84 / 170
第十五章 皇太子の罪と王女の恥
84:ベリウス姉弟の期待
しおりを挟む
「お二人は、ルカ様の行き先を知っておられるのですね」
反逆者として葬られたルカの父カリグラには、皇家が認める墓標がないはずである。彼の妃としてともに準じた母ユリアも同じだった。当初、ルカは母には内乱を治めた功績があるはずだと訴えたが、皇帝は彼女の墓標を設けることを認めなかった。
ヘレナによると、カリグラとともにあることを望んだユリアの想いをくんだ結果だったが、ルカがどう捉えているのかはわからない。
おそらくユリアが帝国の犠牲になったという思いだけを克明にしたのだろうと、ヘレナはいっていた。
「ルカ様のご両親は、どちらに眠っておられるのですか?」
地域によっては文化を尊重するために土葬の場合もあるが、帝国は火葬が主流である。霊園に眠るのは骨壺だった。皇家が認めずとも、どこかに二人が眠る場所があるのだろう。
「本日の殿下の行き先はわかりません」
運転席とは独立した個室のような車内で、ルキアがスーの向かいで意外な返答をした。隣からヘレナがつけくわえる。
「行き先はどこかの海岸なのですが、おもむく海岸は殿下しかご存知ありません。毎年違う海をもとめられますので」
「海ですか?」
「はい。殿下のご両親は海に散骨されました。皇帝陛下は墓標をお許しになりませんでしたが、それはユリア様の生前からの御望みをかなえるためでもあったのでしょう」
「海に散骨。……素敵ですね。でも、毎年違う海に向かわれるのであれば、本日のルカ様の行き先はわからないのでは?」
車窓から外を眺めてみても、尾行しているような気配はない。スー達の乗っている車体と同様に、ルカの乗車している車も、帝都ではありふれた貴族の車を偽装しているのだろうか。それでも幹線上は、無数の車が目まぐるしく行き来しており、一台を追っているとは思えなかった。
「殿下の護衛と繋がっておりますので行き先は把握しています。心配ありません」
ルキアにぬかりはなさそうだった。目視で尾行するはずがないと、スーは少し恥ずかしくなる。独りで気持ちを噛みしめたいルカを追いかけること自体、浅ましいことのような気がした。
「ルキア様。せっかく取り計らっていただいたのに、こんなことを申し上げるのは気が引けますが、本当にルカ様を追いかけて良いのでしょうか」
隠しておきたい神聖な場所を暴くような、居心地の悪さがあった。スーが素直に自分の気持ちを打ち明けると、ルキアとヘレナが顔を見あわせた。
「やはり、わたしは邸でルカ様をお待ちしているべきなのではないかと思うのですが?」
「殿下の私生活に土足で踏みこむかんじがする、と?」
「はい。――申し訳ありません」
生意気なことを言っているとおもい、スーがうつむくと、隣からヘレナに肩に抱かれて、ぎゅっとひき寄せられた。
「殿下がスー様に心を許すのも無理はありませんわね」
「ヘレナ様?」
不思議におもって彼女をみると、柔らかなほほ笑みがあった。
「殿下に近しいわたくし達にも、そのような感覚は希薄です。帝国の皇太子は決して自由ではありませんので」
「……あ」
「スー様を責めているわけではございませんわ。殿下のすべてを求めず寄りそう姿勢、それはとても尊い心がまえであると思います」
ヘレナが肩に回していた腕をといて、そっとスーの手を握った。藤の花弁をガラスに閉じ込めたような瞳が、思いつめた光を宿している。
「わたくしとルキアは、スー様に期待を抱いてしまったのです」
「わたしに?」
スーにはさっぱり思いつかない。この二人に期待を持たせるような長所などあっただろうか。帝国の事情に無知でまったく教養が足りていない。役に立てることなどみあたらない。
「はい。スー様であれば殿下のお気持ちのよりどころになれるのではないかと……」
「まさか! いえ、もちろんわたしはそのような妃になることを夢見ておりますが、ヘレナ様やルキア様の方がずっとルカ様のことをご存知です」
言いながら、スーはあらためて自分を見つめなおす。まだルカに寄りそいたいという気持ちだけが空回りしている日々。彼の気づかいに、スーの方が支えてもらっている。
「我々は殿下を知っていても、いえ、知っているからこそ無力な面があります」
「ルキア様はとてもルカ様のお力になっていると思います」
「ある一面ではそうかもしれませんが、我々には殿下の気持ちをゆるめることはできません」
ルキアが車窓に目を向ける。車はいつまにか幹線をはずれ、帝都をでていた。目をこらすと、遠くに見えるのは地平線だろうか。はるかな稜線の合間に海がみえる。
「スー様といらっしゃる時、殿下はとても寛いでおられるのですよ」
たしかに初めて会ったころとはちがい、ルカの表情は柔らかくなった。いつからだろう。彼の笑顔を社交辞令だと感じなくなったのは。
スーがルカの様子を思い描いていると、ルキアの低い声がつづける。
「それは殿下にとって、とても必要なことだと思います」
「だからこそ、わたくし達はスー様に期待しているのですわ。独りきりで立とうとする殿下を支えてくださるのではないかと」
ヘレナのたおやかな手が、握りしめていたスーの手をはなした。
「――そのためには、本日のルカ様を知っておいた方が良いのですね」
