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十六章 壊れる者達 『disappear』
二百三十八話 さいご
しおりを挟む(……まだ、終わっていない。)
集中しろ……好機を見逃すな。まだ、ウルスの目は死んでいない。
「……ウルス。」
私は待つ……その時まで。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……ここで勝負して……初めて、心が踊った。多分もう……2度とこんな感覚は味わえないだろうね。」
「……まだ、終わってませんよ。」
「なら、立てるの? もう魔力も体力も限界……私も似たようなものだけど。」
ハートの指摘通り、ステータスを抑えた体はすでに疲労と頭痛が走り出しており……立ち上がることも億劫だった。
彼女は剣を手に持ち、俺の方は歩いてくる。
「……君と戦ったおかげで、色々見えた。でも……結果だけは変わらなかった。そこだけが残念。」
「……本当は、嬉しいくせに……顔に出てますよ。」
「…………ふふっ。」
新しいおもちゃを貰ったような、そんな嬉々とした表情を一切隠さない少女は……やがて、俺の視界に入り込んで剣を掲げた。
「山あり、谷ありだったけど……辿れば全部同じ道。」
「…………天気のことは考慮してますか?」
「冗談を言える余裕もあるんだ……やっと、諦めた?」
…………。
「……じゃあ、これで最後。私の…………勝ち!!!!」
『ジェット』
「…………え」
最後の一撃を、俺はなけなしのジェットで体を転がし、避ける。それは一見、悪あがきにも等しい醜さだが…………その醜さも、勝利するための模様だ。
「……山の天気は変わりやすい……谷は知りませんけど。」
「…………は?」
「……フィア、いけっ!!!」
俺は冷気に向かって名を叫び…………彼女は、答えてくれた。
「『コールド・ワールド』!!!」
「……なっ、ぐあぁっ!!?」
瞬間、俺の足元から無数の氷が発生し、ハートを舞台の壁へと突き飛ばす。そして、周囲には雪と氷が舞い…………収束された先に現れたのは、白い風を纏い、空色の目を持ったフィアだった。
「…………ちゃんと、気づいてくれてたんだね。」
「見ていたからな、お前がラナと戦っていた時に冷気になっていたのを。」
「な、なんで……あなたは、確かに倒したはず…………」
話していたところ、ハートが壁から飛び出してフィアの存在に目を疑う。それもそうだ……何せ、彼女からすれば既にやられたのだから。
「ま、魔力防壁だって壊した……反則じゃ……」
「壊れてませんよ……ほら。」
ルール違反でないことを証明するため、フィアは小さな氷のカケラを自身にぶつける。すると……その氷は彼女を傷つけることなく、紫色の壁によって弾かれてしまった。
魔力防壁は数分で回復するものでもない……それはつまり、まだ彼女がこの舞台に立ってもいいという証拠だ。
「!!?」
「ハートさんが勝手に勘違いしただけで……私はずっとこの舞台に紛れ込んでいましたよ? まあ、消えていたので無理もないですが。」
「い、いや……じゃあ、あの割れた音は、確かに聞いた……!」
「それですか? ……『スレッドスパイダー・ライト』」
説明をするために、俺はその割れた音の正体を糸で繋ぎ…………宙に浮かせて見せた。すると当然、ハートはその存在を知っているわけもないので、首をかしげるしか無かった。
「……なに、それ。」
「ある3回戦……俺の知り合いたちが戦っていました。その中の1人、ナチ=キールという少女はこの魔鉄石を動かして戦うスタイルをしていました。しかし、試合中にカリストが石を場外へ吹き飛ばし……彼女は負けてしまいました。」
「……それをこっそり取ってきたの?」
「いや、ちゃんと本人には聞いたぞ?」
『えっ、別にいいですけども……魔鉄石は消耗品、ここまで傷ついていたらすぐに壊れますわよ? それならば新品を……』
『それは勿体無いから大丈夫だ。あくまでこれは拾わせてもらっただけ……使うかどうか分からないし、一応確認しただけだからな。』
『は、はぁ……変わった人ですわ。』
「ハートさんがフィアを攻撃した瞬間、俺は地面からこれを通して刹那の時間を稼いだ……その隙に、フィアは冷気となって避け、あなたは石が壊れた音を魔力防壁の破壊された音と思い込んだ。」
「……そんなの、賭けにもほどが……」
「そんな大袈裟なものじゃありませんよ。時間を稼げたら、フィアは避ける……ただ、それだけです。」
「………………。」
ここに来ての、さらなるどんでん返しに……ハートは絶句したまま、フィアの方へ向いた。
「……魔力反応も、しなかった。」
「消していたからです。 ……私の気配は、ウルスですら感じ取れないので。」
「…………避けられる保証なんて……」
「ウルスは私の目を見ていた……何かあると思って、最初から準備してました。」
「………………ここまでに、ウルスがやられていたら…」
「じゃあ、私が勝てばいい……そもそも、あなたにウルスは倒せませんよ。」
疑念も、躊躇も迷いもない言葉は…………俺に、小さくのしかかる。そして…………
