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第二十章:サイオンの真実と王女

117:罠だとわかっていても

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「ルカ、これはディオクレアの罠であり、おまえがパルミラに赴くことは危険である。それがここでの一致した見解だが、おまえはどう受け止める?」

 ああ、とルカはユリウスの配慮にきづく。
 皇帝と対等あるいはそれ以上の交渉を実現したディオクレア。

 全てを話すことができなくても、政敵に弱みを握られたことを宰相とルキアが共有しているなら、ルカは素直に自分の考えを告げられるのだ。

「私にディオクレア大公の奏上を拒否する選択肢はないのではありませんか」

 ルキアがじっとルカを見つめるが、何かを言うことはなかった。何も知らないままであれば、敵の罠に飛び込むような真似には、矢のような批判と反論があっただろう。

「ディオクレア大公の野望を阻止するかどうか、最終的には陛下が決断されるでしょう。それは大きな覚悟を伴うものになりますが、陛下はすでに念頭に置かれている。でも私はまだ諦めたくはありません」

「罠だとわかっていても、ディオクレアの提案に従うということか?」

「はい」

 ユリウスが皇帝の目でルカを見つめている。いつもの憐憫の情はない厳しい眼差しだった。

「スー王女との話し合いが決裂するということが、何を意味するのかわかっているのか?」

「はい。ディオクレア大公は私の非道な人間性を喧伝し、継承権剥奪と元帥職更迭への道筋に繋げたい。パルミラに赴くことは、大公の希望を叶える大きな布石になる。そして間違いなくそのように仕組まれている。陛下の危惧は理解しているつもりです」

 はっきりと答えると、ユリウスの表情に興味深げな色が浮かんだ。

「ーー罠に乗り込むにあたって、おまえには何か策があるのか?」

 ルカが隣にかけているリンを見る。装飾に隠されていない赤い右目は、好奇心を刺激された子供のように輝いていた。集った者たちの深刻な顔を嘲笑うかのような自信に満ちている。

「陛下、策はあります。現状の解決策は我が国の王女を取り戻す。その一点に集約されるかと思いますが」

「では、サイオンが動くと?」

「もちろんです。実はすでにパルミラにある大公殿下の拠点は突き止めています。敵の監視をかいくぐることに少々問題を感じていましたが、大公殿下からそのような奏上があったのであれば、幸運としか言いようがありません」

 ユリウスにはウォルト家を通じて麗眼布の応用が仕込まれた生地を手に入れたことは伝えている。リンが抑制機構を逆手にとられた状況に策を練っていることは予想がつくだろう。

「皇太子殿下と我が王女の話し合いの場が設けられるのであれば、敵の策が動く前に王女を取り戻すまで。もしこちらからの要望が可能であれば、話し合いまでの日取りに多少の猶予があれば嬉しいですが」

 リンは黙って動向を見守っているベリウス宰相とルキアを見た。

「王女の奪還は叶えてみせます」

 ルカも驚くほどはっきりとした断言だった。リンはすでに麗眼布の応用が施された意匠から、サイオンを足止めする抑制を無効にする方法を見つけたのかもしれない。ルカもまだはっきりと聞いていないが、これほどの自信をもって確約するのなら、リンには勝算があるのだ。

 スーを奪還したその先は、サイオンの抑制機構との戦いにつながる。

 色濃くよぎる影が横たわっているが、ルカはあえて思考の先に蓋をする。今は目の前の問題を解決するべきだった。
 リンはにこやかな笑みを浮かべたままユリウスを見た。

「そういう算段がありますので、ディオクレア大公殿下の奏上はぜひ受けていただきたいです」

「ーーなるほど」

 ユリウスもリンに解決に至る道筋を見たようだった。

「サイオンの守護者を疑う理由はない。ではディオクレア大公からの提案は受ける方向で話を進める」

 宰相もルキアも沈黙を守っている。胸中は複雑だろうが、サイオンが秘密裏に動くことが最適解であることは認めざるを得ないだろう。

「ルカ。異論はないか」

 ユリウスが再びルカに視線を向けた。湖底で照り返す光を映すような、淡さを帯びた青い瞳。
 自分とよく似た瞳の色を見るたびに、ルカは眺めるべき世界も同じになりたいと憧れ畏れてきた。

「はい、陛下」

 答えるとユリウスが頷いた。ルカはふたたび、厳かな皇帝の眼差しに緩やかな哀れみが滲んでいるのを感じていた。
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