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勇者と冥王のママは暁を魔王様と

第十二章・次代を告げる暁を7

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「お疲れ様でした。見事な手合わせでした」
「ああ、俺もいい運動になった」

 ハウストが満足気に言いました。
 勇者のイスラがハウストでなければ全力を出せないように、魔王のハウストもイスラと戦う時は制限することなく力を出せるのでしょう。

「イスラも左腕は大丈夫そうですね。私も安心しましたよ」
「ああ、問題ない」

 イスラが左腕を動かして見せてくれました。
 その姿に心から安堵します。左腕を失ったばかりの夜、思い通りに動かない自分の体に歯噛みしていた姿を覚えています。でももう大丈夫なのですね。良かった、ほんとうに。
 さて、次はゼロスです。

「ゼロス、あなたも忙しそうですね」
「うん。ぼく、ちちうえとあにうえと、おはなししてるの」
「難しそうですが、大丈夫ですか?」
「だいじょうぶ。ぼく、つよいからわかるの。ブレイラもおはなしする?」
「えっ、私も仲間に入れてくれるんですか?」
「いいよ!」

 ゼロスも勝手に仲間になって、勝手に私も仲間に入れてくれました。
 もう笑うしかありません。ハウストとイスラは諦めたような顔になっています。
 でもゼロスが自信満々になる気持ちも分かります。きっと多くの試練を乗り越えて、その強さを手にしたはずですから。寂しがりで甘えん坊な性格はそのままですが、手にした強さは本物です。

「ゼロスも、ハウストやイスラのようになったのですね。とても強いですよ」
「うん! ぼくね、ちちうえやあにうえみたいに、じぶんで『けん』もだせるの!」
「けん?」
「そう、みてて!」

 ゼロスはそう言うと右手に魔力を集中します。
 そして出現したのはゼロスの力を具現化した剣、冥王の剣。
 あの地下神殿での戦いの時も見ましたが、ゼロスは本当に自分の力で剣を出現させることが出来るまでになっているのです。
 改めて見せられた成長に目を見張っていると、ゼロスが誇らしげに話しだします。

「ぼくね、めいかいの『いしずえ』なんだって! ラマダがいってた!」
「えっ、ラマダ……?!」

 ラマダ、その名前に驚きました。
 私だけではありません。イスラは驚愕に目を見開き、ハウストも険しい顔付きになります。
 私たちがその名前を忘れるはずがありません。今のゼロスが誕生する前、消滅した冥界の化身だった女性です。ラマダは前の冥界が消滅したのと同時に消滅したはずでしたが……。
 私は膝をついてゼロスと目線を合わせました。

「……ゼロス、ラマダを知っているのですか?」
「しってる。めいかいにいた」
「聞かせてくださいっ。どうしてラマダはあなたのところに……」

 焦りました。
 ラマダの思惑が分かりません。彼女は冥界を封じた三界を憎み、三界に復讐する為に消滅したのですから。
 でもそんな私の焦りを余所に、ゼロスは恥ずかしそうに、でも嬉しそうに話してくれます。

「あのね、ぼく、めいかいへいったの。ひとりだけど、ひとりじゃなかったの」
「それは、どういうことですか?」
「ぼく、ひとりでめいかいにいって、ひとりでおいすにすわれた。でも、ひとりで、こわくて、えーんって。でもね、ラマダがでてきて、いっぱいいーっぱいおはなししたの。おもしろかった~!」

 その時のことを思い出したのか、ゼロスが楽しそうな笑顔を浮かべました。
 私はハウストと顔を見合わせます。
 間違いありません、あのラマダがゼロスの前に姿を現わしたのです。ラマダの意図が分からずに動揺してしまう。

「ゼロス、ラマダとたくさんお話ししたのですか?」
「うん、いっぱいした! すっごくおもしろくて、ずっとおはなししてた。そしたら、よるがおわってたの! ラマダがめいかいは、もうだいじょうぶって!」

 でも、ゼロスはとても楽しそうでした。
 とても楽しそうで、そこからラマダの害意など感じず、むしろっ……。
 胸が熱く締め付けられて、視界が涙で滲んでいく。
 ラマダは、新しい冥界の王を、この新しく生まれ直したゼロスを守ってくれていたのですね。まだ幼いゼロスが暗闇を乗り越えられるように。

「でもね、ラマダ、おばけだったの。だからバイバイした。ラマダは、あかちゃんになるんだって」
「赤ちゃんに?」

 首を傾げるとハウストが教えてくれます。

「恐らくラマダは生まれ変わるんだろう。ゼロスの治世よりずっと先の遠い未来、冥界のどこかで」
「そうですか、ラマダが……」

 ラマダは生まれ変わる前に、生まれ直した今のゼロスに会いたかったのかもしれません。
 今のゼロスを見てラマダは何を思ったでしょうか。少しでも救いになったでしょうか。願わくば、彼女にとって希望になったことを。

「ぼくね、さいしょのおうさまだから、めいかいの『いしずえ』をつくるんだって。いしずえって、なあに?」
「礎……」

 それは世界の土台です。
 冥界という世界の大地、気候、山々や大河といった自然。そして原始植物や動物などの生物。それらの基礎を創るのは創世の王。ゼロスは冥界の創世の王です。
 現在の冥界は創世期と呼ばれる原始の世界、変動の真っ只中にあります。そのこともあって、ゼロスの御世に人間や魔族や精霊族のような世界の盟主となる種族は誕生しません。大地や気候が安定してはじめて種族が誕生するのです。でもそれは気が遠くなるほど長い年月が必要です。
 だからゼロスの御世に、生きているうちに、ゼロスが自分以外の冥界の種族と出会い、言葉を交わすことはありません。
 創世の王とは、未来の繁栄を夢見て礎になりながら、決してそれを目にすることが出来ない王。それは創世の王の宿命ともいえるもの。
 創世から孤独を連想するのは間違いなのかもしれませんが、寂しがりやのゼロスを思うと少しだけ胸が痛くなります。

「ゼロス、礎とは全ての土台で、全ての基礎です」
「……うん?」

 ゼロスが首を傾げてしまいました。
 少し難しかったですね、私はゼロスと目線を合わせたまま笑いかけます。

「魔界のお城はとても大きくて重いですよね」
「うん。こんな、こーんなおっきい!」

 ゼロスが両手を広げて城の大きさを表現してくれました。
 可愛いですね。私はそれに頷いて、ゼロスにゆっくりと語り掛けます。

「あんなに大きくて重いのに、倒れたり崩れたりしないのは、どうしてだと思いますか?」
「うーん。……どうして?」
「城の一番下に、一番の力持ちさんがいるからです」
「っ、えええええ?! おしろのしたで、ちからもちさんが、よいしょってしてるの~?!」

 ゼロスが大きな瞳を丸めてびっくり顔になりました。
 あ、もしかして城の下に誰かがいるイメージをしているかもしれません。大変な誤解です。

「ま、待ってください、ゼロス。誰かが実際に持ち上げているわけではありませんっ。そうではなくて、とても強い石や柱の上にお城があるのです。礎とは一番下にあるとても強い石や柱のことですよ」
「そうなんだあ」

 ゼロスが感心した声をあげました。
 少しは意味が通じたでしょうか。

「ぼく、いしずえ?」
「……そうですね。創世の王の役割は、世界の自然や気候を整えること。冥界に豊かな大地と水があれば多くの生命が誕生します。その大地で多くの営みが繰り返されて、やがてラマダが生まれる時代へと繋がるのです」

 そう説明しながらも、ゼロスは寂しがってしまうんじゃないかと思いました。
 どれだけ言い繕っても土台とは孤独なのです。例えに出した魔界の城の礎も、地中深く暗闇の中、決して陽の当たる場所に出ることはありません。
 ゼロスが創世期にどれだけ素晴らしい繁栄の基礎を造っても、ゼロス自身が繁栄した冥界を目にすることはないのです。
 それは寂しいことではないでしょうか。私は少しでも慰めようと言葉を掛けようとしましたが。

「いしずえ! よ~しっ、がんばるぞ~!!」

 ゼロスが小さな拳をぎゅっと握って気合いを入れました。
 予想していなかった反応です。でもゼロスは垂れ気味の目尻をキリッとさせている。

「ぼくね、ちからもちさんだから、じょうずによいしょーってできるの!」
「……上手に?」
「うん! ちちうえと、あにうえが、おしえてくれた! ブレイラも、がんばれってしてくれるから、だいじょうぶ!」
「ゼロスっ……」

 言葉が出てきませんでした。
 ……私はね、あなたが寂しいと泣いてしまうんじゃないかと思ったのです。
 でも、そうでしたね、あなたには父上がいて、兄上がいて、もうすぐ弟もできます。精霊王もいてくれます。微力ながら私も側に寄り添っています。皆が助力を惜しみません。それなのに孤独であるはずがありませんでした。
 ゼロスは寂しがりやの甘えん坊ですが、私の憂いなど吹き飛ばすほど強くて前向きなのでしょう。数日前にゼロスが一生懸命描いていた風景画は、きっとゼロスが想像した遠い未来の冥界の風景。
 私は苦笑して、側にいるイスラを見上げます。
 イスラは呆れているかもしれません。だって私は勘違いしてばかりです。

「いけませんね、イスラ。私はあなたに対してもゼロスに対しても、いつまでも手のかかる子どものように思ってしまっています。構いたくて仕方ないのですよ」
「ブレイラに構われるのは嬉しいぞ。……恥ずかしい時もあるけど」
「ふふふ、恥ずかしいとはどういう意味です」

 思わず笑ってしまいました。
 私はひとしきり笑うと、改めてゼロスを見つめます。

「ゼロス、あなたの剣を見せてください。冥王の剣を」
「いいよ」

 ゼロスが剣を出現させて私の前に翳しました。
 四界の王の剣を直接手で触れるのは畏れ多いこと。私はローブの袖で手を覆い、両の手の平を差しだします。
 すると、ズシリッとした重み。剣が置かれました。
 見た目よりも重いのは重責を担う剣だからでしょうか、それとも四界の王の力だからでしょうか。

「ゼロス」
「なあに」
「自分の意志で剣を出現させ、剣を握って戦うと決めたなら、どうか強くなってください。自分を守れるように、多くを守れるように」
「わかった!」
「良いお返事です。大きな力は上手に使ってくださいね」

 そう言って笑いかけてゼロスに剣を返します。
 いい子いい子と頭を撫でてあげました。
 ゼロスは照れ臭そうにはにかんでいましたが、ふいに、もじもじもじ……。
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