「気温と石1つで、ここまで踊っていた気分はどうですか……フラン=ハートせんぱいっ?」
「…………………」
(……そんな声も出たのか。)
あざとさを入り混じらせた、不器用な挑発は…………一気にこの空気を弛緩させてしまう。また、あまりにも違和感のある甘えた言い方が気になり、そっと隣のフィアの顔を覗くと……珍しく、顔を真っ赤に染めていた。
「……恥ずかしがるくらいなら、やめとけば良かったんじゃないか?」
「う……うるさいよ。ちょっと、調子に乗って…マグアの真似した、だけ…だし。」
「そうか…なら今度、クーザにやってみたらどうだ? 喜びそうだが。」
「や、やらない、もうやらない! テルもからかうだろうしっ。」
「……なら、今後の戦闘に入れてみたらどうだ? それをすればきっと相手も驚いて……」
「やらないやらないぃっ!! 次言ったら先にウルスを倒すよっ!?」
「えぇ……」
からかい半分に言ってみた結果……フィアは頬いっぱいに膨らませて眉を曲げ、今にも強烈な威力を誇る氷をこちらにぶつけようとしてきていた。そんな理不尽な…………
「……あは、あはははっ!!!!」
「「…………?」」
なんて、くだらないやり取りをしていると……またもや似合わない大笑いがハートから聞こえてくる。しかも、その笑いは一向に止む気配もなく……観客からも困惑の声が溢れ出ていた。
「…………もしかして、ウケた?」
(なんでだよ。)
「ははっ……ここまでコケにされたのは、ほんとに初めて。ここまで楽しい勝負も……はじめて。」
ひとしきり笑い切った彼女の表情には、もうどこにも気怠さや憂鬱さを感じさせず、まるで長い夢から目覚めたかのように……輝きと希望を帯びた、純粋な笑顔が自然と浮かんでいた。
「ウルスと…フィア。君たちは、私に教えてくれた……ステータスや強さに頼らない、真の戦いを。それだけじゃない……人の本懐を!!」
「……あれは……闇の、剣?」
そう言ってハートは右腕に闇の魔力を注ぎ始め……禍々しい県のようなものを腕から形成し始める。しかし、あちらも体力の限界に近づいてきているのか、体をプルプルと震わせていた。
(……こっちも、限界に近いが……)
「ウルス、手を貸して。」
「え? なにをするつも……!」
不意に、フィアは俺の手を握った……と思った頃には、何故か体に魔力が流れ始める。これは、フィアの魔力が……流れ込んできている?
「なっ……いつのまに、そんなことが……」
「……なんか、やってみたらできた。ウルスの魔力を知ってるから?」
「…………すごいな。」
俺ですら、他人に魔力を流すのは至難の業なのだが……その魔法の影響なのか、彼女は当然のようにして見せる。やがで、全開とはいかぬものの、一撃を食らわせられるくらいの魔力を回復することができた。
「……ありがとう、フィア。」
「どういたしまして……でもね、ウルスが本気を出して戦えばわざわざこんな面倒なことしなくもいいんだけどなぁ……」
「それは……すまん。」
「…………じょうだん。」
さっきの仕返しか、俺をからかってフィアは満足そうに笑う。そんな彼女に呆れながらも……手を強く握って意思を示した。
「……俺が、風神・三式で攻める。フィアはそれに合わせて冷気で包み込んでくれ。」
「…………!!」
『……吹雪。』
『ああ、俺が空洞のある風の玉を作って、そこにフィーリィアが氷を生成……風で氷を包むようにする。そこからどんどんその2つを圧縮して、最終的には地面にぶつけて放出させる。その結果、視界を遮る吹雪が現れるといったところだ……どうだ?』
『…………使える、の?』
『少なくとも、場面を変えるにはもってこいの魔法だが……難易度はそれなりに高い。それに、氷を圧縮するのは全部フィーリィア1人でやってもらうことになるが……いけるか?』
『………………暴走、したら……』
『……だから、特訓するんだ。失敗しないように、魔法が使えるように……それに、暴走なんか絶対にさせない。』
『…………』
『最悪、完成しなくてもいい……ただ、やってみるんだ。少しずつ、一歩だけでも…………やろう、フィーリィア。』
『…………うん……』
「……何か、思い出してた?」
「…………そっちもだろ?」
「うん……懐かしいね。」
もう、過去になった……彼女にはもう1人で歩いていける。それを形として受け止めさせるためにも、俺は…………
「……『混沌の終剣』……いくよ!」
「…………ええ。」
『風神・三式』
ハートの黒い剣とは対照的に、俺の紫色の腕には白い風が吹いており……白と黒の衝突が、始まった。
「フィア、行くぞっ!!!」
「うん、『ダイアモンド・ストーム』!!」
「…………っ!!」
白風は俺の追い風となり、拳の鎧となって闇とぶつかった。その衝撃波は荒々しくも穏やかで…………溢れて混ざり合った魔力が舞台を明るく照らしていく。
「ぐっ……馬鹿力が……!!!」
「頑張って、ウルスっ!!」
「……今度は、不覚を取らない……2人ごと、斬るっ!!!」
闇の魔法は見た目よりも数段鋭く、強く……こちらの風を切り裂こうと言わんばかりにそのオーラを増していく。対して、こちらも2つの風で威力を擦り合わせていくが…………
(腕が……折れる…………!!)
