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第一部 アイドル始動

【第一〇話 焼肉】

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「いやー。お疲れ様でした! 見事な野外ライブでしたよ! 期待以上です! 百点満点中、二百点をあげたい位です!」

 普段冷静な鈴木さんが、凄い興奮して私達を褒めてくれている。こんな鈴木さんを見るのは初めてだ。

「ありがとう。鈴木さん。でも今はそっとしといてもらえませんか? 皆んなもこんなだし」

 メンバー全員が疲れて、ぐでーっとしているように気が抜けている。
 あれから結局アンコールでもう一回歌い、計二回歌った。でも、歌って踊って疲れてるという訳じゃない。
 たかだか二曲で疲れる位の練習量なんてしてない。初めての舞台をやり切ったと言う達成感と、終わったぁ! と言う安堵感で立てないでいるんだ。

「うーん。気持ちは分かりますが、横山が焼肉店を予約していて、先に待っています。準備して早く行かないとなのですが……」

「「焼肉ぅ⁉︎」」

「そうです。僕と同じで随分と機嫌も良さそうでしたよ? いっぱい食べてエネルギーを補充しましょう!」

「「やったぁああ!!」」

 焼肉なんて何年振り? 横山さんも粋な計らいするじゃない!

「あ、でもスタッフの方々は? 一緒じゃないのですか?」
「心配ないですよ、松森さん。皆んな一緒です。僕も彼等も大急ぎで撤収作業をしますから。皆さんは先に着替えて待っていて下さい。そして着替え終わったら、喉のケア用ミストを吸っておいて下さいね?」

「「はーい!」」

 皆んな単純だなぁ。て、私も凄く楽しみにしてるけどね!



 焼肉店での打ち上げは本当に楽しかった。都内の、ある一画にあるこの焼肉店は横山さんが昔から通ってるお店らしく、この日も私達の打ち上げ用に貸切で抑えてくれていたので、誰の目も気にする事なく騒げている。

 それに横山さん始め、他のスタッフの人達も今日の成功を心から祝福してくれていて、シャイニングのメンバーで本当に良かった。

「ねえねえ! このお店さ、凄く気に入っちゃった! 何かある度に打ち上げはこのお店にしようよ!」
「唯? 気持ちは分かるけど、お店の方に迷惑よ?」
「大丈夫よ! 横山さんに頼めば……ねー!」

 唯ちゃんに投げ掛けられた横山さんは少し困惑しているように見えた。

「いやぁ、市原さんが気に入ってくれたのは嬉しいけどねえ。僕にも出来る事と出来ない事があってね……」

 横山さんは、大量の肉が盛られたお皿を出して来た店主を見て助けを求めている。

「うちは構いませんよ! 横山先輩の秘蔵っ子のアイドルが、うちを指名してくれるなんて、有り難い事ですよ!」
「佐川。何でもかんでも引き受けるのは良くないよ?」

 佐川と呼ばれた店主は横山さんの大学時代の後輩らしくて、それ以来の付き合いらしい。
 同じ会社に入社したけど、上手く行かずに脱サラして焼肉店を経営しているとか。
 横山さんもゼノンは何社目かの会社で、若い頃は転々としてたみたい。色々と経験してるのね。

「大丈夫ですよ! けど、貸切で使うには何日か前に連絡入れてくれると助かるかな?」
「やったー! じゃあ決まり! ありがとう佐川さん!」
「いえいえ。打ち上げ以外でも、今後ともご贔屓に宜しくお願いしますよ」
「もちろん! あ、私達のグッズとか置いとくってのはどお?」

 いや、唯ちゃん。それは流石にやりすぎじゃないのか?

「ん~。それは嬉しいけど、別にいいかな。店の雰囲気を壊したくないし、内緒のお気に入りに入れてくれるだけでいいですよ」

 ほら、ね?

