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第一部 アイドル始動

【第七話 お風呂のジョウジ】

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 メンバー六人での食事はいつも楽しい。他愛の無い話から過去のネタから下の話まで、色んな話が尽きない。
 女が六人も集まれば、不仲の者が出てもおかしくないんだけど、メンバー間ではそれもなく、皆んな仲良しだ。

「リーダーの美優シチューはやっぱり美味しい。癒される味だよねー!」
「そう、これこれ! レッスンで疲れた身体に染み渡るよねぇ!」

 自分が振る舞った料理を喜んで食べてくれるのは非常に嬉しい。ただ、パンなのが寂しい。私はご飯に乗せる派で、皆んなは違ってパン派なので合わせてるけど、やっぱりご飯と食べたい。日本人は米を食べなきゃ!
 そんな事を考えてる時にマネージャーの三人を引き連れて横山さんがダイニングに入ってきた。

「皆さん、こんばんは。食事中に失礼します。おや、美味しそうな匂いが……今夜はシチューかな?」
「こんばんは! 横山さん達も食べます? 美優ちゃんが作った傑作ですよ」

 ちょっ、凛ちゃんハードル上げないで!

「美優ちゃん、シチュー残ってる?」

 シチュー自体は沢山残ってる。作る度におかわりが増えて、いつも足りないから今日は前回の倍の量を作ってある。
 というのもあるが、予定では今日が最後だから、恐らく横山さん達も来るかもしれないから、その分も作っておこうと、花梨さんが言ってくれてたからだ。
 花梨さんの予想的中で、これはこれでかなり凄い。

「シチューは沢山あるよ。横山さん達も是非どうぞ!」
「そうですか。では頂きましょう」

 メンバー六人と男性陣四人でそれぞれ、テーブルと食事の用意を済ませ、改めて
「「いただきます」」が響く。

「ん、美味い! 何だこれ?」
「ホンマや! これ何? ほうれん草か?」

 田口さんが最初に感想を言ってくれ、すかさず対馬さんが合いの手をいれる。
 対馬さんは関西出身で、営業口調じゃない時は関西弁が出てしまう。
 二人とも気さくな人で、親身になってくれて、頼りになるマネージャーさんだ。

「これは……サラミか? へぇ。シチューに合うんだねえ」
「私達は美優シチューて呼んでます。これを食べてから普通のシチューが食べれなくなった程に好きですよ」

 彩香ちゃん、それは言い過ぎなんじゃなくて?

「これはっ。そうだね、お店に出せるんじゃない?」

 鈴木さん、もうやめてぇ! 嬉し過ぎるじゃないの!

「うん。こういう美味しいシチューを食べて気分が良い時に話すのが最良かな?」

 横山さんがスプーンを止めずに話し出す。余程美味しいのかな。

「皆さんに最初に配ったスケジュールの通りに明日デビューします。トレーラーでミュージックビデオを流しながら、その後ろを選挙カーよろしくついて行きます。一日ががりでやりますから、頑張ってね?」

 ミュージックビデオは既に撮り終えて自分達も出来上がりを確認している。凄く良いビデオだった。
 本当に自分なのか? と、疑う位にキラキラしたアイドルグループで、自分で自分のファンになった程だ。

「これから一ヶ月は広告に重点を置いて活動していきます。各自にツイッターのアカウントを作ってもらいますので、ガンガン発信していって下さい」

 いよいよシャイニングがおおやけになるのか。私がアイドルだって世間に知られる日が来るんだ。

「細かな設定やハッシュタグやURLはこちらが用意するのでそれに従って各々でセッティングして下さいね。オフィシャル公式サイトも明日から公開しますので、登録ファン数をどんどん増やしていきましょう。そして一ヶ月後にはライブ活動を始めます。今レッスン中の五曲全てをそのライブで披露します。観客動員目標は二千人です。頑張りましょう」

 一ヶ月後? 二千人? ライブ? 大丈夫なの?

 いや、やるしかない! 頑張ってレッスンしてきたんだ。それに皆んなの目がキラキラ輝いてる。このメンバーなら出来る!

「はい! ありがとうございます! 必ずライブを成功させましょう!」

 腕を上げて、やる気を見せようと意気込みすぎたのがいけなかったな。
 ガッツポーズを取る腕にスプーンが引っかかって顔や服にシチューがビタビタ飛んできてしまった。

「やー! もう最悪!」

 室内で笑い声が湧き上がる。
 さすがリーダー! とか言われても嬉しくない。

 はぅあ……。

「美優ちゃんの最後は、かけられる派なのね」

 花梨さんが持ってきてくれた布巾で洋服を拭いてくれてる時に耳元でボソッと言ってきた内容で顔が一気に赤くなってしまった。

 それってもしかして……アレの事で⁉︎

「な、何の事で——」
「どうしたの美優ちゃん。顔、真っ赤だよ。花梨ちゃん、美優ちゃんに何て言ったの?」

 唯ちゃん、それは聞いちゃダメぇ!

