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勇者と冥王のママは暁を魔王様と

第五章・星屑を抱いて2

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「ゼロス、こちらへ来てください」
「で、でも……」

 ゼロスがハウストをちらちら見ました。
 見るからに警戒した様子にハウストも苦笑します。「入ってこい」と彼が許可すると、ゼロスが嬉しそうに駆けこんできました。

「ブレイラ!」

 椅子に座っていた私の腰にぎゅっと抱きついてきました。
 膝に突っ伏したゼロスの頭に手を置いて、いい子いい子と撫でてあげます。

「心配をかけてしまいましたね」
「……だいじょうぶ。でも、だっこして」
「いいですよ」

 ゼロスの小さな体を膝に抱っこしてあげます。
 私に抱っこされたままゼロスがイスラを見ました。

「あにうえ、どうしたの……?」

 いつもと違ったイスラの様子にゼロスが困惑した顔になりました。
 あなたも何かが起きていると感じているのですね。
 私は真剣な顔を作ります。

「ゼロス、よく聞いてください」
「な、なあに?」

 ゼロスが緊張に息を飲みました。
 幼いながらも真剣に聞こうとしてくれます。私も向き合って嘘も誤魔化しもしません。

「イスラが大怪我をしました」
「……あにうえ、いたいの?」
「……はい。腕を、……失いました」
「…………」

 ゼロスは自分の腕を見て、次いでイスラの腕がある場所を見ました。
 最初は理解できずにきょとんとしていたゼロスですが、違和感に気付いたのかみるみる顔が強張っていく。
 ゼロスは青褪めて私にぎゅっと抱きつきました。

「あにうえ、うでが……。どうして?」
「……今、人間界では大変なことが起きています。イスラは勇者なので、……」

 言葉が詰まりました。
 勇者だから、勇者だからなんだというのです。
 イスラは勇者で人間の王。私はイスラが宿命を受け止められる強い王になってほしいと願っています。でもそれは人間の為に犠牲になれということではありません。

「……ブレイラ?」

 黙り込んでしまった私をゼロスが心配そうに見ていました。
 なんでもないですよとゼロスを宥めながら、イスラに目を向けます。
 昏々と眠り続ける姿に胸が苦しくて、どうしていいか分からなくて、唇を噛み締めることしかできませんでした。




◆◆◆◆◆◆

「イスラ、おはようございます。今日も良い天気ですよ」

 耳に心地よく響いたのはブレイラの声。
 イスラはまだ眠っていたかったけれど、ブレイラにゆさゆさと優しく体を揺すられて重たい瞼を開けた。
 逆光に見えたブレイラの顔。朝陽が眩しくてよく見えないけれど、イスラの顔を覗き込むブレイラの口元は笑みを象っている。

「ん……、おはよう、ブレイラ……」
「よく眠っていましたね、目が覚めたら顔を洗ってきなさい。朝食にしましょう」
「わかった」

 イスラは大きな欠伸をしながらベッドから降りようとするも、スカッ! 足が宙を空振った。床に足が届かなかったのだ。

「えっ!」

 イスラはびっくりして自分の体を確かめる。
 視界に映ったのは、子どもの小さな両手と短い両足。ゼロスと同じくらいの大きさだった。
 それだけじゃない、ここは魔界の城ではなかった。見覚えのあるここは、イスラが子どもの頃にブレイラと暮らしていた人間界の山奥の小屋。今のブレイラの格好も魔界の城で着ているような上等な衣装ではなく、貧しい頃に着ていた古着だった。

「ブレイラ、どうしてオレたちはここにいるんだ! どうしてオレはこどもになってるんだ! ハウストとゼロスは?!」

 イスラは驚愕してブレイラに詰め寄った。
 その勢いにブレイラが目を丸める。

「いきなりどうしたんですか? あなたは最初から子どもでしょう。それに、ハウストとゼロスって誰ですか?」
「えっ?……」
「まったく、寝惚けているんですか? ぼんやりしていないで早く顔を洗って来てください。朝食が冷めてしまいます」

 ブレイラはそう言うと早く顔を洗ってくるようにイスラを促す。
 イスラは外の井戸で顔を洗うと、小屋に戻って椅子に座った。
 テーブルには硬いパンと具材の入っていないカボチャのスープ。質素な料理だがイスラは懐かしさを感じていた。魔界の城で用意される朝食はもっと品数も多くて彩も華やかだ。

「……いただきます」
「どうぞ、ゆっくり食べなさい」

 正面に座ったブレイラも食事を始める。
 イスラは混乱していた。何がなんだか分からない。
 でも。……ちらりとブレイラを見ると目が合った。
 ブレイラは眩しそうに目を細めてイスラを見つめ、静かな微笑を浮かべる。

「スープのお替わりありますからね」
「う、うん……」

 イスラがこくりと頷くと、ブレイラが嬉しそうな顔をした。
 最初は疑問ばかりのイスラだったが二人で食事を進めるうちに楽しい気持ちになっていく。
 それは懐かしい生活だった。まだブレイラと二人きりで暮らしていた頃の、二人だけの家族だった頃の、貧しかったけれどすべてが幸せだった頃の生活。

「そろそろ山にイノシシが出る季節ですから気を付けなければいけませんね」
「だいじょうぶだ、オレはつよい」

 硬いパンを齧りながらイスラが答えた。
「ついてますよ?」とブレイラがイスラの口端についたパン屑を取って、可笑しそうに笑う。

「ふふふ、子どもが何を言ってるんですか」
「でも、オレはゆうしゃだから」
「勇者? なにをバカなことを」

 ブレイラが笑いながら言った。
 イスラは少しムッとする。

「オレはゆうしゃだぞ」
「いいえ、あなたは勇者ではありません」
「ちがう、オレは」
「あなたは勇者ではありません」

 ぴしゃりとブレイラが遮った。
 その強い口調にイスラがハッとしてブレイラを見ると、――――ポタリ、ポタリ。ブレイラは琥珀色の瞳から大粒の涙を零していた。
 テーブルにポタリと零れ落ちるほどの涙。大粒の涙が止めどなく溢れて、頬を濡らして、ポタリ、ポタリとテーブルに落ちている。

「ブレイラ……?」

 さっきまでとても楽しそうな顔をしていたのに、今のブレイラは胸が苦しくなるほど悲痛な顔をしていた。
 泣いてほしくなくて、いつもみたいに眩しそうに目を細めて笑ってほしくて、イスラは慰めようと手を伸ばそうとしたが。

「え?」

 左腕が、無かった。


「ッ、わあああああああ!!!!」


 衝撃にイスラは絶叫し、意識が一気に浮上して覚醒する。
 でも目を見開いたのと、抱き締められたのは同時。

「――――イスラ!! イスラっ、イスラ……!!」
「ブレイラ……」

 意識を取り戻したイスラを抱き締めたのは、魔界の城で暮らしているブレイラだった。
 ブレイラは泣きながらイスラを抱きしめたのだ。
 突然のことにイスラは驚いて目を丸める。でもブレイラを慰める為に抱きしめようとして、左半身に違和感を覚えた。
 その違和感に、すべてを思い出す。
 そう、左腕を失っていたことを。
 信じた人間に……裏切られたことを。

◆◆◆◆◆◆




 イスラの治療が終わって一日が経過しました。
 女官に休むように言われましたが、イスラが目覚めるまで休むつもりはありません。
 イスラの頬にそっと触れると顔が熱くなっていて、薄っすらと汗が滲んでいます。一命はとりとめたものの容態は不安定で高熱がでているのです。
 水に濡らした冷たい手拭いでイスラの汗を拭いてあげます。

「ぅ……」
「イスラ?」

 小さな呻きが聞こえてイスラを見つめる。
 食い入るように見つめていると、イスラが悪夢に魘されているかのように眉間に皺を作っていました。
 心配になって声を掛けようとしましたが、イスラの目がカッと見開く。そして。

「ッ、わあああああああ!!!!」

 突然、昏睡状態だったイスラが悲鳴のような絶叫をあげました。
 でもそれは意識を取り戻したということ!

「――――イスラ!! イスラっ、イスラ……!!」

 堪らなくなって、感極まって、イスラを抱き締めました。
 イスラが目を丸めて、「ブレイラ……」と小さく呟いてくれました。
 私の名です。イスラが私の名を呼んでくれました。生きているから呼んでくれたのです。
 視界が涙で滲んで、頬を濡らしてポタポタと落ちていく。
 イスラの顔を覗き込んで、その顔をじっと見つめました。視界が滲んでしまうので何度も目をパチパチさせて、じっと、じっとイスラの顔を見つめました。
 可愛いお顔ですね。子どもの頃よりずっと凛々しくなって大人の顔付きになったけれど、子どもの頃から変わらない可愛いお顔です。

「イスラっ……」

 イスラを両腕で抱き締めて懐に閉じ込めてしまう。
 もう離したくありません。このままずっと抱き締めていたい。

「イスラ、あなたが無事で良かったです。よかった、ほんとうにっ、よかったです……!」
「ブレイラ……。ブレイラに、会いたかったんだ……」

 イスラがゆっくりと右腕を上げて私の背中に回しました。
 ぎゅっと力を込められて、また涙が溢れてきます。

「私もです。私もあなたに会いたかったんですっ……」

 イスラ、イスラと震える声で何度も名を呼びました。どれだけ呼んでも足りないのです。
 このままイスラがまた眠りに落ちるまで、ずっと抱き締めて黒髪を撫でていました。






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