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第十章:皇太子の抱える問題

56:皇帝の祝福

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 肉親としての情よりも、スーに決められた運命を辿らせる使命が上回っているのだろうか。

(天女の守護者)

 まさかとは思うが、その考えから導かれる不安が、小さな棘となってルカの胸に刺さった。

(……もしそうであれば、彼はいずれ敵になる)

 クラウディアとサイオンの関係を白紙に戻し、スーを犠牲にしたくないと考えるルカにとって、守護者が障害になる日がくる。

「――……」

 ルカは喉の渇きを覚えてワインを口に含んだ。ユリウスが独り言のように語る。

「サイオンの技術は本当に恐ろしいな。第七都の遺跡にも戦慄したが、本当に恐ろしいのは兵器ではない」

「陛下?」

 どういう意味かとユリウスの顔を見るが、彼は答えず労わるように笑うだけだった。

 まだルカにサイオンについて全容を明かすつもりはないのだろうか。ルカが生まれた時には、ユリウスはすでに皇帝の地位にあった。圧倒的な立場が、親しみよりも畏敬の念を抱かせたが、時折、彼は祖父としての思いやりを見せる。

 第零都でサイオンの真実へ導かれた時から、ユリウスの肉親としての憐憫が、ますます顕著になったとルカは感じていた。

 ユリウスがサイオンの全容を語らずにいるのなら、それはルカを慮ってのことなのだ。

「ルキアがおまえとサイオンの王女は良好な関係を築いていると言っていた」

「はい」

「おまえらしいな。ルキアにそう言わせるほど、王女にはそつなく振る舞っているのか」

 ルカもはじめはそのつもりだった。スーが帝国での生活に嫌悪感を募らせないように心を砕いていた。
 けれど、今は――。

「陛下」

 ルカはユリウスには伝えておくべきことのような気がした。

「私は形式のことだけではなく、スー王女を愛しく思っております」

 包み隠さず告白すると、ユリウスは痛みに耐えるかのように、固く眼を閉じた。
 ルカはその様子で理解する。やはり彼にとっては祝福しがたい事実なのだ。

 予想はしていたが改めて自覚すると、胸底に堆積しているスーへの想いが鈍く染まる。美しい色彩に一雫の闇が零れ落ちたように、じわりと想いに影が滲む。

「そうか」

 再びルカを見つめたユリウスの瞳には、ますます労りの色が濃度をましている。ゆっくりと微笑む祖父の顔に、ルカは告げるべきではなかったのだと悔いた。

 哀れな王女を愛してしまった愚かな皇太子。ユリウスにはそんなふうに映るのだろう。

「サイオンの王女は、おまえにとっても諸刃の剣になるのか」

「申し訳ありません、陛下」

「……なぜ謝る必要がある。私は祝福するよ、ルカ。おまえの目指す道は、ますます厳しくなるかもしれないが、その想いは力にもなるだろう」

 全てを見通していると言いたげに、ユリウスが微笑む。

「おまえにとっては良かったのかもしれない」

 思いがけない祝福だった。喜ぶべきだが、ルカは動揺を隠せない。
 ルカの目指す道。ユリウスが知るはずもない、途方もない野望。

「陛下にこの思いを祝福していただけるとは思っておりませんでした。ありがとうございます」

 ただの言葉のあやかとルカが誤魔化そうとすると、ユリウスはふっと笑う。

「ルカ、私が気づいていないと思っているのか」

「――何のお話でしょうか」

 気づくはずがない。そう高を括ってとぼけてみるが、ユリウスはワイングラスを掲げるように持ち上げると、不敵に笑う。

「乾杯だ、ルカ。おまえの抱く野望は、私が見た夢でもある」

 卓に置いたままの、半分ほどに減ったルカのグラスにユリウスがグラスをぶつけた。
 ガラスが触れ合う、キンと冴えた音が響く。

「サイオンの兵器、それに関わる技術、動力源の全てを放棄する。おまえの野望が私には見える」

 鼓動がどくりと激しく打った。どう話題を逸らすべきかと考えたが、ルカは表情を殺すことに失敗した。驚きと戸惑いを隠せない。

「……なぜ、ですか」

 なぜ秘めた思惑が予見できたのか。ルカには皆目わからない。

 声が渇いて、かすれてしまう。ユリウスがルカのグラスを持ち上げて差し出した。受け取る自分の手が震えている。ルカは渇きを癒すため、ごくりとワインを飲み干した。

 苦い。繊細な味わいを感じる余裕を失っている。
 ユリウスが再び、なみなみとグラスにワインを注いだ。

「おまえのしていることを見ていればわかる」

「私はまだ何も成し遂げておりません」

「当たり前だ。それは簡単な道ではない」

「では、なぜ陛下はそのようなことをお考えになったのですか?」

「まぁ、飲みなさい」

 赤く満たされたワイングラスを、ユリウスは少しだけルカの手元へ押した。

 ラベルから上質な一品であることが伺えたが、まるで味などわからない。もったいない飲み方をしていると思いながら、ルカは再び口をつける。
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