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十四章 失った者たちに
百八十一話 隣に
しおりを挟む「…………そこまで。」
舞台へと飛び降り、俺は半ば強引にそう告げた。
「……結果は結果だ、ウルスもそれで文句はないよな。」
「…………はい。」
「……フィーリィア、立てるか?」
「………………」
決着がつき、ルリアがうつ伏せに倒れたままのフィーリィアに声をかけるが、返事はなかった。
「……フィーリィア、だいじょ……」
「…………大丈夫だから。」
「あ、ああ……え、おいフィーリィア……!?」
「だいじょうぶ、だからっ……!」
彼女の肩に手を置いた瞬間、その手は振り払われ……顔を隠しながらフィーリィアは勢いよく立ち上がる。そしてそんな絞り切ったような声で突然走り出し、この場から去ってしまった。
「ど、どこに行くんだフィーリィア!?」
「…………それほど、強い想いだったってことだ。」
「ル、ルリアさん……」
静止する言葉も虚しく空を切り、その反応も消え入るように何故か俺の魔力感知ら小さくなっていった。また、飛び出して行ったフィーリィアを見てルリアは意味深な一言を溢した。
「ここまで言わせたんだ、私にも『見届ける責任』がある……ウルス、タッグ戦の申し込みはまた今度だ。」
「え? ですが、今の勝負は何のために……」
「おいおい、私がそんな意地悪な奴に見えたか? そもそも、周りの人間の実力ぐらい、私だって把握している……自分が勝つことは想定済みだったよ。」
(……だったら何故…………)
勝負は最後まで分からないとは言うが……あの精神状態のフィーリィアじゃそんなどんでん返しを起こせる可能性もなかった。ならルリアはまず間違いなく自分が勝つと確信していながらも…………
「…………私は、お前たちの先輩だ。同級生じゃ伝えられないことも、私なら伝えられるんだ。」
「………………」
「フィーリィアのことなら私に任せて、お前は目の前のことに集中しておけ。 …………何があったか知らないが、無理はするなよ。」
「……! ルリアさん………」
心を優しく撫でられたような、もどかしい感覚に俺は震える。そしてルリアはそう言ってフィーリィアの後を追いかけるようにここから消えて行った。
「…………2人とも……何を考えているんだ………」
……………いや……2人だけじゃないな。
「終わったすか? なんか揉めてたようっすけど……」
「思ったよりあっさりしてやがったな。もっと盛り上がると思ったが、期待外れだったな。」
「…………どう思いましたか? クーザさんに……ラリーゼ先生。」
「「…………え?」」
今、この場にいるはずのない名前が飛び出し、こっちへ降りてきていたニイダとカリストは揃って疑問を浮かべる。すると目の前の少し遠くの空間が途端揺れだし…………その名前の人物たちが姿を現した。
「……一応、心眼も使っていたのですが……やはりと言うべきか、彼は本物の強者なのですね。」
「ああ、私たち英雄3人がかりでも倒せなかった奴だ。元からバレるのは想定済みだ。」
「は? なんであんたがここに……つうか、その金髪は誰だ?」
「……おい、教師に向かってその聞き方はなんだ。」
カリストの当然の疑問に答える前に、ラリーゼはその黒い髪と白衣を靡かせ……転移で彼の背後に回り込んだ。
「なっ…………!? てめぇ、転移なんて使え……がっ!?」
「相変わらず生意気な奴だ……よし、いい機会だ。お前たち、今日は特別に扱いてやる。」
「……ん? 『お前たち』って俺も、ってうぉ!? 俺は何も言ってないっすよ!??」
「ついでだ…………ウルス、テルさんが話したいそうだ。」
「は、はい……?」
……この様子……俺のことはもう知られてしまっているのだろうか。クーザと一緒に居たのがその証拠なのだろうが……一体どういう関係なんだ?