「そっかぁ。ちょっと残念だなぁ」
「市原さん。佐川はこう言う奴なんだよ。頑固で変なとこにこだわりがある奴なんだよ。この店の事は表沙汰にせず、秘密裏に使う様にしてほしい。その方がお互い気兼ね無く利用出来ていいと思うんだ。な、佐川?」

 横山さんと佐川さん、二人ともニッと笑ってアイコンタクトで会話してそれ以上余計な事は口に出してない。
 こう言うのを解り合ってるって言うんだろうなぁ。なんか羨ましいな。

「さて、お腹もいっぱいになってきた所で、明日からのスケジュールを幾つか話そうか」

 佐川さんは察したのか、他のテーブルの方へと行ってしまう。横山さんが良く来るのも分かる気がする。

「まず明日は一日休日です。ゆっくりと休養して下さい。泊り込みも今日で終わります」

 合宿が終わる……そうよね。あそこは寮じゃないのよね。家に帰れるという嬉しい気持ちと、皆んなと離れると言う寂しい気持ちとが半々で、なんか複雑な気分。

「明後日からまた活動再開しますが、雑誌の取材やら、テレビのインタビューやら忙しくなりますよ」

「「はい! 分かりました!」」

 明日、家に帰れるのか。そう思うとホームシックになって早く帰りたくなる不思議。

「あの……横山さん、お願いがあるんですけど……」
「何ですか? 香山さん」
「会社で、寮てお借り出来ないですか?」
「あー。大丈夫ですよ。会社で借りてるタレント用のマンションがありますから、そちらをご用意出来ます。それで大丈夫ですか?」

 お金を持ってる大手の会社ともなると、色々と持ってるのねぇ。そんなのまであるんだ!

「はい、ありがとうございます!」
「では詳しくはマネージャーから聞いて下さい。家は都内に近い方が良いですからね」
「は、はい。すみません」

 凛ちゃんが寮に住みたい本当の理由を私は知っている。私だけが知っている。
 元彼に今の家はバレてるから不安なんだろう。関わりたくないんだろう。
 私は実家暮らしだからどうにも出来ないし、そもそも奴は私の家を知らない。
 画像とかの証拠も奴は持ってないから、スキャンダルにはならない。

 凛ちゃんもエロエロな感じじゃなく、普通の写真しか撮ってないって言ってたから、ありきたりな元恋人じゃ週刊誌も取り扱わないだろうし、関わらなければ大丈夫だ。
 それでも心理的にストレスだから、新しい環境に身を置きたくなるのは分かる。

 凛ちゃんを見つめてると、目が合う。ニコっと微笑んでくれるので、ニマっと微笑んで返す。

 我ながら気持ち悪い笑顔なんだろうな。

「他の方は大丈夫ですか?」

 横山さんは他のメンバーに聞いてみたが、実家暮らしは私の他にも居たし、元々都内に住んでた者が居るので、結局は凛ちゃんだけ寮を借りる事になった。

「しかし、今日の功労者はやっぱり伊吹さんですね。鈴木君にも聞きましたが、僕の目に狂いは無かった。貴女がシャイニングのリーダーで本当に良かった。僕からもお礼を言います。ありがとう!」

 へ? 急に話題を私に振らないで!

「や、私はそんな。皆んなが居てくれたからこそです。はい!」
「そうですね。貴女一人の力じゃない」

 え、あ、はい。そうです、はい。

「我々スタッフ一人一人、全員で掴み取った成功です。誰もが全力で頑張った結果です。それは皆さん、肝に銘じておいて下さいね。我々はチームです。シャイニングを売り出す為に、各々の役割を各々が全力で当たっています。車は何万単位の部品から成り立って走っています。どれか欠けても問題が生じます。我々も同じです。今日の成功は全員の成果です。ありがとうございます。そしてお疲れ様でした」

 そう言って横山さんは立ち上がり、全員に向かって頭を下げる。
 スタッフの人達もそれぞれ「お疲れ様でした」や「ありがとうございます」と頭を下げて敬意を表している。

 人の上に立つ人って、こうやって人徳を積み重ねていくんだなぁ……と、しみじみ思う。
 私もリーダーとして見習わないとだ!

