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第五章:次元エラーの重なり

24:胸騒ぎ

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「意味なんかあれへんで」

 次郎君がしげしげとピンクのカバのぬいぐるみを眺めている。

「でも、このピンクのカバのぬいぐるみは昔からあったものだけど、11Dはそんな昔からこの世界に紛れていたってこと? それともぬいぐるみの姿を借りているだけ?」

「お兄ちゃん、ワシのことはカバさんって呼んでんか」

「あ、ごめん」

 カバさんって、きっとジュゼットのつけた名前なんだろうけど、気に入っているのかな。
 11Dだと、まるで管理番号みたいだもんね。

「ええねん、わかってくれたら。姿は借りもんや。認識できるようにしただけやで。ワシは高次元やからな。あんたらの次元とはモノがちゃうねん」

 なんだろう、見た目が可愛いからごまかされているけど、ちょっと物言いが上から目線の気がする。

「わたし、このぬいぐるみのこと、知っているような……」

 ぬいぐるみとしての見た目の話ではなくて、方言や声に覚えがあった。どこかで聞いたことがあるのだ。いったいどこだったのかな。

「夢の中やんか」

 ピンクのカバのぬいぐるみ――カバさんがわたしを見ている。
 まるで心を読んだかのように、きっぱりと教えてくれた。途端にわたしの脳裏に蘇る光景。

「あ! そういえば」

 出てきそうで出てこない俳優の名前を思い出した時のように、はっきりとした。
 いつもの悪夢に現れた、ピンクのカバのぬいぐるみ。

「お嬢ちゃんの夢におったやろ。薄情やな、忘れてもうたんか? あ、でも、あれはもう別次元の話になるんやったかな」

「あやめの夢に?」

 次郎君に頷いてみせる。少し端正なお顔が険しくなっている。心配してくれているのかな。

「うん。前に次郎君がきてくれた夢とほぼ同じなんだけど、でも世界が静止していて、カバのぬいぐるみと話すっていう、不思議な夢だったんだけど」

 まさかあのカバのぬいぐるみと、このカバさんが同一だったとは思いもよらない。

「――あの夢……」

 次郎君の顔が、ますます険しくなる。どうしたんだろう。

「カバさんは、今まで私達の前では話したり動いたりしなかったけれど、それはどうして?」

 瞳子さんの問いかけに、カバさんはガハハと笑う。

「この次元ではなんでも理由がいるんかいな?」

「そうね。わかりたいと思うから」

 真摯な答えに、カバさんは笑いをおさめる。ぬいぐるみの愛嬌のある眼で、ひたっと瞳子さんを見た。再びピコピコと尻尾が動いている。

「わかりたいから? ふう~ん、なるほどやな。でもイチローは逆のことを言うで」

「一郎が?」

「そうやで。知らない方が良いこともある。イチローはそう言うてたけどな」

「兄貴を知っているのか?」

「知ってるに決まってるやんか。イチローとは永い付き合いやねんで」

  次郎君も知らなかったのか、信じられないと言いたげに、ジュゼットの腕に抱かれているカバさんを見つめている。

「この姫さんよりも、もっとずっと昔から知ってるで」

「兄貴と? カバさんが高次元ってことは、ひょっとして管理局?」

「違うがな」

「でも、普通の次元エラーじゃないよね?」

「当たり前やんか」

 なぜかカバさんの声が自慢げに聞こえる。次郎君が言葉を選ぶように、ゆっくりと尋ねる。

「もしかして、……カバさんは、何か知っているのか?」

「なんや?」

「この次元で、ジュゼットが戻れなかったり、金魚が現れたり。そうなっている理由を」

「う~ん? さぁな、どうやろな」

 わたしにもわかってしまうくらいに、カバさんはごまかし方が下手くそだ。これは絶対に何か知っている。ガハハと笑い声がした。

「やっぱり、ここは面白いわ」

 次郎君がソファから立ち上がった。

「俺、兄貴を呼んでくる」

「やめとき」

 即座にカバさんが止める。次郎君が「どうして?」と言いたげに振り返ると、カバさんは愛嬌のある顔にニタニタと笑みを浮かべた。

「せっかく眠ってるんや。今は寝かしたり」

 全てお見通しと言わんばかりに、カバさんはニタニタと笑う。

「イチローの考える世界は、ほんまに面白いからな」

「兄貴の世界が面白い? 夢のこと? どういう意味?」

「そのままの意味やんか。ワシもちょっと眠ろかな」

 言うなり、ピンクのカバのぬいぐるみから不気味な表情が失われる。まるではじめからそうだったかのように、何の変哲もないぬいぐるみの気配に変わった。
 ジュゼットにとってはどんな様子の時も親しみのある、可愛いぬいぐるみなのだろう。変わらず愛しそうに抱いている。

「次郎君?」

 次郎君の横顔が見たこともないくらい、不安げに見えた。何だろう、嫌な予感がする。

「どうしたんですか? 何か気になることでもあった?」

 端正な横顔が白くなっている。血の気が引いているのだ。見間違いだろうか。

「顔色が悪いわよ?」

 瞳子さんも労わるような目を向けていた。やっぱり顔が青ざめているんだ。ジュゼットが、そっと次郎君のほっぺたに手を伸ばす。

「ジローは、カバさんのことが嫌いですか?」

「――ううん。違うよ」

 ジュゼットに笑ってみせる次郎君の顔が暗い。ざわりと胸騒ぎを感じて、わたしは胸に手を当てた。
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