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第五章:遺跡と王女

25:しおらしい王女

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 寝台に上体を起こしたまま、殊勝な面持ちで謝罪するスーを見て、ルカは胸がざわりとさざめく。

 彼女が目覚めてからは数日が経っている。報告によると以前と変わる様子も見られず、問題なく過ごしていたはずである。

 無垢に輝くキラキラとした眼や、満面の笑みが見られるだろうと思っていたのに、数日ぶりに会うスーの様子は、ルカの期待に沿わない。

 脳裏で石像のように硬直した彼女の様子が蘇った。

「スー、あなたが謝ることはありません」

 ルカは侍従長のオトが寝台の近くに用意した椅子にかけて、改めてスーを見た。

「具合はどうですか?」

 余計な装飾のないゆったりとした夜着のせいなのか、結わずにおろしている髪のせいなのか、どこか別人のような印象を受けた。

 彼女に何が起きたのかは、ルカにもわからない。問診をした医師によると、スーは倒れる前後のことを覚えていないようだったが、やはり何か後遺症があるのだろうか。

 それとも、彼女は少しずつ、無自覚にいしずえに近づいていくのだろうか。

「わたしはもう大丈夫です。それより、実は殿下――いえ、ルカ様にお願いがあります」

 スーの声の調子にも、以前のような溌剌さを感じない。じっと見つめていても、伏せ目がちであまり表情が動かない気がする。
 「殿下」ではなく「ルカ」と言い直すところを見ると、先日の第七都での記憶は鮮明なようだ。

「私にお願い?」

「はい。わたしはこの通り元気ですし、皇太子妃としての授業を再開してほしいのです。突然倒れてしまい、周りの者に迷惑をかけてしまったのは理解しておりますが、もう本当に大丈夫ですので」

 楚々とした様子で彼女が訴える。とんでもなく内容を飛躍させた挙句、ぶち当たってくるような、勢いのある印象がなくなっている。

 ルカも本当にスーに問題がないのであれば、彼女の教育を再開させたい。
 第七都の遺跡から世間の目を逸らすため、これを機にスーとの婚約を公式に表明したいと考えていた。社交の場にも連れ出し披露するには、それなりの準備が必要になる。

 けれど、目の前のスーは、以前のような闊達さを失っているように見えた。
 皇太子妃としての学習を再開させることが、適切であるとは思えない。

「スーの気持ちもわかりますが、私はもう少し休養を続けてほしいです」

「……はい。わかりました」

 肩を落とす様子見て、可哀想だとも思ったが、何かが起きてからでは遅いのだ。

 サイオンの王女という肩書きは、ルカには重い意味が伴う。万全に備える必要があった。

「私の目には、まだスーの体調が完全に戻ったようには見えません」

 ルカは率直に感じたことを伝える。スーが驚いたように目をみはった。

 ようやく彼女の表情が少し解けたような気がしたが、ルカは注意深く彼女を見ながら正直に続ける。

「すこし元気がないように見えます」

「わたしは元気です!」

 スーの声がすこし高くなった。彼女の寝台の奥に立っていたユエンがふふっと笑いを漏らす。

「ルカ殿下。どうかご心配なく。姫様は見栄をはっておられるのです」

「見栄?」

 ルカの中では全く話がつながらない。倒れる前も今も、スーには不似合いな言葉だと思える。

「殿下に魅力的な女性らしさを示したくて、柄にもなくしおらしく振る舞っておられるのです」

「な! ユエン、何を言っているの?」

 スーの頬がほんのりと赤みを増している。背後で笑い声を感じて振り返ると、侍従長のオトが肩を震わせて小さく笑っていた。

「さきほど、ルカ様がお戻りになったとお伝えした時、スー様は物陰から一目見たいと懇願されておられました」

「お、オトまで!」

 聞き馴染みのある、響きの良いスーの声がした。さっきまでの楚々とした印象が、すこしずつ崩れつつある。

(私に女性らしさを見せるため……?)

 見栄をはる者を数多く見てきたが、こんなにいじらしい振る舞いをする者がいただろうか。スーは作戦を暴露された恥じらいからか、うつむき加減に視線をさまよわせ、頬を染めていた。

 見覚えのある様子に、ルカはようやく張り詰めていた気持ちが緩む。本当にスーが倒れる前と変わっていないのかは、実感をもって確かめておきたい。

「そんなふうにしおらしい振る舞いをしなくても、スーは充分に魅力的です」

 ルカは椅子から立ち上がって、彼女の寝台に歩み寄る。スーがためらいがちに顔を上げた。目が合うと彼は微笑んでみせた。
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