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第二部 ライバル?バトル・アイドル!

【第三五話 奇跡を起こせよムーブメント】

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「ズルいです……」

 沈黙を破ったのは麗葉さんじゃなく、私からだった。

「え?」
「麗葉さんはズルいです!」
「そうね。ズルしてトップアイドルになれたものね」

「違う。そうじゃない! 私、麗葉さんに勝ってない!」

「私は負け——」
「そんなの不戦勝と一緒です! 私が勝ったと思ってないのに、勝手に負けたと思わないで下さい!」

 それだって自分の勝手じゃないかと思うけど、素直にそう思うんだから仕方ない。

「確かにシャイニングはトゥインクルを越えるって息巻いてます。でもそれはこんな形じゃないんです! 光り輝いてるトゥインクルより、もっと輝いて勝ちたいんです。そして麗葉さんが居ないトゥインクルなんてトゥインクルじゃない!」

「伊吹さん……」

「ロッキーの力を使って下さい! ロッキーなら百日前まで遡って過去を書き換えられる。交通事故を起こしてない麗葉さんにして下さい!」

「でも私は負けを認めてるのよ?」

「関係ないです! 事故さえしなきゃ、麗葉さんの足だって顔だって火傷だって全部無かった事になる」

「でも事故が無かった事になっても私は引退する決意を変えないわよ?」

「それでもいい! 引退して結婚して家庭を持ったら麗葉さんの勝ちじゃないですか!」

「何その理屈——」

「それに綺麗な麗葉さんじゃなきゃ、私は嫌です! 今の麗葉さんも素敵だけど、もっと魅力的な麗葉さんじゃなきゃ私は抱かれたいと思わない!」

 自分でも何言ってるのか理解出来ない。感情の思いつくまま言葉が口から出ている。

「何それ——っぷぷ。抱かれたいって……笑わせないでよ」

「とにかく! その為にロッキーにエネルギーを蓄えてきたんです。ロッキー!」

『うむ。やっと出番か』

 ずっとフードの中に居て息を潜めてたロッキーが、ようやく肩に移ってきた。

「じゃ、ロッキー。後は頼んだ」

『うむ。麗葉殿、要領は心得ておるな? パタソンの時と同じだ。われに変化があれば言霊ことだまとして、変えたいポイントの正確な日時と、変えた後どうなってるのかを正確にイメージして伝えるのだ』

「え、もう? 心の準備とかは?」
「大丈夫です! ロッキーに任せれば良いですから!」

『本家本元のロッベルナ氏なら失敗しませんよ。麗葉、安心しなさい』

「パタソンがそう言うなら……」

『では始めよう』

 ロッキーが目を瞑り、やがて淡く白い光に包まれる。そうそう、私がやった時もこんな感じだったね。
 やがて強い光になって……いかないけど?

「ロッキー?」

 光が弱くなっていく。消えそうなんだけど?

『やはりか……』

「何? どうしたの?」

『我はもう美優以外には、この能力を使えないらしい』

「えー! 何で⁉︎」

『美優がシャレアティス女王の生まれ変わりだからだ』

 は? ロッキーは何を言ってるの? どういう因果関係があって、前世の事を持ち出してるの?

「何よそれ? 何の関係があるってのよ?」

『何ですって⁉︎ それは本当なのですかロッベルナ氏?』

『本当だパタソン』

『まさか、そんな偶然が……』

「え、何の話? シャレアティスって誰? パタソン!」

 一人、話が見えない麗葉さんがパタソンに突っかかる。そりゃそうだ。
 そして私も訳が分からない。

『シャレアティス女王……遥か古代に栄えたアトランティスの女王だった人です。時空を操る能力を備えた唯一の人間です。その女王から能力を与えられたのがロッベルナ氏で、そのロッベルナ氏の能力を一部コピーしたのが私です。女王はモノを介さずに時空を操ると聞いてます』

「その女王の生まれ変わりが伊吹さんなの?」

『うむ。我がそう確信している。間違いない』

 てか、そもそも私の前世がその女王様だというのも、ロッキーの判断であって、第三者に示せる証拠って無いよね。

「なら伊吹さんもその能力が?」

『残念ながら美優はその能力を使いこなせていない。潜在的に将来はあるかもしれぬが、今は自分の意思では操れない』

「そうなの、伊吹さん?」
「う、うん……」

 本人を前にして本人の評論をするのはどうかと思うけど、その通りなので何も言えない。

「ロッキー。どうやってもダメなの?」

『すまないが不可能だ。我が生まれた経緯を話したであろう? 女王は自分の生まれ変わりを支える為に我を創生したのだ。生まれ変わりの魂に出会えたら、その者……つまりは美優にしか能力を使えないようにプログラムしてたとしても変ではない』

「じゃあロッキーの若返りは?」

『それは使えるようだ』

 どうしよう。どうすれば麗葉さんを救えるの? ロッキーだけが頼りだったのに。
 その場に崩れるように座り込んでしまう。自分にしか使えないようにするなんて、何て自分勝手な女王様よ!

