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勇者と冥王のママは暁を魔王様と

第十一章・人間の王15

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 遺跡群を一望できる丘。
 遺跡を吹き抜ける風はからからに渇いて、鉄と火の粉の匂いが混じっていました。
 そう、眼下に広がるのは以前のような遺跡群ではありません。
 今や遺跡群は跡形もなく破壊され、武装した兵士の隊列が埋め尽くしていました。数えきれないほどの軍旗が風に靡いて、連合軍兵士が神殿周辺を取り囲んでいます。
 連合軍の前線では怒号と悲鳴。そして凄まじい爆破音が連続してあがり、砂埃と火の粉が濛々と舞い上がっていました。
 総攻撃を仕掛けようとしている連合軍を、怪物化した信仰者たちが死に物狂いで戦って食い止めているのです。

「っ……」

 私は高台から見える光景に唇を噛みしめました。
 怪物を前にした連合軍の兵士は恐怖に慄いて残虐に剣を振るい、信仰者たちも生きる為に守る為に怪物に変化して戦っています。そこにあるのは負の連鎖そのもの。
 皆、恐ろしいのです。前線の兵士も信仰者たちも、目前にある死と暴力に怯えているのです。それは連鎖となって、どちらかが壊滅するまで続くもの。

「ブレイラ、大丈夫だ。もうすぐ終わる」
「ハウスト……」

 側にいてくれるハウストを見上げました。
 ハウストは私に頷き、前に立つイスラの背中を見守ります。私もイスラの左腕をしっかりと抱きしめて、その後ろ姿を見つめました。
 イスラが丘の先端に立って戦場を見下ろします。
 私は固唾を飲む。イスラがどうやって連合軍と教団の戦争を止めるのか、止められるのか、緊張が高まります。

「イスラ……」

 祈るような気持ちでイスラの名を口にしました。
 そんな私の目の前でイスラが右手に剣を出現させます。それはイスラの力を具現化した剣、勇者の剣。

「え?」

 首を傾げました。
 だって今、戦場では暴力と暴力が渦巻いているのです。それなのに、どうして剣を? 疑問に思った次の瞬間。

「――――貴様ら、いつまで馬鹿なことをしている!!!!」

 ズバアアアアアアァァァァァァ!!!!!!

 イスラが剣を一閃し、凄まじい斬撃が放たれました。
 空を切り裂く斬撃で大地に亀裂が走り、大きく裂けた亀裂が戦場を真っ二つに割ってしまったのです。
 衝撃波に飛ばされそうになった私はハウストに抱き止められるも。

「えっ、ええ?! えええええええ!?!!」

 訳が分からずに声を上げてしまいました。
 戦場の兵士たちも、突如巨大な力に戦場を真っ二つにされて騒然となる。当然です。あれほど激しく衝突していたのにそれどころではなくなりました。
 そう、イスラは戦争という力と力の衝突を、それ以上の力で強制的に中断させてしまったのです。
 ……い、いいのでしょうか。勇者が、こんな雑な戦いの止め方をして……。もっとこう、優しくて、温かい感じで止めるのだとばかり……。

「あ、あの、ハウスト、……これでいいのでしょうか……?」
「なにがだ?」

 逆にハウストが不思議そうに私を見ます。
 どうやらびっくりしたのは私だけのようでハウストやジェノキスはなんの動揺もなく見守っていました。
 こうして強制的に戦いを中断された戦場は静まり返り、戦場の兵士たちは丘に立つイスラの姿に驚愕します。

「ゆ、勇者様だっ……」
「どうして勇者様がっ」
「見ろ、勇者様の左腕が……。やはり、あの話しは本当だったのか。人間が勇者様を裏切り、怒りに触れたという話しは……」
「なんて事だっ。教団は我々人間を扇動しただけじゃなく、勇者様までっ!」
「畏れ多いっ。許されないことだ!」
「おのれっ、教団の怪物を根絶やしにしろ!」

 兵士たちは勇者の姿に驚きながらも隻腕の姿に動揺して恐れました。
 勇者を裏切ったのは人間。たとえ教団に惑わされていたとはいえ、その事実には変わりありません。勇者を怒らせたのではないかと、勇者の強大な力を前に戦慄しているのです。
 連合軍は恐怖を誤魔化すようにイスラに向かって歓声をあげだしました。