「え? 美優ちゃんはお子ちゃまなのねって」
「あはっ! お子ちゃまリーダー!」

 まどかの無邪気な一言で、またまた新たな笑いが沸き起こる。真意がバレなくて良かったのか、良くなかったのか複雑だ。

「あは……あはははっ……」

 笑っとくしかないでしょ!
 チラッと花梨さんを見ると、心なしかニヤけてるような……私で遊んでいる。絶対そうだ。

 あぁ……お風呂一人で入りたい。


 夕飯も終えて、横山さん達マネージャー群も帰り、各々メンバーが順番にお風呂へ行ってる間に食器洗いをやっておく。
 四人も食器を追加したので、いつもより大量の洗い物だ。
 しかしなんと、シチューも空っぽになっていた。全員がおかわりするので、あっという間に無くなってしまっていたのだ。
 花梨さんと二人で洗い終わったお皿を拭いて片付けていたら、二人ずつで入ってたお風呂の二組目が出て来たところだった。

「美優ちゃん、花梨ちゃん、お風呂空いたよ!」
「ありがとう、まどか。もうすぐ終わるから、そしたら入るね」

 さて、終わったからお風呂にしないとなんだけど……。

「か、花梨さん? お風呂は一人で?」
「あら? もちろん美優ちゃんと一緒よ。でも嫌ならいいのよ。一人で入るから」
「い、嫌じゃないです……」
「じゃあ一緒に入りましょう。さ、終わったわね。美優ちゃん先に行く? それとも……一緒に行きましょうか?」

 何ですか、その艶っぽい言い方は⁉︎
 私が先にイクの? 一緒にイクの⁉︎

 って聞こえてしまった! それもこれもオナ禁生活が長すぎるせいだ!
 思考が至高に嗜好なんで……ってあぁあ!

「あ、じゃあ一緒に行こうかな」
「ふふっ。そうね。行きましょう?」

 あぁ、どうしよう! 変に興奮してきてしまった! どうしよう! どうすればいいんですか! 誰か教えてぇえっ!

 二人で脱衣室に入り、ドアを閉めて下着も洋服も全て洗濯機に入れて回す。
 お風呂の最後の人は洗濯をする事になっている。夕飯後のお風呂なので、大体当番の人が最後のお風呂の順番になるんだよね。

「美優ちゃんの裸って本当に綺麗よね……」

 裸になり、頬に手を当てながら言う花梨さんの言葉には、艶っぽさが滲み出ている。

「さ、さあ! 花梨さん、入ろ入ろ!」

 もう花梨さんの目を見て話せない。ドキドキが止まらない。
 なんて艶っぽい潤ませた瞳をしてるんだろう。てか、花梨さんの方が綺麗だと思う。理想的な程のバランスで、隅から隅まで色っぽい!

 あぁ……こんな色気が自分にも欲しいと、何度思ったか!


 時間にしたら多分、十数分しか経過してないと思う。二人で交互にシャンプーも済ませ、仲良く浴槽に入っている……だけ。

 何もない。いや、何も無くていいんだけど、何かを期待していた自分が恥ずかしい。

「ねえ花梨さん? これ聞いていいのか迷うんだけど、聞いていいのかなぁ」

 ずっとこのモヤモヤを抱えたまま過ごすなら、もういっそスッキリした方が断然良い。

 あ、スッキリってのは、その……違うからね!

「何? そんな言い方したら聞きたくないような内容でも聞きたくなっちゃうんだけど?」
「あ、ごめん! じゃあ思い切って聞いちゃうね。花梨さんはその……私の事、好き……なの?」
「ふふ。そうじゃないわ」
「そ、そうだよね!」

 ああ、良かったぁ。やっぱり私が一人で勝手に色々と妄想し過ぎなんだね。花梨さんは大事な仲間なんだもの。これからも。

「私は美優ちゃんが、大好きなのよ」

 ……はい? 今何て言いました?

