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勇者と冥王のママは暁を魔王様と
第八章・悠久の系譜4
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ガンッ!! ゴッ!! ガッ!! ガッ!!
地下空間に凄まじい殴打音が響いています。
勇者の防壁に閉じ込められて三時間ほどが経過しました。
閉じ込められてからずっと、ずっとハウストの鋭く強烈な一撃が繰りだされています。休むことなく、何度も何度も。目の前の壁だけを見据えて、恐るべき集中力と剛腕で、ただただ殴り続けているのです。
「っ、ハウスト……! ハウスト!!」
堪らなくなってハウストの名を呼びました。
私はハウストを見ていることしか出来ません。
名を呼んだところで何かが出来るわけじゃない。私ができることはハウストを見つめ続けることだけ。無力ですね、ほんとうに。私は何も出来ないのです。
胸が痛いほど苦しくなって張り裂けそうでした。
でも本当に痛いのはハウストです。私ではありません。
「ハウストっ……!」
「……ん? ああ、ブレイラか……」
ようやく届いた声に、ハウストの動きが止まりました。
壁を殴ろうとした拳を下ろして、ゆっくりと私を振り返ります。
ハウストの拳が裂けて、一打一打を繰りだす度に血が飛び散っている。ハウストの拳は血で染まって、ポタポタと滴って、足元には点々とした血溜まりがありました。
でもハウストが気にした様子はありません。血塗れの拳をちらりと見るも、表情すら変えません。痛いとも辛いとも、疲れたとも言わないのです。
「お願いです、休んでくださいっ」
「心配するな、あと少しで壊せそうだぞ」
あと少しなんて、嘘です。だって壁は傷一つ付いていません。
でも何も言えなくて、震える指先を握り締めました。
すると私を見ていたハウストが苦笑します。
「…………。……分かった、少し休む」
「はいっ」
ほっと安堵してハウストに駆け寄りました。
側に行って支えると、張り詰めていた緊張感が少し緩みます。
ハウストの集中力も途切れて体から少しだけ力が抜けたようでした。
「こちらへ」
「ああ」
ハウストを支えながら促すと、彼がゆっくりと腰を下ろします。
私も隣に寄り添って正座をすればハウストが凭れかかってきました。彼はそのまま私の膝を枕にします。
「眠りますか?」
「いや、少し横になるだけだ」
「そうですか……」
唇を噛み締めました。
膝枕するハウストの体が普段よりぐったりしているのは気のせいではありません。負傷した拳の痛みはもちろん、恐ろしいほどの集中力で一撃必殺の力を出し続けているのです。その疲労は想像を絶するものです。
ハウストの体を見つめて、赤く染まった拳に目を止めます。
私は自分のローブの袖を裂くと、それを包帯替わりにしてハウストの手に巻きつけていきます。
「……やめとけ。汚れるだろ」
「やめません」
少しでも癒えてほしくて、拳を傷付けたりしないように丁寧に、丁寧に巻いていきます。
視界が涙で滲んでいくけれど目をパチパチさせました。私が泣くのはおかしなことです。
今、ここで戦っているのも痛いのもハウストです。ここ以外の場所ではイスラも、それ以外の大勢の方々も戦っているのです。
「痛くありませんか?」
包帯を巻いたハウストの手をそっと撫でました。
するとハウストの指が動いて、私の手に触れてくれます。
「辛い思いをさせているな。だが心配するな、実は痛くないんだ」
「うそです」
「お前に嘘はつかない」
そう言ってハウストがニヤリと笑いました。
その不遜な笑みに強張っていた私の頬も微かに綻んで、「まったく……」と目を細めて笑いかけます。
呆れた顔で笑ってみせた私に、ハウストは安心したように目を細めました。
「笑ったな」
「呆れたんです」
「それでもいい、笑ってろ。俺の好きな顔だ」
ハウストは寝転んだまま私を見上げて言いました。
私も見つめ返して、ハウストの前髪を撫でます。そのまま鼻筋をなぞって、頬をくすぐるように指を動かして、また頭を撫でて。
しばらくそんな戯れのような時間が続いて、彼はくすぐったいのか顔を綻ばせました。
ここが閉じ込められた地下空間でなければ良かったのに。
ここには私やハウストだけでなく、多くの気を失ったままの女性たちもいます。その中にはハウストが統治する魔界の魔族も。
