能力が顕現したようです。他に身寄りもなく、特務科に入学するまでは倉橋侯爵があずかっておられました」
可畏はうなずくと、ふたたび葛葉を見る。とっさに視線をそらして俯くと、艶やかな声が話を進める。
「とにかくおまえは羅刹の花嫁だ。今後は私の嫁として御門家の人間になってもらう。寄宿舎は引き上げて、これからは私の家から特務科に通え」
「ちょっと待ってください!」
「なんだ」
「羅刹の花嫁って、いったい何ですか? わたしは力が顕現したおかげで運良く倉橋様に拾ってもらい、特務科に入学できましたが、能力者といっても御門様のように大した力もありません」
「それで?」
「それでって、本来は身寄りもない孤児ですよ!?」
「知っている」
葛葉はうつむいたまま、ぎゅうっと自分の手を拳ににぎる。
「そんな得体のしれない人間が筆頭華族に嫁ぐなんてあり得ません!」
力強く言い放ったいきおいで、葛葉は続けた。
「それに、わたしの祖母は生きています!」
「記録では死亡したことになっているようだが?」
「火災跡には祖母の遺体がなかったんです。だから、きっと生きています!」
「では、火災を境におまえを残して失踪したと?」
可畏の皮肉めいた口調に、葛葉はぐっと言葉をつまらせる。
どちらがより不自然なのかは、明白だった。
「誰も信じてくれませんが、だからこそ、私は祖母を探すために特務部へ入隊しなければなりません」
「祖母の失踪に異形が関わっていると?」
「わかりません。でも、わたしには失踪した祖母を探すという目的があります。だから、あなたの花嫁になることはできません」
無礼だとわかっていても、これだけは譲れない。葛葉が睨みをきかせていると、可畏が面白そうに笑う。
「ようやく私の目を見たな」
「あ!」
葛葉が目元に隠すように手をかざすと、可畏がその手を掴んだ。
「おどおどしているだけかと思ったが、威勢がいいな」
「も、申し訳ありません!」
可畏がつかんでいた葛葉の腕をはなす。
「詫びる必要はない。だが、おまえが私の花嫁となることは変えられない」
「でも」
葛葉の声を遮るように、可畏の冷ややかな赤眼が葛葉を射抜く。ぞっとするほど美しい冷笑が浮かんでいた。
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