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第一章:当主と花嫁の出会い
1:婚約披露の宴
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(世界がまぶしい)
視界に飛びこんできたのは、キラキラと輝く華美な多灯式照明だった。
高い天井に、絨毯の敷きつめられた大広間。西洋風に作られた華族館は、まさに異国の城である。
洋装に身をつつんだ者にあふれ、今にも舞踏会がはじまりそうな、華やかな熱気にみちている。
(はやく寄宿舎に帰りたい)
誰もが浮き足立つ空気のなかで、葛葉はひとりだけ取り残されたような気持ちを抱えていた。
不安になったときの習慣をなぞるように、左腕にはめた数珠へ右手をそえる。
祖母がお守りといって譲ってくれた数珠。
削りだされた石は光をすかし、葛葉の左腕でひかえめに輝いている。
宝石を埋めこんだ装飾品のようにもみえる、珍しい品だった。
そんな左腕のお守りをなでながら、葛葉は広間の壁際にそって並べられた料理をながめた。
(でも、料理はおいしそう)
特務科にいるかぎり食いはぐれることはないが、華族館で用意された料理はまさにご馳走だった。
魚料理はもちろん見なれない肉料理。野菜と果物。そしてお菓子。異国の献立は、盛りつけを鑑賞するだけでも芸術品のようだ。
テーブルクロスの上には、食欲をかきたてる、ありとあらゆる料理がならんでいる。
「葛葉、みて! あの多灯式照明のガラス細工! すごく綺麗ね」
学友がしめすとおり、天井をかざる多灯式照明のガラスが綺麗だった。葛葉が腕にはめている石と似た美しさがある。
「それに、有名人がたくさんいらっしゃるわよ!」
同じように招待された学友は、好奇心に顔を輝かせていた。
「あそこにいらっしゃるのは内務大臣と海軍の大将ではなくて? 特務華族筆頭の御門家と倉橋家の婚約披露は、やっぱり特別ね」
「うん」
特別だからこそ、特務科にかよう自分たちもこの宴に駆りだされているのだ。葛葉は広間の華やかさに気遅れしながら、相槌をうつ。
開国後、新政府が発足して幾許かの時がすぎた。閉鎖的だった島国も、文明開化により、西洋をはじめ北洋や南洋の影響をうけて変わりはじめいている。
華族館は異国文化の象徴ともいえる建物であり、つねに要人が利用するような場所なのだ。
葛葉はできるだけ誰とも視線をあわせないように、ひたすらうつむく。
気をぬくと、すぐにため息をつきそうになった。
「でも、本当に素敵。さすが紅葉様ね。御門家への嫁入りがきまるなんて」
学友たちがうっとりと語るのは倉橋侯爵の令嬢であり、葛葉とおなじ特務科にかよう女生徒だった。
倉橋紅葉は美貌の先輩であり、比類なき異能をもつ。
女ながらに優れた力をもつ彼女は、特務科の女生徒の憧れの的なのだ。卒業後の活躍をだれも疑っていなかったが、古くから帝に仕える公爵家への嫁入りとなれば、さらに箔がつくだろう。
しかも相手は御門家の当主であり、稀代の異能者と名高い御門可畏である。
葛葉はちらりと視線だけで広間の向こうがわに立つ紅葉に目をむけた。
特務科の制服で参加している自分たちとはちがい、彼女は和柄の生地で仕立てたドレスを身にまとっていた。
夜会巻きにまとめられた髪は、リボンと簪で飾られている。
誰がみても、今日の主役であることがわかる華やかな立ちすがた。
(紅葉様は今日もお綺麗だな)
美しい横顔がすこし緊張しているようにもみえた。
女生徒の模範ともいえる彼女には、ぜひ幸せになってほしい。葛葉のすなおな気持ちだった。
(御門可畏って、どんな人なんだろう)
招待客が集いはじめているが、まだ御門家の当主は到着していないようだ。
御門可畏については、通りいっぺんの噂話しか頭に入っていない。
彼が特務科を首席で卒業したのは数年前。葛葉の在籍する女子部が創設されるまえの話だが、その存在は伝説のように語りつがれている。
他の追随をゆるさぬ、強力な異能。それは畏怖をもって「羅刹の業火」と謳われていた。
まさに稀代の逸材であり、御門家の若き当主。
稀有な能力の顕現なのか、妖のような赤い瞳をもつという。
妬みや嫉みから、影では人の子にあらずと、彼を揶揄する者もあるらしい。
筆頭華族の当主でありながら政府の要職につくことはなく、軍の特務部に身をおいている。
知っているのは、それくらいだった。
(はやくこの宴を終わらせてくれたら良いのに)