二人がルカを案じているのが伝わってくる。その期待を重いとは感じない。わきあがってきたのは、よろこびだった。気もちがあたたかい。スーのことも認めてくれているのだ。
じんわりと心地の良い期待だった。
スーはぐっと握り拳をつくって、ヘレナに力強くうなずく。
「お二人の期待にそえるように、頑張ります!」
意気ごんで宣言すると、ルキアとヘレナがふたたび顔を見あわせてから、ちいさく笑った。
「どうかよろしくおねがい致します、スー様」
反逆者として葬られたルカの父カリグラには、皇家が認める墓標がないはずである。彼の妃としてともに準じた母ユリアも同じだった。当初、ルカは母には内乱を治めた功績があるはずだと訴えたが、皇帝は彼女の墓標を設けることを認めなかった。
ヘレナによると、カリグラとともにあることを望んだユリアの想いをくんだ結果だったが、ルカがどう捉えているのかはわからない。
おそらくユリアが帝国の犠牲になったという思いだけを克明にしたのだろうと、ヘレナはいっていた。
「ルカ様のご両親は、どちらに眠っておられるのですか?」
地域によっては文化を尊重するために土葬の場合もあるが、帝国は火葬が主流である。霊園に眠るのは骨壺だった。皇家が認めずとも、どこかに二人が眠る場所があるのだろう。
「本日の殿下の行き先はわかりません」
運転席とは独立した個室のような車内で、ルキアがスーの向かいで意外な返答をした。隣からヘレナがつけくわえる。
「行き先はどこかの海岸なのですが、おもむく海岸は殿下しかご存知ありません。毎年違う海をもとめられますので」
「海ですか?」
「はい。殿下のご両親は海に散骨されました。皇帝陛下は墓標をお許しになりませんでしたが、それはユリア様の生前からの御望みをかなえるためでもあったのでしょう」
「海に散骨。……素敵ですね。でも、毎年違う海に向かわれるのであれば、本日のルカ様の行き先はわからないのでは?」
車窓から外を眺めてみても、尾行しているような気配はない。スー達の乗っている車体と同様に、ルカの乗車している車も、帝都ではありふれた貴族の車を偽装しているのだろうか。それでも幹線上は、無数の車が目まぐるしく行き来しており、一台を追っているとは思えなかった。
「殿下の護衛と繋がっておりますので行き先は把握しています。心配ありません」
ルキアにぬかりはなさそうだった。目視で尾行するはずがないと、スーは少し恥ずかしくなる。独りで気持ちを噛みしめたいルカを追いかけること自体、浅ましいことのような気がした。
「ルキア様。せっかく取り計らっていただいたのに、こんなことを申し上げるのは気が引けますが、本当にルカ様を追いかけて良いのでしょうか」
隠しておきたい神聖な場所を暴くような、居心地の悪さがあった。スーが素直に自分の気持ちを打ち明けると、ルキアとヘレナが顔を見あわせた。
「やはり、わたしは邸でルカ様をお待ちしているべきなのではないかと思うのですが?」
「殿下の私生活に土足で踏みこむかんじがする、と?」
「はい。――申し訳ありません」
生意気なことを言っているとおもい、スーがうつむくと、隣からヘレナに肩に抱かれて、ぎゅっとひき寄せられた。
「殿下がスー様に心を許すのも無理はありませんわね」
「ヘレナ様?」
不思議におもって彼女をみると、柔らかなほほ笑みがあった。
「殿下に近しいわたくし達にも、そのような感覚は希薄です。帝国の皇太子は決して自由ではありませんので」
「……あ」
「スー様を責めているわけではございませんわ。殿下のすべてを求めず寄りそう姿勢、それはとても尊い心がまえであると思います」
ヘレナが肩に回していた腕をといて、そっとスーの手を握った。藤の花弁をガラスに閉じ込めたような瞳が、思いつめた光を宿している。
「わたくしとルキアは、スー様に期待を抱いてしまったのです」
「わたしに?」
スーにはさっぱり思いつかない。この二人に期待を持たせるような長所などあっただろうか。帝国の事情に無知でまったく教養が足りていない。役に立てることなどみあたらない。
「はい。スー様であれば殿下のお気持ちのよりどころになれるのではないかと……」
「まさか! いえ、もちろんわたしはそのような妃になることを夢見ておりますが、ヘレナ様やルキア様の方がずっとルカ様のことをご存知です」
言いながら、スーはあらためて自分を見つめなおす。まだルカに寄りそいたいという気持ちだけが空回りしている日々。彼の気づかいに、スーの方が支えてもらっている。
「我々は殿下を知っていても、いえ、知っているからこそ無力な面があります」
「ルキア様はとてもルカ様のお力になっていると思います」
「ある一面ではそうかもしれませんが、我々には殿下の気持ちをゆるめることはできません」
ルキアが車窓に目を向ける。車はいつまにか幹線をはずれ、帝都をでていた。目をこらすと、遠くに見えるのは地平線だろうか。はるかな稜線の合間に海がみえる。
「スー様といらっしゃる時、殿下はとても寛いでおられるのですよ」
たしかに初めて会ったころとはちがい、ルカの表情は柔らかくなった。いつからだろう。彼の笑顔を社交辞令だと感じなくなったのは。
スーがルカの様子を思い描いていると、ルキアの低い声がつづける。
「それは殿下にとって、とても必要なことだと思います」
「だからこそ、わたくし達はスー様に期待しているのですわ。独りきりで立とうとする殿下を支えてくださるのではないかと」
