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十四.五章 別れ行く道たち

百八十六話 意味が持つ

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「さてクルイ、今日は何をする?」

 訓練所に来るや否や、ワールは自前の肩にかからないぐらいの赤に近い茶髪をクルクル指に絡めながら、小生意気に笑って聞いてきた。

「昨日は武器だけ、一昨日は拳と脚だけ、そうきたら……」
「魔法だけ……だな。ここまで俺の2連勝だが大丈夫か?」
「へっ、今度ばかりはそういかないぞ。私はまだお前に話してない『とっておき』があるからな。」
(『とっておき』………見物だな。)

 そう思いながら、俺は距離を取って構えを取る。

 冬の大会に向けて俺たちは、いつも通り特訓に励んでいた。また、今回もワールと組んで勝つためにも、お互いの実力を測りながら実践的に高めていくといったやり方をしており、現在は俺の2連勝中だ。

「そっちからどうぞ。」
「なら、遠慮なく……はぁっ!」

 先行を譲った瞬間に、ワールは無詠唱でライトレーザーを放ってくる。それを俺は横移動で回避し、すぐさま上級魔法で反撃を行った。

「『電気玉でんきたま』!」
「当たんねぇよ、『フレイム』!」

 しかし、こちらの攻撃も当たらず、またもや魔法を仕掛けられる。お互いに距離があることもあり、このままじゃまずどっちも当たることはないだろうが…………こっちには『コレ』がある。

「これならどうだ……『かこむ雷光らいこうほたる』!」
「っ……そう来たかっ!」

 俺は忍流・表の魔法でもある囲雷光ノ蛍を発動し、瞬時にワールの周りから電気の塊を浮かばせる。その結果、ワールは下手に動くことができず、その場で立ち止まる他なかった。

「どうする? このままじゃ直ぐに終わってしまう…がっ!」
「おいおい、私だって次席なんだぞ? こんな眩しいだけの魔法で終わるたまとでも?」

 ワールは作られた電気の塊を軽々避けながら、侮辱と共に俺を煽る。流石に今まで何度も見せてきたからか、この魔法に対する回避も慣れているようだが……これはあくまで前座だ。

「『ライトニング・ライジング』!」
「ちなみに、それ使ったからって近接は無しだぞ?」
「そんな余裕を持ってられるのも今だけだ……いくぞっ!!」

 ワールが避け続けている間に、俺は体に電気を纏わせて拳を軽く構える。すると、ワールもいつもとは違う気配を感じ取ったのか、すかさず警戒を高めるが……既に手遅れだ。

「吹っ飛べ、『ライトニング・ブローニング』!!」
「なっ……ぐはぁっ!!!?」

 拳を前へと突き出し、体に流れていた電気はその勢いに引っ張られるように走り、そのまま塊として飛んでいく。その速さはライジング状態での移動とほとんど変わらないくらいで、ワールは驚くまま吹っ飛んでいった。

「…………てっきり、遠距離はあのでかい球だけだと思ってたが……いつの間に増やしてたんだ?」
「調査隊が終わってからだ、あれで自分の無力さを散々思い知ったからな。」
「…………まあ……そうだな。」


 …………正直なところ、あの日まで俺は……自分が人間だと思い込んでいた。

 実際、俺は他の同級生と比べて実力も精神力も高い。誰が言おうともそれは真実だし、かといって誇るほどのものではないと考えていたので口になんて出す機会もなかったが……心の底ではきっと『一番だ』と自信になっていたに違いない。



『『プロメテウスの風焔』』



 しかし……ウルスは格が違った。
 前々から俺と同等……いや、それ以上の何かを持っているとは思っていたが、まさか世界最強までに強いとはつゆほども思わなかった。

 冷静さ、判断力、策を立てる頭……そして、単純な実力全てが負けてしまっていた。



『そうやって、私は失ったから。』



 それに加え……心の強さも、彼女に完敗だった。

 ドラゴンという、空想にも近い敵を目にしても立ち上がり……大切な者のために、死を恐れない…………そんな勇気は、俺に無かった。死にたくなかったからだ。

(…………自分だけが生き残ったとして…それでもし……誰かが死んだら、『何の意味』があるんだって話だ。)

 あの瞬間は、ライナだから動けたのだろう。話によると昔馴染みらしく、つのり募った思いが体を……いや、そうでなくとも…………相手が誰であろうと、彼女は行動を起こせていたのかもしれない。

「……なぁ、ワール。俺はあの時……臆病者だったか?」
「……は? 何でそんなことを?」
「いや、ライナが動いた時……リーダーである俺は何もできなかっただろ? いち早く判断をして、全員を生還させる……それが使命なのに、流されるがまま終わってしまった。 ……はっきり言って、力不足を感じたさ。」
「…………次元の違う話だったからな。」

 そう、次元が違う……だとしても、何かできたことはあったのではないか…………年長者として、もっと何か……………




「…………でも……お前は私を守ってくれただろ?」
「…………え?」
「い、いや、『え?』じゃなくて。ほら、ゴブリンキングの時……なっ。」



『ほっ、とけ……お前まで、やられる…ぞ……!』
『うるさい、俺の魔力防壁はまだ機能してるんだ……一発くらいなら何とか耐えられるさ。』



「お前が臆病者なら、私はただの弱者だった。無闇に動いて迷惑かけて、守ってもらって……か、感謝はしてるぞ?」
「……だが、俺がもっと強かったら…………」
の話は後悔にしかならないぞ。お前はそんなに弱い人間じゃないだろって。」
「……………!」

 ワールはいとも容易くそう言い切り……不意に手を筒のような形にして、口元に持っていった。

「大体、私もお前も成長してる……こうやってな、『ドラゴンブレス・シャイン』!!」
「……なっ!? その魔法はどこかで……!!?」

 いつか聞いたような詠唱が耳に届くとともに、彼女の口から光がうねりながら飛び出てくる。また、それはこちらへ一直線に向かってき、俺は反射的に高速で回避したが……光は滑らかに進行方向を変え、再び背後から攻めてきた。

「うぉっ……これってまさか……」
「ああ、1年の武闘祭でやってたやつを真似してみた……少し改良は加えてるけどな!!」
(っ、確かに速いな……!)

 以前、俺とワールは武闘祭で自分たちの出番が回ってくるまでの間に一度、1年の戦いっぷりを見届けていた。
 その中にはニイダの試合もあり、その際に戦っていた相手……ソーラ=ムルスだったか? 彼の魔法にワールはやけに食いついていた記憶がある。


『なんだあれ? 口から火を吐いてるのか?』
『……中々の精度と威力だ、今年の1年は豊作だな。』
『面白い……私もやってみるか!』


 ……これが、『とっておき』か。確かに厄介だが……こっちも負けてない!!


「貫け、『ライトニング・ブローニング』!!!」
「貫かせねぇ……いけっ!!!」


 走る電流と輝く光は互いにぶつかり合い……閃光を轟かせていく。



『……勘違いだと、良いですね。』

『くくっ……食えねぇな。』







「…………食らいきってやる。」


 …………もう、『一番』は目指さない。 



 俺が見据えるのは………………その意味が持つ、『』だ。




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