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第一部 アイドル始動
【第一九話 さよならメロウ】
しおりを挟む「はあっ……はあっ……」
山を下り切って、幹線道路に出てゆったりと車の流れに乗った頃には、全員疲弊しきっていた。
いつの間にこんなに車が多い道路に出たのか、気づかなかった程に消耗していた。
『美優の姐御。完全に捲きました。奴らはもう俺に追いつけないっすよ。GPSも切ってあるので、どこに居るかも分かりゃしませんぜ』
「あっそう……」
得意げに話すメロウには悪いけど、ツッコミを入れる気力も無くなってしまっている。
後ろを見ると、凛ちゃんもぐったりと体を投げ出して、口を開いて肩で息をしている。助手席の工藤さんも同じだ。
とにかく助かった……色んな意味で。
あの地獄のような絶叫系スリルが終わったという安心感と、奴らから逃げ切ったという安堵感。
そして、度を超えたスリルを体感したからか、ムラムラも治まっている。
完全に脱力しちゃって、今なら気持ち良く眠れそう。
目を瞑って意識が遠くに行きかけてる時に電話の着信音が鳴り響いた。
パッと目を開けて、音の鳴る方を見ると、工藤さんがスマホを取り出して電話に出た所だった。
「もしもしっ! ……先輩、僕が今どんな気持ちでいるか教えてあげましょうか!」
誰だろう。仲間の人かな?
「ええ…………ええ…………。その二人と一緒ですよ…………え? 会って話しますよ。もう疲れ果てました…………ええ…………分かりました。では事務所で」
電話を切って工藤さんは、深い深いため息をついていた。
「伊吹美優、メロウに今から言う住所まで行くよに伝えてもらえるか?」
「私が言わなくてもメロウは聞こえてるんだから、直接言えばどうですか?」
助けてもらってるのに、少し冷たかったかな?
でも私も疲れ果てていて、少しでも体力を使いたくなかった。
工藤さんは一瞬、嫌そうな顔をこちらに向けたけど、諦めてメロウに住所を言って伝えている。
『了解しやした。ナビの検索だと、二時間ってとこっすね! 工藤の旦那、そこまでに行く間に半分でもいいから燃料入れてくれませんかね?』
見ると、ガソリンはもう少しでエンプティマークが点きそうな程に無かった。
「工藤さん、二時間で着くって。あと燃料入れてくれって言ってる」
工藤さんは燃料計を覗き込んで、また深いため息をついた。
「今日だけでとんだ出費だな。タクシー代にガソリン代か。経費に計上出来るといいんだが」
「ごめんなさい。私達を助けてくれてありがとうございます。経費に出来なかったら私に請求していいですから」
「ん? ああ、それは気にしなくていいよ。ゼノンにでも請求するさ。それより男はちゃんと選ぼうな」
「はい。すみません。後悔してます」
そこを指摘されると、何にも言い返せない。これ以上は縮まれないって位に小さくなる。
「工藤さん、美優ちゃんは悪くないよ。悪いのは私です」
「そうだな。事務所に着いたら、僕じゃない誰かに叱ってもらおうか」
そう言って工藤さんは優しく私達に微笑んでくれる。
「ありがとうございます。本当にすみません」
この人、優しすぎる。殴られて歪んでるけど、ちょっとキザっぽい顔もタイプかも。
え、媚薬の効果ってまだ残ってる? 変にドキドキしてきちゃった。
「凛ちゃん、具合どう? その……まだ効果ある?」
「うーん。さっきのスリル満点の絶叫アトラクションのお陰かな? 何だかスッキリしてる」
「良かった。私もそう。ムラムラも無い」
「何だ、二人とも既に媚薬を飲まされてたのか? 本当に間一髪の所で間に合ったんだな。その鳥にも感謝しとけよ? その鳥のお陰で救出作戦を立てれたんだ」
「え? ロッキーと?」
またいつの間にか私の肩に乗っかってるロッキーを見ると、ドヤ顔の表情をしてるように思えた。
「その鳥はロッキーって言うのかい? 発電機の場所や換気口の場所とかも偵察して知らせてくれたし、催涙スプレーやスタンガンも届けてくれたし、何より賢すぎる。ただの鳥じゃないだろう?」
