上 下
121 / 170
第二十一章:サイオンの希望

121:すべてを賭けて

しおりを挟む
 リンから衣装を贈られた翌日、パルミラでの皇太子と王女の会見日程が決定した。リンの希望を鑑みて日取りには多少の猶予が設けられている。

 軍はパルミラの探索から手を引いているが、皇太子の訪問を無警戒に実施することはできない。会見場の偵察のために軍の飛空艇が現地に入ることは、ディオクレアも承諾したようだった。

 パルミラは帝都からは遠く、飛空艇を使っても一日かかる距離がある。

 ルカは偵察に乗じて早急にパルミラに赴く算段を整えている。スーの安否を思うと暗い気持ちが競り上がってくる。居ても立ってもいられない気持ちになり、自身を平静に保つことが苦痛だった。

「リン殿からは数日音沙汰がございませんが……」

 王宮の執務室でルキアが端末から顔をあげて、同じように自身のデスクで端末を眺めていたルカに声をかけた。

「彼とは昨夜話をした。軍の偵察の準備が整いしだい発つことになると思う」

「かしこまりました。では偵察隊の予定を元に殿下の日程も調整に入ります」

「ああ、頼む。ありがとう」

 リンの自信に満ちた態度から、ルカはスーを奪還できる信憑性の高さを感じている。心強いことだったが、ルカの胸中は複雑だった。スーを奪還した先の道筋はリンとは大きく異なるのだ。意識しないわけにはいかず、別の懸念が高まっていく。

 天女の設計デザインから外れた者の粛清。守護者であるリン主導のもと、サイオンは迷わず決行するだろう。

 粛清が実現すると、スーの未来は最も忌避すべき未来へと向かってしまう。

 止めるためにはサイオンに施された抑制機構を解く方法が不可欠となるが、それは天女の設計デザインから外れた者の手の中にある。

 スーにそっくりな女。同じ女帝の複製。
 パルミラにある者は敵でもあり、ルカにとっては守らねばならない者でもあった。

 スーを取り戻した後、粛清に動くサイオンをどのように抑止するのか。
 ルカが独りでできることは限られている。

 スーとの未来を望むのなら、いつまでも皇家とサイオンの関係を近臣に黙っているべきではない。
 リンの警告もそのことを含んでいたのだろう。真意を語れない立場で、彼は最大限の助言をしてくれたのだ。

 策を講じておかねば取り返しのつかないことになる。
 わかっていても、周りの者に打ち明けることには迷いが生じた。

 巻き込んでしまえば、機密を共有したものとしてサイオンの粛清の対象になる。サイオンを相手に漏洩を秘匿しきれるだろうか。

 サイオンにとって、漏洩は決して許されない。
 抑制機構の解除が果たされなかった場合、失われるのはスーの未来だけではなくなるのだ。すべてを失うに等しい惨憺たる結果になるだろう。

 協力を乞うことは、近臣の命を預かるに等しい行為だった。
 もう何度目になるかもわからない葛藤であり、ルカは自分がとうに答えを出していることもわかっていた。

(考えても無意味なことだが……)

 ルカはこちらを見ているルキアを見た。彼は皇帝であるユリウスに諭されてから、思うことがあったのか何かを問い詰めてくることもない。
 それでも内心では腑に落ちていないだろうことは想像がついた。

(私はもう心を決めた。だから、話さなければならないことだ)