『まあ、仕方ないと言えば仕方ないですわね。時空を操る能力は危険です。誰彼構わずに使えてしまうなら、世界の崩壊を招きます。ロッベルナ氏のプロテクト然り、私へも一部しかコピー出来なかった点からも、女王はその危険性をしっかりと認知されてたのでしょう』

『うむ。アトランティスの二の舞だけは避けなければならぬしの』

 そんなの今は関係ないよ。麗葉さんを……麗葉さんを救えないじゃない。

「もういいのよ、伊吹さん。これが私の運命だったのよ。あなたの気持ちは受け取れたし。ありがとう」

 麗葉さん……かける言葉が見つからない。どうしたらいいの?
 どうしたら麗葉さんを救えるの?

 そもそも何でこんな事になってるのよ。麗葉さんも車の運転してるなら、注意義務を怠るなよ。
 いくら気分が落ちてたからって、そこはしっかりしなきゃじゃん。気分が落ちて……?

「ん? ちょっと待って!」

「……伊吹さん?」

 麗葉さんが気分を落ち込ませなければ、注意散漫で交通事故を起こす事は無いかもしれない。

 麗葉さんが気分を落ち込ませた原因は何だ? 

 私だ。私があのパフォーマンスをしなかった過去にすれば、もしかしたら……でもそれじゃ今回の新曲の獲得は?

「ロッキー! 私なら使えるのよね?」

『うむ。何の問題も無く使えるであろう』

「よし。今から私が使う。用意して!」

『承知した。では参る……』

「待って伊吹さん! どう使うつもり? まさか、あなた——」

「うん。みたらし団子は持たなかった事にする。そうすれば麗葉さんは気分を落として車の運転をしなくなるから、事故を起こさない。怪我もしない。麗葉さんを救える!」

「ダメよ! シャイニングが新曲を獲れなくなるかもしれないじゃない!」

「もう決めたんです。それに今回の新曲が獲れなくたって、シャイニングは落ちません。必ず次の機会でトゥインクルを越えてみせますから、麗葉さんは自分の心配してて下さいね!」

「伊吹さん! 待って! 考え直して——」

 麗葉さんの言葉は無視だ。そうじゃん。最初からこうしてれば良かったんだ。
 せっかくのトゥインクルに勝てるかもしれない未来だけど……せっかくの猫耳メイドの衣装だったけど……今回は残念って事にしよう。

 ロッキーが淡く白い光に包まれてゆく。来た!

「私は最後のシーンで、みたらし団子なんて持たなかった。あのシーンでは麗葉さんの後ろでポーズを取っていた! 麗葉さんは事故を起こしてない!」

 そう、何度も何度も叫んでた。麗葉さんが制止する言葉も耳には入らない。

 やがてロッキーから、眩しい光が放たれて目を瞑る。その間もずっと叫んでいた。
 麗葉さんを助けたい。救いたい。その一心でずっと叫んでいた。

『美優、もういいぞ』

 まだ叫んでた私を止めたのはロッキーだった。ゆっくりと目を開けてロッキーを見つめる。
 視界がまだぼんやりしていて、目が眩んでいる。視力が回復するまでまだあるみたい。

「ロッキー、どうなったの?」

『過去の書き換えは成功している。彼女をよく見てみろ』

 視力が戻ってきたので、恐る恐る麗葉さんの方を見る。
 ぎゅっと両目を瞑っている麗葉さんがそこに居た。ベッドの角度や姿勢だけそのままで変化は無かったが、包帯なんてどこにも見えない。

「麗葉さん! 良かったぁ! 綺麗な麗葉さんになってるー!」
「痛ったぁーい!」

 思わず抱きついて喜びはしゃぐ私に驚いて、パッと目を開けて痛みに顔を歪める麗葉さん。

「え、大丈夫ですか? どこが痛いですか?」

 過去は書き換えられてるのに入院してるの?
 事故は無かった事になったんじゃないの?

「胸が……骨が痛い」

 そう言って前にうずくまる麗葉さんは体育座りの姿勢で膝を丸く体に寄せて……。

「麗葉さん! 右足あるよ!」
「え!」

 麗葉さんは布団をガバッとめくって自分に引き寄せた両足を、まじまじと見つめている。
 足首にギプスが着けられていたが、確かに右足は存在していた。

「私の足……ある。うっうっ……顔も……」
「良かった……良かった、麗葉さん……」

 多少の怪我はしているようだけど、ほぼ望んでた通りの結果になってる。本当に良かった。

 ん……待てよ?

「ねぇ、ロッキー。過去が変わったけど麗葉さんの記憶ってそのままなの?」

『うむ。われもそれは思っていた。どうやら我と一緒に居たことで、魂の束縛を受けたようだな』

「それってつまり……」

『私も一緒ですね。要は私と麗葉は書き換えられた過去がどのように書き換わってるのかは知らないのです』

 なるほど。まあ細かい事はいいや。とにかく麗葉さんが軽傷で済んでるのが本当に良かった!

「伊吹さん……ありがとう。そして、ごめんなさい。私の為に……本当にありがとう」

「うん!」

 足も顔も綺麗に戻って、涙でボロボロになっても魅力的な麗葉さんの笑顔が見れたんだ。
 これ以上は何もいらないよね。また頑張ればいいだけだもんね。

 さよなら……私の猫耳メイド。

 でも私は後悔してないよ。むしろ胸を張れるよ。安心してトゥインクルに……麗葉さんに着てもらってね!

「最初はね……」

「あ、はい……」

 急に神妙な面持ちで麗葉さんが話し始めるので、姿勢を正す。

「最初はね? うちの事務所が新しいアイドルグループを作るって聞いて嫌だったの。私を、トゥインクルをないがしろにして、新しいグループの方に力を入れてしまうんじゃないかって不安もあった……」

「そんな事……」

「そしてね? シャイニングのデビューから今日までの売れ方は凄いものよ。たった一年でトゥインクルと競うまでになってるじゃない?」

「まだまだ全然、トゥインクルに及ばないですよ……」
「私はデビューして今年で八年になるけど……」

 おーい。私のコメントはカットですか?

「デビューしても四、五年はずっと売れなくてね……その頃は売れなくて売れなくて辛い時期だったな……」

 俗に言う下積み時代ってやつね。シャイニングはレッスン漬けの半年間だけだったなぁ。

「シャイニングはその辛い時期を殆ど経験せずに来てるから、妬んでた。妬みまくった。苦労もせずに事務所にプッシュされて、あんなに売れて……こんちくしょー! って思ったわ。そこからよ。私がシャイニングに冷たくなってったのは」

「でも四年限定ですから……」

「そう、それよ。ダラダラと育成費ばかり費やして、上が見えてるトゥインクルよりも、期間限定アイドルとして新しいグループを売った方が、会社としては利益を出しやすいから。私のマネージャーの坂口さんが、そういう風に言ってたけど、知ってた?」

 真っ直ぐに私を見つめて話してくる麗葉さんの目には、懐疑的な色は感じられなかった。
 心底、私を心配してくれてるんだと思えたので、私も正直に思ってる事を話す。

「直接は言われてないですけど、何となくはそうだろうなとは思ってますよ。ゼノンは金儲けを一番に考えている。でもそれでいいんです。これはアイドル活動というビジネスなんですから。会社は利益のために。私達はトップアイドルになりたいが為に。目的は違っても、目指すゴールが同じなら、それはそれでいいと思います。私がアイドルになれたのだって、そのおかげですし。今はもっと売れて、プロデューサーの横山さんへの会社からのボーナス支給額を増やそうとしてます。それが、私をアイドルにしてくれた横山さんへの恩返しになると思って。ってこんな考え方はダメですか?」

「なんだか伊吹さんらしいなって思うわ」

「それ、褒めてるんですかぁ?」
「——どうでしょう?」
「褒めて下さいよぉ——!」

 二人して笑い合う。まさか、麗葉さんとこんな風に笑い合う日が来るとは思わなかったな。

「麗葉さん——」
「何?」

「私達シャイニングはトゥインクルを越えます。それが私達シャイニングの目標です。だから、お願いがあるんです」

「どんな?」

「私達は全力でぶつかります。ですから全力で応えてほしいんです。手を抜いたりしたら承知しませんから」

「うん。分かった。全力で越えさせないから。私にもトップアイドルとしての意地とプライドがあるの。容赦しないわ。そしてそれこそが、伊吹さんへの何よりの恩返しにもなりそうだしね」

 麗葉さんの瞳は力強く勇ましくもあり、それでも尚、優しく美しい。

「あともう一つだけ、お願いが……」
「まだあるの?」

「出来ればその……名字じゃなくて、名前で美優って呼んでもらえたらな……って」

 図々しいですか? 図々しいですか!

「ぷふっ——なぁに? そんな事? 彼女が彼氏に頼むみたいな言い方みたい」

「いえ! よければなんで!」

「そんなの良いに決まってるじゃない。ありがとう、美優」

「えへへっ……」

 やっべ! むっちゃ照れる! えへ……えへえへ。

『我々は完全に蚊帳の外ですか。ロッベルナ氏、息してます?』

『うむ。呼吸はしているが……今は大人しく、静かにモノでいようではないか』

『あら、初めてじゃないかしら? 意見が一致するのって』

『ふん。かもしれぬの』

 窓から差し込む陽射しに照らされて、優しく微笑む麗葉さんは更に綺麗に見える。
 そんな女神のような麗葉さんに名前で呼ばれて、しばらく私は〝悦〟に浸っていた。

 あぁ……幸せやぁ。
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