21 / 170
第四章:第七都クラウディア国立公園
21:第七都の遺跡
しおりを挟む
サイオン王朝の遺跡である可能性を視野にいれ、調査は皇帝の独占からはじまる。遺跡にたとえサイオンとの繋がりが発見されたとしても、問題がない場合は、再び一般に開放されるだろう。
第七都に零都にあるような遺跡あるとも思えないが、白か黒かは、はっきりさせておかねばならない。
再び車での移動になる。往路でこりたのか、スーはルカの隣ではなく向かいの座席についた。
「良かったら、また肩をお貸ししましょうか?」
外の景色が見えるように、車窓のカーテンを全開にしながら笑うと、スーがからかわれていることに気づいたのか、むっと軽くルカを睨んだ。
「もう殿下にご迷惑をおかけしません」
「――また殿下……」
「あっ!」
「もしかして、すでに嫌いだと訴えているのでは?」
「違います! 慣れていないのと、……その、じつは、少し恥ずかしくて……」
ルカは再び吹き出しそうになったが、ぐっとこらえる。
「もうどちらでもいいですよ。スーに嫌われたら、すぐにわかりそうだ。あなたなら遠回しな方法に頼らなくても訴えてくれるでしょう?」
「ルカ様のことを嫌いになったりしません!」
「……それはどうかな」
「ずっと大好きです!」
勇ましい顔で気持ちを伝えてくる。打算や駆け引きの絡まない純粋な好意。ルカは、なぜか懐かしい気持ちになる。そんなふうに人を信じていられたのは、いつまでだったのだろう。
何色にも染まっていない、哀れなサイオンの王女。何も言えず、今はただ微笑むことしかできない。
「ルカ様はいつも笑って、受け流してしまいますが……」
「そんなことはありません。スーの気持ちは光栄に受け止めています」
車が走り出し、車窓の景色が流れ始める。スーが外の景色に視線を向けた。湖が昼過ぎのおっとりとした陽光を照り返ながら、鏡のように空を映している。青く澄んだ雄大な湖面。
「スーは、サイオンの王朝時代の遺跡を見たことはありますか?」
「はい。サイオンにも、王朝時代の遺跡はいくつか残っています」
「この国立公園にある遺跡も、王朝のものではないかと言われています」
「そうなのですか?」
「はい。ただ込み入った地形にあるので詳しい調査を行っていなかったのですが、今回は公園を閉鎖して詳細な調査を行います」
「では調査が終われば、また国立公園は開放されるのですか?」
「その予定です」
「良かった。では、また見られるのですね」
国立公園を観光する者は多く、敷地はとても数日では回れない広さである。ルカも閉鎖が長引くことは望んでいない。
「スー、見えてきました」
車窓を流れていた森林の向こう側に、歪な石造りの建造物が現れる。これ以上は近づく道筋がないので、車では遺跡の外周をたどることしかできないが、遠目にも異様な迫力を持って聳えていた。
「――サイオン」
ふらりとスーが座席から立ち上がる。
「スー?」
何気なく彼女を見て、ルカはゾッと血の気がひく。無表情な横顔。たしかに車窓の遺跡を眺めているのに、彼女が何を見ているのかわからない。瞬きもせず、赤い目を見開いて、ただ一点を見つめている。作り物のような無機質な眼。
「どうしたんですか?」
声をかけても反応がない。スーの腕に手を伸ばしてルカはさらにゾッと震えた。かたい。石のように硬直している。
「スーっ!」
隣に寄り添って、顔を覗き込んでも微動だにしない。人形のような無表情。
直後。
「――――――っ!」
スーが鼓膜を破りそうな甲高い声をあげた。悲鳴かと思ったが、抑揚のない機械音のように不自然に長い。
「スー? どうしたんです?」
頭がおかしくなりそうな不快な高音。声が止まらない。思わず耳を塞いだ。
唐突に、ピンと張った声がふつりと途切れた。同時に、ビシっと亀裂の入る音がする。
「っ!」
車窓のガラスが曇ったかのように白濁する。それが微細なヒビであると理解する前に、目前の窓ガラスが粉々に砕け散った。
(銃撃!?)