御門可畏が時刻に遅れているわけではないが、主役が登場しなければ何もはじまらない。
葛葉は視線をかんじて、俯きがちになる。
華やかな大広間では、制服をまとう特務科の女生徒を物珍しげに眺めている者もいる。
(できるだけ、知らない人とは目を合わせないようにしないと)
葛葉は長めに伸びた前髪を指先でもてあそぶ。いつも周りのものに前髪をあげて綺麗に結えと言われるが、これだけは譲れない。何事もなくこの宴をやりすごすためには、必要なことなのだ。
「いらっしゃったわよ!」
好奇心満々の女生徒の声とともに、広間がワッとざわめいた。人々の視線がいっせいに洋館の出入り口にそそがれている。
(あれが御門家の当主)
颯爽とあらわれた人影に、葛葉の視線もくぎづけになる。
まるで西洋人のように背が高い。彼のまとう威風堂々とした空気が広がっていく。
洋装が定着した軍の衣装とは異なる、特殊任務を請けおう特務部の隊服。
和装と洋装の特徴がいりまじった、特別に考案された軍服だった。いずれ葛葉も袖を通すことになるが、御門可畏がまとっているからだろうか。その意匠のもつ凛々しさや端正な美しさが際立つ。
人々の祝辞をうけながら、可畏は洋館に集った者たちへ敬礼をすると、目深にかぶっていた軍帽をぬいだ。
切長の目はするどく、噂に違わぬ妖のような赤眼である。
はらりとこぼれ落ちた頭髪をみて、葛葉はさらに目を瞠った。
(白髪!?)
踏み荒らされていない雪原のように白い頭髪。まるでわざと染めたかのようにムラがなく、多灯式照明の光を反射して艶やかにうつる。
紅葉に向かって歩く可畏の姿から、葛葉は目が離せない。
(綺麗な人だな)
麗人というのがふさわしい容姿。人間離れした妖しさすらかんじる。特務科の生徒たちも、畏怖と羨望をもって彼を眺めていた。
葛葉は彼を「人の子にあらず」とやっかむ者の気持ちがすこしわかってしまう。
(あの美貌なら、妖だって思われても仕方ないかも……)
あまりの存在感にそんなことを考えていると、通り過ぎて行こうとしていた可畏がふと歩みをとめた。
何の迷いもなく、こちらに視線をなげる。
血のような真紅をやどした、印象的な瞳。
(あ、目が……)
葛葉はすぐにうつむいた。
他の招待客に阻まれるような立ち位置であるにもかかわらず、彼はまっすぐに葛葉をみたのだ。
視界に飛びこんできたのは、キラキラと輝く華美な多灯式照明だった。
高い天井に、絨毯の敷きつめられた大広間。西洋風に作られた華族館は、まさに異国の城である。
洋装に身をつつんだ者にあふれ、今にも舞踏会がはじまりそうな、華やかな熱気にみちている。
(はやく寄宿舎に帰りたい)
誰もが浮き足立つ空気のなかで、葛葉はひとりだけ取り残されたような気持ちを抱えていた。
不安になったときの習慣をなぞるように、左腕にはめた数珠へ右手をそえる。
祖母がお守りといって譲ってくれた数珠。
削りだされた石は光をすかし、葛葉の左腕でひかえめに輝いている。
宝石を埋めこんだ装飾品のようにもみえる、珍しい品だった。
そんな左腕のお守りをなでながら、葛葉は広間の壁際にそって並べられた料理をながめた。
(でも、料理はおいしそう)
特務科にいるかぎり食いはぐれることはないが、華族館で用意された料理はまさにご馳走だった。
魚料理はもちろん見なれない肉料理。野菜と果物。そしてお菓子。異国の献立は、盛りつけを鑑賞するだけでも芸術品のようだ。
テーブルクロスの上には、食欲をかきたてる、ありとあらゆる料理がならんでいる。
「葛葉、みて! あの多灯式照明のガラス細工! すごく綺麗ね」
学友がしめすとおり、天井をかざる多灯式照明のガラスが綺麗だった。葛葉が腕にはめている石と似た美しさがある。
「それに、有名人がたくさんいらっしゃるわよ!」
同じように招待された学友は、好奇心に顔を輝かせていた。
「あそこにいらっしゃるのは内務大臣と海軍の大将ではなくて? 特務華族筆頭の御門家と倉橋家の婚約披露は、やっぱり特別ね」
「うん」
特別だからこそ、特務科にかよう自分たちもこの宴に駆りだされているのだ。葛葉は広間の華やかさに気遅れしながら、相槌をうつ。
開国後、新政府が発足して幾許かの時がすぎた。閉鎖的だった島国も、文明開化により、西洋をはじめ北洋や南洋の影響をうけて変わりはじめいている。
華族館は異国文化の象徴ともいえる建物であり、つねに要人が利用するような場所なのだ。
葛葉はできるだけ誰とも視線をあわせないように、ひたすらうつむく。
