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第十五章 皇太子の罪と王女の恥

81:ルキアの憶測

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 朝夕の涼しさが増し、日中の暑気が少しずつゆるみ始めたころ、ルカは第二都バルティアに設立したガイアから、リオに呼びだされた。

 ルキアは皇太子を呼びだすリオの非常識さを非難したが、ルカはリオの空気の読めない態度には慣れている。

 第零都で軍に所属していた時も、元帥を拝命したルカにリオは皮肉の応酬だったのだ。リオが口先だけの人間であればばっさりと切り捨てるが、彼には第零都の動力部門で培った知見があり、類まれなる才能があった。

「殿下が応じてしまわれるから、図に乗るのではありませんか?」

 飛空艇の製造機関ガイアの堅牢な建物へ入り、まっすぐに白い通路を進みながらルキアが不平を唱えている。

 急な予定の変更は、皇太子の予定を管理しているルキアに負担をかけてしまうのだ。彼が憤るのも無理はない。
 ルカは素直にわびた。

「おまえの手を煩わせてしまったのは、悪かったと思っている」

「私は殿下を責めているわけではありません」

「ルキア。ガイアここでは私は組織の代表だ。皇家の肩書きを振りかざすのもおかしな話ではないか?」

 ルキアが呆れたと言いたげに吐息をつくが、ルカは小さく笑う。

「忙しいのであれば、ガイアにおまえが同行する必要もないのに……。結局、ルキアもリオの報告が気になっているのだろう?」

「それは認めます。ガイアでの情報は、私の推測の裏付けになりますし」

 ルカはぴくりとその返事に反応する。
 研究棟へと続く通路の途中で足を止めた。傍らのルキアを振り返ると、彼も同じように歩みをとめる。

「殿下?」

「おまえの推測とは、いったいなんだ?」

 以前に思わせぶりにはぐらかされた話につながっている気がして、ルカはまっすぐにルキアの知的な顔を見つめた。

「以前にもルクスの邸で何か言いかけていたな」

「申し上げてもよろしいですが、陛下も殿下も隠しておきたいことではありませんか?」

 ルキアは臆することなくルカの視線を受け止めている。

 まさかという危機感とともにスーの横顔がよぎったが、ルカはあり得ないと思いなおす。ルキアの誘導に沿うわけにはいかない。

「思わせぶりな言い方をするな。何を考えいている?」

 ルキアが辺りの気配をたしかめるように視線を動かすのを見て、ルカは続けた。

「リオの研究棟に入れるものは限られている。おまえが今どれほど突飛な話をしようと、誰もいないし聞かれる恐れもない」

 ごまかす隙を与えぬように退路をふさぐと、ルキアの紫の瞳にためらいがにじんだ。

「ルキア」

 ごまかせないと察したのか、ルキアが研究等へ続く通路の窓から、ガイアの敷地へ視線をうつす。

「殿下がこのガイアで製造をすすめている世界で四機目となる飛空艇は、サイオンの技術を搭載しないそうですね」

「あらたな技術を模索することに、何か不都合でもあるのか?」

「いいえ」

「話を逸らすな」

「逸らしているわけではありません。――これは私なりに調べたことから、私が勝手に想像しただけのことですが」

「わかっている」

「サイオン王朝の残した遺跡には、実は寿命があるのではないですか?」

 ルカはルキアの顔を見据えたまま言葉を失う。あまりにも予想外な話をされ、どんなふうに反応すべきかわからない。

「この見解については、ネルバ候も私と同意見です」

「……ガウスが?」

 ユリウスの理想の治世を一番理解しているガウス・ネルバ。第零都についても熟知しており、だからこそユリウスもルカの補佐として欲した。

(――遺跡の寿命)

 ルカの脳裏にも、彼らの辿ったおぼろげな一つの筋が見えたが、あえて問いただした。

「ガウスもおまえも、なぜそう思ったんだ」

「ユリウス陛下も、ルカ殿下も、サイオン王朝のもたらす恩恵への依存度を下げようとしておられる。ただの憶測ですが、そのように感じるからです」

 ルキアの推測は正解ではないが、的を得ていた。

「第零都の動力開発も、殿下のこのガイアも、サイオンの残した遺跡がもたらす無尽の動力を活かす方向には研究がなされていません。むしろ逆です。帝国が独自の技術で動力供給できるような技術向上を目指しておられる」

「だから、遺跡に寿命があると仮説を立てたというのか?」

「はい。ユリウス陛下が武力にたよらず外交に重きをおくことも、殿下がその意思を継いでおられることも、それで腑に落ちます。サイオン王朝の残した恩恵を失っても、帝国が今と変わらず立つために尽力なさっている。私にはそのように感じられます」

「……なるほど、おまえの憶測は良くわかった。だが――」

「殿下。私はまだ答えを欲しているわけではありません」

 ルキアが挑むような視線でルカの言葉を遮った。

「それに、私にはまだわからないことがあります」

「わからないこと?」

「はい。もし私の語った憶測が事実だった場合、なぜ殿下は私に打ち明けてくださらないのか。混乱を避けるために公にできるような事実ではありませんが、私やネルバ候、そして帝室にまで秘める理由がわかりません」

 たしかにルキアの憶測が事実だった場合はそうだろう。帝国の抱える問題を、信頼のおける近臣にまで秘匿する必要はない。今後優先すべき政策の方向性について、迅速な理解にもつながる。

「殿下があれほど心を許しているにも関わらず、未だにスー王女と距離を保たれようとされている。そのことに等しく、私には腑に落ちない面があります」

 ルカはぞぉっと背筋に悪寒が走った。たどり着くはずのないサイオンの秘密に、ルキアはすでに道筋を作り始めているのではないか。

 遺跡の寿命を語られた時とは、まるで異なる心持ちで言葉を失う。
 何も言えずにいると、ルキアがふっと表情を緩めた。

「私は殿下を追い詰めたいわけではありません。殿下から打ち明けていただけるまで、無理に答えをいただこうとは考えておりません」

「ルキア、それは――」

 以前と同じように、ルキアが自身の口元に人差し指をあてる。何も言わなくても良いと言いたげな仕草だった。

「殿下。どのような事実があろうとも、私は殿下の助けとなれるように努めます」

 力強い助言だった。ルキアがほほ笑む。

「どうか、それだけはお忘れなきように」

 彼が会釈すると、癖のない銀髪がさらりと重力に従う。心強いと思う反面、絶対に敵に回したくない相手だなと、ルカは改めて思った。
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