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勇者と冥王のママは暁を魔王様と
第八章・悠久の系譜2
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「どうやら着いたようですね」
「ああ、この先が神殿の地下空間だ。ブレイラ、俺から離れるなよ」
「はい」
この先に何があるのか分かりません。
でも、ここが教団の中核。きっとイスラの左腕の手掛かりもある筈です。
「行くぞ」
ハウストが重厚な鉄扉をゆっくりと開けました。
目の前に広がった空間に息を飲む。
地下とは思えぬ広い空間、高い天井、建ち並ぶ石柱や壁には彫刻が彫られている。明かりは等間隔に設置された燭台だけです。
暗い地下空間に蝋燭のぼんやりした明かりが灯っている光景は、幻想的でありながら異世界に迷い込んだような不気味さがありました。
「誰もいませんね……」
地下空間はがらんとして人の気配がありません。
物音ひとつしなくて、なんだか立っているだけで不安になります。
「奥に通路があるようだ」
「行ってみましょう」
ハウストと手を繋いだまま広い空間の奥へと足を進ませました。
独特の不気味な雰囲気に怖気づいて、繋いでいるハウストの手をぎゅっと握りしめます。
やはりハウストも一緒で良かった。こんな場所、一人で進むのは怖すぎですから。
地下空間を突っ切って奥の通路に入りました。
また長い通路を歩きます。この地下全体はどうやら地上の神殿より広大な面積があるようでした。むしろ、地上の神殿より地下空間がこの建造物の本体なのではないかと思うほど。
通路を抜けるとまた重厚な鉄扉があって、そこを開けると息を飲むような礼拝堂がありました。
薄暗くて全体は見えませんが、この地下の礼拝堂は先ほどの地下空間よりも更に広くて荘厳な造りになっています。礼拝堂の壁や天井に施された彫刻の模様はひと目で古い時代のものだと分かるものでした。
「とても立派ですが、なんだか不気味ですね」
「ああ。信仰していたものも碌なものじゃないようだ」
ハウストはそう言うと、彼が出現させた光の塊が礼拝堂の奥にある祭壇を照らします。
見上げるほど高い位置にある祭壇。照らし出されたそれに目を見開く。
「あれはっ……」
そこにあるのは地獄のような光景でした。
祭壇の周囲を石像が囲んでいて、どれもが地獄から這い出ようとしているような、もがき苦しむ人間の姿の石像だったのです。
どの石像の形相も苦痛と苦悶に満ちて、目を逸らしたくなるほど禍々しい。
怯える私の手をハウストが強く握ってくれます。
「ブレイラ、祭壇の下に扉がある」
「えっ、あんな所に?」
明らかに不自然な扉です。
私とハウストは顔を見合わせると祭壇の下の扉をゆっくりと開けました。
扉の先には通路と階段。おそらく地下空間の最深部に続いているものでしょう。
もちろん進まない理由などありません。
ひたすら長い階段を降りると、そこに広がっていたのは広大な薬草畑でした。
「ハウスト、これはっ……」
「ああ、教団が製造する薬の原材料だろう」
「ここで薬を作っていたんですね」
物々しい機材と水路に囲まれた一面の薬草畑。なかには栽培が難しい薬草の種類もありましたが、どうやら高度な技術力で薬草を栽培しているようです。古い時代に造られた地下とは思えぬほどの設備が整っていました。
「……ん? ハウスト、あそこに何かあります」
薬草畑の中心に違和感を覚えました。
ハウストと私は中心へと足を向けましたが、近づくにつれて体が強張って、呼吸が浅くなっていく。視界に映る光景を信じたくなくて、でも真実で、体が震えだしました。
「な、なんですかこれっ……」
薬草畑の中心地には巨大な魔法陣が描かれ、高い天井から薄気味悪い植物の蔦が垂れ下がっていました。
しかも植物の太い蔦は多くの女性を絡めとっています。人間、魔族、精霊族の女性たちです。
それだけではありません。植物には両腕を広げたほどの大きな蕾があって、トクン、トクン、鼓動のように律動しているのです。
それはとても異様な光景でした。目を覆いたくなるほどの、非現実的で、ひどく禍々しいっ……。
「大丈夫ですか?!」
繋いでいたハウストの手を離し、堪らずに駆けだしました。
蔦に絡まっている女性に呼びかけます。
「しっかりしてくださいっ。どうしてこんな事にっ……」
側で呼びかけても女性はぴくりとも反応せず、ぐったりしたまま目を閉じています。
せめてもの救いは女性たちから聞こえる微かな呼吸音と上下する胸の動き。彼女たちは生きています。
「これはいったい……」
複数の女性を絡めとっている巨大な植物を見上げます。
植物には幾つもの蕾があって、その中の一つが開きかけていました。蕾の隙間を覗き込もうとして。
「――――ブレイラ、見るな!」
「え?」
寸前でハウストの鋭い声が遮りました。
でも間に合わず、蕾の隙間から、その奥にいるものが視界に飛び込んでしまう。
「あ、あああああっ!!」
瞬間、悲鳴をあげました。
腰を抜かしそうになって、咄嗟にハウストに支えられます。
「ブレイラ、しっかりしろ!」
「ハ、ハウストっ……、あれは、あれはいったいっ……」
私は愕然として、震える声で聞きました。
ハウストは私の震える肩を抱きながら厳しい面差しで蕾を見据えていました。
蕾の隙間から見えたもの。それは、赤ん坊らしきもの。
不自然に大きな頭部、ぎょろりと蠢く剥き出しの目、片方の口端は頬まで裂けて、口内は墨のように黒い。かろうじて体の形で赤ん坊だと分かります。とても、とても醜い形をした赤ん坊らしきものでした。
「禁術だ」
「禁術……?」
「人間界に古くから伝わる禁術。蕾に死産した胎児を詰め込み、女体を養分に新たな生命を誕生させようとしている」
「え……?」
愕然としました。
ハウストの言葉はあまりにも信じ難いものでした。
だってそれは、それは……っ。
動揺する私をハウストが下がらせました。
私の前に立ったハウストは右手に大剣を出現させます。
「これは赤ん坊じゃない、禁術によって生みだされた呪われた怪物だ。存在してはならないものだ」
ハウストは淡々と言い放つと、大剣を一閃させました。
ビュッ! ボトッ、ボトボトッ……。
刃のような風が天井から垂れ下がっていた植物を切り裂きました。植物が蕾と一緒に落下し、――――ぐちゃり。柔らかな塊が潰れる音が響く。ひどく薄気味悪いそれ。
私は震えましたが、切断された蔦から女性たちを引き剥がしていきます。
「大丈夫ですか? しっかりしてくださいっ!」
どの女性も病的に痩せ細り、げっそりとやつれています。養分にされただけではなく、おそらく薬の類いも使われているのでしょう。
「ハウスト、人を呼んで彼女たちを早く地上へ」
「ああ、この場所は調べた方がいいようだ。調査員を送り込む」
私たちは急いで女性たちを助けようとしましたが、その時。
「王妃様、勝手なことをされては困ります」
「ルメニヒ!」
はっとして顔を上げると、そこには濃紫のローブを纏ったルメニヒが立っていました。
ルメニヒは困りますと言いながらも、うっそりとした笑みを浮かべています。
「驚きました。なぜ王妃様がここにいらっしゃるのか。やはり今までの御姿は偽りでございましたか」
「あ、あなたには関係ありません! それより、これはどういう事ですっ。説明しなさい!」
「王妃様、お気持ちを静めてくださいませ。見たままでございますよ。私は皆の願いを叶えたまででございます」
「願いを……?」
意味が分からずに訝しむと、ルメニヒは気を失ったままの女性たちを見回します。
そして一人の女性で視線を止めると口元に薄い笑みを刻みました。
「そちらにいる女性、誰か見覚えはありませんか?」
「え?」
示されるまま女性を振り返ります。
痩せこけた女性の顔。じっと見つめて、まさかと息を飲む。
「まさかっ、アンネリーナ様っ……?!」
女性は東の大国モルダニア国の王妃アンネリーナでした。
駆け寄って抱き起こします。支えた体は胸が痛くなるほど軽くて、指摘されなければ気付かないほど人相も変わっていました。
「しっかりしてください! アンネリーナ様っ、アンネリーナ様!」
必死に呼びかけるもアンネリーナは気を失ったままです。
ぴくりとも動かなくて、悔しさと悲しさにルメニヒを睨み据えました。
「なぜこんな事を!」
「願いを叶えて差し上げたと、そう言ったではないですか。ここにいる女たちが望んだのです。世継ぎが欲しいと」
「世継ぎ……」
『世継ぎ』その言葉に思考が一瞬停止しました。
モルダニア大国に世継ぎの子どもはいないと聞いたことがあります。王妃アンネリーナや寵姫が世継ぎを産むも、そのすべてが幼いうちに夭逝してしまったと。
「王家や由緒正しき家に嫁いだ者達が真に望むもの、それは世継ぎでございますよ。しかし世継ぎほど確約できぬものはありません。ここにいる者達は、みな世継ぎを待望され、本人も強く望みながら、哀れにも叶えられなかった者達でございます。私はそれのお手伝いをしたまでのこと」
「ルメニヒ、あなたは彼女たちの切なる願いを利用したのですか!」
「利用とは人聞きの悪い、私の望みと彼女たちの望みが一致したまでのことです」
「あなたの、望み……?」
聞き返した私にルメニヒがニタリと笑いました。そして、ルメニヒの野望が告げられます。
「そうです、私の望みは人間界統一。一人の王によってすべての国が統一されるのです。そう、禁術によって生みだされた完全完璧な王によって!」
「まさか、その為にアンネリーナ様たちにこんな事をっ……」
「彼女たちは禁術の協力者です。私は完全完璧な唯一の王を誕生させる為、彼女たちは世継ぎを作る為、利害が一致しましたから」
「そんな利害の一致など認められる筈がありません!」
私は声をあげました。
ここにいる女性たちは人間、魔族、精霊族の女性たち。どの女性も高貴な身分で、それゆえに世継ぎの重大性を誰よりも知っています。
きっと彼女たちはずっと自分を責めてきたのでしょう。教団にそこを付け込まれたことは想像に難くありません。
しかしルメニヒは声をあげて笑いだしました。
「ブレイラ様、あなた様が責めては可哀想ではないですか。彼女たちが背負う重責がどれほどのものかブレイラ様は知らないのですから」
「そ、そんなことはっ……」
「ないと言い切れますか? 男性の身でありながら魔界の王妃の位置に座し、魔王様の寵愛を受け、世継ぎを生む重責から免除され、それが当たり前のように許されている。それがどれほど恵まれたことか分かっていますか?」
「っ……」
言葉が詰まりました。
反論したいのに言葉が出てきません。
私はどれだけ望んでも魔界の世継ぎを授かることはできません。でもハウストも魔界の魔族も理解してくれている。ルメニヒの言う通り、それがどれだけ恵まれたものであることか。
この世継ぎ問題において、私は誰に対しても、何に対しても口を閉ざさなければならない。きっと私の言葉ほど身勝手なものはありません。
高笑うルメニヒを前に私は唇を噛み締めました。でも。
「――――おい、口を慎めよ。誰に向かって物を言っている」
ハウストが私の前に立ちました。
ルメニヒはハウストを睨みましたが、その表情がみるみる強張っていきます。
「ま、まさか、魔王様っ……。どうしてここに……!」
ルメニヒが驚愕に目を見開きました。
魔王の存在は想定外だったようで動揺と恐怖に青褪めていく。
「ああ、この先が神殿の地下空間だ。ブレイラ、俺から離れるなよ」
「はい」
この先に何があるのか分かりません。
でも、ここが教団の中核。きっとイスラの左腕の手掛かりもある筈です。
「行くぞ」
ハウストが重厚な鉄扉をゆっくりと開けました。
目の前に広がった空間に息を飲む。
地下とは思えぬ広い空間、高い天井、建ち並ぶ石柱や壁には彫刻が彫られている。明かりは等間隔に設置された燭台だけです。
暗い地下空間に蝋燭のぼんやりした明かりが灯っている光景は、幻想的でありながら異世界に迷い込んだような不気味さがありました。
「誰もいませんね……」
地下空間はがらんとして人の気配がありません。
物音ひとつしなくて、なんだか立っているだけで不安になります。
「奥に通路があるようだ」
「行ってみましょう」
ハウストと手を繋いだまま広い空間の奥へと足を進ませました。
独特の不気味な雰囲気に怖気づいて、繋いでいるハウストの手をぎゅっと握りしめます。
やはりハウストも一緒で良かった。こんな場所、一人で進むのは怖すぎですから。
地下空間を突っ切って奥の通路に入りました。
また長い通路を歩きます。この地下全体はどうやら地上の神殿より広大な面積があるようでした。むしろ、地上の神殿より地下空間がこの建造物の本体なのではないかと思うほど。
通路を抜けるとまた重厚な鉄扉があって、そこを開けると息を飲むような礼拝堂がありました。
薄暗くて全体は見えませんが、この地下の礼拝堂は先ほどの地下空間よりも更に広くて荘厳な造りになっています。礼拝堂の壁や天井に施された彫刻の模様はひと目で古い時代のものだと分かるものでした。
「とても立派ですが、なんだか不気味ですね」
「ああ。信仰していたものも碌なものじゃないようだ」
ハウストはそう言うと、彼が出現させた光の塊が礼拝堂の奥にある祭壇を照らします。
見上げるほど高い位置にある祭壇。照らし出されたそれに目を見開く。
「あれはっ……」
そこにあるのは地獄のような光景でした。
祭壇の周囲を石像が囲んでいて、どれもが地獄から這い出ようとしているような、もがき苦しむ人間の姿の石像だったのです。
どの石像の形相も苦痛と苦悶に満ちて、目を逸らしたくなるほど禍々しい。
怯える私の手をハウストが強く握ってくれます。
「ブレイラ、祭壇の下に扉がある」
「えっ、あんな所に?」
明らかに不自然な扉です。
私とハウストは顔を見合わせると祭壇の下の扉をゆっくりと開けました。
扉の先には通路と階段。おそらく地下空間の最深部に続いているものでしょう。
もちろん進まない理由などありません。
ひたすら長い階段を降りると、そこに広がっていたのは広大な薬草畑でした。
「ハウスト、これはっ……」
「ああ、教団が製造する薬の原材料だろう」
「ここで薬を作っていたんですね」
物々しい機材と水路に囲まれた一面の薬草畑。なかには栽培が難しい薬草の種類もありましたが、どうやら高度な技術力で薬草を栽培しているようです。古い時代に造られた地下とは思えぬほどの設備が整っていました。
「……ん? ハウスト、あそこに何かあります」
薬草畑の中心に違和感を覚えました。
ハウストと私は中心へと足を向けましたが、近づくにつれて体が強張って、呼吸が浅くなっていく。視界に映る光景を信じたくなくて、でも真実で、体が震えだしました。
「な、なんですかこれっ……」
薬草畑の中心地には巨大な魔法陣が描かれ、高い天井から薄気味悪い植物の蔦が垂れ下がっていました。
しかも植物の太い蔦は多くの女性を絡めとっています。人間、魔族、精霊族の女性たちです。
それだけではありません。植物には両腕を広げたほどの大きな蕾があって、トクン、トクン、鼓動のように律動しているのです。
それはとても異様な光景でした。目を覆いたくなるほどの、非現実的で、ひどく禍々しいっ……。
「大丈夫ですか?!」
繋いでいたハウストの手を離し、堪らずに駆けだしました。
蔦に絡まっている女性に呼びかけます。
「しっかりしてくださいっ。どうしてこんな事にっ……」
側で呼びかけても女性はぴくりとも反応せず、ぐったりしたまま目を閉じています。
せめてもの救いは女性たちから聞こえる微かな呼吸音と上下する胸の動き。彼女たちは生きています。
「これはいったい……」
複数の女性を絡めとっている巨大な植物を見上げます。
植物には幾つもの蕾があって、その中の一つが開きかけていました。蕾の隙間を覗き込もうとして。
「――――ブレイラ、見るな!」
「え?」
寸前でハウストの鋭い声が遮りました。
でも間に合わず、蕾の隙間から、その奥にいるものが視界に飛び込んでしまう。
「あ、あああああっ!!」
瞬間、悲鳴をあげました。
腰を抜かしそうになって、咄嗟にハウストに支えられます。
「ブレイラ、しっかりしろ!」
「ハ、ハウストっ……、あれは、あれはいったいっ……」
私は愕然として、震える声で聞きました。
ハウストは私の震える肩を抱きながら厳しい面差しで蕾を見据えていました。
蕾の隙間から見えたもの。それは、赤ん坊らしきもの。
不自然に大きな頭部、ぎょろりと蠢く剥き出しの目、片方の口端は頬まで裂けて、口内は墨のように黒い。かろうじて体の形で赤ん坊だと分かります。とても、とても醜い形をした赤ん坊らしきものでした。
「禁術だ」
「禁術……?」
「人間界に古くから伝わる禁術。蕾に死産した胎児を詰め込み、女体を養分に新たな生命を誕生させようとしている」
「え……?」
愕然としました。
ハウストの言葉はあまりにも信じ難いものでした。
だってそれは、それは……っ。
動揺する私をハウストが下がらせました。
私の前に立ったハウストは右手に大剣を出現させます。
「これは赤ん坊じゃない、禁術によって生みだされた呪われた怪物だ。存在してはならないものだ」
ハウストは淡々と言い放つと、大剣を一閃させました。
ビュッ! ボトッ、ボトボトッ……。
刃のような風が天井から垂れ下がっていた植物を切り裂きました。植物が蕾と一緒に落下し、――――ぐちゃり。柔らかな塊が潰れる音が響く。ひどく薄気味悪いそれ。
私は震えましたが、切断された蔦から女性たちを引き剥がしていきます。
「大丈夫ですか? しっかりしてくださいっ!」
どの女性も病的に痩せ細り、げっそりとやつれています。養分にされただけではなく、おそらく薬の類いも使われているのでしょう。
「ハウスト、人を呼んで彼女たちを早く地上へ」
「ああ、この場所は調べた方がいいようだ。調査員を送り込む」
私たちは急いで女性たちを助けようとしましたが、その時。
「王妃様、勝手なことをされては困ります」
「ルメニヒ!」
はっとして顔を上げると、そこには濃紫のローブを纏ったルメニヒが立っていました。
ルメニヒは困りますと言いながらも、うっそりとした笑みを浮かべています。
「驚きました。なぜ王妃様がここにいらっしゃるのか。やはり今までの御姿は偽りでございましたか」
「あ、あなたには関係ありません! それより、これはどういう事ですっ。説明しなさい!」
「王妃様、お気持ちを静めてくださいませ。見たままでございますよ。私は皆の願いを叶えたまででございます」
「願いを……?」
意味が分からずに訝しむと、ルメニヒは気を失ったままの女性たちを見回します。
そして一人の女性で視線を止めると口元に薄い笑みを刻みました。
「そちらにいる女性、誰か見覚えはありませんか?」
「え?」
示されるまま女性を振り返ります。
痩せこけた女性の顔。じっと見つめて、まさかと息を飲む。
「まさかっ、アンネリーナ様っ……?!」
女性は東の大国モルダニア国の王妃アンネリーナでした。
駆け寄って抱き起こします。支えた体は胸が痛くなるほど軽くて、指摘されなければ気付かないほど人相も変わっていました。
「しっかりしてください! アンネリーナ様っ、アンネリーナ様!」
必死に呼びかけるもアンネリーナは気を失ったままです。
ぴくりとも動かなくて、悔しさと悲しさにルメニヒを睨み据えました。
「なぜこんな事を!」
「願いを叶えて差し上げたと、そう言ったではないですか。ここにいる女たちが望んだのです。世継ぎが欲しいと」
「世継ぎ……」
『世継ぎ』その言葉に思考が一瞬停止しました。
モルダニア大国に世継ぎの子どもはいないと聞いたことがあります。王妃アンネリーナや寵姫が世継ぎを産むも、そのすべてが幼いうちに夭逝してしまったと。
「王家や由緒正しき家に嫁いだ者達が真に望むもの、それは世継ぎでございますよ。しかし世継ぎほど確約できぬものはありません。ここにいる者達は、みな世継ぎを待望され、本人も強く望みながら、哀れにも叶えられなかった者達でございます。私はそれのお手伝いをしたまでのこと」
「ルメニヒ、あなたは彼女たちの切なる願いを利用したのですか!」
「利用とは人聞きの悪い、私の望みと彼女たちの望みが一致したまでのことです」
「あなたの、望み……?」
聞き返した私にルメニヒがニタリと笑いました。そして、ルメニヒの野望が告げられます。
「そうです、私の望みは人間界統一。一人の王によってすべての国が統一されるのです。そう、禁術によって生みだされた完全完璧な王によって!」
「まさか、その為にアンネリーナ様たちにこんな事をっ……」
「彼女たちは禁術の協力者です。私は完全完璧な唯一の王を誕生させる為、彼女たちは世継ぎを作る為、利害が一致しましたから」
「そんな利害の一致など認められる筈がありません!」
私は声をあげました。
ここにいる女性たちは人間、魔族、精霊族の女性たち。どの女性も高貴な身分で、それゆえに世継ぎの重大性を誰よりも知っています。
きっと彼女たちはずっと自分を責めてきたのでしょう。教団にそこを付け込まれたことは想像に難くありません。
しかしルメニヒは声をあげて笑いだしました。
「ブレイラ様、あなた様が責めては可哀想ではないですか。彼女たちが背負う重責がどれほどのものかブレイラ様は知らないのですから」
「そ、そんなことはっ……」
「ないと言い切れますか? 男性の身でありながら魔界の王妃の位置に座し、魔王様の寵愛を受け、世継ぎを生む重責から免除され、それが当たり前のように許されている。それがどれほど恵まれたことか分かっていますか?」
「っ……」
言葉が詰まりました。
反論したいのに言葉が出てきません。
私はどれだけ望んでも魔界の世継ぎを授かることはできません。でもハウストも魔界の魔族も理解してくれている。ルメニヒの言う通り、それがどれだけ恵まれたものであることか。
この世継ぎ問題において、私は誰に対しても、何に対しても口を閉ざさなければならない。きっと私の言葉ほど身勝手なものはありません。
高笑うルメニヒを前に私は唇を噛み締めました。でも。
「――――おい、口を慎めよ。誰に向かって物を言っている」
ハウストが私の前に立ちました。
ルメニヒはハウストを睨みましたが、その表情がみるみる強張っていきます。
「ま、まさか、魔王様っ……。どうしてここに……!」
ルメニヒが驚愕に目を見開きました。
魔王の存在は想定外だったようで動揺と恐怖に青褪めていく。
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