「これが勇者様の力っ、なんて凄まじい!!」
「おおおっ、神々しい御姿だっ!!」
「勇者様、我々が教団を滅ぼして勇者様に絶対の忠誠を!!」

 人間は勇者を目にして歓喜しています。
 勇者を崇め奉り、溢れんばかりの称賛を。
 ……でも今、私は耳を塞ぎたくなりました。
 だってそれは傀儡の玉座を作りだすもの。
 勇者の強大な力が自分達に降りかからぬように、傀儡の玉座を用意して、そこに押し込めようとしているよう。
 歓声はイスラを賛美して迎えるものなのに、とても空虚なもののように感じました。
 イスラは歓声をあげる兵士たちを静かに見下ろしていましたが、連合軍から一人の男が姿を現わします。
 老齢ながら巨漢の男はイスラの前で恭しく最敬礼しました。

「勇者様、お初にお目に掛かります。この度、連合軍の指揮を各国から預かりました、連合軍総司令官ゾルターギスと申します」

 ゾルターギスの名乗りにイスラは頷きました。
 イスラは聞き覚えのある名前だったようです。

「ゾルターギス……、人間界の北の国に自国だけでなく、近隣国からも信頼を寄せられる将軍がいると聞いたことがある」
「勿体ない御言葉でございます」

 イスラは丘から飛び降りるとゾルターギスの前に立ちました。
 そして連合軍総司令官のゾルターギスに命じます。

「勇者として命じる。大司教ルメニヒは死に、教団は解散した。連れ去られた自国の民を連れて帰還しろ」
「はっ、承知いたしました。しかしながら、教団への裁きは我々に任せていただきたく思います」
「なんだと?」
「この度の教団討伐軍は多国籍で組織された連合軍でございます。連合軍に参加した国の中には、教団に自国の民を誑かされただけでなく、国の中枢まで侵略されて亡国の危機に陥れられた国もございます」

 ゾルターギスの答えにイスラがなるほどと頷きました。
 今回、人間界各国の損害はあまりにも大きいのです。多国籍の連合軍まで組織されたことを考えると納得のいく言い分でした。
 しかしイスラは頷きながらも問います。

「では聞く、怪物化した教団信仰者も元は人間だ。それについてはどう考える」
「信仰者はみずからの意志で教団を信仰している者が多く、なかには薬に侵されてすでに正気を失った者も見受けます。保護を求める者は受け入れていますが、それ以外は人間界に害を及ぼすものと判断しております」
「なるほど、刃向かう信仰者は皆殺しというわけか」
「…………。国と、そこに暮らす人間を守る為に必要なことと存じます」
「必要? 尤もらしいことを言うなよ、体裁を守りたいの間違いだろう。教団に国を蹂躙されたなんて名折れもいいところだ」
「各国にも守らねばならぬ威厳と権威がありますから」

 ゾルターギスは否定せず、しかし動じることなく答えました。
 イスラはゾルターギスを見据えましたが、「いいだろう」と受け入れます。

「たしかに連合軍の大義は認める。体裁が保たれるまで存分に戦うといい」
「ご理解いただき感謝いたします」

 巨漢の総司令官は一礼しました。
 会話を聞いていた私は困惑してしまいます。だって、それでは戦争は終わらないのです。しかも連合軍が一方的に蹂躙するものになるでしょう。イスラがそれを許すとは思えませんが……、私は固唾を飲んで丘から見守ります。

「なあ、ゾルターギス」

 ふとイスラが話しかけました。

「なんでしょうか」
「お前も、ここにいる兵士も、教団の信仰者たちも、皆は国を持っている。同じ人間界の人間で、それぞれに国がある。だが俺には人間界に決まった国がない。俺は国土も玉座も持たない王だ」
「勇者様……?」

 ゾルターギスが訝しみました。
 イスラの言葉の意図を計りかねているようです。
 そんなゾルターギスにイスラは口元にニヤリとした笑みを浮かべます。そして。

「それは俺にとって、人間界は『俺と民』しかないということ。その意味、分かるか?」
「…………勇者様にとって、我々連合軍も教団の信仰者たちも同じだと、そういうことですね」
「さすが北の大地で名を馳せる将軍だ」