 スーとの未来を諦めない。
 その希望に進むためには、必要な選択になる。

 皇太子として今さら命を預かることに怖気づくのも可笑しな話だった。
 いつでも帝国クラウディアの施政者として物事を捉えてきた。

 責任を背負う覚悟は物心ついた時から叩き込まれているのだ。

「ルキア、ネルバ候ーーガウスの予定はどうなっている? 王宮に呼び出すことは可能か?」

「少々お待ちください」

 ルキアが手元の端末を操作して、再びこちらに顔をあげた。

「第零都から帝都に戻られているようです。偵察隊の件で何かお伝えになることが?」

「……そうだな」

「かしこまりました。では、どちらでお話になりますか」

「こちらに呼んでほしい」

 端末を操作していたルキアの手がふいに止まった。怪訝な目が向けられたが、ルカは迷わず告げた。

「大事な話がある。おまえにも同席してほしい」

 いつもどおりに声をかけたつもりだったが、ルキアはそれだけで察したようだった。知的な表情に一筋の緊張が走る。

「かしこまりました」

 ルキアの紫の瞳は嫌悪感をうつさない。決然とした色が宿っていた。
 ルカは自分の鼓動が速くなるのを感じた。

 皇家の掟を破り王命に背く行為。けれど、今さら彼らへの信頼を疑うことはない。
 クラウディアとサイオンの歪な契約。
 それを打ち破った先にしか、ルカの望む未来は開かれない。

 すべてを賭けて成しとげると決意したのだ。
 もう、ためらってはいられなかった。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。

銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。 しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。 しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

本当は、愛してる

双子のたまご
恋愛
私だけ、幸せにはなれない。 たった一人の妹を失った、女の話。

マグノリア・ブルーム〜辺境伯に嫁ぎましたが、私はとても幸せです

花野未季
恋愛
公爵家令嬢のマリナは、父の命により辺境伯に嫁がされた。肝心の夫である辺境伯は、魔女との契約で見た目は『化物』に変えられているという。 お飾りの妻として過ごすことになった彼女は、辺境伯の弟リヒャルトに心惹かれるのだった……。 少し古風な恋愛ファンタジーですが、恋愛少な目(ラストは甘々)で、山なし落ちなし意味なし、しかも伏線や謎回収なし。もろもろ説明不足ですが、お許しを! 設定はふんわりです(^^;) シンデレラ+美女と野獣ですσ(^_^;) エブリスタ恋愛ファンタジートレンドランキング日間1位(2023.10.6〜7) Berry'z cafe編集部オススメ作品選出(2024.5.7)

とある虐げられた侯爵令嬢の華麗なる後ろ楯~拾い人したら溺愛された件

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵令嬢リリアーヌは、10歳で母が他界し、その後義母と義妹に虐げられ、 屋敷ではメイド仕事をして過ごす日々。 そんな中で、このままでは一生虐げられたままだと思い、一念発起。 母の遺言を受け、自分で自分を幸せにするために行動を起こすことに。 そんな中、偶然訳ありの男性を拾ってしまう。 しかし、その男性がリリアーヌの未来を作る救世主でーーーー。 メイド仕事の傍らで隠れて淑女教育を完璧に終了させ、語学、経営、経済を学び、 財産を築くために屋敷のメイド姿で見聞きした貴族社会のことを小説に書いて出版し、それが大ヒット御礼! 学んだことを生かし、商会を設立。 孤児院から人材を引き取り育成もスタート。 出版部門、観劇部門、版権部門、商品部門など次々と商いを展開。 そこに隣国の王子も参戦してきて?! 本作品は虐げられた環境の中でも懸命に前を向いて頑張る とある侯爵令嬢が幸せを掴むまでの溺愛×サクセスストーリーです♡ *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

聖女よ、我に血を捧げよ 〜異世界に召喚されて望まれたのは、生贄のキスでした〜

長月京子
恋愛
マスティア王国に来て、もうどのくらい経ったのだろう。 ミアを召喚したのは、銀髪紫眼の美貌を持った男――シルファ。 彼に振り回されながら、元の世界に帰してくれるという約束を信じている。 ある日、具合が悪そうな様子で帰宅したシルファに襲いかかられたミア。偶然の天罰に救われたけれど、その時に見た真紅に染まったシルファの瞳が気にかかる。 王直轄の外部機関、呪術対策局の局長でもあるシルファは、魔女への嫌悪と崇拝を解体することが役割。 いったい彼は何のために、自分を召喚したのだろう。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...