「では僕はこれで失礼するよ。鈴木君、後は頼んだ」
「はい。お疲れ様でした」
「ありがとう横山さん! お疲れ様でしたー!」

 スタッフ、メンバー、それぞれが横山さんに労いの言葉をかけて見送る。一番の功労者は横山さんでしょ。どう考えたって。

 たぶん随分前から今日のセッティングで奔走してたんだろうし、明日以降の戦略も考えてるんだろう。
 先々の根回しとか、水面下での働きから言えば一番働いてるのは横山さんだと思う。
 それを表に出さずにスタッフ皆んなを称えるんだもの。それも嫌味なく自然に。

「ねえ、鈴木さん。私だけに教えて?」

 鈴木さんに近寄り、周りに聞こえないように小声で話しかける。デリケートな内容なので、あまり聞かれたくない。

「ここのお会計って経費で落ちないでしょ? 横山さんが払ってるの?」
「伊吹さんは余計な事に気が回りますね。確かにここの支払いは横山さんの懐から出ていますが、皆さんが売れればボーナスとして横山の懐に戻りますから、それで返しましょう。ね?」

 鈴木さんに先手を取られた。もう何も言えなくなってしまった。

「だから我々の責務は残さずに食べ尽くす事です。さあ、皆んなで食べちゃいましょう!」

 確かに鈴木さんの言う通りだ。好意は甘んじて受けて、出世したら倍返しすれば良い。それが恩返しというものだ。

 それから一時間位で、出された料理は全員で食べ尽くした。二十人位しか居ないのに三十人前以上は出されてたに違いない。
 皆んなお腹がパンパンで苦しそうだ。私達はマネージャーから食べすぎないように釘を刺されてセーブしてたので、デザートを頂いてました。
 ライブ後の打ち上げとか、誕生日会とか、何かと理由をつけて、このお店を利用しよう。
 お肉が美味しいのはもちろん、何より雰囲気が好きになった。
 ロッキーも連れて来れたら連れてこよっと!

 ロッキーか……元気かな?

 帰りはバラバラかと思いきや、選挙カーでメンバー皆んなで一度合宿所に戻る事に。
 便利な時代よね。車にプリントしてた私達メンバーの顔写真などはシールになってたみたいで、バリバリ剥がせば、いつもの移動に使うワンボックスに戻るんだから。
 車内では明日からのスケジュールの細かい打合せをしています。

「では明日はオフですので、皆さんご自由にお過ごし下さい。合宿所は今日の夜からでもアウトして頂いても構いません」

 マネージャーの対馬さんが助手席から手帳を広げて後ろを振り返りながら言ってくれてる。
 運転は同じくマネージャーの田口さんだ。

「私は今夜帰ろうかな。お母さんに報告したいし」
「え~! 美優ちゃんが帰るなら私も帰ろ~!」

 まどかが言い出したら、なんと全員が今夜に帰る事になっていた。
 私が今夜帰る理由は、花梨さんのピンク攻勢を期待してしまいそうな自分が怖かったからなのと、早くオナ……あっ、ううん。早くロッキーにジョウジの件を伝えなくては、と思ったからで。

「分かりました。では合宿所で荷物を纏めたら車においで下さい。そのまま駅に送りますね。香山さんの寮の方は明日で準備が終わると思いますので明後日からは入れます。オールインワンマンションですので、家具家電は備え付けてあります」

 すげー! なんて豪華なマンションなのよ!

「もちろんタレントだけでなく、一般の方も入居されてますが、皆さん節度ある方ばかりですから心配はいりません。明後日は必要最低限な荷物で大丈夫です。その後の引越しについては代理の者を付けますので、手続き等はその者に任せておいて下さい。整理するものもあるでしょうから細かい打ち合わせは当人同士でお願いします。あ、女性の方ですから、ご安心を」

 そこまで手配されてるなんて、どこまで高待遇な会社なんだ。やっぱり大手ってだけで違うのかな?

「明後日は午前十時までには本社にお越し下さい。受付に言ってくれれば分かりますよ」
「はい、分かりました」

 凛ちゃんはアパートだと言うので少し不安があったが、今日の今日でストーカーまがいの事をするような度胸のある奴じゃないので大丈夫だろう。
 寮になるマンションはセキュリティが高そうなのでそっちも安心出来る。

 問題は私か……ま、それも大丈夫だろう! 来たら来たで、逆にとっちめてやる!
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