「ハウスト……」
「どうした?」
なにもありませんよと首を振って笑いかけました。
あなたは私の前でとても穏やかにいてくれるけれど、心の内は憤怒に熱く滾っていることでしょう。
ハウストは同胞の魔族をとても大切に思っています。いいえ、これは魔王ハウストだけでなく、精霊王は精霊族を、勇者は人間を、いずれは冥王も冥界の方々を、とても大切に思っています。王は世界を、そこに生きる同胞を、とてもとても愛するのです。
もちろん歴代の王がすべてそうであった訳ではありません。世界を危機に陥れた暗君もいたのです。でも、それでも当代魔王ハウストも当代勇者イスラも、それぞれの民を守るべき同胞として寛大な心で思いやっていました。
少しして膝枕で横になっていたハウストがむくりっと起き上がりました。
「もう休むのはおしまいですか?」
「ああ、もう充分だ」
そう言って立ち上がったハウスト。
私も立ち上がって、彼を追うようにその腕を掴みました。
彼の拳は限界が近づいています。もう少し、もう少しだけ。
「勇者の防壁は鋼鉄のように硬いですよ? もう少しくらい休んだ方が……」
「鋼鉄なら一撃で粉砕できる。だから鋼鉄より硬いぞ」
からかうように訂正されました。
私は真剣にハウストを心配しているというのに。
「拗ねるなよ」
「私は真剣にあなたを」
「ならば誇れ。これは勇者の力、俺とお前の息子の力だ」
力強い口調で言われました。
困難な時だというのに、ハウストはまっすぐに目の前の壁を見据えているのです。
そう、ハウストが対峙しているのは勇者の、イスラの力。
「……イスラは強いですか?」
「俺ほどではないがな」
「いつか超えそうですか?」
「バカを言うな、勇者より魔王の方が強い。知らなかったのか?」
「ふふふ、知っていました。あなた、負けず嫌いでしたね。ああ、でも勇者も負けず嫌いでしたよ?」
「…………誰に似たんだ」
「あなたです」
即答した私にハウストが鷹揚に笑いました。
「そうか、それは複雑だ」
そう言いながら、ハウストが集中力を高めていきます。
血塗れの拳を構えて、まっすぐに壁を見据えました。
ガンッ!!!! 壁の一点に一撃必殺。
強烈な一撃に拳から血が飛び散って、裂けた拳からはポタポタと血が滴り落ちました。
地下空間に凄まじい殴打音が響いています。
勇者の防壁に閉じ込められて三時間ほどが経過しました。
閉じ込められてからずっと、ずっとハウストの鋭く強烈な一撃が繰りだされています。休むことなく、何度も何度も。目の前の壁だけを見据えて、恐るべき集中力と剛腕で、ただただ殴り続けているのです。
「っ、ハウスト……! ハウスト!!」
堪らなくなってハウストの名を呼びました。
私はハウストを見ていることしか出来ません。
名を呼んだところで何かが出来るわけじゃない。私ができることはハウストを見つめ続けることだけ。無力ですね、ほんとうに。私は何も出来ないのです。
胸が痛いほど苦しくなって張り裂けそうでした。
でも本当に痛いのはハウストです。私ではありません。
「ハウストっ……!」
「……ん? ああ、ブレイラか……」
ようやく届いた声に、ハウストの動きが止まりました。
壁を殴ろうとした拳を下ろして、ゆっくりと私を振り返ります。
ハウストの拳が裂けて、一打一打を繰りだす度に血が飛び散っている。ハウストの拳は血で染まって、ポタポタと滴って、足元には点々とした血溜まりがありました。
でもハウストが気にした様子はありません。血塗れの拳をちらりと見るも、表情すら変えません。痛いとも辛いとも、疲れたとも言わないのです。
「お願いです、休んでくださいっ」
「心配するな、あと少しで壊せそうだぞ」
あと少しなんて、嘘です。だって壁は傷一つ付いていません。
でも何も言えなくて、震える指先を握り締めました。
すると私を見ていたハウストが苦笑します。
「…………。……分かった、少し休む」
「はいっ」
ほっと安堵してハウストに駆け寄りました。
側に行って支えると、張り詰めていた緊張感が少し緩みます。
ハウストの集中力も途切れて体から少しだけ力が抜けたようでした。
「こちらへ」
「ああ」
ハウストを支えながら促すと、彼がゆっくりと腰を下ろします。
私も隣に寄り添って正座をすればハウストが凭れかかってきました。彼はそのまま私の膝を枕にします。
「眠りますか?」
