112 / 170
第十九章:天女の守護者と皇太子
112:王女の虚言
しおりを挟む
レオンの陽光を透かした緑条の色を思わせる瞳には、揺るぎない決意が見え隠れしていた。
「私も皇太子殿下と王女の婚約を祝福できません。ただ、これは一部報道が伝えるような、私と王女の関係を証明するものではなく、スー王女の置かれた状況を考えての発言です。皇帝陛下も皇太子殿下も外交による交易を重んじるという理念があおりです。それはサイオンという小国にも同じに貫かねばなりません。他国に等しくサイオンにも敬意を払い、スー王女の気持ちにも寄り添っていただきたいと思います」
レオンの容姿は例えるなら、まるで妖精のような美貌である。人の警戒心を和らげるあどけなさが残るが、発言は淀みなく幼いという印象はない。第二王子に相応しい堂々とした様子である。
ルカはそっと吐息をつく。レオンの言葉は相変わらず優等生な発言だった。
ディオクレアが後見しているが、レオン自身は置かれた状況や立ち位置にうとい気がしていた。彼が何かを語る時は、いつも皇帝陛下の意見を尊重する発言が目立つ。
ディクレオアの思惑であるのかもしれないが、ルカの印象としてはレオンが何を考えているのかは、いまいち読みきれない。
レオンの発言が終わると、ずっと俯いていたスーがゆっくりと顔をあげた。別人のように感情の乏しい表情をしている。
光の加減なのか、鮮やかな赤い瞳が暗くくすんで見えた。赤というよりは黒目に近い。
彼女の一文字に引き結ばれていた唇が動く。
「皇太子殿下は……」
聴き慣れた声だったが抑揚が失われている。ルカとリンが固唾を呑んで見守っていると、画面上のスーが一息に語った。
「皇太子殿下はわたくしを疎んでおられます。わたくしはこれまで立派な皇太子妃となるために、また皇太子殿下のお力になれるよう精一杯励んで参りましたが、皇太子殿下にはご理解いただけません。疎まれながら、これ以上お傍でお仕えすることは辛く耐えがたいことです。そのため、先日の婚約披露でレオン殿下に助けを求めました。レオン殿下を祝福するべき場であったのに本当に申し訳なかったと感じています。ですが、皇太子殿下のわたくしに対する監視はあつく、その契機にすがるより他に手段がございませんでした」
淀みなく無感情に、痛々しい告白をしたサイオンの王女。
追い討ちのように彼女が語る。
「皇帝陛下、どうか皇太子殿下とわたくしの婚約破棄をお考えください。それがわたくしの望みです」
情感のない声音が、余計に彼女を哀れに見せた。
作り物めいた美貌の王女。スーと同じ顔貌、声。
けれど、これはいったい誰だろうというのが、ルカの素直な感想だった。脳裏にルクス総帥であるテオドラがもたらした動画の女が過ぎった。鮮やかさのない赤い瞳も、疑似的なカラーレンズを使って黒目を隠す演出ではないのかと思える。
あるいは、これがサイオンの思想抑制を自在に扱うことの成果なのだろうか。
どちらにしても、そこにルカの知っているスーの面影はない。
「リン殿……」
向かいのソファにかけて画面に見入っているリンの横顔が、こちらを見るように角度をかえる。ルカは彼によびかける声がかすれていることで、ようやく自分が動揺していることに気づいた。
「もしスーに施されていた思想抑制を利用することができれば、このような言質を引き出すことも可能だと、そういうことでしょうか」
ルカの問いに、リンはフフッとおかしそうに笑う。
「おや? ルカ殿下にはこれがスーに見えると?」
「いえ、予想としては例の動画の女性ではないかと感じておりますが、サイオンの技術は侮れませんので」
リンは笑いながら頷く。
「そうだね。殿下の予想通りこれはスーじゃない。スーにはもっと愛嬌がある!」
冗談を語るように勢いよく言い放ってから、リンの赤い瞳がルカを見据えた。
「ルカ殿下、サイオンの思想抑制は深層に施された枷みたいなものです。本能的な恐怖や嫌悪を引き出すことはできるけど、こんなふうに理路整然とした発言をさせるような操り方はできない。僕はそう考えていますけどね」
リンの説明は腑に落ちる。的確に操れるのであればスーを奪うにあたって、婚約披露を利用するやり方はしなかったはずである。
「でも、この女もなかなか侮れないね」
リンが興味深そうに画面上の女を眺めている。ルカも改めて女を見た。
スーやリンがもつ鮮やかな赤い瞳とは異なる暗い赤眼。スーの輝くような瞳を見慣れていたルカにとっては、かえって違和感として浮かび上がる。
スーと同じ容貌を持ちながら、何もかもがまるで似ていないという印象だった。
ルカは画面の女から、何かを探るような目をしているリンの横顔を見つめた。
「侮れないというのは? サイオンの抑制から外れた天女の複製だからですか?」
「それもあるけど……」
リンは大画面に映るスーに類似した女を見つめたまま、何かを企むような顔で笑った。
それ以上は語る気がないのか何も言わない。
ディオクレアが再び何かを訴えている。これまでに小さな汚点として囁かれていた噂。
不名誉な夜の華。皇太子との不仲。
あちこちに描かれていた染みが、ディオクレアの演説によってつながり、一つの大きな絵を完成させる。