気をぬくと、すぐにため息をつきそうになった。
「でも、本当に素敵。さすが紅葉様ね。御門家への嫁入りがきまるなんて」
学友たちがうっとりと語るのは倉橋侯爵の令嬢であり、葛葉とおなじ特務科にかよう女生徒だった。
倉橋紅葉は美貌の先輩であり、比類なき異能をもつ。
女ながらに優れた力をもつ彼女は、特務科の女生徒の憧れの的なのだ。卒業後の活躍をだれも疑っていなかったが、古くから帝に仕える公爵家への嫁入りとなれば、さらに箔がつくだろう。
しかも相手は御門家の当主であり、稀代の異能者と名高い御門可畏である。
葛葉はちらりと視線だけで広間の向こうがわに立つ紅葉に目をむけた。
特務科の制服で参加している自分たちとはちがい、彼女は和柄の生地で仕立てたドレスを身にまとっていた。
夜会巻きにまとめられた髪は、リボンと簪で飾られている。
誰がみても、今日の主役であることがわかる華やかな立ちすがた。
(紅葉様は今日もお綺麗だな)
美しい横顔がすこし緊張しているようにもみえた。
女生徒の模範ともいえる彼女には、ぜひ幸せになってほしい。葛葉のすなおな気持ちだった。
(御門可畏って、どんな人なんだろう)
招待客が集いはじめているが、まだ御門家の当主は到着していないようだ。
御門可畏については、通りいっぺんの噂話しか頭に入っていない。
彼が特務科を首席で卒業したのは数年前。葛葉の在籍する女子部が創設されるまえの話だが、その存在は伝説のように語りつがれている。
他の追随をゆるさぬ、強力な異能。それは畏怖をもって「羅刹の業火」と謳われていた。
まさに稀代の逸材であり、御門家の若き当主。
稀有な能力の顕現なのか、妖のような赤い瞳をもつという。
妬みや嫉みから、影では人の子にあらずと、彼を揶揄する者もあるらしい。
筆頭華族の当主でありながら政府の要職につくことはなく、軍の特務部に身をおいている。
知っているのは、それくらいだった。
(はやくこの宴を終わらせてくれたら良いのに)
御門可畏が時刻に遅れているわけではないが、主役が登場しなければ何もはじまらない。
葛葉は視線をかんじて、俯きがちになる。
華やかな大広間では、制服をまとう特務科の女生徒を物珍しげに眺めている者もいる。
(できるだけ、知らない人とは目を合わせないようにしないと)
葛葉は長めに伸びた前髪を指先でもてあそぶ。いつも周りのものに前髪をあげて綺麗に結えと言われるが、これだけは譲れない。何事もなくこの宴をやりすごすためには、必要なことなのだ。
「いらっしゃったわよ!」
好奇心満々の女生徒の声とともに、広間がワッとざわめいた。人々の視線がいっせいに洋館の出入り口にそそがれている。
(あれが御門家の当主)
颯爽とあらわれた人影に、葛葉の視線もくぎづけになる。
まるで西洋人のように背が高い。彼のまとう威風堂々とした空気が広がっていく。
洋装が定着した軍の衣装とは異なる、特殊任務を請けおう特務部の隊服。
和装と洋装の特徴がいりまじった、特別に考案された軍服だった。いずれ葛葉も袖を通すことになるが、御門可畏がまとっているからだろうか。その意匠のもつ凛々しさや端正な美しさが際立つ。
人々の祝辞をうけながら、可畏は洋館に集った者たちへ敬礼をすると、目深にかぶっていた軍帽をぬいだ。
切長の目はするどく、噂に違わぬ妖のような赤眼である。
はらりとこぼれ落ちた頭髪をみて、葛葉はさらに目を瞠った。
(白髪!?)
踏み荒らされていない雪原のように白い頭髪。まるでわざと染めたかのようにムラがなく、多灯式照明の光を反射して艶やかにうつる。
紅葉に向かって歩く可畏の姿から、葛葉は目が離せない。
(綺麗な人だな)
麗人というのがふさわしい容姿。人間離れした妖しさすらかんじる。特務科の生徒たちも、畏怖と羨望をもって彼を眺めていた。
葛葉は彼を「人の子にあらず」とやっかむ者の気持ちがすこしわかってしまう。
(あの美貌なら、妖だって思われても仕方ないかも……)
あまりの存在感にそんなことを考えていると、通り過ぎて行こうとしていた可畏がふと歩みをとめた。
何の迷いもなく、こちらに視線をなげる。
血のような真紅をやどした、印象的な瞳。
(あ、目が……)
葛葉はすぐにうつむいた。
他の招待客に阻まれるような立ち位置であるにもかかわらず、彼はまっすぐに葛葉をみたのだ。
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