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十四章 失った者たちに
百七十三話 明確
しおりを挟む『強くなったな、ウルス。』
「…………………。」
…………本当の、悪夢になった。
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(…………もう、集まってるらしいが……)
最悪の日から、3日。何とか学院に戻ってきた俺たちだが、帰ってきた時にはもう何もする気力もなく部屋に篭ったままで、学院長たちにはまだまともな報告もできていなかった。
一応、ラナたちが最低限の話はしてくれていたようだが……あくまで、俺が話さなければいけない出来事だ。嫌でも今後の方針を決めなくては。
「…………居ますか?」
学院長室をノックし、中へと入る。すると…………
「い、痛いですテルさん!! 締め付けは魔力防壁を貫通するんですって!」
「あん? 随分と生意気になったなぁガラルスさんよぉ。昔は『僕ぼく』つってたのに、年寄りかっての。」
「確かにな、まだ40かそこらだろ? 年のわりに一人称があって無いんじゃないか?」
「い、威厳を出すためには……か、勘弁してくださいって!!!」
(…………何やってんだ。)
目の前で起こっている劇場に心の中でツッコミをしながら、俺は咳払いをして存在を示す。すると彼らも俺がいることに気付いたのか、こちらを見て師匠が手招きをしてきた。
「起きたか、ウルス……騒がしくて悪いな、調子はどうだ?」
「…………調子、ですか…………まあ…大丈夫です。」
「……嘘が下手な奴だな。まあ、それは師匠に似てるってか。」
「……とりあえず、みんな座ってください。話はそれからです。」
学院長の言葉に従い、俺は師匠の隣に座る。また、今回は状況があれなのか、学院長も自身の席ではなくテル=クーザが座っていたであろう対面のソファに着席していた。
「…………調査隊のメンバーから少しだけ話を聞いた。まさかお前の父さんが…………」
「……俺も、まだ信じられませんよ。」
「お前の父親……ハルラルスって言ったか? 確か10年くらい前の盗賊の襲撃事件で、村の住民と一緒に亡くなったって話だったらしいが……それが生き残って、しかも神の一員になってたと。何がどうなったらそうなるんだよ。」
「そんなの、誰にも分かりませんよ……普通に考えて、親が子を殺そうだなんて…………思える時点で、異常なんですから。」
学院長は自身と重ねて言ったのか、あり得ないと言わんばかりに首を重く横に振った。
「偽物……もしくは、本人ではない何かだった……そんな可能性は無いのか?」
「………………とても、そんなふうには見えなかったですよ。」
「…………本当に、何があったんだ? そもそも、神がドラゴン……龍を操ってこちらに仕向けてきたのも異様なことだ。俺たち英雄が5人がかりでやっと倒せた相手を、何の魔法で…………」
「そこを考えても仕方ありません……まずは、彼の父親について整理しなければ。」
情報をまとめるためか、学院長は紙とペンを持って話を促してくる。それに対し俺はただ事実と真実について語った。
「……俺の父親、ハルラルスは……10年前、俺を逃して村の人たちを守るために戦って……居なくなりました。あの時、魔物が襲ってきていて…………」
「……魔物? 盗賊じゃなかったのか?」
「…………盗賊らしき声も、耳にしましたが……その時は炎が激しくて、姿は見てません。」
「その時、盗賊たちはなんて言ってたんだ? 覚えていないか?」
「……………なんて……」
『やっちまえゴブリンども、村を潰すんだっ!!』
「……ゴブリンたちに、指示を出していました。」
「…………指示? 魔物は人間の感情こそ読み取れるが、言葉は理解できないぞ?」
「…………え。」
「魔物を誘導して、何かを襲わせることは可能だろうが……仮に調教などをしたところで、『指示』なんて緻密なことをゴブリンが理解できるとは思えない……グランさん、ウルスの言っていることは本当なのですか?」
「……あの村の残骸を見た時、確かに魔物と人間の魔力の残留があった。だが村の襲われ具合を見ても、ただ目的もなく破壊されたとは思えなかったが……かといって、あの小さな村に金品があったとも考えられない。強いて言えば……人を襲うためだけといった様子だった。」
「人を…………」
…………師匠はあの時、『村には誰もいなかった・殺されたのだろう』と推測していた。それはつまりそこに死体すらなかったということであり、当時は連れ去られた後に殺された……そう考えていたが……………
『ウルスへ
「…………まさか……」
「……ん? それは……手紙か? 随分とよれてるな。」
「『よれて』……なっ!!? ウルス、お前……あの『本』もあるか!?」
「本? 何のことですかグランさん?」
「…………あります。」
失ったショックで忘れようとしていた違和感が引き起こされ……無意識に手紙を取り出し、師匠に言われるがまま父親から貰った龍神流の本も机の上に置いた。
「……この2つがどうした?」
「…………これは、村が襲われた後に俺が戻って、自宅の階段を登った先にあった……父親の部屋の机に置いてあった物です。」
「読んでいいか…………なんだ、この内容は。今にしてあれだが、この全部が嘘……」
「嘘なのは、『内容』だけではありません……『文字』も『手紙』も、『本』もです。」
