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勇者と冥王のママは暁を魔王様と

第三章・王を冠する世界4

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「ブレイラ、もう出て来てもいいぞ。この先に泉がある、そこで休憩しよう」
「分かりました。さあゼロス、行きましょうか」
「うん!」

 ゼロスが木陰から飛び出してハウストとイスラの元へ駆けていく。
 なにやらイスラに「動物の相手くらいゼロスも出来るだろ」と呆れられていますが、「いいの! もうちょっとおおきくなってから!」とムッと言い返していました。
 二人のやり取りに目を細めているとハウストが側に来てくれます。

「怪我はないか?」
「あなたもイスラもいるのに怪我なんてするはずないじゃないですか。ありがとうございます」

 そう言ってハウストの腕に手を掛ける。
 ハウストは満足そうに頷くと寄り添う私をそのままに、「イスラ、ゼロス、行くぞ!」と二人に声を掛けて歩きだしました。
 途中で珍しい動植物を見つけます。時間毎に花弁の色彩が変化する花や、触れると飛んでいく草木など、冥界でしか見られない動植物を見ながら奥の泉へ到着しました。

「ここにいろ」
「はい」

 泉の畔にある木陰に座るように促されました。
 ローブの長い裾を整えて木陰に座ります。
 ハウストも隣で休憩しようとしましたが視界に映るゼロスの様子に目を据わらせる。

「あいつめ……」
「ふふふ、ゼロスは水遊びが大好きですから」

 見るとゼロスは水辺にしゃがみ、瞳をキラキラさせて泉を覗き込んでいたのです。
 一歩でも足を出せば泉に飛び込めるほど至近距離で、今にも泳ぎたいと駄々をこねだしそう。

「……行ってくる」
「お願いします」

 ハウストがため息とともに歩いていきました。まだ幼いゼロスは目が離せませんから。
 叱られているゼロスを遠目に見ていると、イスラが手の平サイズほどの見慣れない果実を持ってきてくれました。

「ブレイラ、この果汁が甘酸っぱくて美味しいぞ。飲んでみろ」
「わっ、初めてです。ありがとうございます」

 果実はとても硬い殻に覆われていましたがイスラが短剣で難なく半分に切ってくれます。
 片方を渡されて口を付けると、ああとても美味しいです。瑞々しい果汁が喉を潤して、甘酸っぱさが疲労を癒してくれました。

「美味しいですね」
「ああ」

 イスラも片方の果実で喉を潤しました。
 二人でのんびりしていると水辺にいるハウストとゼロスの会話が聞こえてきます。

「ちちうえ、あそんでもいい?」
「いいぞ。水遊び以外ならな」
「むっ、わかってるもん」

 釘を刺したハウストにゼロスはムッとすると近くにあった小枝を拾いました。
 何をするのかと見ていると、「えいえいっ、それ!」とゼロスが勇ましい声をあげて小枝を振り回しだす。どうやら戦っているつもりのようです。剣術のお稽古だとさぼってしまうのに遊びだと夢中になるようですね。
 でも、次第にハウストの目が据わっていきます。

「……おい、なんのつもりだ」
「ぼく、あそんでるの。えいえいっ」
「別の遊びにしろ」
「やだ。えいえいっ」

 ゼロスも最初は小枝を振り回していただけでしたが、「えいえいっ」とハウストにツンツンしだして、最終的には腕を振り回してポカポカと……。
 …………あれは遊んでいる振りして絶対やり返していますよね。どうやら先ほどの玉座でのことを根に持っていたようです。
 こうしてハウストとゼロスの様子を眺めていると、泉や周辺の草花を眺めていたイスラが口を開く。

「この前より植物の種類が増えてる。進化したのもあるみたいだ」
「そうですね。ほら、この木陰にある小花を見てください」
「どれだ?」
「この白い小花です。この小花は冥界にのみ生息している植物で、研究室の調べでは腹痛を治す効果がある薬草だそうです。でも」