「うん。私の大事な家族です」
胸元を指で撫でてやると、嬉しそうにするロッキーは、こう見るとただの鳥だ。
「そうか。僕からも改めて礼を言う。君が居なければ今頃二人の人生は終わっていた。ありがとうロッキー。ご苦労様でした」
『うむ。お主も良くやったぞ』
いつもなら、その態度に厳しいツッコミを入れてる所だけど、今は素直に感謝してます。
『俺の活躍も忘れてもらっちゃ困りますぜ』
「うん。ありがとう、メロウ。感謝してる」
『もう少し行ったらスタンドがありますんで、ハイオク頼んでいいっすか?』
「オッケー。工藤さん、もう少ししたらスタンドあるから、ハイオク頼むってメロウが言ってます」
「分かった。任せとけ」
車は流れに乗って走り、さっきまでの勢いのあるスピードと違って、ゆったりとドライブの気分を味わえている。
外の景色を眺める余裕すら出てきている感じだ。
「ねぇ美優ちゃん。ロッキーとかと、どんな感じで話してるの?」
凛ちゃんは前の座席の間から顔をひょこっと出して、興味津々に聞いてくる。
「え? えぇと、何かテレパシーみたいな感じかなぁ? 前に試したけど、私の方からは声に出さないとロッキーには届かないみたい。ロッキーの方からは頭に直接語りかけてくる感じ」
「ふぅん。私もロッキーと喋りたいなぁ」
「止めた方が良いよ? どこの殿様かって思う位に古めかしいし、偉そうにしてるから」
『古めかしいとは、これまた聞き捨てならぬな』
「古めかしいとは、これまた聞き捨てならぬな。って言ってる」
「ははっ! 確かに古めかしいな」
「でしょう? 今時、時代劇でも言わない台詞じゃん」
「美優ちゃん、もういいよ。おかしくてお腹痛い!」
緊張がとれて、皆んな笑顔だ。そうそう、これこれ。人生、こうでなくっちゃね!
あれから直ぐに車はスタンドに着いて、工藤さんは給油に、凛ちゃんは川へ洗濯に……は行かずにトイレに行ってる。
私も行きたいけど、順番待ちで少し待ってる時に、メロウが話しかけてきた言葉は想像もしてなかった。
『美優の姐御。目的地に着いたら、俺の魂はロッベルナの兄貴に吸収してやってくれませんか?』
「え! どうして⁉︎」
『お主、そこまで知っておるのか?』
『俺は姐御の持ち物じゃないし、無事に着いたらお役御免っす。意識があるまま姐御の側を離れるなら、この先の姐御の役に立てるように消してもらいたいんです。ロッベルナの兄貴に吸収してもらったら、もしかしたら姐御の子供に生まれ変わる事も出来る。来世を楽しみたいんすよ!』
「え、でも生まれたばっかりなのに……」
『姐御に魂を頂いて、本当に幸せでした。この幸せな気持ちのまま、その後も姐御の役に立ちたいんです。俺の意志は固いっすから。ロッベルナの兄貴、その時は宜しくっす!』
『うむ。心得た。その時は安心して我にその身を任せれば良い』
『かたじけねえ』
そんな。そんな事って。
確かにメロウの言う通り、この車は私のじゃないし、帰ったらたぶん、ヘチマンカスタカシが持ち主だと思うけど、そっちに戻るんだろう。
あいつとは二度と会いたくないし、関わりたくない。メロウだって嫌な思いはする。それなら……。
メロウの気持ちは理解出来る。私がメロウの立場なら、きっとそうする。
でもメロウは私が生み出した初めての魂で、わずか数時間しか生きれなかった魂になる。
涙がポロポロ出てきた。
「分かった。安心してメロウ。ちゃんとロッキーに吸収してもらうからね……」
『姐御、泣かないで下せえ。俺は幸せでしたから。モノとして最高に幸せでしたよ』
「うん……うん……ありがとうメロウ」
「美優ちゃん、お待たせ。トイレ空いたよ」
凛ちゃんが戻って来たので、入れ替わりにトイレに向かい、涙の跡も洗い流す。
今日はファンデーションをつけてなかったのが幸いだった。
泣いてちゃダメね。最後は笑って見送ろう。