「……あの、クーザさん。居るのは知っていましたが、何故ラリーゼ先生までここに……?」
「あいつは私の元弟子だ……まあ弟子といっても教え子みたいなもんだが。今後のことも考えて、ラリーゼにはお前のことも勝手に話しておいた。あいつ曰く、元々お前は怪しかったそうだが。」
「…………そうですか。」
『……ウルス、フィーリィアを治療室へ連れていってやれ。 収まったら また戻って来い。』
『ああ、確かに受け取った………ちなみにだが、補欠は当日でも飛び入りで参加させられる。流石に他チームからは無理だが、誰か手が空いてる奴に頼んでみろ…… 何か あったら困るからな。』
『……しかし、はっきり言って学院で色付き仮面と戦える人材は居ないに等しいぞ。 ラリーゼ が何とか戦えるくらいで、他の教師じゃとても…………』
……学院長に実力も認められ、以前から事あるごとに何かを知っているような気配を感じていたが……クーザの弟子、つまりフィーリィアの姉弟子だったのなら説明はつくな。
「ラリーゼに今回話したのはお前のことや神だ。あの子……フィアのことは何も話してない。」
「『フィア』……それが、彼女の愛称ですか?」
「…………仲良くなるためにな。結果はまあ……察しの通りだが。」
クーザはそう言って暗い表情を見せる。
「…………私がここに来た……もとい、お前の作戦に参加したのはもちろん、フィアのことが気になったからだ。あの子が健やかに暮らせているかどうか、元気にやってるか……お前の目から見てどうだ?」
「……最初は冷たい氷のようでしたが……今は友達もできて、少しずつですが明るくなってきていると思います。実力も確かですし、いずれはあなたをも超えるかもしれません。」
「ふっ……そうなるといいな。」
俺たちは話しながら再び観客席へと移動し、ラリーゼたちの様子をぼんやりと視界に入れる。
「…………夏に帰ってきた時には驚いた。それまで魔法なんて使おうともしなかったあの子が……私に魔法を見せてくれた。それも完成度の高い…………とても感動したよ。」
「『泣いちゃった』って言ってましたね。」
「……そりゃ、泣きたくなるさ。それまでのあの子の境遇を知っていると…………あんなに明るくなれたのは奇跡だ。」
(…………『奇跡』。)
『………ごめん……なさい……』
「……いっぱい話してくれたよ、特にお前のことをな。」
「……俺ですか。」
「ああ、『優しい男の子』がいるって。魔法を作る課題の時も一生懸命協力してくれて、魔力暴走のことを知っても怖がらず助けてくれる人がいるってな。こういうのもなんだが、そんな肝っ玉が座った奴が存在するのかと疑っていたが…………お前なら納得だ。」
「……………魔力暴走のことなら知識はあったので。それに、俺は別に特段優しくした覚えはありません。」
クーザのむず痒い表現に、俺は苦言を呈する。
「彼女自身、その力について色々と悩んで、それで……たまたま俺が手を差し出して、成長できて…………だから、明るくなったんです。俺が特別何かしたことなんて何1つありません。」
「……気持ち悪いぐらいの謙遜だな。『たまたま』って、そんな便利な言葉じゃないぞ?」
「…………事実ですから。」
……俺だって…………気持ち悪いのは分かってる。でも、俺自身がそれを己の功績だと誇るのは……あり得ない。
明るくなったは彼女であり、変わろうとしているのも彼女……フィーリィアだ。あくまで俺はキッカケにしか過ぎず、その功績が大きかろうが小さかろうがどうでもいい。
「彼女のことは、彼女にしか分からない。だから俺も今、彼女が何を思って動いていたのか……計りかねます。」
「…………そうだな。私も全部は読めないが……ただおそらく、フィアはまだお前に全てを話していない…………そうだろ?」
「………………彼女の『過去』、ですか。」
俺の問いかけに、クーザはゆっくり首を縦に振った。そして手のひらを前に突き出し……意味を込めるように力強く握った。
「…………あの日……いや、それまでの日々が…………あの子の心を縛って、凍らせている。」
「……………」
