149 / 170
第二十四章(終章):天女の夢の終わり
149:飛空艇から見る故郷
しおりを挟む
スーは飛空艇に作られた大きな出窓から、眼下に小さく見えはじめた湖を眺めていた。
「ルカ様、サイオンが見えてきました」
サイオンの観光名所として有名な湖は、遠目にも巨大だった。湖を囲む山々には雪が降りつもり、地表は白く染められている。暖かくなる気候の到来を前に、クラウディアの帝都にも厳しい寒波が押しよせる時期になっていた。
「雪が積もっています!」
山脈に囲まれたサイオンの気候は、帝都ほど寒波の影響を受けない。雪が積もるのは年間を通して数えるほどしかないが、珍しく雪化粧をしている。
「白くて、とても綺麗です」
広い船室の窓枠が、まるで景色を額装しているようにも見える。遠くにスーの故郷をうつしながら、霧のような雲が視界をかすめた。
スーが少しずつ見えてきたサイオンの光景に見入っていると、窓ガラスに映っていたルカの影が動く。
「ほんとうに真っ白だな」
彼の声と同時に、スーは背後に気配を感じた。
ルカが船室に設えられている長椅子から立ち上がって、スーを窓際に閉じこめるように両腕をまわし、出窓の床板に手をついた。
背後から小柄なスーに寄りそうように立って、同じ窓からの光景を眺めている。
スーは何のためらいもなく、自分に寄り添ってくれるルカの気配を感じて、じぃんと胸がいっぱいになった。
つくづく以前をふりかえって反省会をしたい気持ちになる。
(ルカ様がわたしを生理的にうけつけないなんて、どうして思ってしまったのかしら)
自分の思いこみが、いかに見当違いだったのかを思い知らされる日々である。
互いへの親しみは、日を経るごとに深くなっていた。
ルカが心を開いてくれているのが、スーにも伝わってくる。
はじめは彼と寄りそい、触れあうたびに、スーは極度の緊張や恥じらいに身を固くしていたが、ルカの穏やかな想いが、少しずつスーのとまどいをほどいてくれる。
だんだんとルカの気配に、気持ちがなじみ始めていた。
一目惚れのときめきは失われずに宿っているが、自然に寄りそってくれるルカの気配はとても心地が良い。
スーが手を伸ばせば、いつでも彼に触れられた。そして、彼がスーの手をこばむことはない。
(生理的にうけつけないどころか………)
スーの当初の心配はすべて杞憂に終わった。女性としての魅力のなさを嘆くような必要はまったくなかったのだ。
もう形だけの婚約者だと嘆くこともない。
二人で過ごす日々は、すでに蜜月と言ってもよい幸福感に包まれている。
(やはりルカ様は早くお世継ぎが欲しいのかもしれないわ)
彼が後継について何かを言ったことはなく、鷹揚にかまえている。けれど、ともに過ごす夜の頻度と密度を思えば、スーにはそう考えることが自然だと思えた。はじめて大人の階段をのぼってからは、くりかえし甘美な夜に誘いこまれている。
(何としてもルカ様の期待に応えなければ!)