「いや、少し横になるだけだ」
「そうですか……」
唇を噛み締めました。
膝枕するハウストの体が普段よりぐったりしているのは気のせいではありません。負傷した拳の痛みはもちろん、恐ろしいほどの集中力で一撃必殺の力を出し続けているのです。その疲労は想像を絶するものです。
ハウストの体を見つめて、赤く染まった拳に目を止めます。
私は自分のローブの袖を裂くと、それを包帯替わりにしてハウストの手に巻きつけていきます。
「……やめとけ。汚れるだろ」
「やめません」
少しでも癒えてほしくて、拳を傷付けたりしないように丁寧に、丁寧に巻いていきます。
視界が涙で滲んでいくけれど目をパチパチさせました。私が泣くのはおかしなことです。
今、ここで戦っているのも痛いのもハウストです。ここ以外の場所ではイスラも、それ以外の大勢の方々も戦っているのです。
「痛くありませんか?」
包帯を巻いたハウストの手をそっと撫でました。
するとハウストの指が動いて、私の手に触れてくれます。
「辛い思いをさせているな。だが心配するな、実は痛くないんだ」
「うそです」
「お前に嘘はつかない」
そう言ってハウストがニヤリと笑いました。
その不遜な笑みに強張っていた私の頬も微かに綻んで、「まったく……」と目を細めて笑いかけます。
呆れた顔で笑ってみせた私に、ハウストは安心したように目を細めました。
「笑ったな」
「呆れたんです」
「それでもいい、笑ってろ。俺の好きな顔だ」
ハウストは寝転んだまま私を見上げて言いました。
私も見つめ返して、ハウストの前髪を撫でます。そのまま鼻筋をなぞって、頬をくすぐるように指を動かして、また頭を撫でて。
しばらくそんな戯れのような時間が続いて、彼はくすぐったいのか顔を綻ばせました。
ここが閉じ込められた地下空間でなければ良かったのに。
ここには私やハウストだけでなく、多くの気を失ったままの女性たちもいます。その中にはハウストが統治する魔界の魔族も。
「ハウスト……」
「どうした?」
なにもありませんよと首を振って笑いかけました。
あなたは私の前でとても穏やかにいてくれるけれど、心の内は憤怒に熱く滾っていることでしょう。
ハウストは同胞の魔族をとても大切に思っています。いいえ、これは魔王ハウストだけでなく、精霊王は精霊族を、勇者は人間を、いずれは冥王も冥界の方々を、とても大切に思っています。王は世界を、そこに生きる同胞を、とてもとても愛するのです。
もちろん歴代の王がすべてそうであった訳ではありません。世界を危機に陥れた暗君もいたのです。でも、それでも当代魔王ハウストも当代勇者イスラも、それぞれの民を守るべき同胞として寛大な心で思いやっていました。
少しして膝枕で横になっていたハウストがむくりっと起き上がりました。
「もう休むのはおしまいですか?」
「ああ、もう充分だ」
そう言って立ち上がったハウスト。
私も立ち上がって、彼を追うようにその腕を掴みました。
彼の拳は限界が近づいています。もう少し、もう少しだけ。
「勇者の防壁は鋼鉄のように硬いですよ? もう少しくらい休んだ方が……」
「鋼鉄なら一撃で粉砕できる。だから鋼鉄より硬いぞ」
からかうように訂正されました。
私は真剣にハウストを心配しているというのに。
「拗ねるなよ」
「私は真剣にあなたを」
「ならば誇れ。これは勇者の力、俺とお前の息子の力だ」
力強い口調で言われました。
困難な時だというのに、ハウストはまっすぐに目の前の壁を見据えているのです。
そう、ハウストが対峙しているのは勇者の、イスラの力。
「……イスラは強いですか?」
「俺ほどではないがな」
「いつか超えそうですか?」
「バカを言うな、勇者より魔王の方が強い。知らなかったのか?」
「ふふふ、知っていました。あなた、負けず嫌いでしたね。ああ、でも勇者も負けず嫌いでしたよ?」
「…………誰に似たんだ」
「あなたです」
即答した私にハウストが鷹揚に笑いました。
「そうか、それは複雑だ」
そう言いながら、ハウストが集中力を高めていきます。
血塗れの拳を構えて、まっすぐに壁を見据えました。
ガンッ!!!! 壁の一点に一撃必殺。
強烈な一撃に拳から血が飛び散って、裂けた拳からはポタポタと血が滴り落ちました。
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