そう心に決めて鏡に向かって笑う練習をしてる自分の顔が気持ち悪いったら。
車に戻ると、工藤さんが運転席に座っている。
「あれ? 工藤さんそっちに座るんですか?」
「ああ。マニュアル車だし、僕が運転してるように見せないと、怪しまれるだろう? それにあと二時間はかかるんだ。後ろでゆっくりとしててくれ。寝ててもらっても構わないよ」
「あ、ありがとうございます。優しいんですね」
「これでも一応、紳士なのでね」
少しおどけて見せる態度が自然で、今までに会ったことのないタイプの人だった。
甘えてもいいかな……ていう気持ちにさせてくれる、不思議な人だ。
「じゃあ、これ返しておきますね」
ポケットから工藤さんが仕掛けた例の盗聴機を目の前に出して、ぶっきらぼうに言い放つ。
「これのおかげで助かったんだぞ?」
受け取った盗聴機を胸ポケットに仕舞いながら、わざとらしく拗ねる工藤さんが可愛く見えた。
「そういうことにしておきますねー」
後部座席に乗り込んで、凛ちゃと微笑み合う。
『それじゃ、出発しますぜ』
「うん! お願いね、メロウ!」
走り出した車の後部座席では、凛ちゃんが私の肩に頭を乗せて眠りに入る所なので、その凛ちゃんの頭に自分の頭をもたれ掛けさせて、自分も寝入ろうとしていた。
とにかく疲れたのだ。目を瞑れば直ぐに眠りに落ちていた……。
ものすごく、ぐっすり眠ってたらしい。目を閉じ後の記憶が無く、気付けば工藤さんに「到着したぞ」と、起こされていた。
目を擦りながら辺りを見ると、ちょっと広めの道路にハザードを灯して停まっていた。
雑居ビルが立ち並ぶ通りみたいで、お店やら会社やらが、ズラリと並んでいる。
車が停まってる目の前のビルは四階建てで、入口の自動ドアには〝佐伯探偵事務所〟と書かれていた。
工藤さんの探偵事務所かな?
目的地に着いたんだね。着いたって事は、いよいよメロウとお別れの時か。
『美優、急ごう。一旦離れたら、またメロウの所に戻れるかは分からないぞ?』
ロッキーの口調も急がせているようで、優しさがこもっている。
「そうね……」
後部座席から降りて、運転席に座り変える。怪訝そうな顔の工藤さんに「ちょっと待ってて」と手で合図を示すだけにする。
ただでさえ泣きそうなのに、何をするか口に出して言うと涙が止まらなくなりそうなので。
凛ちゃんも起きたようで、眠たい目を擦りながら、大きな欠伸をしている。
「寝ちゃったぁ。美優ちゃんどうしたの?」
「ごめんね、凛ちゃん。ちょっと待っててくれる?」
ハンドルをグッと強く握り、一応は手を握ってる感覚でいる。
「メロウ。ここまで本当にありがとう。あなたが居てくれなかったら私たちのアイドル人生は終わってた。感謝してもしきれない程に感謝してる」
『とんでもねえです』
「さよならは言わないよ。また違う形で会えるのを楽しみにしてるからね」
『姐御……』
「これっきりなんて思ってるなら、今ここで解体処分してやるんだからね!」
『ひぃっ。分かりやした! 生まれ変わって美優の姐御に会いに来ます!』
「よし。それなら宜しい」
ロッキーに「始めて?」と、目配せしておく。ロッキーも小さく頷き、目を閉じて集中しているようだ。
ロッキーとメロウが共に青白い光に包まれてゆく。消える時も同じ現象が起こるのね。
「ありがとう、メロウ。ありがとう。また会う日まで元気でね!」
『…………』
メロウも何か言ってるようだったけど、もう聞き取れる状態にないらしい。
けれど、何を言ってるかは理解出来た。
うん。私もだよメロウ……。
やがてメロウを包んでいた光は全てロッキーに集まり、その光もロッキーの中に消えて行った。
「ロッキー、済んだの?」
『うむ。滞りなく全て済んだ。しかしこれは……なるほど』
「何? 何か問題あった?」
『いや、問題どころか、喜ばしい事だ。後で話そう。長くなりそうだしな』
「ん。分かった。じゃあ、後でね」
ハンドルを更に強く握り締める。
泣かない! 泣かないって決めたんだ! 笑って送り出すって決めたんだ!