めらめらと闘志を燃やしていると、スーの背後で小さく笑う声がした。
「スーがまた勇ましい顔をしている」
「あ!」
意欲が顔に出ていたのかと、スーは顔面をひきしめる。
「その、………サイオンへの訪問は、ルカ様とご一緒する初めての公務なので頑張ろうと気合いをいれておりました」
咄嗟に理由をすり替えて、スーは外の光景からふりかえる。長身のルカの顔を仰ぐと、眩暈がしそうな麗しいほほ笑みがあった。
「こうして訪れてみると、サイオンは遠い異国だ」
「はい」
「スー、クラウディアへ………、私のもとへ来てくれてありがとう」
あらためて与えられた、ルカからの歓迎。初めて出会った時とは違い、それは想いをともなっていた。
彼がふたたび窓の外へ目を向ける。
「あなたの故郷は綺麗だな」
眼下に広がる光景を見るルカの表情が優しい。胸に染みわたるような親しみに満ちた声が、スーの心を支えるように広がって、柔らかに響く。
辺境の小国となるサイオンを、彼は変わらず慈しんでくれるのだろう。
スーはユエンと二人で帝国クラウディアへ向かって発った日のことを思いだす。
幸せになってみせるという意気ごみと、不安だけをかかえて飛空艇に乗船した記憶。
あの時はこんな気持ちでふたたび飛空艇に乗るとは、思いもよらなかった。
「ありがとうございます、ルカ様」
彼の気持ちをかみしめて答えると、柔らかな金髪がスーの頬に落ちかかってくる。ルカの力強い腕に抱かれて、スーは口づけを待つように、そっと目を閉じた。
「ルカ様、サイオンが見えてきました」
サイオンの観光名所として有名な湖は、遠目にも巨大だった。湖を囲む山々には雪が降りつもり、地表は白く染められている。暖かくなる気候の到来を前に、クラウディアの帝都にも厳しい寒波が押しよせる時期になっていた。
「雪が積もっています!」
山脈に囲まれたサイオンの気候は、帝都ほど寒波の影響を受けない。雪が積もるのは年間を通して数えるほどしかないが、珍しく雪化粧をしている。
「白くて、とても綺麗です」
広い船室の窓枠が、まるで景色を額装しているようにも見える。遠くにスーの故郷をうつしながら、霧のような雲が視界をかすめた。
スーが少しずつ見えてきたサイオンの光景に見入っていると、窓ガラスに映っていたルカの影が動く。
「ほんとうに真っ白だな」
彼の声と同時に、スーは背後に気配を感じた。
ルカが船室に設えられている長椅子から立ち上がって、スーを窓際に閉じこめるように両腕をまわし、出窓の床板に手をついた。
背後から小柄なスーに寄りそうように立って、同じ窓からの光景を眺めている。
スーは何のためらいもなく、自分に寄り添ってくれるルカの気配を感じて、じぃんと胸がいっぱいになった。
つくづく以前をふりかえって反省会をしたい気持ちになる。
(ルカ様がわたしを生理的にうけつけないなんて、どうして思ってしまったのかしら)
自分の思いこみが、いかに見当違いだったのかを思い知らされる日々である。
互いへの親しみは、日を経るごとに深くなっていた。
ルカが心を開いてくれているのが、スーにも伝わってくる。
はじめは彼と寄りそい、触れあうたびに、スーは極度の緊張や恥じらいに身を固くしていたが、ルカの穏やかな想いが、少しずつスーのとまどいをほどいてくれる。
だんだんとルカの気配に、気持ちがなじみ始めていた。
一目惚れのときめきは失われずに宿っているが、自然に寄りそってくれるルカの気配はとても心地が良い。
スーが手を伸ばせば、いつでも彼に触れられた。そして、彼がスーの手をこばむことはない。
(生理的にうけつけないどころか………)
スーの当初の心配はすべて杞憂に終わった。女性としての魅力のなさを嘆くような必要はまったくなかったのだ。
もう形だけの婚約者だと嘆くこともない。
二人で過ごす日々は、すでに蜜月と言ってもよい幸福感に包まれている。
(やはりルカ様は早くお世継ぎが欲しいのかもしれないわ)
彼が後継について何かを言ったことはなく、鷹揚にかまえている。けれど、ともに過ごす夜の頻度と密度を思えば、スーにはそう考えることが自然だと思えた。はじめて大人の階段をのぼってからは、くりかえし甘美な夜に誘いこまれている。
(何としてもルカ様の期待に応えなければ!)