「苦しそうだね……でも、緩めない!」
「ウルス!!」
もはや魔力防壁を貫通するくらいの圧力が、俺の腕にとてつもない負担をかける。しかし、ここまで来て小細工を仕掛けられるわけもなく……力を緩めることなんて、お互いあり得ない。
「風を、もっとくれ……はぁぁっ!!」
「変わらない、から…………そんなんじゃ、何も!!!」
……ハートの言う通り、このままでは何をしても変わらない。物量を増やそうが、深く凝縮された闇には打ち勝てない。
(駄目だ、考えろ…………勝つんだろ。勝って……終わらせたいんだ!)
俺は……ここで燻って、生きては……駄目なんだ。
もう、これ以上……何もしてやれることはない。みんなは、強くて……勝手に花を咲かせる。
だから…………これで、最期なんだ。
「…………生きるんだ。」
「……なに…………?」
「生きて……また…………他人じゃなく…………」
『……フィーリィア。普段、相手のステータスを除く時にどういう仕組みで見れているのか知ってるか?』
『……相手の体から自然に溢れてる魔力を……感じ取って? 見てる?』
『ああ、だいたいそんな感じだ。実はその応用で、相手から溢れる魔力をうまく利用すれば、その魔力で魔法を使ったり発動させたり…… 色 ん な 干 渉 ができるんだ。まあ、本来他人の魔力を操作するのはかなり難しい芸当だけどな。』
「……!!」
…………違うだろ。少なくとも、もう俺たちは……他人じゃない。
『……それから、テルと一緒に生きてきた。テルはいつも、私を甘やかしてくれて、暴走のことも考えてくれて…………でも…………私が不甲斐ないせいで……いっぱい、苦労をかけて……』
過去を共有し…………強さを確かめ合った。様々な経験をして……目指すものを理解し合った。
ならば。もう、できるはず。俺にも…………俺たちにも!!!
「…………っ!?? 白が、紫に……何で、人の魔法を…操って……!?」
「……『タッグ戦は、パートナーと力を合わせて勝ちを目指す』…………俺は、フィアと優勝する。」
ダイアモンド・ストームを、俺は風神・三式に深く結びつけていき……藤色の新たな風を吹かせる。
冷たく、心地よく…………冬紅葉を散らせる、たま風を。
「……今まで通り…勝つだけだ。」
「うっ……ハァアァァァ!!!!!」
いま一度、力を感じ取り…………俺は、吹いていく拳を振り切った。
「……『氷龍の拳』」
「ぐぅっ、あぁっ……がはァっ!!!!」
静かに、籠った熱とは裏腹に……唱えられた合体魔法はハートを壁へと叩きつけ…………守られていた壁を空へ舞い上げた。
「…………え。ま、さか……ほんとに……?」
「うそ、だろ……確かにあいつは、あいつらは強かったけど……あるのか、そんなこと!?」
藤は決着してなお、周囲を駆けて…………冬の寒さを丁寧に運んできた。
「だって、1年だぞ……1年が、3年の……フラン=ハートさんを……」
「……いや、これまで何度も見てきただろ! あの男が、俺たちの常識を変えてきたことを……!!」
「今回も……じゃあ、あいつらは本当に……!?」
過ぎていく風は、観客の声を耳へ運んでいく。その高揚と動揺が溢れかえる色合いは…………俺を、強く突き刺す。
『そ…そこまで!! 勝者、は……ウルス・フィーリィアチーム。よ、よって…………冬の大会、タッグ戦決勝の優勝者は……この、2人ですっ!!!』
雪が、降ってきた。
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