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第二十二章:皇太子と王女の関係
140:皇太子の切なる想い
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こんな気持ちで女性に求婚する日が来るとは、以前のルカなら夢にも思わなかっただろう。
スーが無自覚にルカに与える世界は広がっていく。
求婚という、愛しい女性に愛を乞う行為。
義務でも責任でもなく、心から彼女との未来を望んでいる。
幸せなことだと素直に感じた。
けれど(まったく現実感がございません!)というスーの状態を見て、ルカは一筋縄ではいかないものを感じた。
これまでの自分のふるまいが招いた結果として受け止める覚悟はしている。
スーが自分の想いを信じられなくなっているのなら、くりかえし伝え続けるだけであり、何も難しいことはなかった。
なかったはずだった。
「もしかして、ルカ様の気持ちはただの吊り橋効果なのでは……?」
純真無垢なスーがここまで猜疑心を強くするには、ルカに対してこれまでに相当な挫折があったはずである。
「絶体絶命の窮地が、ルカ様にわたしのことが愛しいと錯覚させたのではありませんか? 実際、ルカ様はお目覚めになってから、とても優しくて甘い声でお話をされます」
スーは少しずつ求婚の衝撃から我にかえり、地に足がついてきたようだ。ルカは握っていた彼女の手を離すと、立ち上がってゆっくりとスーに寄り添うように隣に座った。
まだ呆然としている彼女の赤い瞳を見ながら、ほほ笑んで見せる。
「それは、もうスーへの気持ちを隠す必要がなくなったからです」
スーは赤い目を見開いてルカを凝視する。
「やはりおかしいです。以前からわたしのことが好きだったということになってしまいます」
「わたしはスーを失いたくないから、このような無茶をしたのですが」
「それは皇太子としての責任感でーー」
「あなたのことを愛しているからです!」
食い気味に主張すると、ますますスーの目が大きくなる。みるみる紅潮する顔をみて、ルカはようやくスーが愛の告白を意識したのだと見極めた。
「責任感だけで女性に命を賭けられるほど、私はお人好しではありませんよ」
「でも、……でも、ルカ様はわたしのことがまったく好みではありません!」
「好みです。だから求婚してーー」
「絶対に嘘です! わたしはこれまで何度もルカ様の寝室に突撃したのに、まったく何も起きなかったのですよ!」
ものすごい主張だったが、ルカはスーらしいと小さく笑ってしまう。
「肌を露出してみたり、しなだれかかってみたり、ルカ様の体に触れたり、抱きついてみたり、胸をおし付けてみたり、ヘレナ様にいただいたワインを盛ってみたり、ありとあらゆる姑息なお色気作戦をこれでもかと実践したのに、ルカ様はまったく引っかかってくれませんでした!」
「………………」
笑っている場合ではないほどの、特大の爆弾発言が炸裂していた。
スーの大胆な暴露で、ルカはこれまでに忍耐でしのぎ、辛酸をなめるような思いをした数々の夜を思い出す。酔った勢いで蠱惑的になるのかと思っていたが、どうやらかなり意図的に誘っていた部分があるらしい。
今となってはスーの誘惑に耐え切った自分を称賛する気にもならない。
精神的な苦痛だけを比べると、パルミラの火災による負傷よりも、圧倒的にスーとの晩酌の夜に軍配があがる。
「ヘレナ様もご令嬢方も、館の者も、そこまでして落ちないのはおかしいと仰っていました。絶対に何か理由があると! ですから、これはもう、わたしのことが生理的に受け付けないとしか思いようがありません!」
色んなことを吹きこんでいたのだろうと、ルカはスーの周りの者に対して忌々しい気持ちが湧いた。おかげで自分がどれほどの我慢を強いられたかを考えると、表情が険しくなってしまう。
そして、スーがルカの気持ちを見失う決定的な原因も、そこに根ざしているのだ。なんとなく予想はしていたが、はっきり打ち明けられると、予想以上にスーには女性としての挫折感が募っていたようだった。
こればかりは初心なスーを幼いと決めつけていた自分にも非がある。彼女の乙女心は、ルカの苦痛とは比較にならないほど傷ついていたのだろう。
「そして、わたしはその原因がわかりました。自分がどうして駄目だったのか。人間の複製なんて、自分でも気持ち悪いと思います。でも、それで諦めがつきました。わたしはもうルカ様とおしどり夫婦になりたいなんて言いません。だから、もう良いのです。ルカ様には自分の好みの女性と幸せになってほしいです!」
婚約を白紙に戻したいと言い出した理由に重なるが、明らかになるほど、スーの思いは切ない。
彼女にこんなことを言わせる自分に、ルカはやりきれいない苛立ちがつのる。
否定させているのは、誰でもない自分なのだ。
与えられているだけで、自分は何一つ彼女に与えていない。その不甲斐なさを、あらためて強く噛みしめる。
大切にするだけでは足りない。彼女の笑顔をまもり、幸せにしたいのだ。
これから少しでも、挽回する機会があるのだろうか。
「スー」
ルカは膝の上で組み合わせている彼女の両手が震えていることに気づいた。
胸が締めつけられるような痛みを感じる。
何もかもが、ただ愛しかった。
「あなたを愛している」
小柄な体を引き寄せて抱きしめる。柔らかなぬくもりが愛しい。
彼女の髪に頬を埋めると、甘い香りに包まれた。
何をどんなふうに伝えれば良いのかわからない。
どんなふうに言えば伝わるのか。伝わると思っていることが、すでに傲慢なのか。
「信じてほしいとは言わない。でも、スーに私の気持ちが届くまで、何度でも伝えます」
「――ルカ様……っ」