めらめらと闘志を燃やしていると、スーの背後で小さく笑う声がした。
「スーがまた勇ましい顔をしている」
「あ!」
意欲が顔に出ていたのかと、スーは顔面をひきしめる。
「その、………サイオンへの訪問は、ルカ様とご一緒する初めての公務なので頑張ろうと気合いをいれておりました」
咄嗟に理由をすり替えて、スーは外の光景からふりかえる。長身のルカの顔を仰ぐと、眩暈がしそうな麗しいほほ笑みがあった。
「こうして訪れてみると、サイオンは遠い異国だ」
「はい」
「スー、クラウディアへ………、私のもとへ来てくれてありがとう」
あらためて与えられた、ルカからの歓迎。初めて出会った時とは違い、それは想いをともなっていた。
彼がふたたび窓の外へ目を向ける。
「あなたの故郷は綺麗だな」
眼下に広がる光景を見るルカの表情が優しい。胸に染みわたるような親しみに満ちた声が、スーの心を支えるように広がって、柔らかに響く。
辺境の小国となるサイオンを、彼は変わらず慈しんでくれるのだろう。
スーはユエンと二人で帝国クラウディアへ向かって発った日のことを思いだす。
幸せになってみせるという意気ごみと、不安だけをかかえて飛空艇に乗船した記憶。
あの時はこんな気持ちでふたたび飛空艇に乗るとは、思いもよらなかった。
「ありがとうございます、ルカ様」
彼の気持ちをかみしめて答えると、柔らかな金髪がスーの頬に落ちかかってくる。ルカの力強い腕に抱かれて、スーは口づけを待つように、そっと目を閉じた。
0
お気に入りに追加
511
あなたにおすすめの小説
【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。
銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。
しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。
しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……
処刑された王女は隣国に転生して聖女となる
空飛ぶひよこ
恋愛
旧題:魔女として処刑された王女は、隣国に転生し聖女となる
生まれ持った「癒し」の力を、民の為に惜しみなく使って来た王女アシュリナ。
しかし、その人気を妬む腹違いの兄ルイスに疎まれ、彼が連れてきたアシュリナと同じ「癒し」の力を持つ聖女ユーリアの謀略により、魔女のレッテルを貼られ処刑されてしまう。
同じ力を持ったまま、隣国にディアナという名で転生した彼女は、6歳の頃に全てを思い出す。
「ーーこの力を、誰にも知られてはいけない」
しかし、森で倒れている王子を見過ごせずに、力を使って助けたことにより、ディアナの人生は一変する。
「どうか、この国で聖女になってくれませんか。貴女の力が必要なんです」
これは、理不尽に生涯を終わらされた一人の少女が、生まれ変わって幸福を掴む物語。
【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?
雨宮羽那
恋愛
元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。
◇◇◇◇
名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。
自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。
運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!
なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!?
◇◇◇◇
お気に入り登録、エールありがとうございます♡
※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。
※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。
※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
とある虐げられた侯爵令嬢の華麗なる後ろ楯~拾い人したら溺愛された件
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵令嬢リリアーヌは、10歳で母が他界し、その後義母と義妹に虐げられ、
屋敷ではメイド仕事をして過ごす日々。
そんな中で、このままでは一生虐げられたままだと思い、一念発起。
母の遺言を受け、自分で自分を幸せにするために行動を起こすことに。
そんな中、偶然訳ありの男性を拾ってしまう。
しかし、その男性がリリアーヌの未来を作る救世主でーーーー。
メイド仕事の傍らで隠れて淑女教育を完璧に終了させ、語学、経営、経済を学び、
財産を築くために屋敷のメイド姿で見聞きした貴族社会のことを小説に書いて出版し、それが大ヒット御礼!
学んだことを生かし、商会を設立。
孤児院から人材を引き取り育成もスタート。
出版部門、観劇部門、版権部門、商品部門など次々と商いを展開。
そこに隣国の王子も参戦してきて?!
本作品は虐げられた環境の中でも懸命に前を向いて頑張る
とある侯爵令嬢が幸せを掴むまでの溺愛×サクセスストーリーです♡
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です
聖女よ、我に血を捧げよ 〜異世界に召喚されて望まれたのは、生贄のキスでした〜
長月京子
恋愛
マスティア王国に来て、もうどのくらい経ったのだろう。
ミアを召喚したのは、銀髪紫眼の美貌を持った男――シルファ。
彼に振り回されながら、元の世界に帰してくれるという約束を信じている。
ある日、具合が悪そうな様子で帰宅したシルファに襲いかかられたミア。偶然の天罰に救われたけれど、その時に見た真紅に染まったシルファの瞳が気にかかる。
王直轄の外部機関、呪術対策局の局長でもあるシルファは、魔女への嫌悪と崇拝を解体することが役割。
いったい彼は何のために、自分を召喚したのだろう。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる