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勇者と冥王のママは暁を魔王様と

第七章・勇者の左腕奪還大作戦12

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「おかえり~。場所、分かった?」
「まだいたんですか?」
「まあね。こんなレベルの高い美人、滅多にお目に掛かれないし」
「そうですか、でも私は帰ります。店主様、お支払いさせてください」

 支払いをして店を出ることにします。
 もう少し男に探りを入れたかったですが、この男の軽薄な雰囲気にイライラし過ぎてダメです。このまま話していると声を荒げてしまいそう。きっと売人はこの男だけではないはずなので別を当たることにしました。

「帰るのか、残念。それなら注文したお酒くらい飲んでいけば? せっかく作ってもらったのに悪いと思わないの?」
「…………」

 男を睨みつけました。
 気に入らない物言いですね。でもお酒を注文したのは私。
 私はカウンターに戻ると立ったままグラスを手に取りました。そして一気に飲み干す。お酒自体は甘いので私でも飲めるものでした。でも。

「ッ……、これっ……!」

 ハッとして男を振り返りました。
 舌にピリリとした刺激。微かな刺激でしたが薬師だった私の舌は誤魔化せません。さっき飲んだ時には感じなかった違和感があります。

「あなた、……なにか混ぜましたねっ……」
「あ、気付いた? 無味無臭なんだけど敏感体質?」
「ふざけた事をっ。いったい何を混ぜたんですか……!」

 目の前がゆらゆら揺れだします。
 急速に体温が上がって、心臓がドクドク鳴って、漏れる呼吸が熱っぽい。私はアルコールに強い体質ではありませんが、これはお酒だけの効果ではありません。

「大丈夫? 無理しない方がいいんじゃない?」

 男はニヤニヤ笑いながら言うと私に手を伸ばしてくる。
 また払い落としてやろうとしましたが、――――がくりっ、体から力が抜けました。

「うっ……」
「だから無理しない方がいいって言ってるのに」

 男は耳元で囁くように言うと私の腰を強引に抱き寄せました。
 一気に体が密着して気持ち悪い。
 早く逃げなければと焦るのに体に力が入らない。体が重くて熱くて、思いどおりに動かないのです。

「っ、離しな、さいっ……」

 舌が痺れて呂律がうまく回らない。
 少しでも離れようと身を捩りましたが、男の腕を緩めることすら出来ません。
 それどころか男は私の体をカウンターに押し付けてきました。

「くっ、……だれかっ……!」

 渾身の力で腕を振る。すると、――――カシャーーン! 腕に当たったグラスがカウンターから落下しました。
 店内に響いたグラスの割れる音。きっと誰かが異変に気付いてくれるはずです。
 でも、

「どうして……っ」

 ……愕然としました。
 だって気付いているはずなのに誰も声を上げてくれない。店内にいる者達は見て見ぬ振りをするのです。

「むだむだ。ここの連中は誰も助けないよ。ここ、そういう店だから。ここで犯しても誰も助けない。それどころか別の男が加わるかもね」

 男は嘲るように言うと私に覆い被さってきます。
 男の手が無遠慮に私の体を撫で回してきて、やめさせたくて男の手を掴まえる。でも力が入らなくて、引き剥がすことも払い落とすこともできません。

「くっ、触らないで、くだ、さいっ。……ぅっ……」
「どうして? 触ってもらうと気持ちいいでしょ? ほら」
「ッ……!」

 男の膝が足の間に入ってきて股間に押し付けられました。
 それだけなのに、背筋に電流が走ったような快感が走り抜ける。まるで全身に火が付いたよう。

「こ、これは、いったいっ。……あなた、いったい私に、何を飲ませたんですかっ……!」

 全身が火照って神経が鋭敏になっている。こんなのおかしいですっ。
 男を睨みつけるも、男はニヤついた顔で口を開きました。

「おっ、効いてきた? これが今、人間界、魔界、精霊界で一番人気の気持ち良くなる薬」
「そんな物を私にっ……」

 全身から血の気が引いていく。
 それはハウストから聞いたことがある媚薬でした。

「なに驚いてんだよ。わざわざここに来てあれ注文するなんて、どう考えても男待ちだったでしょ」
「ど、どういう意味ですっ……」
「あれ、もしかして知らずに注文したの? この店であの酒は、今夜遊んでくれっていう合図だったんだけど」
「なんですかそれっ!」

 そんなの私が知っているはずがありません!
 こんなの立派な罠じゃないですかっ、ハウストが連れていってくれた酒場と全然違います!

「あ、知らなかった? それは悪いことしたな~。それなら俺が責任を持って気持ち良くしてあげるよ」

 男は悪びれなくそう言うと、ぐいぐいと膝を私の股間に押し付けながら足を撫で回してきます。
 あまりの嫌悪感と屈辱に怒りが込み上げる。でも抵抗したいのに体が動きません。
 それどころか触れられた箇所に甘い痺れが走って、体の奥が疼きだしてしまう。

「うぅっ、ん……ッ」
「大丈夫、すぐに何も考えられなくなるから」
「あ、ぅ……」

 私の腰を抱いていた男の手がそのまま降りてお尻を撫でまわす。揉むような手つきに、体の中心に熱が集中し始めました。

「っ……、ンッ」

 唇を噛み締めるも、気を抜くと熱を帯びた吐息が漏れてしまう。
 意識すらも熱に浮かされて男のされるままに体を撫でまわされます。

「そろそろ二階に行こうか」
「くっ……ん、……ぅ」

 男が私の体を支えながら歩きだす。
 逃げだしたいのに一人で立つことも、大声を出すこともできません。
 そのまま引きずるように無理やり歩かされ、二階へ上がる階段に差し掛かった、その時。


「――――貴様、それをどこに連れていくつもりだ」


 ふと背後から声がした刹那。
 ――――ゴッ!!
 男の体が吹っ飛んだのと、私の体が抱き寄せられたのは同時でした。
 強く抱き締められて私の中に安堵が広がる。だって、私はこの体の温もりと声を知っています。

「は、……ぅ……」

 ハウスト。
 名前を呼びたいのに、うまく呂律が回りません。
 抱き締めたいのに体に力が入りません。
 でもハウストは、私の崩れ落ちそうな体を片腕で抱き締めていてくれました。
 もう大丈夫と安心しましたが。

「て、てめぇっ、……なにしやがるっ……!」

 壁に激突した男がよろよろと起き上がります。
 しかしそれは異常なことでした。
 殴られた男の顔面は原型が歪んでいて重傷です。普通の人間なら気絶していてもおかしくありません。
 それなのに男は立ち上がり、ハウストに向かって怒りを剥き出しにしています。
 そして一歩、また一歩とハウストに近づいてくる。
 一歩、一歩と足を進ませるごとに、男の姿がみるみる変わってっ……。

「ッ、グ、グオオオッ……! オオオオオオオオ……!!」
「あ、……あれはっ……」

 信じ難い光景に声が震えました。
 怪物へと変化していく男の体。それは魔界の酒場で変化した男と同じ現象だったのです。

「オオオオオオオッ!!!!」

 怪物になった男が雄叫びをあげてハウストに向かってきました。
 ハウストは男を見据えたまま私を抱く腕に力を入れます。

「ブレイラ、少し雑に扱うぞ。許せよ?」

 そう声を掛けてきたかと思うと、いきなり視界がぐるりっと回転する。ハウストが私を肩に担いだのです。そして。
 ――――ドゴオオオオオッ!!!!
 ハウストの見事な回し蹴り。
 長い脚は凶器です。強烈な蹴りに怪物に変化した男が吹っ飛びました。
 壁に衝突した男はずるずると崩れ落ち、そのまま泡を吹いて気絶する。ようやく男の暴走が収まったのです。
 ほっと安堵しましたが、「うっ……」口元を手で押さえました。
 目が回って気持ち悪いですっ。いきなり体を動かされたので、更に体が火照って、酔いが回ってっ……。

「気分が悪いんだな」

 ハウストが心配そうに私の顔を覗き込みました。
 体調の異変に気付いてくれて、ゆっくりと体を横抱きにされます。

「店主、部屋を借りるぞ」
「お、お前、いったい何者だっ……」
「見ての通り、ただの客だ」
「き、客……? ぜったい、嘘だ」
「疑うなよ。で、突然だが、この店は今から俺の管理下に入ってもらう」

 ハウストがそう言うと、店内に街の憲兵が雪崩れ込んできました。もちろん変装した魔界の士官たちです。
 そして瞬く間に店主や客、気絶した怪物を制圧します。一部始終を見ていた者達を取り押さえたのです。

「今から五十時間、ここにいる者達の身柄を拘束する。さっきの出来事を外に漏らされては困るからな」
「そんなっ……」

 ハウストの言葉に店主や店内にいた客たちが愕然としました。
 しかしハウストは一瞥すらせず士官に必要なことを命じると、私を横抱きしたまま二階への階段をあがります。
 一番奥にある部屋の扉を開けると、そこはベッドとテーブルしかない部屋でした。
 私の体が丁寧にベッドに降ろされ、ハウストの大きな手が私の額や頬に触れてくれます。
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