「……私には、何もできなかった。あの子の心を溶かすこともできず……ただ、これ以上凍えないように火を近づけることしかできなかった。 ……そんなこと、求められてなかったのにな。」
「……でも、フィーリィアは感謝していましたよ。『恩人』だと、尊敬できる人だと。」
「…………それじゃ、代わりにはなれない。私は……あの子の『オヤ』なんだ。」
………………
「これ以上、私と過ごしても先は無いと思って、あの子をここに通わせた。正直言って望み薄だったが、それでも現状を変えようと……嫌がってたのに、無理やりな。」
「……そうだったんですか。」
「…………でもウルス、お前という人間が居て……あの子は顔を上げた。魔力暴走を恐れず、挑戦しようとできた……でも、まだなんだ。まだあの子は……過去を断ち切れていない。」
『……魔物は…怖い……?』
……今思えば、その魔物も…………何か、別のことを指していたのだろうか。誰かのことなのか……それとも…………
「…………もう、お前にしかできないんだ。『助けてくれた恩人』でも、『仲の良い友人』でもない……『大切な人』じゃないと、あの子を闇から救ってあげられない。どうか…………頼む。」
「…………────。」
────始めは……ただの、深い意味のない入学だった。師匠に言われた通り、ミルの付き添いとして……日々を過ごすだけだと思っていた。
『……………見なければ、よかった。』
『……本当に無表情だな……何を考えているのか全く分からない。』
だが…………その瞬間たちから、既に俺が学院で成すことは決まっていたのだろう。
『……ぶっ潰してやる。』
『……来たか、待ちくたびれたぞ。』
『……なるほど、これは潰しがいがあるじゃないか。』
『言っとくが、これは馬鹿にしてるわけでも見下してるわけでもないぜ。単なる『事実』だからってまでだ。』
『だって、暇潰しだし。』
今まで、色んな人たちと手を合わせ……お互いを高めあうこともできれば、時には分かり合えないこともたくさんあった。
『そうさ……結局、強くなるだの……言って、死ぬ覚悟もない……ガキどもの……!』
『そうよ、あんたたちとは違って崇高すうこうな『夢』がある、それを叶えるために邪魔なのよ。』
『ああ、そのためにお前や英雄の存在は邪魔すぎるんだ。どうせくだらない正義感で ソ レ を阻止してくるだろうしな。』
『強くなったな、ウルス。』
…………そして、悪魔たちとも戦い…………………俺は。
『……………彼が、ウルくんのことが好きだから……だよ。』
「…………過去は、断ち切れません。何があっても。」
「……ならお前はずっ「でも。」」
季節は冬へと変わり、空からポツリと雪が降ってくる。
雨でも雹でもない────雪が、降ってきた。
「その意味を変えることなら、できます。俺がそうしたように…………過去の記憶を忘れないように、生きることなら。」
「……忘れない、ように…………」
「…………断てないんです。もう、起こってしまったことは……一生、絶えません。」
…………………それでも。
『………今すぐ克服なんて、しなくていい。』
『……………ぇ』
『人は、辛いことや苦しいことがあったら、必ず泣きたくなるんだ。でも…………我慢なんてしなくていい、ゆっくりでいいんだ。』
『が……まん……しなくて……いい?』
『ああ。何回泣いてもいい、悲しんでもいい………どれだけ時間がかかっても、少なくとも俺や師匠はずっと待ってるから。ミルがまた、元気になるまで……………ずっと。』
「…………言葉にして、想いをぶつけて……そして、やっと癒せる。俺は、その方法しか知りません。だから…………」
雪は手のひらへと落ち…………静かに、優しく溶けていった。
『……お、俺はウルス。フィーリィアであってる……よな?』
『…………』
「……その時が来るまで…………俺は、 “ 隣 に ” 座り続けます。」
無風に、身体は冷えていく。
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なろうで妖精憑きシリーズの一つとして書いていたものをこちらで投稿しました。
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