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第十四章:王女の知らない皇太子
75:ヘレナと王女のお茶会
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スーは悩んでいた。毎晩のように、自分にできうるかぎりのお色気作戦を敢行してみたが、ルカは全く揺るがない。微塵も興味をしめさない。
アルコールの威力を利用するべきだと考え、寝室に乗り込んで晩酌につきあってもらっても、何も進展しなかった。
スーが極度にアルコールによわく、すぐに酔いつぶれてしまうのも原因かもしれなかったが、そんなことを差しひいても、明らかにダメすぎた。まったく甘い雰囲気にならないのだ。
(あれは夢だったのかしら?)
運よく大人のキスを達成した夜のことが、幻だったのではないかと思えてくる。
もしかすると、自分に何かとんでもない欠点があるのだろうか。
短所に思いを巡らせてしまうと、色気がない。余裕がない。というわかりきった答えが炸裂する。もうなんど被弾したのか数えきれない。
悩むスーとはうらはらに、ユエンもオトも、館の者も、声をそろえて「殿下が異常」という、スーには賛同できない結論をたたきだしていた。
「でも、きっとルカ様は、自分でお決めになったことを守っておられるのだと思います」
日差しのまばゆい午後。暑気を浴びて咲きほこる花が、スーの部屋から出入りできる花壇に咲き乱れていた。自分のために設けられたテラスに、スーははじめて客人を迎えている。
テラスには日よけが張り巡らされているので、暑い時期の日中でも過ごしやすい。
こじんまりとした丸い卓を挟んで真向かいに座る客人――ヘレナが首をかたむける。
「スー様をきちんと皇太子妃として迎えるまで、殿下は手をださないと仰っていたと?」
皇太子の公妾であるヘレナとは、婚約披露のあとから、ときおり通信で話をする関係を築いていた。通信映像で見るヘレナも美しかったが、実際に会ってみると、スーはますます彼女への憧れが強くなる。
お茶を飲む仕草だけでも、ルカに等しく洗練されている。
婚約披露の時とはちがい、すっきりとした装いのヘレナは銀髪を編みこんでアップにしていた。清潔感のある装いなのに、あふれ出す女性らしさと色気が、スーはひたすら羨ましい。
心に思いえがくような寵妃になるために、スーはなんとしても男性を虜にできる女性らしさも磨かねばならない。
毎晩のようにルカの寝室に出入りしていても、まったく甘い雰囲気にはならない。このままでは婚約者としての一番乗りの優位さが発揮できない。優位どころか、ただ親しみだけが深い妹のような存在になってしまう気がする。
それは非常にまずい。
一番乗りが完全に裏目にでてしまう。
スーは悶々と考えていても仕方がないと思い、ついにヘレナに相談をもちかける決意をした。
ルカと幼馴染である彼女ならば、きっと何か良い秘訣を授けてくれる。
藁にもすがる思いである。
自分のかかえている問題を打ち明けて素直に泣きつくと、ヘレナは大笑いをして快く受け入れてくれた。ぜひ詳しく聞かせてほしいという話を経て、今日のヘレナの訪問となった。
「はい。それで考えてみたのですが、ルカ様はお優しい方ですので、お迎えになる妃の一人だけを特別扱いなどしないのではないかと……」
スーがたどりついた推測を披露すると、ヘレナは面白そうに笑った後で頷いた。
「――そうですわね。殿下がもし複数の妃を持たれるのであれば、きっとそうなさるでしょうね」
「やっぱり、そうですか」
スーはしゅんとうなだれる。ただ一人の寵妃となって、オシドリ夫婦を目指すことが傲慢なのだ。
「では、わたしの努力はまるで的外れですね。もっとルカ様のお役に立つために賢くなることだけを考えた方が良いのかも」
もう何度目かわからない後悔がのしかかる。帝国のことを勉強してこなかった自分を呪うばかりだ。しょんぼりと肩をすくめていると、ヘレナが「いいえ」と強い声をだした。
「残念ながらスー様、帝国の皇家も貴族もそれほど義理堅くはないのですわ。とくに男女のことは」
ヘレナがスーを見つめてあでやかに微笑む。
「妃を特別扱いしないことと、毎晩寝室を訪れるスー様に手を出さないことは、まったく関係がありません」
「え? そうなのですか?」
「もちろんです。殿下などはまだまだ血気盛んなはずですし、来る者拒まずのひどい時期もありました」
「あのルカ様が?」
仰天すると、ヘレナが大きく頷く。
「スー様に殿下の悪口を吹き込むようで気がひけますが、殿下が帝国の悪魔と謳われているのは、そういった態度にも由縁がございます。帝国貴族の貞操観念などあってないようなものですわ。殿下も例外ではありません。そう考えますと、殿下はスー様のことをとても大切に考えておられるのでしょう」
「――大切に」
思い返せば、これまでに何度も大切にすると言われてきた。スーは盛り下がっていた気持ちがすこし元気になる。ルカの幼馴染のヘレナに言われると、とても心強い。
「スー様はわたくしの目からも初なお方なので、殿下も心得ておられると思います」
結局、話が振りだしに戻った。
「では、やはりわたしが幼くて手を出せないということでしょうか」
アルコールの威力を利用するべきだと考え、寝室に乗り込んで晩酌につきあってもらっても、何も進展しなかった。
スーが極度にアルコールによわく、すぐに酔いつぶれてしまうのも原因かもしれなかったが、そんなことを差しひいても、明らかにダメすぎた。まったく甘い雰囲気にならないのだ。
(あれは夢だったのかしら?)