ルカは咄嗟にスーを引き倒した。
(ありえない)
車内で身を伏せながら、冷静に考える。周りには片時も離れず護衛がついているのだ。加えて、普通の乗用車とは比較にならない強度の防御ガラスである。至近距離で砲弾を打ち込んでも、ここまで粉々に破砕することはない。
「車を止めろっ!」
銃撃と考えるには、何もかもが不自然だった。これは外部からの攻撃ではない。
「スー!」
車内に引き倒した彼女はまだ硬直している。温もりがない。まるで石像のようだった。赤い眼は一点を見つめたまま見開かれている。呼吸をしているかどうかもわからない。
死体というよりは、人の形をした異質な物体のようだ。
「殿下!」と護衛が駆けつけてくるが、ルカは懸命にスーに呼びかける。
反応がない。
「医者を呼べ!」
周りに指示を飛ばすと、抱えるスーの体からひゅっと喘鳴のような呼吸音がした。
「――う……」
びくりと、硬直していた体が痙攣する。
「スー!」
ふっと彼女の硬直がとけ、細い体がぐったりとルカの腕に寄りかかる。見開かれていた目は閉じ、肌の柔らかさを感じた。呪縛が解けたように急激に温もりが蘇っていく。呼吸が戻り、彼女の胸が上下しているのがわかった。
「……スー」
ルカはぎゅうっと、彼女の体を抱き寄せた。
第七都に零都にあるような遺跡あるとも思えないが、白か黒かは、はっきりさせておかねばならない。
再び車での移動になる。往路でこりたのか、スーはルカの隣ではなく向かいの座席についた。
「良かったら、また肩をお貸ししましょうか?」
外の景色が見えるように、車窓のカーテンを全開にしながら笑うと、スーがからかわれていることに気づいたのか、むっと軽くルカを睨んだ。
「もう殿下にご迷惑をおかけしません」
「――また殿下……」
「あっ!」
「もしかして、すでに嫌いだと訴えているのでは?」
「違います! 慣れていないのと、……その、じつは、少し恥ずかしくて……」
ルカは再び吹き出しそうになったが、ぐっとこらえる。
「もうどちらでもいいですよ。スーに嫌われたら、すぐにわかりそうだ。あなたなら遠回しな方法に頼らなくても訴えてくれるでしょう?」
「ルカ様のことを嫌いになったりしません!」
「……それはどうかな」
「ずっと大好きです!」
勇ましい顔で気持ちを伝えてくる。打算や駆け引きの絡まない純粋な好意。ルカは、なぜか懐かしい気持ちになる。そんなふうに人を信じていられたのは、いつまでだったのだろう。
何色にも染まっていない、哀れなサイオンの王女。何も言えず、今はただ微笑むことしかできない。
「ルカ様はいつも笑って、受け流してしまいますが……」
「そんなことはありません。スーの気持ちは光栄に受け止めています」
車が走り出し、車窓の景色が流れ始める。スーが外の景色に視線を向けた。湖が昼過ぎのおっとりとした陽光を照り返ながら、鏡のように空を映している。青く澄んだ雄大な湖面。
「スーは、サイオンの王朝時代の遺跡を見たことはありますか?」
「はい。サイオンにも、王朝時代の遺跡はいくつか残っています」
「この国立公園にある遺跡も、王朝のものではないかと言われています」
「そうなのですか?」
「はい。ただ込み入った地形にあるので詳しい調査を行っていなかったのですが、今回は公園を閉鎖して詳細な調査を行います」
「では調査が終われば、また国立公園は開放されるのですか?」
「その予定です」
「良かった。では、また見られるのですね」
国立公園を観光する者は多く、敷地はとても数日では回れない広さである。ルカも閉鎖が長引くことは望んでいない。
「スー、見えてきました」
車窓を流れていた森林の向こう側に、歪な石造りの建造物が現れる。これ以上は近づく道筋がないので、車では遺跡の外周をたどることしかできないが、遠目にも異様な迫力を持って聳えていた。
「――サイオン」
ふらりとスーが座席から立ち上がる。
「スー?」
何気なく彼女を見て、ルカはゾッと血の気がひく。無表情な横顔。たしかに車窓の遺跡を眺めているのに、彼女が何を見ているのかわからない。瞬きもせず、赤い目を見開いて、ただ一点を見つめている。作り物のような無機質な眼。
「どうしたんですか?」
声をかけても反応がない。スーの腕に手を伸ばしてルカはさらにゾッと震えた。かたい。石のように硬直している。
「スーっ!」
隣に寄り添って、顔を覗き込んでも微動だにしない。人形のような無表情。
直後。
「――――――っ!」
スーが鼓膜を破りそうな甲高い声をあげた。悲鳴かと思ったが、抑揚のない機械音のように不自然に長い。
「スー? どうしたんです?」
頭がおかしくなりそうな不快な高音。声が止まらない。思わず耳を塞いだ。
唐突に、ピンと張った声がふつりと途切れた。同時に、ビシっと亀裂の入る音がする。
「っ!」
車窓のガラスが曇ったかのように白濁する。それが微細なヒビであると理解する前に、目前の窓ガラスが粉々に砕け散った。
(銃撃!?)