「え、待って? え?」
「あらゆる面で、美優ちゃんが大好きよ。シャイニングのメンバーとして。リーダーとしてもそうだし、人間として、伊吹美優を凄く敬愛してるわ。もちろんこれには恋愛感情も入ってるかな」
「え? それってつまり……」

 つまりは、どう言う事だってばよ⁉︎

 私はレズではない。もちろん興味はあったが、好きになる人は男の人だ。女の子には恋愛感情を抱かない。つまり……。

「私は……もちろん花梨さんは好きだよ。でもそれは恋愛感情じゃなくて……」
「心配しないで? 今のは告白みたいだけど、告白じゃないから。私はね、人間伊吹美優が大好きなの。確かに抱きしめてキスしたい気持ちはある。でもそれ以上に美優ちゃんとの関係は凄く大事にしたいの。メンバーとしても、友達としてもね」

 私を見つめる花梨さんの目には、優しさの他に力強さと、確かな暖かさを感じる。

「花梨さん……」
「私も初めてだよ。こんな気持ち。女の子同士で、本気で恋愛した事はあるけど、美優ちゃんに抱く気持ちは、その時のそれ以上のものだって……凄く感じる。でもね? 美優ちゃんと身体を重ねたいとは思っても、それは私からの一方的な想いじゃなくて、美優ちゃんにきちんと受け入れてもらえたらにしたいの」
「花梨さん……ありがとう」

 私も初めてだった。女の子から……いや、人からこんなにも想われた事なんて、今まで無かった。
 私の今までの恋愛歴なんて、それこそ恋愛ごっこレベルのものでしかない。
 人を本気で好きになった事も無いし、まして想われた事なんて無い。
 本気で想ってくれる人からの告白が、これ程までに心に響くなんて……。

「泣かないで、美優ちゃん。驚かせてごめんね? 女の子から告白されるのって初めて?」

 知らず知らずの内に涙が出てたらしい。

「うんん。ごめん……ありがとう。違うの。嬉しかったの。花梨さんの気持ちが心に響いて、とても嬉しかったの」
「えっ」
「でも、ごめんなさい。付き合うとか……花梨さんを受け入れるとかじゃないの。ただ私、そんな風に誰かに想われた事無くて嬉しかったの……うっうっ」

 泣いてて気付かなかったけど、いつの間にか花梨さんは私の頭を抱きしめていた。

「ありがとう、美優ちゃん。そんな美優ちゃんが大好きよ。私を否定しても良かったのに、しなかった。凄く嬉しい……」

 あぁ……心が静まって落ち着いていく。

 初顔合わせの時にも花梨さんにはハグされたけど、花梨さんのハグは物凄く心を落ち着かせる効果がある。
 私がモノガタリとしての特殊な能力があるみたいに、花梨さんのハグにも何か特殊な力が働いてるんじゃないか……なんて思ってしまう。

 ——て、それよりも!

 頭を抱き抱えられてるという事は、私の顔は花梨さんの剥き出しの胸にあるという事で。

 しかも、お互い裸だから……あわわわっ。
 え? どうしようどうしようどうしよう!

『あ、やっと始まるの? 期待、期待』

「え、誰!」
「美優ちゃん、どうしたの?」
「今、誰か声がした。期待、期待って」
「え? 覗き?」

 花梨さんは胸を腕で覆い、お湯の中に隠してしまう。

 ちぇっ。もうちょっとだったのに……って、何がよ⁉︎

『何? 終わり? 期待させといてぇ……んもう!』

「誰? どこに居るの! 隠れてないで出てきなさいよ!」

『あれ? この子、ボクの事が分かるの?』

「そんな鮮明に喋っておいて良く言うわ!」
「え? 美優ちゃん、何? 幽霊?」

 花梨さんにそう言われてピンと来た。モノだ! 魂があるモノがこの浴室に居る。
 どれだろう? 声は聞こえるけど、特定って出来ない。
 しかし「コイツだ!」と目に入ったモノ。その手の平に乗る小さな黄色いアヒルに詰め寄ってみる。

「やい! このエロアヒル! あんたでしょう? 正体現しなさいよ!」

『やれやれ……見つかっちゃったか。恐ろしく勘の良い子だね』

「え? 美優ちゃん、本気? そのアヒルが喋ってるの? 隠しカメラとかマイクが内蔵されてたの?」

 花梨さんは私をどう見てるだろう。普通ならモノに魂があるなんて思わないだろうな。
 ロッキーは特別製としても、通常のモノ(魂つき)は私だって初めてなんだ。説明して、納得してもらえるだろうか。

「ごめんごめん。花梨さんの魅力に堕ちそうだったから、つい……下手な芝居だったよね?」

 やっぱり本当の事を言っても、にわかには信じてくれなさそうなので、適当に誤魔化してしまった。
 それにお風呂中なので、何かと気まずいのもある。本当の事はまたの機会にゆっくり話そう。