ヘレナのたおやかな手が、握りしめていたスーの手をはなした。
「――そのためには、本日のルカ様を知っておいた方が良いのですね」
二人がルカを案じているのが伝わってくる。その期待を重いとは感じない。わきあがってきたのは、よろこびだった。気もちがあたたかい。スーのことも認めてくれているのだ。
じんわりと心地の良い期待だった。
スーはぐっと握り拳をつくって、ヘレナに力強くうなずく。
「お二人の期待にそえるように、頑張ります!」
意気ごんで宣言すると、ルキアとヘレナがふたたび顔を見あわせてから、ちいさく笑った。
「どうかよろしくおねがい致します、スー様」
0
お気に入りに追加
511
あなたにおすすめの小説
【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。
銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。
しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。
しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても
千堂みくま
恋愛
「この卑しい娘め、おまえはただの身代わりだろうが!」 ケルホーン伯爵家に生まれたシーナは、ある理由から義理の家族に虐げられていた。シーナは姉のルターナと瓜二つの顔を持ち、背格好もよく似ている。姉は病弱なため、義父はシーナに「ルターナの代わりに、婚約者のレクオン王子と面会しろ」と強要してきた。二人はなんとか支えあって生きてきたが、とうとうある冬の日にルターナは帰らぬ人となってしまう。「このお金を持って、逃げて――」ルターナは最後の力で屋敷から妹を逃がし、シーナは名前を捨てて別人として暮らしはじめたが、レクオン王子が迎えにやってきて……。○第15回恋愛小説大賞に参加しています。もしよろしければ応援お願いいたします。
【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?
雨宮羽那
恋愛
元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。
◇◇◇◇
名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。
自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。
運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!
なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!?
◇◇◇◇
お気に入り登録、エールありがとうございます♡
※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。
※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。
※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))
聖女よ、我に血を捧げよ 〜異世界に召喚されて望まれたのは、生贄のキスでした〜
長月京子
恋愛
マスティア王国に来て、もうどのくらい経ったのだろう。
ミアを召喚したのは、銀髪紫眼の美貌を持った男――シルファ。
彼に振り回されながら、元の世界に帰してくれるという約束を信じている。
ある日、具合が悪そうな様子で帰宅したシルファに襲いかかられたミア。偶然の天罰に救われたけれど、その時に見た真紅に染まったシルファの瞳が気にかかる。
王直轄の外部機関、呪術対策局の局長でもあるシルファは、魔女への嫌悪と崇拝を解体することが役割。
いったい彼は何のために、自分を召喚したのだろう。
とある虐げられた侯爵令嬢の華麗なる後ろ楯~拾い人したら溺愛された件
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵令嬢リリアーヌは、10歳で母が他界し、その後義母と義妹に虐げられ、
屋敷ではメイド仕事をして過ごす日々。
そんな中で、このままでは一生虐げられたままだと思い、一念発起。
母の遺言を受け、自分で自分を幸せにするために行動を起こすことに。
そんな中、偶然訳ありの男性を拾ってしまう。
しかし、その男性がリリアーヌの未来を作る救世主でーーーー。
メイド仕事の傍らで隠れて淑女教育を完璧に終了させ、語学、経営、経済を学び、
財産を築くために屋敷のメイド姿で見聞きした貴族社会のことを小説に書いて出版し、それが大ヒット御礼!
学んだことを生かし、商会を設立。
孤児院から人材を引き取り育成もスタート。
出版部門、観劇部門、版権部門、商品部門など次々と商いを展開。
そこに隣国の王子も参戦してきて?!
本作品は虐げられた環境の中でも懸命に前を向いて頑張る
とある侯爵令嬢が幸せを掴むまでの溺愛×サクセスストーリーです♡
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる