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十六章 壊れる者達 『disappear』

二百三十五話 砕ける

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「なっ……何か、さっきとは……!??」

 ライナの呟き通り、私から放たれる白く冷たい風は凍てる月晶とはかなり違う気配が漂っていた。その寒さはさっきよりも濃く、凍えそうになるが……何故か、嫌な気分ではなく、まるで私自身がかのように…………とにかく、変わっていた。

(……今なら、何でもできる気がする。)
「…………えいっ。」
「っ、『絶氷の花』……えっ!!?」

 感覚を確かめるのもそこそこに、私は氷を飛ばす。もちろん、ライナは対抗するための氷塊を作り出し、こちらのをぶつけて破壊しようとするが…………逆に、今度は氷塊が簡単に貫かれてしまい、彼女の魔力防壁を叩いていった。

(威力が上がってる、それに…………)
「……『フルタイム・フリーズ』」
「み、見えない、『氷河・廻』!! ……な、斬れない!?」

 雪の入り混じった白い風をライナへ吹かせ、例の斬撃すらも通用させることなく凍えさせていく。また、その間にも氷を飛ばすことは忘れず、放ち続けた結果……ブリザード・フィールドのように、辺りは雪景色に変化していた。

「つ、つめたぃ……え、あ、えっ……?」

 腕を擦って体を温めていたところ、ライナは不意に何かを探すように周囲を見渡す。しかし、その目当てが中々見つけられなかったのか、困惑の声を舞台に響かせた。

「ど、どこに……ま、魔力反応にも……」
(…………)
「逃げ……いや、どこなの、!?」

 私の名前を飛ばし、ライナは必死に目を凝らす。そんな声に反応するかのように、私は…………彼女の背後に、

「ここだよ……『コールド・ワールド』!」
「んえっ、いつのまぐぁっ!!?」

 囁くように魔法を唱え、透き通るほど綺麗な氷たちが地面から伸び……ライナを吹き飛ばす。また、吹き飛ばした後も氷は際限なく成長していき、ウルスたちのところまでも影響を与えてしまっていたようだった。

(……まあ、大丈夫。ウルスならうまく活用してくれるはず。)
「ま、まだぁ……『冰永の花弁』!!」
「もう、効かないよ。」
『フロワ・トワル』

 手を伸ばし、雪の結晶のように、あるいは蜘蛛の巣のように細く密度の高い氷の線が編みかけられ、氷塊を包み縛り……やがて潰れていった。

「そ、そん…な……!?」
「私は勝つよ。全部を出し切って、前を突き進む。」

 ……今の私がどうなっているのか、この魔法は何なのか……分からないことだらけではあったが、決して『敵』ではない。




 思うがままに…………


きらめけ、『ダイヤモンド・ストーム』!!!!」
「くっ……ぐぁアっ!!!」

 光り輝く白銀の風はライナの魔力防壁を破壊し、舞台の灯りを反射させて舞台を照らす。
 
 そんな舞台の上に立っている私は……すぐさま、ウルスたちの方へ目を向ける。

(……まだ、戦ってる。今度は私が…………)
「……ま、って……フィーリィア、さん。」

 すると、背後からやられたはずのライナが私に声をかけてくる。その声はか細く……しかし、確かなしんを感じた。



「…………私も、ウルくんが好きなんだ。」
「……知ってるよ。」


 そんなの、側からみれば誰だって分かる。分かってるから……伝えたんだ。


「…………がんばってね。」



 ……だから、そういう意味じゃないのだろう。
















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「「……!!」」


 氷点下を下回ろうとするくらいに気温が下がり始めてしばらく、向こうの方で魔力防壁が壊れる音が聞こえた。それを2人揃って確認したところ……どうやら、勝者はフィアのようだった。

「……意外。」

 流石の彼女もこの結果には驚いているのか、目を見開いて呟く。そんな小さな時間の間に、俺は地面に手を当てて戦いの息を整えるような素振りを見せてしまう。

「……これで、2対1……ここからが、本番です。」
「…………その状態でよく強がれるね。」

 途切れとぎれな言葉に、ハートはいつもの見下すような目で言ってくる。そして…………体をフィアの方へ向け、手を伸ばした。

「……っ、フィア!!!」
「邪魔だから、バイバイ……『ツイン・エンドショット』!」
「…………!」

 なんだ、ここで…………!!



「避けろォっ!!!!!」
「うっ……あぁっ!?」


 俺の絶叫も虚しく、闇のレーザーはあっさりフィーリィアへとぶつかり……パリンと割れる音と共に壁へ打ち付けられ、弾けた氷と冷気でその姿を隠してしまった。


「……結局、こうなるんだよ? 努力の結晶も、何の意味もないんだよ。」
「…………だから、諦めろと?」
「でも、しないんでしょ? 無駄でも、無理でも……自分が1番分かってるのに。」

 何かを思い出しているのか、ハートは色のない表情で俺に言い聞かせる。

「無駄って、わかって……あきらめて…………それが人、人間。挫折も一度受け入れられたら……楽なのに。」
「楽な道が正しいとでも?」
「……苦しむことが正しいの?」

 売り言葉に買い言葉といったところか……屁理屈へりくつの応酬が続いていく。

「誰だって、辛いのは嫌です。 ……俺も、ずっと逃げたい気持ちは消えませんよ。」
「なら、なんで? 君はそこそこな強さを持ってるのに、なんで満足しないの? ちっとも楽しそうじゃないのに、なんでそこまでして勝ちたいの?」
「…………理由が入りますか?」


 …………屁理屈なんだ。


「強くなりすぎた結果。例え孤独になっても、寂しくなっても……俺は変わらないですよ。あなたと違って。」
「……違う…………」
「俺の強さは自分のためじゃない……大切な人たちのためにある。だから、周りも応えてくれて……少なくとも、俺のは誰が相手だろうと絶対に諦めない。」


 ……屁理屈だから、なんだ?


「あなたの選択を否定するわけじゃない……ただ、1人を選んだことに未練があるなら…………だ。」
「…………。」
「苦しくても、辛くても……死ぬわけじゃない。なのに…………何が、恐ろしいんですか?」


 お互い、強さを持って……その立場を確立してきた。なのにこうも考えは違って、分かり合えず…………結局、いつもの口説きに頼ってしまう。


 本音を知って、解決策を見つける……ここに来てからはそればっかりだ。


(分かってる。あなたは、選ばざるを得なかった。自分で選んだからこそ、俺の言葉なんて届きやしない。)


 

『……随分と愛されてるようだな、弱いくせに。』




『………君はどこまで上から目線なんだ?』




 これまでもそうだ。いつだって、答えを決めるのは自分自身……俺なんかの説法や歩みかけは奴らの思想を揺るがすことになり得なかった。

 全て、あいつらが決めた道。彼女も……そうだ。


「……虚勢も飽きたし……特別に、を見せてあげる。」
(……両手剣。)

 おそらく本来の武器なのだろう、ハートはボックスの中から白い柄に、緑と橙で彩られた剣身を持った人を惹きつけるような両手剣を取り出した。
 その剣を握り締めたハートは、不意に俺が凍てる月晶で生成した氷にそれを当て…………

「……ケイオス・イレーズは『所有者の使える魔法ランクまでの魔法を消し去る』……つまり。」

 華奢きゃしゃな体には似合わない大きさの剣を見せつけるかのように遊ばせ、切っ先を俺の頭へ伸ばす。

「もう、そっちの魔法は私に通じない……これでも、まだやる?」
「……なるほど。」

 ハートと今の俺の魔法ランク差は知らないが……こっちの方が低いはず。だから、あくまで魔法ランクで測れるフィアの魔法も、彼女にとっては扱える判定なのだろう。



 まあ、何の問題もないが。


「……『蒼炎そうえん』」
「話、聞いてた? これも……」

 ……何でもできる。そう思い込んでいる人間ほど……砕ければもろい。そして…………




「…………は?」




 今が、砕ける時だ。


 
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