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勇者と冥王のママは暁を魔王様と

第四章・私の星5

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「イスラ、会えて良かったです! あなたもこの国にいたのですね!」
「ああ、ブレイラも無事で良かった。ブレイラは今すぐ魔界に戻れ、しばらく人間界には来るな」
「人間界で何か起こっているんですか? まさか、今回のことにジークヘルム王も関わっているんじゃ……」
「ああ、この事態を引き起こしたのはジークヘルムだ。そして今ここでブレイラ達を襲っている怪物は……人間だ」
「え、人間?」
「そうだ、魔界の酒場で突然怪物になった魔族がいただろ。この怪物も同じで、おそらくこの国の人間だ。っ、ブレイラ、下がれ!」

 突然腕を引かれたかと思うと、イスラが素早く腰の短剣を投げました。
 ザクッ! 短剣が背後に迫っていた怪物に突き刺さります。
 怪物は断末魔のような声を上げて藻掻きますが、短剣はわざと急所を外して投げられたようでした。いいえ、この怪物だけではありません、さっきまで戦っていた怪物も致命傷は免れています。

「なるべく殺したくない」
「イスラ……」

 この怪物は人間。こんな時だというのにそれでもイスラは守りたいのですね。
 イスラはコレットに転移魔法陣が発動できる場所を教えると、次にゼロスを見ました。

「ゼロス」
「な、なあに?」

 ゼロスがイスラの気迫に飲まれつつも返事をします。
 イスラはまっすぐにゼロスを見ました。

「ゼロス、ブレイラを必ず守れ。いいな」
「っ、は、はい……」

 あまりの緊張感にゼロスが困惑しながらも頷きました。
 それにイスラは頷くと私を見つめる。
 その真剣な面差しに私は胸が苦しくなってしまう。

「……行くのですか?」
「俺は人間を放っておけない。ジークヘルムの始末をつけてくる」

 勇者だから、なのですね。
 勇者だから行くのですね。
 分かっています、それはイスラが幼い頃から変わらないこと。

「いってらっしゃい。無事に帰って来てくださいね、魔界で待っています」
「ああ、心配するな。片付けたらブレイラのところに帰る。皆、ブレイラを頼んだ」

 イスラはそう言うと踵を返し、駆け出していきました。
 いつも通りの後ろ姿です。イスラはどんな困難な戦いに赴く時も、私など振り返らずに、前だけを見て走っていくのです。
 私はその背中を見送ることしか出来なくて、――――え?
 ふいに、イスラが立ち止まりました。
 そして振り返って、私と目が合って……。

「ブレイラ、行ってくる!」

 それだけを言って、また駆け出していきました。
 私はその姿に時間が止まったような感覚を覚えてしまう。
 だって、初めてだったのです。
 イスラはどんな戦いに赴く時も決して私を振り返らない。それなのに。

「イスラ……?」

 ……なぜですか。
 振り返ったのは気まぐれですか。偶々ですか。
 私のところへ帰ってきてくれるとイスラは言ったのに、胸が妙にざわついて焦りのようなものを覚えてしまう。

「ブレイラ様、参りましょう!」
「は、はいっ……」

 コレットに声を掛けられて慌てて返事をしました。
 そうでした、今はぼんやりしている時間はありません。ここから早く脱出しなければ。

「ゼロス、抱っこしますか?」

 私の側へ戻ってきたゼロスに両手を差し出しました。
 ゼロスは安心した顔になりましたが、ふと首を横に振ります。

「……ううん、だいじょうぶ。おてて、つないでて」
「分かりました」

 ゼロスと手を繋いで走りだしました。
 途中で怪物が出現し、私たちの行く手を阻みます。
 女官や侍女が撃退しますが次から次へと現われて私たちを攻撃する。
 コレットとエミリアが私とゼロスの側にぴたりとついて護衛しながら進んでくれます。

「ブレイラ様、あと少しで回廊を抜けます! ここを抜ければ転移魔法が使えるようになりますので、あと少しご辛抱ください!」
「ありがとうございます! 私は大丈夫ですから皆も無事でいてください!」
「はっ、勿体ない御言葉です! 必ずお守りしますので!!」

 コレットはそう言うと、横から襲い掛かってきた怪物を華麗な体術で撃退します。
 でもあと少しで回廊を抜けるという時、巨大な怪物たちが壁のように立ち塞がりました。
 気が付けば四方を囲まれていてコレットが闘気を高めて警戒します。
 明らかにコレットや女官たちの様子が変わりました。

「ブレイラ様、決して私から離れないでください。この怪物ども、おそらく元は魔族か精霊族でしょう。今までの怪物とは魔力が違いますっ……」
「そんなっ……」

 人間だけでなく魔族や精霊族までいたなんて。
 今回の異常事態は明らかに計画されたものだったのでしょう。

「ブレイラ……」

 手を繋いでいるゼロスが不安そうに見上げてきました。
 ぎゅっと手を握りしめて大丈夫と安心させます。
 でも背後で大きな爆発がして咄嗟にしゃがんでゼロスを抱きしめました。戦闘が始まったのです。

「っ! ゼロス、大丈夫ですか?」
「うぅ、ブレイラ……」

 ゼロスもぎゅっとしがみついてきます。
 ここにはコレットとエミリアがいてくれますが、女官や侍女たちが劣勢になりだしました。怪物の数が多すぎるのです。
 なかには怪物の力に圧倒されている侍女もいて、コレットやエミリアが助けに向かいました。
 私の側には常に護衛がいてくれますが気が付けば乱戦状態になっています。
 至近距離での戦闘に私は邪魔にならないように身構えていることしかできません。
 私はゼロスと目線を合わせて顔を覗き込み、小さな両手を握りしめます。

「ゼロス、怪我はありませんね?」
「うん……」
「良かった。大丈夫ですから私から離れてはいけませんよ?」
「うん……」

 ゼロスは怯えながらも小さく頷いてくれました。
 小さな唇を噛みしめて、泣いてしまわないように我慢しているよう。
 少しでも慰めようとゼロスを抱きしめようとした時でした。

「王妃様!!」

 突如、エミリアの悲鳴にも似た声。
 乱戦に紛れて怪物が背後に接近していたのです。怪物が腕を振り上げて私に襲い掛かる。
 すぐにコレットとエミリアが来てくれますが間に合いません。
 ゼロスの顔も恐怖に強張って、怪物を凝視する瞳が大きく見開いて。

「ゼロスっ!」

 せめてゼロスだけでも守ろうと覆い被さろうとした、その刹那。


「う、うぅっ、うわああああああん!! ブレイラ、ブレイラ~!!!!」

 ――――ピカッ!!!!


 ゼロスが限界を超えて泣いた瞬間、体から蒼い光が放たれました。
 視界を塗り潰すほどの強烈な蒼い光。
 その光にコレットが真っ先に反応します。

「っ、いけない! エミリア、ブレイラ様に防壁魔法を早く!! 最大魔力を出せ!!」
「はいっ!!」

 コレットとエミリアが同時に最大魔力を発動しました。
 ゼロスから放出された光の衝撃波。

「うぅっ……!」

 強力な防壁魔法が張られたというのに、それでも吹き飛ばされそうな衝撃波に襲われます。視界が光に塗り潰されて、音すらも光に吸収されていくようでした。
 そして光の衝撃波が過ぎ去って、ゆっくりと目を開ける。

「っ、ゼロス……?」

 周囲を見回して息を飲む。
 そこに立っていたのは泣いているゼロスだけでした。
 周囲一帯は瓦礫に埋もれ、乱戦になるほどたくさんいた怪物は消滅していました。それだけではありません、怪物と戦っていた女官や侍女、コレットやエミリアまで倒れています。

「うええぇぇんっ、ごめんなさい、ごめんなさい~!! ブレイラ~!!」

 ゼロスが泣きながら駆け寄ってきました。
 私の足にぎゅっと抱きつくゼロスを宥めて、倒れているコレットに駆け寄ります。

「コレット、コレット、大丈夫ですか?! しっかりしてください!」

 呼びかけるとコレットが酷く疲弊した顔で私を見ました。
 立ち上がることもままならないほどの疲弊です。

「ぅ、……ご心配をおかけして、申し訳ありません……。魔力を、使い過ぎました……」
「いいえ、守ってくれてありがとうございます。皆は大丈夫ですか?」
「ご安心を……。皆、魔力を使い切った、だけですから……」

 さすが冥王様です、とコレットが小さく笑う。
 そう、これはゼロスの力でした。
 ゼロスの魔力が暴発し、それは怪物だけでなく周囲一帯を消滅させました。皆は咄嗟に最大魔力を発動して防壁魔法を張ったのです。しかもコレットとエミリアは私の防壁魔法も同時に張ってくれました。
 コレットの咄嗟の判断がなければ私は死んでいたことでしょう。

「ぅっ、ひっく……ごめんな、さい、……ごめんなさいっ……、うええぇぇん!!」

 ゼロスが女官たちから隠れるように私に抱きついて泣いています。
 自分が強大な力を制御できなかった所為だと分かっているのです。

「ゼロス……」

 私はなんの言葉も掛けられなくて、泣いているゼロスの肩にそっと手を置きました。
 こうしている間にも新たな怪物の気配を感じます。今は皆を守らなければなりません。

「ゼロス、今は泣いてはいけません」
「うぅ、でも……」
「今は皆を守る時です。皆を一カ所に集めるんです」

 私は泣いているゼロスを置いて、疲弊して動けない侍女たちに手を貸しました。
 いつ怪物に襲われてもおかしくありません。皆を一カ所に集めて少しでも安全を確保します。
 女官や侍女たちを一カ所に集めていると、それを見ていたゼロスが涙を拭って「……ぼ、ぼくもする……」と手伝ってくれました。
 ゼロスは女官や侍女の顔を覗き込んで「……だいじょうぶ?」と泣きそうな顔で聞いています。
 こうして女官や侍女たちを集めていると、アベルとエルマリスが私たちを見つけてくれました。

「ブレイラ、そこにいたのか!」
「ブレイラ様! ご無事ですか?!」

 兵士を引きつれた二人が駆けつけてくれます。
 アベルは瓦礫に埋もれた周囲と、疲弊した女官や侍女の姿に顔を顰めました。

「いったい何があった。……って、冥王か」

 アベルがゼロスを見ました。
 アベルは責めている訳ではないのですが、ゼロスの肩がびくりっと跳ねて私の後ろに隠れてしまいます。

「うぅ、……ごめんな、さい……」
「ゼロス……」
「ブレイラっ……」

 ぎゅっと抱きつかれて、小さな手に私の手を重ねました。
 ゼロスの手を握りながらアベルとエルマリスに向き直ります。
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