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第二十一章:サイオンの希望
121:すべてを賭けて
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リンから衣装を贈られた翌日、パルミラでの皇太子と王女の会見日程が決定した。リンの希望を鑑みて日取りには多少の猶予が設けられている。
軍はパルミラの探索から手を引いているが、皇太子の訪問を無警戒に実施することはできない。会見場の偵察のために軍の飛空艇が現地に入ることは、ディオクレアも承諾したようだった。
パルミラは帝都からは遠く、飛空艇を使っても一日かかる距離がある。
ルカは偵察に乗じて早急にパルミラに赴く算段を整えている。スーの安否を思うと暗い気持ちが競り上がってくる。居ても立ってもいられない気持ちになり、自身を平静に保つことが苦痛だった。
「リン殿からは数日音沙汰がございませんが……」
王宮の執務室でルキアが端末から顔をあげて、同じように自身の机で端末を眺めていたルカに声をかけた。
「彼とは昨夜話をした。軍の偵察の準備が整いしだい発つことになると思う」
「かしこまりました。では偵察隊の予定を元に殿下の日程も調整に入ります」
「ああ、頼む。ありがとう」
リンの自信に満ちた態度から、ルカはスーを奪還できる信憑性の高さを感じている。心強いことだったが、ルカの胸中は複雑だった。スーを奪還した先の道筋はリンとは大きく異なるのだ。意識しないわけにはいかず、別の懸念が高まっていく。
天女の設計から外れた者の粛清。守護者であるリン主導のもと、サイオンは迷わず決行するだろう。
粛清が実現すると、スーの未来は最も忌避すべき未来へと向かってしまう。
止めるためにはサイオンに施された抑制機構を解く方法が不可欠となるが、それは天女の設計から外れた者の手の中にある。
スーにそっくりな女。同じ女帝の複製。
パルミラにある者は敵でもあり、ルカにとっては守らねばならない者でもあった。
スーを取り戻した後、粛清に動くサイオンをどのように抑止するのか。
ルカが独りでできることは限られている。
スーとの未来を望むのなら、いつまでも皇家とサイオンの関係を近臣に黙っているべきではない。
リンの警告もそのことを含んでいたのだろう。真意を語れない立場で、彼は最大限の助言をしてくれたのだ。
策を講じておかねば取り返しのつかないことになる。
わかっていても、周りの者に打ち明けることには迷いが生じた。
巻き込んでしまえば、機密を共有したものとしてサイオンの粛清の対象になる。サイオンを相手に漏洩を秘匿しきれるだろうか。
サイオンにとって、漏洩は決して許されない。
抑制機構の解除が果たされなかった場合、失われるのはスーの未来だけではなくなるのだ。すべてを失うに等しい惨憺たる結果になるだろう。
協力を乞うことは、近臣の命を預かるに等しい行為だった。
もう何度目になるかもわからない葛藤であり、ルカは自分がとうに答えを出していることもわかっていた。
(考えても無意味なことだが……)
ルカはこちらを見ているルキアを見た。彼は皇帝であるユリウスに諭されてから、思うことがあったのか何かを問い詰めてくることもない。
それでも内心では腑に落ちていないだろうことは想像がついた。
(私はもう心を決めた。だから、話さなければならないことだ)
スーとの未来を諦めない。
その希望に進むためには、必要な選択になる。
皇太子として今さら命を預かることに怖気づくのも可笑しな話だった。
いつでも帝国クラウディアの施政者として物事を捉えてきた。
責任を背負う覚悟は物心ついた時から叩き込まれているのだ。
「ルキア、ネルバ候ーーガウスの予定はどうなっている? 王宮に呼び出すことは可能か?」
「少々お待ちください」
ルキアが手元の端末を操作して、再びこちらに顔をあげた。
「第零都から帝都に戻られているようです。偵察隊の件で何かお伝えになることが?」
「……そうだな」
「かしこまりました。では、どちらでお話になりますか」
「こちらに呼んでほしい」
端末を操作していたルキアの手がふいに止まった。怪訝な目が向けられたが、ルカは迷わず告げた。
「大事な話がある。おまえにも同席してほしい」
いつもどおりに声をかけたつもりだったが、ルキアはそれだけで察したようだった。知的な表情に一筋の緊張が走る。
「かしこまりました」
ルキアの紫の瞳は嫌悪感をうつさない。決然とした色が宿っていた。
ルカは自分の鼓動が速くなるのを感じた。
皇家の掟を破り王命に背く行為。けれど、今さら彼らへの信頼を疑うことはない。
クラウディアとサイオンの歪な契約。