「美優ちゃん……もしかしてメロウ、居なくなっちゃった?」
凛ちゃん、気付いちゃったか。
「うん。後で説明するね」
「ありがとう。でも大丈夫だよ。何となくは分かったし、私達は前を向いて行こう! シャイニングとして!」
「うん」
ありがとう、凛ちゃん。今の私にシャイニングという単語は凄く助かる。
そうよ、私はアイドル。シャイニングのリーダー、伊吹美優だ!
立ち止まってなんかいられないんだから!
握っていたハンドルの手を緩め、そっと撫でながら手を離す。
ありがとうメロウ……またね。
「すみません、工藤さん。お待たせしました」
車を降りて、いつもの私に戻る。うん、大丈夫だ。
「何やら車が光ってたが、何かしたのか?」
「あ、うん。メロウを成仏させてあげてたの。これでサヨナラだから、これから先、私以外に触れてほしくないんだって言うからね! モテる女は大変よね」
「そうだそうだ。大変なんだから!」
一緒に降りた凛ちゃんも笑って合わせてくれる。これぞシャイニングの真骨頂ってやつよね!
「なるほど。アイドルも大変だな。横山さんも来てるぞ。たっぷりとモテてきたらいい」
凛ちゃんと二人で顔を合わせて、メロウの時とは違う恐怖が押し寄せて来た。まず間違いなく怒られるに決まってる。
「美優ちゃん……どうしよう」
「仕方ない。遅かれ早かれ横山さんには知られるんだから、しっかり謝って、しっかり叱られよう?」
「う、うん。なんかライブより緊張する」
「大丈夫。私もついてる。大丈夫だから」
萎縮する凛ちゃんを優しく抱きしめて、頭を撫でてあげる。
こうする事で凛ちゃも落ち着くし、私も落ち着く。
『美優、例の続きを今するのか?』
「バッ——バカ言わないでよ! する訳ないでしょ! あれは薬のせいだから!」
一気に顔の温度が上昇するのが分かる。たぶん耳まで赤いんだろうな。
「薬? ああっ! あの事? 薬なんか無くても私、美優ちゃんならいつでも大歓迎だよ」
え? ええぇえええっ!
トロンとした目つきで私を見つめる凛ちゃんの可愛さったら、そりゃもう襲いたくなっちゃうレベルですぞ!
「凛ちゃ……それってあの、つまり……」
「私はいつでも準備オッケーだからね?」
耳元でそんな風に囁かれたら、ドキドキがまた抑えられなくなっちゃうじゃないのぉ!
「ほら、イチャついてないで、行くぞ?」
「はぁい。ほら美優ちゃん、工藤さんが急かすから行くよ?」
イチャつ……凛ちゃんまで……ったく、この人たちは。
「待ってよお」
後ろを振り返る事はしなかった。前を向いて進むって決めたから。
大丈夫。私は進める!
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