運よく大人のキスを達成した夜のことが、幻だったのではないかと思えてくる。
もしかすると、自分に何かとんでもない欠点があるのだろうか。
短所に思いを巡らせてしまうと、色気がない。余裕がない。というわかりきった答えが炸裂する。もうなんど被弾したのか数えきれない。
悩むスーとはうらはらに、ユエンもオトも、館の者も、声をそろえて「殿下が異常」という、スーには賛同できない結論をたたきだしていた。
「でも、きっとルカ様は、自分でお決めになったことを守っておられるのだと思います」
日差しのまばゆい午後。暑気を浴びて咲きほこる花が、スーの部屋から出入りできる花壇に咲き乱れていた。自分のために設けられたテラスに、スーははじめて客人を迎えている。
テラスには日よけが張り巡らされているので、暑い時期の日中でも過ごしやすい。
こじんまりとした丸い卓を挟んで真向かいに座る客人――ヘレナが首をかたむける。
「スー様をきちんと皇太子妃として迎えるまで、殿下は手をださないと仰っていたと?」
皇太子の公妾であるヘレナとは、婚約披露のあとから、ときおり通信で話をする関係を築いていた。通信映像で見るヘレナも美しかったが、実際に会ってみると、スーはますます彼女への憧れが強くなる。
お茶を飲む仕草だけでも、ルカに等しく洗練されている。
婚約披露の時とはちがい、すっきりとした装いのヘレナは銀髪を編みこんでアップにしていた。清潔感のある装いなのに、あふれ出す女性らしさと色気が、スーはひたすら羨ましい。
心に思いえがくような寵妃になるために、スーはなんとしても男性を虜にできる女性らしさも磨かねばならない。
毎晩のようにルカの寝室に出入りしていても、まったく甘い雰囲気にはならない。このままでは婚約者としての一番乗りの優位さが発揮できない。優位どころか、ただ親しみだけが深い妹のような存在になってしまう気がする。
それは非常にまずい。
一番乗りが完全に裏目にでてしまう。
スーは悶々と考えていても仕方がないと思い、ついにヘレナに相談をもちかける決意をした。
ルカと幼馴染である彼女ならば、きっと何か良い秘訣を授けてくれる。
藁にもすがる思いである。
自分のかかえている問題を打ち明けて素直に泣きつくと、ヘレナは大笑いをして快く受け入れてくれた。ぜひ詳しく聞かせてほしいという話を経て、今日のヘレナの訪問となった。
「はい。それで考えてみたのですが、ルカ様はお優しい方ですので、お迎えになる妃の一人だけを特別扱いなどしないのではないかと……」
スーがたどりついた推測を披露すると、ヘレナは面白そうに笑った後で頷いた。
「――そうですわね。殿下がもし複数の妃を持たれるのであれば、きっとそうなさるでしょうね」
「やっぱり、そうですか」
スーはしゅんとうなだれる。ただ一人の寵妃となって、オシドリ夫婦を目指すことが傲慢なのだ。
「では、わたしの努力はまるで的外れですね。もっとルカ様のお役に立つために賢くなることだけを考えた方が良いのかも」
もう何度目かわからない後悔がのしかかる。帝国のことを勉強してこなかった自分を呪うばかりだ。しょんぼりと肩をすくめていると、ヘレナが「いいえ」と強い声をだした。
「残念ながらスー様、帝国の皇家も貴族もそれほど義理堅くはないのですわ。とくに男女のことは」
ヘレナがスーを見つめてあでやかに微笑む。
「妃を特別扱いしないことと、毎晩寝室を訪れるスー様に手を出さないことは、まったく関係がありません」
「え? そうなのですか?」
「もちろんです。殿下などはまだまだ血気盛んなはずですし、来る者拒まずのひどい時期もありました」
「あのルカ様が?」
仰天すると、ヘレナが大きく頷く。
「スー様に殿下の悪口を吹き込むようで気がひけますが、殿下が帝国の悪魔と謳われているのは、そういった態度にも由縁がございます。帝国貴族の貞操観念などあってないようなものですわ。殿下も例外ではありません。そう考えますと、殿下はスー様のことをとても大切に考えておられるのでしょう」
「――大切に」
思い返せば、これまでに何度も大切にすると言われてきた。スーは盛り下がっていた気持ちがすこし元気になる。ルカの幼馴染のヘレナに言われると、とても心強い。
「スー様はわたくしの目からも初なお方なので、殿下も心得ておられると思います」
結局、話が振りだしに戻った。
「では、やはりわたしが幼くて手を出せないということでしょうか」
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