それを打ち破った先にしか、ルカの望む未来は開かれない。
すべてを賭けて成しとげると決意したのだ。
もう、ためらってはいられなかった。
軍はパルミラの探索から手を引いているが、皇太子の訪問を無警戒に実施することはできない。会見場の偵察のために軍の飛空艇が現地に入ることは、ディオクレアも承諾したようだった。
パルミラは帝都からは遠く、飛空艇を使っても一日かかる距離がある。
ルカは偵察に乗じて早急にパルミラに赴く算段を整えている。スーの安否を思うと暗い気持ちが競り上がってくる。居ても立ってもいられない気持ちになり、自身を平静に保つことが苦痛だった。
「リン殿からは数日音沙汰がございませんが……」
王宮の執務室でルキアが端末から顔をあげて、同じように自身の机で端末を眺めていたルカに声をかけた。
「彼とは昨夜話をした。軍の偵察の準備が整いしだい発つことになると思う」
「かしこまりました。では偵察隊の予定を元に殿下の日程も調整に入ります」
「ああ、頼む。ありがとう」
リンの自信に満ちた態度から、ルカはスーを奪還できる信憑性の高さを感じている。心強いことだったが、ルカの胸中は複雑だった。スーを奪還した先の道筋はリンとは大きく異なるのだ。意識しないわけにはいかず、別の懸念が高まっていく。
天女の設計から外れた者の粛清。守護者であるリン主導のもと、サイオンは迷わず決行するだろう。
粛清が実現すると、スーの未来は最も忌避すべき未来へと向かってしまう。
止めるためにはサイオンに施された抑制機構を解く方法が不可欠となるが、それは天女の設計から外れた者の手の中にある。
スーにそっくりな女。同じ女帝の複製。
パルミラにある者は敵でもあり、ルカにとっては守らねばならない者でもあった。
スーを取り戻した後、粛清に動くサイオンをどのように抑止するのか。
ルカが独りでできることは限られている。
スーとの未来を望むのなら、いつまでも皇家とサイオンの関係を近臣に黙っているべきではない。
リンの警告もそのことを含んでいたのだろう。真意を語れない立場で、彼は最大限の助言をしてくれたのだ。
策を講じておかねば取り返しのつかないことになる。
わかっていても、周りの者に打ち明けることには迷いが生じた。
巻き込んでしまえば、機密を共有したものとしてサイオンの粛清の対象になる。サイオンを相手に漏洩を秘匿しきれるだろうか。
サイオンにとって、漏洩は決して許されない。
抑制機構の解除が果たされなかった場合、失われるのはスーの未来だけではなくなるのだ。すべてを失うに等しい惨憺たる結果になるだろう。
協力を乞うことは、近臣の命を預かるに等しい行為だった。
もう何度目になるかもわからない葛藤であり、ルカは自分がとうに答えを出していることもわかっていた。
(考えても無意味なことだが……)
ルカはこちらを見ているルキアを見た。彼は皇帝であるユリウスに諭されてから、思うことがあったのか何かを問い詰めてくることもない。
それでも内心では腑に落ちていないだろうことは想像がついた。
(私はもう心を決めた。だから、話さなければならないことだ)
スーとの未来を諦めない。
その希望に進むためには、必要な選択になる。
皇太子として今さら命を預かることに怖気づくのも可笑しな話だった。
いつでも帝国クラウディアの施政者として物事を捉えてきた。
責任を背負う覚悟は物心ついた時から叩き込まれているのだ。
「ルキア、ネルバ候ーーガウスの予定はどうなっている? 王宮に呼び出すことは可能か?」
「少々お待ちください」
ルキアが手元の端末を操作して、再びこちらに顔をあげた。
「第零都から帝都に戻られているようです。偵察隊の件で何かお伝えになることが?」
「……そうだな」
「かしこまりました。では、どちらでお話になりますか」
「こちらに呼んでほしい」
端末を操作していたルキアの手がふいに止まった。怪訝な目が向けられたが、ルカは迷わず告げた。
「大事な話がある。おまえにも同席してほしい」
いつもどおりに声をかけたつもりだったが、ルキアはそれだけで察したようだった。知的な表情に一筋の緊張が走る。
「かしこまりました」
ルキアの紫の瞳は嫌悪感をうつさない。決然とした色が宿っていた。
ルカは自分の鼓動が速くなるのを感じた。
皇家の掟を破り王命に背く行為。けれど、今さら彼らへの信頼を疑うことはない。
クラウディアとサイオンの歪な契約。
それを打ち破った先にしか、ルカの望む未来は開かれない。
すべてを賭けて成しとげると決意したのだ。
もう、ためらってはいられなかった。
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