その醜悪な絵が、いったい人々の目にどのように映るのか。
(スーは無事なのだろうか)
晴れない気持ちを抱えたまま、ルカは傍に置いていた自身の端末に手を伸ばす。通信を開き、すぐにルキアと連絡をとった。
「私も皇太子殿下と王女の婚約を祝福できません。ただ、これは一部報道が伝えるような、私と王女の関係を証明するものではなく、スー王女の置かれた状況を考えての発言です。皇帝陛下も皇太子殿下も外交による交易を重んじるという理念があおりです。それはサイオンという小国にも同じに貫かねばなりません。他国に等しくサイオンにも敬意を払い、スー王女の気持ちにも寄り添っていただきたいと思います」
レオンの容姿は例えるなら、まるで妖精のような美貌である。人の警戒心を和らげるあどけなさが残るが、発言は淀みなく幼いという印象はない。第二王子に相応しい堂々とした様子である。
ルカはそっと吐息をつく。レオンの言葉は相変わらず優等生な発言だった。
ディオクレアが後見しているが、レオン自身は置かれた状況や立ち位置にうとい気がしていた。彼が何かを語る時は、いつも皇帝陛下の意見を尊重する発言が目立つ。
ディクレオアの思惑であるのかもしれないが、ルカの印象としてはレオンが何を考えているのかは、いまいち読みきれない。
レオンの発言が終わると、ずっと俯いていたスーがゆっくりと顔をあげた。別人のように感情の乏しい表情をしている。
光の加減なのか、鮮やかな赤い瞳が暗くくすんで見えた。赤というよりは黒目に近い。
彼女の一文字に引き結ばれていた唇が動く。
「皇太子殿下は……」
聴き慣れた声だったが抑揚が失われている。ルカとリンが固唾を呑んで見守っていると、画面上のスーが一息に語った。
「皇太子殿下はわたくしを疎んでおられます。わたくしはこれまで立派な皇太子妃となるために、また皇太子殿下のお力になれるよう精一杯励んで参りましたが、皇太子殿下にはご理解いただけません。疎まれながら、これ以上お傍でお仕えすることは辛く耐えがたいことです。そのため、先日の婚約披露でレオン殿下に助けを求めました。レオン殿下を祝福するべき場であったのに本当に申し訳なかったと感じています。ですが、皇太子殿下のわたくしに対する監視はあつく、その契機にすがるより他に手段がございませんでした」
淀みなく無感情に、痛々しい告白をしたサイオンの王女。
追い討ちのように彼女が語る。
「皇帝陛下、どうか皇太子殿下とわたくしの婚約破棄をお考えください。それがわたくしの望みです」
情感のない声音が、余計に彼女を哀れに見せた。
作り物めいた美貌の王女。スーと同じ顔貌、声。
けれど、これはいったい誰だろうというのが、ルカの素直な感想だった。脳裏にルクス総帥であるテオドラがもたらした動画の女が過ぎった。鮮やかさのない赤い瞳も、疑似的なカラーレンズを使って黒目を隠す演出ではないのかと思える。
あるいは、これがサイオンの思想抑制を自在に扱うことの成果なのだろうか。
どちらにしても、そこにルカの知っているスーの面影はない。
「リン殿……」
向かいのソファにかけて画面に見入っているリンの横顔が、こちらを見るように角度をかえる。ルカは彼によびかける声がかすれていることで、ようやく自分が動揺していることに気づいた。
「もしスーに施されていた思想抑制を利用することができれば、このような言質を引き出すことも可能だと、そういうことでしょうか」
ルカの問いに、リンはフフッとおかしそうに笑う。
「おや? ルカ殿下にはこれがスーに見えると?」
「いえ、予想としては例の動画の女性ではないかと感じておりますが、サイオンの技術は侮れませんので」
リンは笑いながら頷く。
「そうだね。殿下の予想通りこれはスーじゃない。スーにはもっと愛嬌がある!」
冗談を語るように勢いよく言い放ってから、リンの赤い瞳がルカを見据えた。
「ルカ殿下、サイオンの思想抑制は深層に施された枷みたいなものです。本能的な恐怖や嫌悪を引き出すことはできるけど、こんなふうに理路整然とした発言をさせるような操り方はできない。僕はそう考えていますけどね」
リンの説明は腑に落ちる。的確に操れるのであればスーを奪うにあたって、婚約披露を利用するやり方はしなかったはずである。
「でも、この女もなかなか侮れないね」
リンが興味深そうに画面上の女を眺めている。ルカも改めて女を見た。
スーやリンがもつ鮮やかな赤い瞳とは異なる暗い赤眼。スーの輝くような瞳を見慣れていたルカにとっては、かえって違和感として浮かび上がる。
スーと同じ容貌を持ちながら、何もかもがまるで似ていないという印象だった。
ルカは画面の女から、何かを探るような目をしているリンの横顔を見つめた。
「侮れないというのは? サイオンの抑制から外れた天女の複製だからですか?」
「それもあるけど……」
リンは大画面に映るスーに類似した女を見つめたまま、何かを企むような顔で笑った。
それ以上は語る気がないのか何も言わない。
ディオクレアが再び何かを訴えている。これまでに小さな汚点として囁かれていた噂。
不名誉な夜の華。皇太子との不仲。