「愛していると伝えます。私が死ぬまで、何度でも。……だから、これからも傍にいてください。――私の唯一の妃として」
「お願いです」と乞うルカの囁きは、腕の中で泣く、スーの小さな嗚咽にかき消された。
スーが無自覚にルカに与える世界は広がっていく。
求婚という、愛しい女性に愛を乞う行為。
義務でも責任でもなく、心から彼女との未来を望んでいる。
幸せなことだと素直に感じた。
けれど(まったく現実感がございません!)というスーの状態を見て、ルカは一筋縄ではいかないものを感じた。
これまでの自分のふるまいが招いた結果として受け止める覚悟はしている。
スーが自分の想いを信じられなくなっているのなら、くりかえし伝え続けるだけであり、何も難しいことはなかった。
なかったはずだった。
「もしかして、ルカ様の気持ちはただの吊り橋効果なのでは……?」
純真無垢なスーがここまで猜疑心を強くするには、ルカに対してこれまでに相当な挫折があったはずである。
「絶体絶命の窮地が、ルカ様にわたしのことが愛しいと錯覚させたのではありませんか? 実際、ルカ様はお目覚めになってから、とても優しくて甘い声でお話をされます」
スーは少しずつ求婚の衝撃から我にかえり、地に足がついてきたようだ。ルカは握っていた彼女の手を離すと、立ち上がってゆっくりとスーに寄り添うように隣に座った。
まだ呆然としている彼女の赤い瞳を見ながら、ほほ笑んで見せる。
「それは、もうスーへの気持ちを隠す必要がなくなったからです」
スーは赤い目を見開いてルカを凝視する。
「やはりおかしいです。以前からわたしのことが好きだったということになってしまいます」
「わたしはスーを失いたくないから、このような無茶をしたのですが」
「それは皇太子としての責任感でーー」
「あなたのことを愛しているからです!」
食い気味に主張すると、ますますスーの目が大きくなる。みるみる紅潮する顔をみて、ルカはようやくスーが愛の告白を意識したのだと見極めた。
「責任感だけで女性に命を賭けられるほど、私はお人好しではありませんよ」
「でも、……でも、ルカ様はわたしのことがまったく好みではありません!」
「好みです。だから求婚してーー」
「絶対に嘘です! わたしはこれまで何度もルカ様の寝室に突撃したのに、まったく何も起きなかったのですよ!」
ものすごい主張だったが、ルカはスーらしいと小さく笑ってしまう。
「肌を露出してみたり、しなだれかかってみたり、ルカ様の体に触れたり、抱きついてみたり、胸をおし付けてみたり、ヘレナ様にいただいたワインを盛ってみたり、ありとあらゆる姑息なお色気作戦をこれでもかと実践したのに、ルカ様はまったく引っかかってくれませんでした!」
「………………」
笑っている場合ではないほどの、特大の爆弾発言が炸裂していた。
スーの大胆な暴露で、ルカはこれまでに忍耐でしのぎ、辛酸をなめるような思いをした数々の夜を思い出す。酔った勢いで蠱惑的になるのかと思っていたが、どうやらかなり意図的に誘っていた部分があるらしい。
今となってはスーの誘惑に耐え切った自分を称賛する気にもならない。
精神的な苦痛だけを比べると、パルミラの火災による負傷よりも、圧倒的にスーとの晩酌の夜に軍配があがる。
「ヘレナ様もご令嬢方も、館の者も、そこまでして落ちないのはおかしいと仰っていました。絶対に何か理由があると! ですから、これはもう、わたしのことが生理的に受け付けないとしか思いようがありません!」
色んなことを吹きこんでいたのだろうと、ルカはスーの周りの者に対して忌々しい気持ちが湧いた。おかげで自分がどれほどの我慢を強いられたかを考えると、表情が険しくなってしまう。
そして、スーがルカの気持ちを見失う決定的な原因も、そこに根ざしているのだ。なんとなく予想はしていたが、はっきり打ち明けられると、予想以上にスーには女性としての挫折感が募っていたようだった。
こればかりは初心なスーを幼いと決めつけていた自分にも非がある。彼女の乙女心は、ルカの苦痛とは比較にならないほど傷ついていたのだろう。
「そして、わたしはその原因がわかりました。自分がどうして駄目だったのか。人間の複製なんて、自分でも気持ち悪いと思います。でも、それで諦めがつきました。わたしはもうルカ様とおしどり夫婦になりたいなんて言いません。だから、もう良いのです。ルカ様には自分の好みの女性と幸せになってほしいです!」
婚約を白紙に戻したいと言い出した理由に重なるが、明らかになるほど、スーの思いは切ない。
彼女にこんなことを言わせる自分に、ルカはやりきれいない苛立ちがつのる。
否定させているのは、誰でもない自分なのだ。
与えられているだけで、自分は何一つ彼女に与えていない。その不甲斐なさを、あらためて強く噛みしめる。
大切にするだけでは足りない。彼女の笑顔をまもり、幸せにしたいのだ。
これから少しでも、挽回する機会があるのだろうか。
「スー」
ルカは膝の上で組み合わせている彼女の両手が震えていることに気づいた。
胸が締めつけられるような痛みを感じる。
何もかもが、ただ愛しかった。
「あなたを愛している」
小柄な体を引き寄せて抱きしめる。柔らかなぬくもりが愛しい。
彼女の髪に頬を埋めると、甘い香りに包まれた。
何をどんなふうに伝えれば良いのかわからない。
どんなふうに言えば伝わるのか。伝わると思っていることが、すでに傲慢なのか。
「信じてほしいとは言わない。でも、スーに私の気持ちが届くまで、何度でも伝えます」
「――ルカ様……っ」
「愛していると伝えます。私が死ぬまで、何度でも。……だから、これからも傍にいてください。――私の唯一の妃として」
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