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勇者と冥王のママは暁を魔王様と

第一章・次代の王10

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「イスラはいろんな場所へ行って、いろんな方々と出会っているんですね。また連れて行ってください。あなたが見た景色が見たいです」
「ああ、連れて行く。今回行ったピエトリノ遺跡も、四季で色が変わる不思議な湖にも」

 イスラが嬉しそうに答えてくれました。
 先日、ゼロスを尾行する為に皆で人間界に行きました。そこでイスラの旅を少しだけ知ることができて、とても楽しかったのです。
 そんな私たちの会話を聞いていたゼロスがパッと顔を輝かせる。

「ぼくも! ぼくもいきたい! あにうえ、つれてって!」
「分かってる。楽しみにしてろ」

 イスラは目を細めて頷きましたが、「そういえば」とゼロスに向かって少し厳しい表情を作ってみせます。

「ゼロス、毎日剣の素振り五百回してるか? お前も戦えるくらいには強くなったんだろうな」
「っ! ……し、してる」

 ゼロスが目を泳がせながら答えました。
 分かりやすすぎる反応にイスラの目が据わっていく。
 イスラは幼少時からゼロスを「たんれんだ!」と鍛えていたのです。今も魔界へ帰ってくると鍛錬してくれるので、ゼロスの剣術・体術の指導教官がイスラにとても感謝しているとか。

「し、しし、してるもん! ほんとにしてるもん! ね、ブレイラ?」

 ゼロスが焦った様子で私に同意を求めてきました。
 思わず笑ってしまいそうになりましたが、さあどうしましょうか。

「そうですね、ゼロスはたしかに一日五百回の素振りをしていますね。でも途中で鬼ごっこを始めたり、休憩したいと甘えたり、忙しそうに素振りをしていますね」
「ブレイラ、いっちゃだめ! だめ~!」

 ゼロスが慌てて私に抱きついてきました。
 小さな両手で私の口を塞ごうとするも、

「――――ゼロス」
「……な、なあに?」

 背後から聞こえたイスラの低い声。
 ゼロスがびくびくしながら振り返ります。

「鍛錬中は集中しろと言ったはずだ」
「だって……」
「甘えるな、久しぶりに手合わせするぞ。どれだけ強くなったか見せてみろ」
「ええっ、かくれんぼしないの?! クウヤとエンキもつれて、もりのぼうけんごっこは?!」
「後でだ。先に手合わせするぞ」
「うぅ~~っ」

 ゼロスが唇を噛みしめます。
 泣きそうな顔でイスラを見ていましたが、そんなゼロスをイスラは厳しく見据えています。
 ゼロスはそれに怯みそうになるも、おずおずと口を開く。

「…………おわったら、あそぶ?」
「終わったらな」
「……じゃあ、がんばる」

 渋々ながらも納得したゼロス。
 二人のやり取りに私は笑ってしまいそう。
 イスラとの鍛錬はゼロスにとって厳しいものですが、兄弟で高めあう姿は見ていて微笑ましいです。

「イスラ、しばらく魔界にいられるのですよね?」
「ああ、そのつもりだ」
「それは嬉しいです。魔界にいる間はゼロスの鍛錬だけじゃなくて、私とも一緒に出掛けてくださいね」
「それはいいけど、ブレイラだって忙しいだろ?」
「一日くらい大丈夫ですよ、コレットに調整をお願いします。楽しみですね」

 私の日常は王妃としての政務と勉強に追われたものですが、イスラが帰ってきた時くらいは息抜きをしていいですよね。

「ぼくもいきたい!」
「もちろんですよ。ハウストは……大丈夫ですか?」

 ゼロスに頷いてからハウストを見ました。
 せっかく家族四人揃っているんですから、できれば四人で出掛けたいのです。
 でも魔王である彼の政務は私の比ではありません。

「大丈夫だ。俺もフェリクトールに調整させる。奴ならなんとかするだろう」
「……たしかに、なんとかしてくれるでしょうが」

 フェリクトールの怒った顔が容易に想像できてしまいます。
 しかし皆で出掛けられるなんて、そんな嬉しいことはありません。
 申し訳ないと思いつつハウストに賛同です。
 ……フェリクトール様、ごめんなさい。




 その日の夜。
 ゼロスを添い寝で寝かしつけ、静かに部屋を出ました。
 扉の外で待ってくれていたコレットや女官とともに長い回廊を歩きます。
 いつもなら本殿の寝所にハウストがいますが、明日は四大公爵会議の最終日ということもあって今夜はまだ政務中。寝所に戻ってくるのはきっと夜更けになることでしょう。
 ふと足元が淡い月明かりに照らされ、ガラス張りの天井を見上げました。
 夜空には大きな月が浮かんでいました。満月ではないようですが、とても明るい光を放っています。
 立ち止まって月を見上げた私にコレットや女官たちも付き合ってくれます。

「大きな月ですね。とても明るい夜です。月明かりで庭園の花が輝いているように見えるくらい」
「はい、静かで日中の騒がしさが嘘のようです」
「ふふふ、会議期間中はいつもより城内が賑やかですからね。明日はきっと晴れるでしょう。会議が始まる前は不安と緊張でいっぱいでしたが、明日で終わるのだと思うと少しだけ寂しいですね」
「会議中は大変ですが、あっという間に過ぎていきますから」
「ほんとうに。大変でしたが楽しいこともありました。明日も失敗しないよう気合いを入れなければ。――――あれ? あそこにいるのはメルディナじゃないですか?」

 ふいに視界に映った人影。
 庭園の奥へ歩いていく後ろ姿はメルディナのものでした。

「こんな時間に何をしてるんでしょうか。行ってみましょう」
「お待ちください。庭園へ出る前に羽織りものをお召しください。夜風で冷えてしまいます」

 女官に慌てて羽織りものを着せられました。
 それに礼を言って、メルディナが向かった先へ足を向けます。
 コレットが光魔法で足元を照らそうとしてくれましたが、大丈夫。今夜は月が明るい夜ですから。
 庭園の奥にある石造りの東屋。そこにメルディナはいました。
 見るとメルディナは一人ではなく、その両腕にクロードを抱っこしています。

「メルディナ、こんな時間にどうしたんですか?」
「王妃っ……」

 メルディナが驚いた顔で私を振り返ります。
 そんなメルディナに笑いかけ、ゆっくりと東屋へ向かいました。
 コレットや女官たちに東屋の外で待つようにお願いし、メルディナがいる東屋の中に入ります。

「お邪魔してもいいですか?」
「そういうことは邪魔する前に言うものですわよ?」
「そうでしたね」

 了承と受け取って、私はメルディナの隣に腰を下ろしました。
 メルディナの両腕に抱かれたクロードを覗き込む。すると目が合って、「あー」と声を出してくれる。

「目がぱっちりです。眠らないんですか?」
「夜泣きですわ。目が覚めてしまって眠らないのよ」
「それは大変ですね。ではこれを」

 私は自分の羽織りものを脱いでメルディナの肩に羽織らせる。
 裾の長い羽織りものですからクロードも一緒に包むことができます。

「夜風で冷えてしまいます。着ていなさい」
「あなたに心配してもらわなくても平気よ。それに王妃から羽織りものを取り上げるなんて出来ませんわ」

 意地っ張りなメルディナらしい返答です。
 素直に甘えないところが彼女らしい。だから私も素直に優しくしてあげません。

「あなたの為ではありません、クロードの為です。暖かくしていた方がクロードもきっとよく眠りますよ」
「……仕方ありませんわね」

 メルディナは少し唇を尖らせながらも引き下がってくれました。
 それは以前よりも私と打ち解けてきたからか、それともクロードの為か。両方だと嬉しいです。

「王都に来ている間、クロードは不自由していませんでしたか? 環境が変わると赤ん坊の調子も変わりますから」
「特に問題はありませんわ。今夜の夜泣きもいつもの事ですもの」
「そうですか。まだ生まれて一ヶ月なのに無理をさせたんじゃないかと心配でした」

 魔王に謁見する為とはいえ、まだ生後一ヶ月のクロードが王都へ来るのは負担があったことでしょう。
 でもメルディナは当然のように答えます。

「この子は次代の魔王。多少無理をさせても当代魔王と当代王妃に謁見させることの方が大事なことでしてよ?」
「そんなものですか」
「当然じゃない」

 少し呆れた口調で言われてしまいました。
 このまま嫌味の一つでも言われるのかと思いましたが、ふとメルディナの表情が改まります。そして言葉に迷いながらも私に問いかける。

「……ねえ、王妃は冥王を乳母に預けることを拒否したのよね」
「え、いきなりですね……」

 思わぬ質問に目を丸めてしまう。脈絡が無さすぎです。
 でもメルディナは思いがけないほど真剣な顔をしていました。

「はい、ゼロスが生まれた翌日には乳母を用意していただきましたが、お断りさせてもらいました。どうしてもイスラのように、ゼロスも私の手元で育てたかったので」

 前の冥界が消滅した時のことも、ゼロスが新たな冥界の冥王として生まれてきた時のことも、すべて昨日のことのように覚えています。ゼロスは約束を守って私の元へ帰ってきてくれました。だから私はゼロスが大人になって、私の手元から旅立つ時が来るまで側にいたいのです。

「王妃が子育てするなんて前代未聞ですわ」
「耳が痛いですね……」

 思わず苦笑してしまう。
 ゼロスが誕生した時の騒動は今もしっかり覚えています。今でこそ皆は私の子育てを見守ってくれていますが、当時は大変な騒ぎになりましたから。

「私のワガママで皆を困らせたことは反省していますが後悔はしていません。もし同じことがあったら、私はまた同じ決断をするでしょう」

 私はイスラとゼロスを手元で育てることができて幸せです。
 皆には迷惑をかけてしまいますが、でもこれだけは譲りたくなかったのです。

「ふーん、大変じゃありませんの? 赤ん坊って手が掛かるもの」
「たしかに大変ですが、私が一人で育てているわけではありませんから。ハウストも協力してくれますし、コレットやマアヤや他の女官の方々も手伝ってくれます」
「そう、それは良かったわ」

 メルディナが目を伏せて言いました。
 長い睫毛に縁取られた人形のような瞳が腕の中のクロードを静かに見つめている。
 メルディナの瞳は甘く輝いていて、私の口元も綻びました。
 私がこれ以上ここにいるのはお邪魔かもしれません。

「私は先に戻ります。あなたも体が冷える前に戻りなさい。メルディナ、クロード、おやすみなさい」
「おやすみなさい」

 メルディナとクロードに見送られ、東屋を後にしました。
 明日は会議最終日、会議の後は晩餐会が開かれます。会議に出席した貴族だけでなく、魔界各地の豪族や著名人が参加するそれはきっと賑やかなものになるでしょう。四大公爵会議の最終日を飾るに相応しい晩餐会です。
 そして、晩餐会が終わった翌日にはメルディナもクロードも登城した貴族たちも自分の領地へ帰っていく。それを思うと少しの寂しさを覚えますが、また変わらぬ日常が戻ってくることも幸せなことです。





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