「え……あ、そう。そうだったんだ。てっきり盗聴器か何かかと思っちゃった」
「えへへ……ごめんね? このアヒルはただのアヒルみたい」

 例のアヒルを持って花梨さんに突き出す。

『何だよ! 離せよ! ボクをどこに連れてく気だよ!』

「そうだよね。美優ちゃん、演技力もかなりレベルアップしたんじゃない? 嘘だと思わなかったもの」

 嘘じゃないもの。本当の事だから演技じゃないもの。

「ありがとう。さ、上がっちゃおうよ。私は、お風呂のお湯抜いてから行くから、花梨さんは先に洗濯物を見ておいてくれる?」

『おい! ボクは無視か?』

「オッケー! 私はいつでも準備万端だから、美優ちゃんが襲いたくなったら、いつでも襲いに来てね?」

 イタズラっぽくウインクして脱衣所に出る花梨さんは、妙に艶やかで、色気に溢れている。
 ドキっとして顔が火照るのが分かる。私にもあんな色気が欲しいと心底思う。

「さて、と。ねえ、あんた。いつから意思を持ってるの?」

 浴槽のお湯を抜きながら、花梨さんに聞こえないように声は小さくして先程のアヒルに問いただす。
 こいつと話をする為にわざわざ、花梨さんを先に出したんだから。

『やっと返事してくれた。無視すんなよな』

「あんたねぇ。自分がモノって事、理解してる? 普通の人間は、あんたの声は聞こえないのよ?」

『知ってるよ。ボクの声が届いたのは君が初めてだよ。凄い嬉しかったんだ! ボクはジョウジ。十五歳だよ』

「は? 十五歳の割には喋り方が幼くない?」

『そんな事ボクには分からないよ。ねえ、かおりちゃんは何処に行ったの? かおりちゃんと遊んでたんだ』

「誰よ、かおりちゃんて。私、知らないよ?」

 これはロッキーに聞くべき案件かな。どうしていいか全然分からない。とりあえず持って行くか。

『あ、ちょっ——どこへ連れてくの?』

 浴槽の水洗いも終えて、アヒルと共に脱衣所へと出て行くと、着替え終わった花梨さんが洗濯機から洗濯カゴへと、衣類を解しながら移している所だった。
 もちろんアヒルこと、ジョウジは無視だ。

「美優ちゃん、お風呂掃除ご苦労様。こっちも大体終わりそうよ」
「ありがとう」
「そのアヒル、どうするの?」
「あーこれ? 気に入ったから持って帰るの!」
「いいのかなぁ。勝手に持って行って……」
「大丈夫だよ。勝手に持ち込まれたようなモノでしょう?」

 適当に言ってみたけど、まぁ本当に大丈夫だろ。たぶん、きっと。

『ボクを持って帰る? 待ってよ! かおりちゃんと——』

 アヒルことジョウジは、ずっと抗議してるようだけど無視無視。ロッキーに丸投げする事に決めたので、後でバッグに詰めとこう。

「ぷふっ。美優ちゃんも変なとこあるのね」
「変なって何よー」
「でも、そういう所が美優ちゃんの魅力なんだけどね。あ、そのアヒルを使って一人でするんでしょう? 私を思い出しながら……」
「な! そ、そんな訳ないでしょ!」

 ジョウジを道具にオナる? 冗談じゃないわよ!
 でも他の指摘は、あながち外れてはいなかった。花梨さんとの今日の出来事はオカズにしようと思ってたからだ。

 なんて鋭いのよ花梨さんは。

「あら? 私は今夜にでも美優ちゃんをオカズにするわよ。本当は濃厚に絡みたいけど、美優ちゃんもずっとシたいのを我慢してるようだし……」
「濃厚に……や、それは、あの……って、待って! 何で私がオナニー我慢してるって分かったの!」

 待って待って、本当に待って。私のどこまでを知ってるの⁉︎
 それよりもまた花梨さんの艶っぽい視線が私に突き刺さって、それが頬を熱くして……。

「あら? 美優ちゃんは同族の匂いって嗅ぎ分けられないの? 私もオナニストよ」
「えええええっ!」
「初顔合わせの時から解ってた。同じ人種の人がメンバーに居て凄く嬉しかったのよ?」
「え、でもだってこの半年……」
「夜中にひっそりとね?」

 そう言う花梨さんのウインクがとっても可愛くて。何でこの人は、こんなにもウインクが似合うんだろう。

「それズルい!」
「うふふーんだ」

 どちらからでもなく、二人で笑い合う。こんなに楽しい日々を過ごしてられるのなら、ずっとそうしていたい。この半年間は本当に楽しかった。

 ロッキーはちゃんと家族と上手くやってるかな?
 お母さんとの定時連絡では、問題なく伊吹家に溶け込んでるようだけど。
 明日が終わって、家に帰ったら相手してあげるか!

『おーい。ボクを忘れないでくれよぉ……』
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