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勇者と冥王のママは暁を魔王様と

第九章・二つの星の輝きを10

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 翌朝。
 夜明けとともに起床したイスラとゼロスは、朝食を食べてすぐに出発した。
 まだ早い時間だが二人は森の中を歩く。
 イスラは目指す場所に向かってまっすぐ歩き、ゼロスは拾った小枝を剣のように振り回しながら後ろを歩いていた。

「えいえいっ! ぼくが、やっつけてやる!」

 ゼロスは敵と戦っているつもりのようだ。
 それは幼い子どもらしい無邪気な姿だ。イスラはちらりとゼロスの様子を見て、「悪くないな」と内心満足があった。なぜなら小枝の振り回し方が様になってきているのである。
 ゼロスは無意識だろうが以前とは動きが違う。体の使い方や小枝捌きに実戦が意識されていた。厳しい訓練の成果が無意識に出てきているようだ。
 イスラとしては隣で騒がれるのは煩かったが、これも鍛錬のようなものだと思って放っておいていた。

「えいえい、やあっ! つぎで、きめてやる!」

 夢中になったゼロスは勢いに乗って小枝を振り回しまくり、ますます気分が盛り上がって興奮する。
 ゼロスは目尻をキリッとさせて、絵本を参考にした自作の必殺技らしきものを叫ぶ。

「だいちよ! そらよ! いまこそ、ぼくにちからを~っ! やあああああああ~~!!」

 かっこいい必殺技を炸裂した、が。
 ――――ポコッ。

「…………。ゼロス、お前っ……」

 地底から響いてきたような低い声。イスラが勇者とは思えぬ鬼の形相で振り返る。
 ゼロスは「はわわわっ」と青褪めた。
 振り回していた小枝でイスラの頭をえいっとしてしまったのだ。しかも必殺技である。

「わああああ~、ごめんなさい~! ちがうのっ、あにうえに、えいってしたんじゃないの!」
「当たり前だっ!!」
「ご、ごめんなさいぃぃ~!」

 ゼロスは飛び上がって謝った。
 必死で謝るゼロスをイスラはじろりっと睨んだが、少しして盛大なため息をつく。相手は冥王とはいえ三歳の子ども。ブレイラがいない恋しさと寂しさで泣かれるよりマシかと思い直す。

「二度目はないぞ、覚えとけ」
「はいっ、おぼえました!」
「…………。いくぞ」

 イラッとしたが、イスラはまた前を向いて歩きだす。
 ゼロスも並んで歩きだす。
 こうして兄弟はまた気を取り直して進みだした。

「ねえねえ、あにうえ、いまからどこにいくの? にんげんかいは?」

 今更すぎる質問だがゼロスはまだ三歳。信頼する兄上に付いていくだけである。

「人間界へ行く前に薬草を一つ採りに行く。解毒剤を作るのに必要なんだ」
「そうなんだあ」

 ゼロスは納得して頷いているが、もちろん意味は分かっていない。
 しかし強くて賢い兄上が言っているのだから必要なことに違いないのだ。
 しばらく歩くと、鬱蒼とした森を抜けた。否、森が突然なくなった。
 なぜなら。

「わああ、たか~~い!」

 ゼロスが歓声をあげる。
 そう、高い。森の先には絶壁の崖があった。イスラとゼロスは今まで高地にある森を歩いていたのだ。
 ゼロスは崖から下を見下ろして興奮する。
 冥界の玉座がある神殿ほどの高さではないが、崖下の森の木々が緑の絨毯のように広がっていて、そこに生息する巨大動物が蟻のように小さい。

「すごーいっ、たかーい! あにうえ、すごいね!」
「ああ、そうだな。この崖の下に目的の薬草がある」
「へえ~、そうなんだあ。…………え?」

 ゼロスは青褪めてイスラを見た。
 イスラがとんでもないことを言った気がするのだ。嫌な予感がする。

「…………あの、あにうえ?」

 ゼロスは嫌な予感を覚えながらも、きっと大丈夫と僅かな期待を寄せた。
 だってゼロスの自慢の兄上は、強くて賢くて、怒ると怖いけど優しい兄上である。とっても頼りになるのだ。そんな兄上が無茶を言うはずがない。
 しかし。

「ほら、あそこに他より大きな木があるだろ? その根元に群生している。行くぞ」
「ま、まま、まって! まってまって! あにうえ、まって~~!」

 ゼロスがイスラの足にしがみ付いて引き止めた。
 イスラは当然のようにこの絶壁の崖から飛び降りようとしたのだ。
 ゼロスからすればとんでもない話しである。
 だって、高い。普通じゃない高さだ。雲より少し低いくらいの、普通の人間なら即死するレベルの高さだ。