ルカは咄嗟にスーを引き倒した。
(ありえない)
車内で身を伏せながら、冷静に考える。周りには片時も離れず護衛がついているのだ。加えて、普通の乗用車とは比較にならない強度の防御ガラスである。至近距離で砲弾を打ち込んでも、ここまで粉々に破砕することはない。
「車を止めろっ!」
銃撃と考えるには、何もかもが不自然だった。これは外部からの攻撃ではない。
「スー!」
車内に引き倒した彼女はまだ硬直している。温もりがない。まるで石像のようだった。赤い眼は一点を見つめたまま見開かれている。呼吸をしているかどうかもわからない。
死体というよりは、人の形をした異質な物体のようだ。
「殿下!」と護衛が駆けつけてくるが、ルカは懸命にスーに呼びかける。
反応がない。
「医者を呼べ!」
周りに指示を飛ばすと、抱えるスーの体からひゅっと喘鳴のような呼吸音がした。
「――う……」
びくりと、硬直していた体が痙攣する。
「スー!」
ふっと彼女の硬直がとけ、細い体がぐったりとルカの腕に寄りかかる。見開かれていた目は閉じ、肌の柔らかさを感じた。呪縛が解けたように急激に温もりが蘇っていく。呼吸が戻り、彼女の胸が上下しているのがわかった。
「……スー」
ルカはぎゅうっと、彼女の体を抱き寄せた。
0
お気に入りに追加
511
あなたにおすすめの小説
【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。
銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。
しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。
しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……
【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?
雨宮羽那
恋愛
元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。
◇◇◇◇
名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。
自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。
運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!
なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!?
◇◇◇◇
お気に入り登録、エールありがとうございます♡
※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。
※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。
※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
聖女よ、我に血を捧げよ 〜異世界に召喚されて望まれたのは、生贄のキスでした〜
長月京子
恋愛
マスティア王国に来て、もうどのくらい経ったのだろう。
ミアを召喚したのは、銀髪紫眼の美貌を持った男――シルファ。
彼に振り回されながら、元の世界に帰してくれるという約束を信じている。
ある日、具合が悪そうな様子で帰宅したシルファに襲いかかられたミア。偶然の天罰に救われたけれど、その時に見た真紅に染まったシルファの瞳が気にかかる。
王直轄の外部機関、呪術対策局の局長でもあるシルファは、魔女への嫌悪と崇拝を解体することが役割。
いったい彼は何のために、自分を召喚したのだろう。
とある虐げられた侯爵令嬢の華麗なる後ろ楯~拾い人したら溺愛された件
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵令嬢リリアーヌは、10歳で母が他界し、その後義母と義妹に虐げられ、
屋敷ではメイド仕事をして過ごす日々。
そんな中で、このままでは一生虐げられたままだと思い、一念発起。
母の遺言を受け、自分で自分を幸せにするために行動を起こすことに。
そんな中、偶然訳ありの男性を拾ってしまう。
しかし、その男性がリリアーヌの未来を作る救世主でーーーー。
メイド仕事の傍らで隠れて淑女教育を完璧に終了させ、語学、経営、経済を学び、
財産を築くために屋敷のメイド姿で見聞きした貴族社会のことを小説に書いて出版し、それが大ヒット御礼!
学んだことを生かし、商会を設立。
孤児院から人材を引き取り育成もスタート。
出版部門、観劇部門、版権部門、商品部門など次々と商いを展開。
そこに隣国の王子も参戦してきて?!
本作品は虐げられた環境の中でも懸命に前を向いて頑張る
とある侯爵令嬢が幸せを掴むまでの溺愛×サクセスストーリーです♡
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる