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第十九章:天女の守護者と皇太子
108:麗眼布の応用
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「麗眼布なら、私も帝国の紋章が刺繍されたものをスーが自ら作って贈ってくれましたが」
「スーが?」
「はい」
リンが「そうですか」とほほ笑む。
「大丈夫です。殿下が受け取ったものにはなんの仕掛けもありませんよ。ただ美しい刺繍の施された目隠しです」
「サイオンの麗眼布には何か仕掛けがあるということですか?」
「麗眼布は天女の設計を維持する役割につながっています。古くは継承布と言われ、家によって決まった意匠や図柄があるのですが、僕たちはその模様に囚われている」
模様に囚われている。
到底信じ難い話だったが、サイオンが関わるかぎり作り話だと笑い飛ばすことはできない。
ユリウスが深く息をついた。
「囚われると言うのは?」
「サイオンでは眠る時に麗眼布を着用すると安眠できるという習慣ですが、実際は逆の原理です。サイオンの人間は決められた意匠の麗眼布がないと、安眠も心の安定も得られない。一定期間、決められた図柄や模様を見ることもなく過ごせば精神が疲弊していきます。最悪の場合は狂人となるか、または死に至るか」
リンは説明するための言葉を探しているのか、少し間があった。
「ーーそうですね、陛下と殿下にもわかりやすく言えば強力な麻薬ようなものですね。暗示よりももっと高次に発達した技術で、強烈な依存性を発揮する。僕たちは麗眼布という強力な麻薬を与えられているようなものです。その麻薬が思想抑制を永きにわたって可能にしてきた。まぁ、この事実はサイオンでも知る者は少ないですが」
「スーは全く知らないのですか」
「はい。ここまで知るのは王と王家の側近、そして守護者である僕だけです」
「抑制については?」
「同じです。スーは何も知りません」
ルカは少し迷ったが、率直に問う。
「スーが帝国クラウディアの生贄であるということは? サイオンでは周知の事実ですか?」
「……知らないのはスー本人だけでしょうね」
リンは皮肉げに笑う。ルカはひやりと背筋が冷たくなった。天女の設計の残酷さがより浮き彫りになった気がした。
「残酷だと思いますか? でも、僕たちにも逃れようがない」
どこか投げやりな様子でリンがため息をつく。ルカにも彼の言い分はわかる。
酷いのはサイオンの人々ではない。彼らを永劫にとらえる術を持ち、ためらいもなく施した古の女帝である。おそらくリンにとっても、不本意で不愉快な脅威だろう。
片目を奪われ痛みを与えられた理由。
呪縛から逃れることを期待したからだと、リンは説明していた。
天女の設計に囚われながら、それでもユエンやリンがはっきりと示してくれたことがある。
ルカにはまだ彼らが天女の設計に抗う術は見出せない。けれど、天女の残したその呪縛は、決して彼らの意思や感情を奪うことはないのだ。
からくりとしては恐怖で押さえつけ統制しているのと同じである。 おそらくリンもユエンも、呪縛を乗り越えてスーを生贄として送り出すことが回避できるなら、迷わず望むだろう。そう思えることが、ルカにはせめてもの救いだった。
自嘲的に俯いていたリンが、気をとり直したようにユリウスとルカを見る。
「でも、逃れようがないはずなのに、実際には逃れた者がいますね。麗眼布を応用する術までもって」
「ーーそれを行う者に心当たりがあるのですか」
「ありません。ただ、麗眼布の応用はずっと以前から行われていたのでしょう」
確信を得ていると言う自信が、リンにはあるようだった。
「なぜ、そう思うのですか?」
「考えてみれば、僕たちには無意識に近づけない場所があったんです。抑制を逃れた者が追跡まで振り切れたことも、それで納得ができる」
「無意識に近づけない場所とは?」
ルカの問いに、リンは不敵に微笑んで皇帝ユリウスを振り返る。
「教訓地区ですよ。ユリウス陛下からもう一人の天女の複製らしき女性の話を聞いた時にも戦慄しましたが、その時に気づいたんです。なぜか教訓地区パルミラが僕達には盲点になっていると。気づいたところで、なぜ盲点となっているのか、まるで理由がわからなかったのですが……」
リンがユリウスからルカに目を向ける。
「昨日の王宮の一件で麗眼布の応用に辿り着いたとき、同時にその謎も解けた。おそらく麗眼布の応用で、僕たちは無意識に行動を抑制されていた。旗でも衣装でもいい。麗眼布の応用から作った模様を僕たちの視界に触れさせればいいのです。そうしてうまく立ち回れば、パルミラを回避させるように機能させることができる」
ルカは昨日の無表情なスーの横顔を思い出しながら確認する。
「昨日のスーの様子も、麗眼布の応用で行動を制御されたということですか?」
「そうですね。あれは極限まで高まった恐怖に突き動かされていたと考えて良いと思います。そしてスーは天女の複製であり深層の無意識に仕込まれているものは誰よりも膨大です。効きすぎると反動も大きい。殿下には酷な話しになりますが、あの様子でスーの表層の意識が無事であるかどうかは、危ういところだと思います」
