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閑話(おまけ):クラウディア始祖生誕祭

161:ルカ・クラウディア1

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「………………」

 箱の中をみた瞬間、ルカはスーが持ってくる箱をまちがえたのだと思った。まちがえて持ってきたとしてもある種の疑問が残るが、とりあえず何もいわずスーの顔を見る。

「ヘレナ様が最高の品をご用意くださいました。こちらのロープ緊縛師きんばくしの方が丁寧に手入れをしてある品で、肌に触れても滑らかなのだとか」

 スーが早口に何かを説明しているが、ルカの思考はまだ目の前の現状を受け入れていない。

「こちらの蝋燭も、低温で溶けて肌に触れてもーー」

「ちょっと待ってください。スー」

「はい」

 顔をあげたスーの頬が真っ赤に紅潮しているのをみて、ルカは彼女が箱を取り違えていないことを察する。

「これを私に贈るように、ヘレナに勧められたのですか?」

 それしか考えられないと思ったが、スーはさらに恥ずかしさに身を染める。頬だけではなく、顔から首筋までが綺麗に発色していた。

「い、いえ。わたしがお願いしたのです。ルカ様のために用意したいものがあると。そうしたらヘレナ様がご協力くださってーー」

 スーはもじもじと恥じらいながらも、しっかりと自分の意志で用意したと打ち明けた。ルカは懸命に状況を整理するが、初心うぶなスーが思いつくとは考えにくい。

「スー、なぜこれを私に贈ろうと思ったのですか?」

 素直に聞いていみるしかなかった。

「そ、それは、その、ルカ様に悦んでいただきたいからです!」

「………………、私が、悦ぶ?」

「はい。わたしはルカ様がお望みであれば、それがどんなことでもすべて叶えてさしあげたいのです」

 恥じらいに頬をそめて訴える様子はいじらしく、ルカは彼女を抱き寄せたくなる。
 けれど。
 どう考えても話の雲行きが怪しい。

「ルカ様のお好みの趣向を一緒に楽しめるように、わたしも精いっぱい励みますので!」

 一世一代の告白と言わんばかりに、スーは言いつのる。視界にうつる彼女の様子は健気だが、話の筋道が斜め上すぎた。

「スーの気持ちはありがたいのですが、私達の間にこのような小道具は必要ありません」

「え!?」

「たしかに世の中には倒錯的な夜の世界を好む者もいますが、私の趣味ではありませんので」

 斜め上に飛びだしているスーの思考を連れ戻すために、ルカははっきりと伝えた。

「――でも、ルカ様」

 スーはうなだれたように肩を落としてから、ふたたび顔をあげる。表情にさらに気迫がこもっていた。ルカは嫌な予感を覚える。

「わたしはルカ様がくつろげる場所になりたいのです」

「はい。スーはすでに叶えています」

「いいえ、まだまだ足りておりません! わたしはルカ様がどのような嗜好をお持ちでも大好きです! だから、どんなことでも隠さず打ち明けてください。もし、このさきルカ様が特殊な欲望を満たすために他の女性を求めるようなことになったら、わたしは悔しくて夜も眠れません!」

 いったい何を打ち明けられているのだろうかと、ルカは恥じらいながら訴えるスーを見つめてしまう。まったく身に覚えのない誤解が、スーの意気ごみを加速させているようだった。

「ですので、わたしには隠さず求めてほしいのです。………ルカ様にとって、わたしはまだまだ経験不足で、いまはまだ「寝たきり淑女」でしかありませんが。必ずルカ様の期待に添えるようになります。だから、ルカ様の好みをわたしに教えてほしいのです」

 あまりの斜め上さに言葉を失いかけたが、何事にも全力投球のスーらしい主張だった。ルカはすれ違いや誤解があるなら、糸が複雑にからむ前にほどいていけばいいと気をとりなおす。

「わたしは何があってもルカ様が大好きです」

 スーは羞恥に瞳を潤ませながら、くりかえし訴える。その様子があまりに愛しくて、おもわず理性が飛びそうになったが、ルカはなんとか踏みとどまって彼女の手から箱をとりあげた。

「スーからの贈り物は受けとりますが、これは必要ありません」

「でも、ルカ様………」

「どこから仕入れた情報なのか知りませんが、私にはスーが思っているような趣味はありませんので」

「でも、ヘレナ様も否定されませんでした」

 ルカはようやくなるほどと納得する。デタラメに皇家の裏事情を書いたゴシップは世に溢れている。すべてに裏付けがなく信憑性に乏しいものばかりだが、交流を広げればスーの耳にも聞こえてくるだろう。

 真実味のない話も、ヘレナが噛んでいるのなら事情は変わる。スーがここまで思いこむのも仕方がない。ルカは以前ルキアが姉から面白い話を聞いたと笑っていたのを思いだした。

 悪趣味だなと思うが、大した問題にはならないと考えたのだろう。余興にされるのは面白くなかったが、原因がわかれば誤解を解くのは容易たやすい。

「それは、ヘレナが面白がっているだけですね」

「ヘレナ様が?」

「はい。彼女は人をからかうのが好きですから」

 信じられないと目を剥くスーに笑いながら、ルカは伝える。

「それに、この際伝えておきますが、あなたは「寝たきり淑女」ではないですよ」

「え?……あ、もしかして、わたしはそれ以下なのでしょうか」

 一気に不安げになるスーに、ルカは首を横に振ってみせる。

「あなたが「寝たきり淑女」なら、ほとんどの女性がそうなってしまう」

「どういう意味でしょうか」

「意味はーー」

 ルカは彼女の耳元で囁くように、どういうことかを教えた。

「だから、スーが「寝たきり淑女」なわけがない」

 火が出るのではないかと思うほど、スーの顔がさらに火照っていく。どこまで赤く色づくのかと思うが、照れている様子はひたすら愛しい。

「そ………そう、なのですか?」

「はい。だから、スーが劣等感や焦りを覚えることはありません」

 ルカは恥じらいで甲まで染まっているスーの手をとった。

「スーの気持ちはとても嬉しい。でも、こんなに震えるほど恥ずかしい思いをする必要はない」
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