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第二十四章(終章):天女の夢の終わり

149:飛空艇から見る故郷

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 スーは飛空艇に作られた大きな出窓から、眼下に小さく見えはじめた湖を眺めていた。

「ルカ様、サイオンが見えてきました」

 サイオンの観光名所として有名な湖は、遠目にも巨大だった。湖を囲む山々には雪が降りつもり、地表は白く染められている。暖かくなる気候の到来を前に、クラウディアの帝都にも厳しい寒波が押しよせる時期になっていた。

「雪が積もっています!」

 山脈に囲まれたサイオンの気候は、帝都ほど寒波の影響を受けない。雪が積もるのは年間を通して数えるほどしかないが、珍しく雪化粧をしている。

「白くて、とても綺麗です」

 広い船室の窓枠が、まるで景色を額装しているようにも見える。遠くにスーの故郷をうつしながら、霧のような雲が視界をかすめた。

 スーが少しずつ見えてきたサイオンの光景に見入っていると、窓ガラスに映っていたルカの影が動く。

「ほんとうに真っ白だな」

 彼の声と同時に、スーは背後に気配を感じた。

 ルカが船室に設えられている長椅子ソファから立ち上がって、スーを窓際に閉じこめるように両腕をまわし、出窓の床板に手をついた。

 背後から小柄なスーに寄りそうように立って、同じ窓からの光景を眺めている。
 スーは何のためらいもなく、自分に寄り添ってくれるルカの気配を感じて、じぃんと胸がいっぱいになった。

 つくづく以前をふりかえって反省会をしたい気持ちになる。

(ルカ様がわたしを生理的にうけつけないなんて、どうして思ってしまったのかしら)

 自分の思いこみが、いかに見当違いだったのかを思い知らされる日々である。
 互いへの親しみは、日を経るごとに深くなっていた。
 ルカが心を開いてくれているのが、スーにも伝わってくる。

 はじめは彼と寄りそい、触れあうたびに、スーは極度の緊張や恥じらいに身を固くしていたが、ルカの穏やかな想いが、少しずつスーのとまどいをほどいてくれる。

 だんだんとルカの気配に、気持ちがなじみ始めていた。
 一目惚れのときめきは失われずに宿っているが、自然に寄りそってくれるルカの気配はとても心地が良い。

 スーが手を伸ばせば、いつでも彼に触れられた。そして、彼がスーの手をこばむことはない。

(生理的にうけつけないどころか………)

 スーの当初の心配はすべて杞憂に終わった。女性としての魅力のなさを嘆くような必要はまったくなかったのだ。
 もう形だけの婚約者だと嘆くこともない。
 二人で過ごす日々は、すでに蜜月と言ってもよい幸福感に包まれている。

(やはりルカ様は早くお世継ぎが欲しいのかもしれないわ)

 彼が後継について何かを言ったことはなく、鷹揚にかまえている。けれど、ともに過ごす夜の頻度と密度を思えば、スーにはそう考えることが自然だと思えた。はじめて大人の階段をのぼってからは、くりかえし甘美な夜に誘いこまれている。

(何としてもルカ様の期待に応えなければ!)

 めらめらと闘志を燃やしていると、スーの背後で小さく笑う声がした。

「スーがまた勇ましい顔をしている」

「あ!」

 意欲が顔に出ていたのかと、スーは顔面をひきしめる。

「その、………サイオンへの訪問は、ルカ様とご一緒する初めての公務なので頑張ろうと気合いをいれておりました」

 咄嗟に理由をすり替えて、スーは外の光景からふりかえる。長身のルカの顔を仰ぐと、眩暈がしそうな麗しいほほ笑みがあった。

「こうして訪れてみると、サイオンは遠い異国だ」

「はい」

「スー、クラウディアへ………、私のもとへ来てくれてありがとう」

 あらためて与えられた、ルカからの歓迎。初めて出会った時とは違い、それは想いをともなっていた。 
 彼がふたたび窓の外へ目を向ける。

「あなたの故郷は綺麗だな」

 眼下に広がる光景を見るルカの表情が優しい。胸に染みわたるような親しみに満ちた声が、スーの心を支えるように広がって、柔らかに響く。

 辺境の小国となるサイオンを、彼は変わらず慈しんでくれるのだろう。
 スーはユエンと二人で帝国クラウディアへ向かって発った日のことを思いだす。

 幸せになってみせるという意気ごみと、不安だけをかかえて飛空艇に乗船した記憶。
 あの時はこんな気持ちでふたたび飛空艇に乗るとは、思いもよらなかった。

「ありがとうございます、ルカ様」

 彼の気持ちをかみしめて答えると、柔らかな金髪がスーの頬に落ちかかってくる。ルカの力強い腕に抱かれて、スーは口づけを待つように、そっと目を閉じた。
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