「スーが?」
「はい」
リンが「そうですか」とほほ笑む。
「大丈夫です。殿下が受け取ったものにはなんの仕掛けもありませんよ。ただ美しい刺繍の施された目隠しです」
「サイオンの麗眼布には何か仕掛けがあるということですか?」
「麗眼布は天女の設計を維持する役割につながっています。古くは継承布と言われ、家によって決まった意匠や図柄があるのですが、僕たちはその模様に囚われている」
模様に囚われている。
到底信じ難い話だったが、サイオンが関わるかぎり作り話だと笑い飛ばすことはできない。
ユリウスが深く息をついた。
「囚われると言うのは?」
「サイオンでは眠る時に麗眼布を着用すると安眠できるという習慣ですが、実際は逆の原理です。サイオンの人間は決められた意匠の麗眼布がないと、安眠も心の安定も得られない。一定期間、決められた図柄や模様を見ることもなく過ごせば精神が疲弊していきます。最悪の場合は狂人となるか、または死に至るか」
リンは説明するための言葉を探しているのか、少し間があった。
「ーーそうですね、陛下と殿下にもわかりやすく言えば強力な麻薬ようなものですね。暗示よりももっと高次に発達した技術で、強烈な依存性を発揮する。僕たちは麗眼布という強力な麻薬を与えられているようなものです。その麻薬が思想抑制を永きにわたって可能にしてきた。まぁ、この事実はサイオンでも知る者は少ないですが」
「スーは全く知らないのですか」
「はい。ここまで知るのは王と王家の側近、そして守護者である僕だけです」
「抑制については?」
「同じです。スーは何も知りません」
ルカは少し迷ったが、率直に問う。
「スーが帝国クラウディアの生贄であるということは? サイオンでは周知の事実ですか?」
「……知らないのはスー本人だけでしょうね」
リンは皮肉げに笑う。ルカはひやりと背筋が冷たくなった。天女の設計の残酷さがより浮き彫りになった気がした。
「残酷だと思いますか? でも、僕たちにも逃れようがない」
どこか投げやりな様子でリンがため息をつく。ルカにも彼の言い分はわかる。
酷いのはサイオンの人々ではない。彼らを永劫にとらえる術を持ち、ためらいもなく施した古の女帝である。おそらくリンにとっても、不本意で不愉快な脅威だろう。
片目を奪われ痛みを与えられた理由。
呪縛から逃れることを期待したからだと、リンは説明していた。
天女の設計に囚われながら、それでもユエンやリンがはっきりと示してくれたことがある。
ルカにはまだ彼らが天女の設計に抗う術は見出せない。けれど、天女の残したその呪縛は、決して彼らの意思や感情を奪うことはないのだ。
からくりとしては恐怖で押さえつけ統制しているのと同じである。 おそらくリンもユエンも、呪縛を乗り越えてスーを生贄として送り出すことが回避できるなら、迷わず望むだろう。そう思えることが、ルカにはせめてもの救いだった。
自嘲的に俯いていたリンが、気をとり直したようにユリウスとルカを見る。
「でも、逃れようがないはずなのに、実際には逃れた者がいますね。麗眼布を応用する術までもって」
「ーーそれを行う者に心当たりがあるのですか」
「ありません。ただ、麗眼布の応用はずっと以前から行われていたのでしょう」
確信を得ていると言う自信が、リンにはあるようだった。
「なぜ、そう思うのですか?」
「考えてみれば、僕たちには無意識に近づけない場所があったんです。抑制を逃れた者が追跡まで振り切れたことも、それで納得ができる」
「無意識に近づけない場所とは?」
ルカの問いに、リンは不敵に微笑んで皇帝ユリウスを振り返る。
「教訓地区ですよ。ユリウス陛下からもう一人の天女の複製らしき女性の話を聞いた時にも戦慄しましたが、その時に気づいたんです。なぜか教訓地区パルミラが僕達には盲点になっていると。気づいたところで、なぜ盲点となっているのか、まるで理由がわからなかったのですが……」
リンがユリウスからルカに目を向ける。
「昨日の王宮の一件で麗眼布の応用に辿り着いたとき、同時にその謎も解けた。おそらく麗眼布の応用で、僕たちは無意識に行動を抑制されていた。旗でも衣装でもいい。麗眼布の応用から作った模様を僕たちの視界に触れさせればいいのです。そうしてうまく立ち回れば、パルミラを回避させるように機能させることができる」
ルカは昨日の無表情なスーの横顔を思い出しながら確認する。
「昨日のスーの様子も、麗眼布の応用で行動を制御されたということですか?」
「そうですね。あれは極限まで高まった恐怖に突き動かされていたと考えて良いと思います。そしてスーは天女の複製であり深層の無意識に仕込まれているものは誰よりも膨大です。効きすぎると反動も大きい。殿下には酷な話しになりますが、あの様子でスーの表層の意識が無事であるかどうかは、危ういところだと思います」
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