 イスラは目を細めて頷きました。
 そう、勇者に国境はないのです。それは民を区別しないということ。すべての人間がイスラの裁きの対象であり、庇護下なのです。

「教団を完全に壊滅させるまで軍を止められないというなら、俺が全てを壊滅させてやる。連合軍も教団も、全てだ。俺が相手なら守りたい体裁とやらも保たれるだろう?」

 イスラは笑みを含ませて言いました。
 しかしゾルターギスを見据える目は偽りを語らぬ瞳。鋭い剣のようにまっすぐで、言葉が本気であることを示します。

「いいぞ、まとめて相手してやる」

 イスラの足元から闘気が立ち昇りました。
 存在だけで場を制圧する闘気に周囲の兵士たちが震えあがります。
 でもゾルターギスは不動のままでイスラを見据えていました。
 緊張感が高まり、沈黙が落ちます。でも少しして、――――ふっとゾルターギスが口元を綻ばせました。
 そして表情を和らげ、恭しく跪いて頭を垂れます。

「どうして我ら人間の王に剣を向けることができるのか。勇者イスラ様の仰せのままに致します。どうか先ほどまでの非礼をお許しください」

 ゾルターギスが深々と謝罪しました。
 その様子に、ゾルターギスの部下、他国の将軍や武官、兵士たちがいっせいに跪きます。

「イスラっ……」

 その光景に私は胸がいっぱいになりました。
 遺跡の大地を埋め尽くすほどにいた兵士たちが、イスラを中心にして跪いて頭を垂れたのです。
 連合軍の各国の軍旗が翻る。そう、勇者の存在は国境を越えるもの。
 イスラは武器を下ろした連合軍を見渡すと、少しだけ表情を綻ばせました。

「許す。……心配するな、それほど怒ってるわけじゃない」
「有り難き幸せ。それでは信仰者は捕らえて保護し、それぞれの国へ帰還させます」
「そうしてくれ。薬の解毒剤も届けさせる」
「勇者様が解毒剤を?」
「言っただろう、人間界には『俺と民』しかいないと。後は任せる」
「感服致しました。必ずや勇者様の意が叶いますよう努めます」
「存分に働け。だが、お前にも立場があることは分かっている。何かあれば言えよ。総司令官だろうと将軍だろうと、お前も俺の民の一人だ」

 イスラがそう言うとゾルターギスは少し驚いたように目を瞬きました。
 でも面白そうに笑いだします。

「これほど王の民であることを名誉に思ったことはありませんな。勇者様は意外と心配性のようだ」
「うるさいぞ」

 イスラがじろりと睨みましたがゾルターギスは鷹揚に笑っていました。
 今やイスラとゾルターギスの間に重い緊張感はありません。
 私はほっと胸を撫で下ろしたのと同時に、少しの切なさと大きな高揚感が込み上げてきます。

「イスラは、王なのですね……」

 改めて感じました。
 イスラなら大丈夫だと信じていましたが、不安がなかったわけではありません。
 でもこの瞬間、国土と玉座の無い王が、その存在だけで絶対的な真の王であると知らしめたのです。
 少しの切なさがあるのは私がイスラの親だから。大きな高揚感があるのは私が人間だから。
 イスラは私に約束してくれました。歴代最強の勇者になるのだと。
 私は丘の上からイスラを見つめます。
 イスラはゾルターギスと軽口を交わしていました。他にも他国の名だたる将軍や武官たちがイスラを囲い、なにやらお話しをしているようです。時折笑い声が聞こえてくるので、きっと楽しいお話しをしているのでしょう。
 それは私の知らないイスラの姿。子どもから大人になっていく姿。
 今、胸がいっぱいになって、なぜだか視界にじわりと涙が滲みました。

「ハウスト」
「どうした」
「イスラなら本当になれるかもしれません。歴代最強の勇者に」

 そう、歴代最強の勇者。それは歴代最高の王であるということ。
 私は人間なので、人間界には様々な国があると知っています。
 各国はそれぞれの王によって治められ、その王の性質によって大きく運命を違えるのです。
 でもこの時代、当代勇者イスラを冠した人間界は、人間にとって救いのある幸運の時代となるのかもしれません。
 それは途方もない苦難の道です。困難で、複雑で、誰もが語る物語でありながら、誰もが成し遂げられない夢物語。
 しかし今、目の前に広がる光景に、イスラならばとそう思わずにはいられません。
 この一つの希望の輝きが、やがて人間界全土を照らすものになると信じています。


 こうして、人間界の騒乱は勇者によって平定されたのでした。








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