「ここから、ぴょんってするの?! ほんき?!」
「本気だ。回り道をしている暇はない」
「そ、そうだけど、ぼくひとりで?! だっこは?!」

 飛ぶならせめて抱っこしてほしい。ゼロスはまだ三歳。抱っこを所望しても許されるはずである。
 しかし勇者イスラは容赦なかった。

「甘えるな、自分で飛べ」
「そ、そんなっ……。ぼく、まだちっちゃいこどもなのに?! おててだって、こんなにちっちゃいのに?! あしだって、こんなにちっちゃいのに?!」

 ゼロスは指を三本立てて、「ぼく、みっつ!」と自分の年齢を強く訴えた。
 実際ゼロスは三歳で、ここにブレイラがいれば慮ったかもしれない。ブレイラはゼロスが冥王だと分かっていても幼い子どもとして接しているのだ。
 ハウストは『自分で飛べ』と厳しくするだろうが、それでもブレイラに『少しだけお手伝いしてあげたいです』とお願いされれば配慮をするだろう。イスラだってブレイラにお願いされれば聞く。断言できる。
 だが、ここにブレイラはいない。
 だからイスラは容赦なくゼロスを鍛えるのだ。

「お前、冥王だろ。飛べ」
「そ、そうだけど~!」
「大丈夫だ。四界の王の体は頑丈なんだ」

 ゼロスは三歳だが冥王である。普通の子どもではない。
 なによりイスラ自身もゼロスくらいの年頃の時、ハウストと一緒にブレイラを探して森を歩いていたことがある。その時も大変な高所から飛び降りたのだ。
 今思うと当時のハウストと自分の関係は微妙で、ハウストは気遣って手助けしようとしてくれた。あの時の自分はハウストが自分の父上になることに躊躇いがあって、ハウストもそれに気付いて悩んでいたのだ。
 今なら気遣われていたと分かるが、でもイスラは勇者のプライドと意地にかけて拒否したのである。そのお陰でブレイラの窮地にかっこよく登場することが出来たわけなのだ。
 ……しかし、ゼロスにそんな気持ちは欠片もないようである。
 それならば方法は一つしかない。

「ゼロス」
「だっこしてくれるの?!」

 ゼロスが期待の顔で振り返った。
 もちろんイスラが甘やかすわけがない。
「するわけないだろ」と呆れながらも、イスラはしゃがんでゼロスと目線を合わせる。そして。

「ブレイラは高い所が似合うかっこいい男が好きなんだ」
「えっ?」

 ゼロスがぴくりと反応した。
 イスラは真剣な顔で頷いて、かつての思い出を語りだす。

「俺がゼロスくらいの時、ブレイラは俺を『可愛い』とよく言っていた」
「うんうん」

 ゼロスは小さな拳をぎゅっとして聞いている。
 自分の知らないブレイラの話しに興味津々だ。ゼロスもよく『可愛いですね』とブレイラに言われているのだ。

「それも嬉しかったけど俺はかっこいいと言われる方が好きだ。素敵だと言われると最高に嬉しい」
「わ、わかる~!」

 ゼロスは興奮してぴょんぴょん跳ねた。
 ゼロスも『素敵な冥王さまですね』と言われると心がパァッと晴れて嬉しくなる。
 それというのも、イスラとゼロスは幼い頃からブレイラがよくハウストに『素敵ですね』と言っているのを目にしてきた。その時のブレイラはとても綺麗で、琥珀の瞳が甘く輝いて、とても愛おしげにハウストを見つめるのだ。
 それを見ているうちに、いつしかイスラとゼロスにとって『素敵』が最上級の褒め言葉になったのである。

「俺がゼロスくらいの年の頃、ブレイラがピンチの時に高い崖からかっこよく飛び降りてかっこよく助けたことがある」
「ほんと?!」
「ああ、ブレイラは高い所から飛んできた俺を見てすごく感動していた。すぐに俺を抱きしめて『素敵です』って嬉しそうだったからな。その時に俺は思ったんだ。高い所から飛べて良かった、と」
「うらやましい~~っ!!」
「丁度これくらいの高さの崖だった」
「やった~~!!」

 なぜか喜んでいる。今やゼロスは大興奮。
 だってこの崖を上手に飛べれば、もしかして、もしかしてっ……!

「じょうずにぴょんってできたら、ブレイラ、ぼくとけっこんするっていうかな?! じょうずにおるすばんできなかったけど、ぼくとけっこんしたいっていうかな?!」
「………………」
「ねえ、どうおもう?! ねえねえ!?」
「………………」

 イスラはさり気なく目を逸らす。答えたくない。
 ハウストとブレイラの結婚でさえ納得するのに時間がかかったのに、何が悲しくてゼロスのそれを認めなければならないのか。たとえゼロスの妄想でも答えたくない。
 ねえねえねえねえ、とゼロスはしつこかったがイスラは聞こえない振りをして崖下を見下ろした。
 グズグズしている暇はない。ゼロスは飛べる。ならばさっさと前へ進むのみ。
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