 そこで言葉を切ると、少し離れた場所に咲いている小花を指差しました。
 その小花は先ほどの小花と形は一緒ですが花弁の色は薄桃色です。

「分かりますか? この小花は色違いで、さっきの白い小花の対になっている植物です。しかも腹痛を起こしてしまうそうですよ」
「あっちも薬草なのにか?」
「はい、冥界の植物は対となって生息している種類が多いと研究者の方から聞きました。面白いですよね」
「へー、冥界の植物にはそんな性質があるのか。遺伝子が近いことも理由かもしれないな」

 イスラは地に膝をつき、関心した様子で花を観察しています。
 興味津々の横顔に私も嬉しくなる。イスラは幼い頃から聡明で、今では得意分野は専門家と渡り合えるほどに博識です。本を読むのが大好きだった所為か、知的好奇心を満たしているうちに自然に知識を深めていったのでしょう。
 いつまでも見ていたくなりましたが、不意に。

「あにうえ~! えいえいっ!」

 ハウストと遊んでいたゼロスがイスラに向かって突進してきました。
 そしてイスラの背中をポカポカポカポカポカ……。どうやらゼロスはハウストだけでなくイスラにもやり返したかったようです。でも。

「…………おい、ゼロス」
「あそんでるんだもん」
「……そう言えば許されると思っているのか」

 じろりとイスラがゼロスを振り返ります。
 目が合うとゼロスの肩がびくりっと跳ねて、大きな瞳が潤んでいく。

「うぅっ、ブレイラ~! あにうえが~~!」

 ゼロスが私の足に抱きついてきました。
 ハウストはなんだかんだとゼロスの遊びを見守りますが、イスラはハウストよりも厳しいところがあるのです。

「えいってしてはいけませんよ?」
「たたかいごっこなのに?」
「もう戦いごっこは終わりです」
「うぅ、わかった……。それじゃあ、おてていたいの、もみもみして?」
「ふふふ、いいですよ」

 差し出された小さな両手を包むように握って、もみもみと優しく揉んであげます。
 すると「こしょこしょ、くすぐったい~!」とゼロスがおおはしゃぎしました。
 子どもとは一度気に入ると飽きるまで何度も繰り返すものです。このおててもみもみも、初めてしてあげた時に気に入ったのか何度もして欲しいとねだられます。いいでしょう、満足するまで付き合ってあげます。
 ゼロスの小さな手をもみもみしていると、ハウストがこちらに歩いてきました。
 甘えているゼロスに呆れるも、私を見てニヤリとした笑みを浮かべる。そして大きな手を差しだしてきました。

「ブレイラ、俺も最近政務が忙しくて手が痛いんだ。ほらここ、赤くなってるだろ」

 ハウストが期待に満ちた顔で言いました。
 ……なんなんでしょうね、ゼロスの真似をしてもちっとも可愛くありませんよ。
 もみもみする替わりに抓ってあげます。

「……おい、痛いだろ」
「不満でしたか?」
「意地悪だな」
「あなたほどではありませんよ」

 最後にハウストの手を軽くパチンッとする。
 ハウストは苦笑すると、ふと真剣な顔でイスラを振り返りました。

「ちょっとイスラを借りるぞ。イスラ、見せたいものがある」
「なんだ」

 呼ばれたイスラがハウストと歩いていきました。
 ハウストとイスラは水辺にある草花を見て表情を変え、なにやら難しい顔で話し合いをしています。
 気になって耳を澄ませると、「男が持っていた薬」「巡礼者」「人間界で調合」「原材料の薬草」「幻覚と幻聴作用」と無視のできない言葉が聞こえてきました。おそらく酒場で異常化した男が持っていた薬の原材料を発見したのでしょう。
 冥界の植物まで使っていたなんて予想外のことです。創世期の冥界は一般の立ち入りを厳しく制限しているというのに、薬の調合者は冥界へ侵入したという事なのですから。
 由々しき事態にハウストもイスラも真剣な顔になっています。
 でもそんな二人の様子にゼロスがむっと拗ねてしまいました。
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