あちこちに描かれていた染みが、ディオクレアの演説によってつながり、一つの大きな絵を完成させる。
その醜悪な絵が、いったい人々の目にどのように映るのか。
(スーは無事なのだろうか)
晴れない気持ちを抱えたまま、ルカは傍に置いていた自身の端末に手を伸ばす。通信を開き、すぐにルキアと連絡をとった。
0
お気に入りに追加
511
あなたにおすすめの小説
虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても
千堂みくま
恋愛
「この卑しい娘め、おまえはただの身代わりだろうが!」 ケルホーン伯爵家に生まれたシーナは、ある理由から義理の家族に虐げられていた。シーナは姉のルターナと瓜二つの顔を持ち、背格好もよく似ている。姉は病弱なため、義父はシーナに「ルターナの代わりに、婚約者のレクオン王子と面会しろ」と強要してきた。二人はなんとか支えあって生きてきたが、とうとうある冬の日にルターナは帰らぬ人となってしまう。「このお金を持って、逃げて――」ルターナは最後の力で屋敷から妹を逃がし、シーナは名前を捨てて別人として暮らしはじめたが、レクオン王子が迎えにやってきて……。○第15回恋愛小説大賞に参加しています。もしよろしければ応援お願いいたします。
【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。
銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。
しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。
しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?
雨宮羽那
恋愛
元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。
◇◇◇◇
名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。
自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。
運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!
なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!?
◇◇◇◇
お気に入り登録、エールありがとうございます♡
※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。
※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。
※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))
とある虐げられた侯爵令嬢の華麗なる後ろ楯~拾い人したら溺愛された件
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵令嬢リリアーヌは、10歳で母が他界し、その後義母と義妹に虐げられ、
屋敷ではメイド仕事をして過ごす日々。
そんな中で、このままでは一生虐げられたままだと思い、一念発起。
母の遺言を受け、自分で自分を幸せにするために行動を起こすことに。
そんな中、偶然訳ありの男性を拾ってしまう。
しかし、その男性がリリアーヌの未来を作る救世主でーーーー。
メイド仕事の傍らで隠れて淑女教育を完璧に終了させ、語学、経営、経済を学び、
財産を築くために屋敷のメイド姿で見聞きした貴族社会のことを小説に書いて出版し、それが大ヒット御礼!
学んだことを生かし、商会を設立。
孤児院から人材を引き取り育成もスタート。
出版部門、観劇部門、版権部門、商品部門など次々と商いを展開。
そこに隣国の王子も参戦してきて?!
本作品は虐げられた環境の中でも懸命に前を向いて頑張る
とある侯爵令嬢が幸せを掴むまでの溺愛×サクセスストーリーです♡
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です
聖女よ、我に血を捧げよ 〜異世界に召喚されて望まれたのは、生贄のキスでした〜
長月京子
恋愛
マスティア王国に来て、もうどのくらい経ったのだろう。
ミアを召喚したのは、銀髪紫眼の美貌を持った男――シルファ。
彼に振り回されながら、元の世界に帰してくれるという約束を信じている。
ある日、具合が悪そうな様子で帰宅したシルファに襲いかかられたミア。偶然の天罰に救われたけれど、その時に見た真紅に染まったシルファの瞳が気にかかる。
王直轄の外部機関、呪術対策局の局長でもあるシルファは、魔女への嫌悪と崇拝を解体することが役割。
いったい彼は何のために、自分を召喚したのだろう。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる