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勇者と冥王のママは暁を魔王様と

第十一章・人間の王10

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「ゼロス、次はあなたの番です! 私たちに登ってイスラの腕を取ってください! 出来ますか?!」
「できる~~!!」

 ゼロスは「はーい!」とお利口なお返事をすると、さっそく登り始めました。
 まずはハウストの足にしがみ付いて上手によじ登っていきます。

「ちちうえのあし、よいしょ、よいしょ♪ ちちうえのせなか、よいしょ、よいしょ♪」

 上手です。ひょいひょいっととても身軽。
 背中に到着すると、「おんぶー!」とハウストの広い背中にしがみついてニコニコです。……完全に遊んでいますね。
 ハウストは少しイラッとしているようですがそれでも見守っています。

「ゼロス、さっさと登れ。早くしろ」
「はーい!」

 ゼロスはごそごそ動いてハウストの腕にぶら下がったと思ったら、次はハウストの肩へ登って「かたぐるまー!」とご機嫌にちょこんと座りました。とても楽しそう。きっと父上に遊んでもらっている気分なのでしょう。
 普段、同じ魔界の城にいてもハウストは多忙なのです。政務の合間を縫って一緒に過ごす時間を作ってくれますが、一緒に何かをして遊ぶことはほとんどありませんから。
 こんな時だというのに私は微笑ましい気持ちになりましたが。

「っ、おい蹴るな。足が当たったぞ」
「あ、ごめんなさい~! でもしかたないの。ぼく、よいしょってがんばってるから、しかたないの!」
「なにが仕方ないだ。っ、今度は髪を引っ張るな」
「しかたないの~!」

 ゼロスは申し訳なさそうに言っていますが、……ゼロス、あなたという子は……。ちらりと見下ろしたゼロスの姿にため息を一つ。
 コツンコツン、グイグイッ。ゼロスはハウストの反応を見ながら満面笑顔。今の状況を全力で楽しんでいます。きっと家族で遊んでいる気分なのでしょうね。
 ゼロスは「よいしょ、よいしょ♪」とイスラに辿りつきます。

「つぎはあにうえ~! おやま、あにうえのおやま、よいしょ、よいしょ♪」
「ぐッ、おい、服を引っ張るな!」
「ごめんなさい~! でもしかたないの。ぼく、がんばってるからしかたないの~!」

 ゼロスは謝りながらも、「しかたない~、しかたないの~♪」と自作の歌まで口ずさみだしました。どうやら楽しすぎて申し訳なさを装うのも忘れてしまったようです。
 フンフンと鼻歌をうたいながらイスラの背中にしがみ付いて「お・ん・ぶ!」とおおはしゃぎ。

「ゼロス、遊ぶなっ」

 イスラが苛々した低い声で言いました。
 ゼロスは「はーい!」と素直なお返事をしますが、もちろんお返事だけ。
 ゼロスは登りながらぎゅっとイスラの髪を掴みました。

「痛いぞっ、髪を掴むな!」
「ごめんなさい~! でも、しかたないから! よいしょって、のぼってるから!」

 ゼロスは楽しそうに言いながら、するすると登ってイスラの肩の上まで到達しました。そう、私と並んでイスラの肩に立ったのです。
 ゼロスが私の足にぎゅっと抱き着いて見上げてきます。

「ブレイラのとこ、ついた~!」
「よくここまで来てくれましたね」
「うん、ぼく、じょうずにのぼれた!」

 ゼロスは笑顔で答えると、そこからの見晴らしに興奮します。
 しかし興奮しすぎたようで。

「すごーい、たかーい、ぴょんぴょんしたい~!」
「一度でも跳んでみろっ。どうなるか分かってるだろうな!」

 足元からイスラの鋭い声が上がりました。
 見下ろすと、イスラが勇者とは思えぬ形相でゼロスを睨み上げています。

「あ、あにうえ、おこってる……」

 ゼロスがみるみる青褪めました。今まで楽しすぎて気付いていなかったようですが、そうです、イスラの苛々は限界に達していましたよ。

「し、しし、しかたないの! よいしょってのぼってるから、しかたないの~!」
「何が仕方ないだっ。剣の素振り千回にするぞ!」

 イスラが怒りの形相と迫力で声を上げました。
 ゼロスは「せんかい……?」と首を傾げます。しかし。

「五百回が二回だ!」
「ごひゃくが……にかい……? せ、せせ、せんかい、やだあああ! せんかい、やだあああああ~~!!」
「お前が悪いんだろ! 遊ぶなって何度言えば分かるんだ!」
「やだやだ、せんかい、やだあ! う、うぅっ、うわああああああん!!」
「泣くな! 泣くなら魔界に帰れ!!」
「うえええぇぇぇん! あにうえが、かえれっていった~! うええぇぇぇぇん!!」

 ゼロスが大きな声で泣き出してしまいました。
 泣きじゃくりながら私の足にしがみ付きます。

「うええぇぇぇん! ブレイラ~っ、あにうえが~!」
「ち、ちょっと、ゼロスっ……」

 今はそんな場合ではないというのに、怒られたゼロスが「あにうえが~!」と盛大に泣いて訴えてきます。

「あにうえが、かえれっていうの~! せんかいっていうの~! うわあああん!!」
「だから泣くなって言ってるだろ! あとで覚えてろっ。その甘ったれた根性を叩き直してやる!!」
「うわああああん! あにうえが、こわいこといってる! あとで、こらーってされるのやだ~!! うわああぁぁぁん!! こんじょーなおされる~! やだああああっ、わあああああん!!」

 兄弟で激しく言い合っています。
 ああもう……、ため息が出てしまいました。普段は喧嘩もしない仲良し兄弟ですが時々こういうことがあるので困りものです。
 しかもゼロスは大泣きしながら「うわああん! こんじょーって、なあに~?!」と言っています……。
 でも今はそんなことしている場合ではないのです。だって。

「…………お前ら、そこがどこか分かっているのか」

 イスラの更に下から地底から響いてきたような低い声。
 そう、ハウストです。今、私たち三人をハウストが一人で支えている状態です。

「いい加減にしろ、俺を怒らせたいかっ」

 そう言ってハウストが頭上の二人をギロリッと睨みあげました。
 その怒気に、イスラとゼロスがぴたりっと固まります。
 二人は思い出したのです。今の状況を。

「……悪い。そうだった」

 イスラがばつが悪そうに言いました。
 よかった、イスラが落ち着いてくれました。
 でも。

「ち、ちちうえ、おこってるっ……。うっ、うぅ、ブレイラ~っ……!」

 青褪めたゼロスが私の足にしがみ付いて泣き伏してしまいました。
 ゼロスはハウストにまで怒られてびっくりしてしまったのです。

「ゼロス、落ち着いてください。泣いてはいけません」
「でもでも、ちちうえと、あにうえが~っ」

 泣き伏すゼロスに苦笑してしまいました。
 どうやら二人を怒らせた自覚はあるようです。

「泣かないでください。父上と兄上だって、…………た、たしかに怒ってますね」

 さすがに怒ってないとは言えませんね。
 実際ハウストとイスラが怒る気持ちも分かるというもの。
 私は少し考えて、ゼロスに優しく語り掛けます。

「ゼロス、ハウストとイスラに登るのは楽しかったですか?」
「うん、たのしかったっ。……うぅっ、ぼく、おもしろくて、うれしくて、わーいってなったの。……グスッ」
「そうですか、嬉しかったのですね。でも今は遊ぶ時ではなかったのですよ。父上も兄上も遊んでいなかったですよね?」
「…………。ああっ!」

 ゼロスがハッとした顔になりました。
 よかった、ゼロスも今の状況を思い出してくれたようです。

「ブレイラ、ごめんなさい~っ。ぼく、ぼくっ……」
「ごめんなさいが出来て、お利口ですね」
「うん、うん。ぼく、おりこうさんだからっ。グスンッ」

 ゼロスがグスグスと鼻を啜りながら頷いています。
 足元では「まず俺に謝れ」「俺にも謝れ」とハウストとイスラが呆れていますが、残念ながらゼロスは気付いていません。

「で、でもっ、ちちうえとあにうえ。おこってるっ……、うぅっ」
「では、あとで父上と兄上にごめんなさいしましょう。私も一緒に謝ってあげますから今は元気をだしてください」
「……ほんと?」
「はい」
「わかった。それなら、げんきだす。……グスンッ」

 ゼロスが鼻を啜って涙を拭いました。
 ほんとうはハンカチで涙と鼻水を拭いてあげたいけれど……。

「あの、ゼロス、そろそろお願いしますっ……」

 私もそろそろ手足が限界です。ここはとても高くて、少しでも動けば転落してしまうのでハンカチを取り出す余裕もないのです。
 頭上のイスラの腕まであともう少し。きっとゼロスが私の肩に乗れば届くはずっ。

「わかった! よいしょってして、あにうえのうで、とってくる!」

 ゼロスは気合いを入れると私を登り始めました。
 登っている最中も、「ブレイラ、だいじょうぶ?」「おもい?」「いたくない?」ととても気遣ってくれます。肩に乗る時なんて、「ほんとにいいの? だいじょうぶ? ごめんね、のるね?」と何度も確認してくれました。大丈夫ですよ、ゼロスの身体能力はとても高いですが体重はまだ三歳ですから。
 …………足元では「まず俺に確認しろ」「俺にも確認しろ」とハウストとイスラが目を据わらせましたが、残念ながらゼロスは都合が悪いことは聞こえないようです。
 でもこうしてゼロスは見事にハウストとイスラと私をよじ登ってくれました。
 さあ、これで私たち家族四人の縦列肩乗り合体は完成です! これならイスラの腕に届きそう!
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