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第十九章:天女の守護者と皇太子
107:隠された左眼の意味
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「ルカ殿下はまだご存知ではなかったようですが、秘密を知った者は我々に狩られる宿命なのですよ。契約の秘匿性はサイオンが守ってきたのです。それがどのような権力者であろうと等しく粛清されます」
サイオンの真の恐ろしさ。天女の設計は完璧なのだろうか。あらゆる局面からサイオンと帝国を縛りつけている。
信じ難い気持ちで、ルカがリンに聞き返す。
「では、ディオクレア大公家も粛清の標的に? 帝国の権力を皇帝の次に持つほどの勢力を?」
「皇帝陛下以外は僕たちには関係がありません」
リンは機械的に答える。ユリウスが口を開いた。
「ディオクレアに対して、何か決定的な事実があったのか?」
「大公の影を捉えたのは昨日の一件です。これについては少し憶測もはさみますが、おそらく間違いないと判断します。ですが、情報の漏洩について後始末をするには、大きな問題がありますね」
「大きな問題とは?」
ユリウスが背を預けていたカウチから、わずかに上体をおこした。
「ディオクレアについては、ある程度サイオンの情報について手に入れているのだと推測している。だが、サイオンは彼らに沈黙を守っていた。私はサイオンが手にかけないことこそが、握られた情報が大して深刻ではない証明になる、とも思っていたが」
「なるほど……、だから陛下はディオクレアを疑いながらも、決定的に動くことはされなかったのですね」
ユリウスは何かを察したのか、目を眇めてリンを見た。
「それが仇になったと?」
「そうですね。だからといって陛下を責めるつもりはありません。これは我々サイオンの失態です」
「サイオンの失態?」
「はい。それこそ天女の設定が綻ぶほどのね」
リンが淡々とした様子で語る。まるで故意に感情を殺しているかのような平坦な調子だった。
「クラウディアが契約の漏洩を許した場合、我々は容赦無く漏洩先を抹消しますが、逆に言えばそれはサイオンにも同じことが言えます。我々は天女の設定に背くものを許しません」
ユリウスが頷いた。
「想像に難くない。君たちはそう仕組まれている」
皇帝の声が沈んだ調子になっていた。ルカはサイオンの過酷さを改めて胸に刻む。
「ですが、残念ながら今回は大きな問題があります。我々は天女の設定に背くものを野放しにしていた。天女の設定を逃れたものがあるという憶測はありましたが、現実的ではなかった。不可能だと思っていたからです。万が一運良く抑制を逃れても、我々の追跡を躱せるはずがない」
リンがルカに目を向けた。隠された左目の意味が気にかかるが、ルカは確認のために問う。
「サイオンの抑制を逃れ、追跡を振り切ったものがいる。リン殿は昨日の王宮の一件でそれを確認したと?」
ふっとリンが自嘲的に笑った。
「なぜそんなことが可能であったのか、僕にもずっとわからなかった。我々が天女の設定に背き、抑制に抗うということは、こういう事だからです」
リンが左目の装飾を外した。顕になった左目は白目の部分が充血している。充血というよりは鬱血に近い。元の赤い瞳と白眼の見分けがつかない、赤い塊と化した異様な眼球だった。
ルカは咄嗟に目を背けた。ユリウスも息を飲んでいる。
リンは再び装飾で左目を隠す。
「これは僕の失態です。感情をうまくごまかせなかった代償です」
ルカはゆっくりと顔をあげてリンを見た。彼はなんでもないと言いたげに微笑んでいる。
「感情をごまかす?」
「抑制を逃れ、我々の追跡を振り切る。もしそれが可能であるならーー、そう考えた時に僕は期待をしてしまった。天女の呪縛を外す方法があるではないかと。それで一瞬しくじったんです。裏切り者の粛清のためではなく、天女の設定に背く期待がーーっ」
言いながら、リンが左目を抑えた。激痛が走ったのか綺麗な顔を歪めいてる。
「すこし失敗するとコレです」
リンはしばらく痛みを堪えるように俯いて沈黙する。ルカにもユリウスにもその痛みを和らげることはできない。
気持ちを整えたのか、リンが深く息をついて顔をあげた。
「……でも、不可能を可能にした者がいる。僕は昨日の王宮でようやく手がかりを見つけました」
「しかし、リン殿。王宮に何かを仕掛けるのは考えにくいですが」
ルカが指摘すると、リンは小さく笑った。
「もちろん王宮に何かを仕掛けていたのではありません。意匠ですよ」
「意匠?」
「はい。昨日、王宮に招待された者が着用していた衣装に施された模様です。僕とスーは広間に入った瞬間から囚われていた。そして天女となるスーにはもっとも抑制の効果が強く出る」
「ただの模様でそんなことが可能ですか?」
「あの時、王宮から出る裏口の扉が開かれた瞬間に僕の視界を奪ったもの。それは帝国旗です。きっとあの帝国旗にも施されていた。帝国旗が視界を横切った時に感じた覚えのある感覚。麻薬の禁断症状にも似た症状と言えばいいですかね。陛下や殿下には理解しがたいでしょうが、僕は決定的に悟りました。これは麗眼布の応用なのだと……」
サイオンの伝統と言われている安眠のための目隠し。見事な刺繍が印象的な品である。
ルカにはリンの言うことが全く思い描けない。
サイオンの真の恐ろしさ。天女の設計は完璧なのだろうか。あらゆる局面からサイオンと帝国を縛りつけている。
信じ難い気持ちで、ルカがリンに聞き返す。
「では、ディオクレア大公家も粛清の標的に? 帝国の権力を皇帝の次に持つほどの勢力を?」
「皇帝陛下以外は僕たちには関係がありません」
リンは機械的に答える。ユリウスが口を開いた。
「ディオクレアに対して、何か決定的な事実があったのか?」
「大公の影を捉えたのは昨日の一件です。これについては少し憶測もはさみますが、おそらく間違いないと判断します。ですが、情報の漏洩について後始末をするには、大きな問題がありますね」
「大きな問題とは?」
ユリウスが背を預けていたカウチから、わずかに上体をおこした。
「ディオクレアについては、ある程度サイオンの情報について手に入れているのだと推測している。だが、サイオンは彼らに沈黙を守っていた。私はサイオンが手にかけないことこそが、握られた情報が大して深刻ではない証明になる、とも思っていたが」
「なるほど……、だから陛下はディオクレアを疑いながらも、決定的に動くことはされなかったのですね」
ユリウスは何かを察したのか、目を眇めてリンを見た。
「それが仇になったと?」
「そうですね。だからといって陛下を責めるつもりはありません。これは我々サイオンの失態です」
「サイオンの失態?」
「はい。それこそ天女の設定が綻ぶほどのね」
リンが淡々とした様子で語る。まるで故意に感情を殺しているかのような平坦な調子だった。
「クラウディアが契約の漏洩を許した場合、我々は容赦無く漏洩先を抹消しますが、逆に言えばそれはサイオンにも同じことが言えます。我々は天女の設定に背くものを許しません」
ユリウスが頷いた。
「想像に難くない。君たちはそう仕組まれている」
皇帝の声が沈んだ調子になっていた。ルカはサイオンの過酷さを改めて胸に刻む。
「ですが、残念ながら今回は大きな問題があります。我々は天女の設定に背くものを野放しにしていた。天女の設定を逃れたものがあるという憶測はありましたが、現実的ではなかった。不可能だと思っていたからです。万が一運良く抑制を逃れても、我々の追跡を躱せるはずがない」
リンがルカに目を向けた。隠された左目の意味が気にかかるが、ルカは確認のために問う。
「サイオンの抑制を逃れ、追跡を振り切ったものがいる。リン殿は昨日の王宮の一件でそれを確認したと?」
ふっとリンが自嘲的に笑った。
「なぜそんなことが可能であったのか、僕にもずっとわからなかった。我々が天女の設定に背き、抑制に抗うということは、こういう事だからです」
リンが左目の装飾を外した。顕になった左目は白目の部分が充血している。充血というよりは鬱血に近い。元の赤い瞳と白眼の見分けがつかない、赤い塊と化した異様な眼球だった。
ルカは咄嗟に目を背けた。ユリウスも息を飲んでいる。
リンは再び装飾で左目を隠す。
「これは僕の失態です。感情をうまくごまかせなかった代償です」
ルカはゆっくりと顔をあげてリンを見た。彼はなんでもないと言いたげに微笑んでいる。
「感情をごまかす?」
「抑制を逃れ、我々の追跡を振り切る。もしそれが可能であるならーー、そう考えた時に僕は期待をしてしまった。天女の呪縛を外す方法があるではないかと。それで一瞬しくじったんです。裏切り者の粛清のためではなく、天女の設定に背く期待がーーっ」
言いながら、リンが左目を抑えた。激痛が走ったのか綺麗な顔を歪めいてる。
「すこし失敗するとコレです」
リンはしばらく痛みを堪えるように俯いて沈黙する。ルカにもユリウスにもその痛みを和らげることはできない。
気持ちを整えたのか、リンが深く息をついて顔をあげた。
「……でも、不可能を可能にした者がいる。僕は昨日の王宮でようやく手がかりを見つけました」
「しかし、リン殿。王宮に何かを仕掛けるのは考えにくいですが」
ルカが指摘すると、リンは小さく笑った。
「もちろん王宮に何かを仕掛けていたのではありません。意匠ですよ」
「意匠?」
「はい。昨日、王宮に招待された者が着用していた衣装に施された模様です。僕とスーは広間に入った瞬間から囚われていた。そして天女となるスーにはもっとも抑制の効果が強く出る」
「ただの模様でそんなことが可能ですか?」
「あの時、王宮から出る裏口の扉が開かれた瞬間に僕の視界を奪ったもの。それは帝国旗です。きっとあの帝国旗にも施されていた。帝国旗が視界を横切った時に感じた覚えのある感覚。麻薬の禁断症状にも似た症状と言えばいいですかね。陛下や殿下には理解しがたいでしょうが、僕は決定的に悟りました。これは麗眼布の応用なのだと……」
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ルカにはリンの言うことが全く思い描けない。
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