「……なんだと? どういう意味……って、ん…はぁ?」
「何か気付いたのですかテルさん?」
クーザはその違和感に気がついたようで、やや強引に学院長から手紙を取って文章を……ではなく、手紙その物を色んな角度から手当たり次第に観察し始めた。
「…………なぁ、これって家の机にあったんだよな。その家って……どうなってた?」
「…………燃やされて、全壊でした。」
「ってことは……父親の部屋も燃やし尽くされて、ほとんど焦がされたってわけだ。じゃあもう……おかしいところだらけだ。」
「…………もし、ウルスの言う通り家が全焼していたのなら……その手紙が読めるのは異常だ。」
「っ…………言われてみれば、家が燃えていたにも関わらずこんな、焦げ一つ無いのはおかしい……いや、そもそも存在していること自体不思議でしかない……!?」
(………………)
…………あの頃の俺は子供で、そんな当たり前のことに気づくことすらできなかった。目の前のことで必死で……自分が踊っていることすら、見えていなかった。
「こっちの本もそうだ、中々に汚れているが……ページ自体は焦跡の欠片もない。そんな、家全部焼けてるのに、この2つだけ燃えないってことは無いだろ……」
「……その手紙の文字も……もう一度見てください。」
「ああ……!? …………これは、どこまで……」
「なんだ今度は………………おい、いつ書いたんだよこれ……」
…………あの時、確かに疑問に浮かんでいた。この手紙に書いてある文字が……………
…………………『‘綺麗な文字’』だと。
「…………もし、ウルスの父親が襲われてる身だとして……こんな丁寧に文字を書いて、わざわざ封するなんて………悠長なのか、それとも……」
「もう、明確ですよ。」
考えるのが嫌になる……だが、それでは前に進めない。
進まないと。
「……全部、俺を欺くための演技だった。俺が息子らしく生きて、それをハルラルスは嗤ってた。…………笑えますよ。」
「……………ウルス……」
…………進めろ。
「俺の過去は、全部偽物だった。ぜんぶ、ゼンブ……親の面を被って、ちょうど3日前にシロガネはぶっ壊してきた。……他人まで巻き込んで、……俺が、馬鹿だったんですよ。」
「……落ち着け…………」
……………………はァ
「何も考えず、目の前で起こって──感じたことだけ、信じて…………あいつはよっぽど、嬉しかったでしょうね。あんな、無様に、混乱する。餓鬼を見て……『頑張れ』って。」
「…………………」
…………………………ユルサネェ。
「絶対、ぶっ⬛︎してやる。俺の父親として『生きた』ことを……後悔させてやる。テメェが壊したモノの責任を…………その身にツグナわせて」
「ウルス。」
師匠の手が、俺の頭の上に乗った。それは大きくて……冷たく感じることしかできなかった。
「…………呑まれるな。まだ、何も分かってないんだ。」
「………………。」
「過去が変わっても、今は変わらない……耐えるんだ。」
「…………………………………は、い。」
…………分かっていることはあるが……憎悪は、ひとまず心に抑え込んだ。
『大丈夫だ、俺は母さんも連れて必ず生き残る…………行けっ!!!』
絶えるわけ無かったが。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「…………父……ハルラルスのことを考えるのは後にしよう。それより次は……ドラゴン、龍のことだ。」
深呼吸をし、学院長の出した題に思考を預ける。
「ライナから少しだけ聞いた、ハルラルスが送り出してきた金色成る龍をお前が倒してくれたと。そして、龍はお前たち2人と対話をし、彼女に神器……じゃなく、龍器を渡し死んだと。」
「いくら操られていたとはいえ、龍を1人で倒すとはな。まさに世界最強というわけ…………」
「俺1人じゃ、倒せてません。彼女が……ライナが居たから、倒すことができたんです。」
『……………大好きな人だよ。』
「彼女の言葉が、俺の龍器を進化させ……完全体龍器と成しました。そして、この武器の何にも縛られない変化による能力によって作った銃で頭を撃ち、殺しました。」
「完全体の龍器……少し見せてくれ。」
師匠に言われ、今度は完全体龍器……テラスを球体のまま取り出した。
「黒花剣器 テラス……龍器魔法『リスノワール』で武器の枠を超えて、あらゆる物体へと変身します。」
「……なんか、能力的にはあんまりじゃないか? 正直、私やガラルスの神器の方が圧倒的に強いと思うが……」
「おいおい、俺の弟子を舐めるなよ? 能力の強さも大事だが、肝心なのはその使い方だ。そして、ウルスならその能力を最大限に活かせる……そうだろ?」
「…………おそらく。」
師匠の言葉に、俺は何とも言えない表情で頷く。確かに、俺は前世に存在していてこの世界に存在しない武器も、覚えている限りでは使えるようになったが……それを使いこなせるかどうかはまた別だ。
クーザの言う通り、アビスもといテラスの能力は実際、他の神器や龍器と比べても格段に弱い。それでも普通の武器よりは強いかもしれないが……下手をすればC・ブレードの方が場合によっては有効だろう。
(……良くも悪くも、俺の武器はどれも状況や本人の技量に委ねられすぎる物ばかりだ。ないものねだりだが、ミルのように単純で最強の能力なら、もっと他にリソースを割けるが…………)
………………やはり、今後の戦いではこの力が…………
「……それで、ライナに龍器を渡した龍と何を話した? 彼女曰く、ほとんど意味の分からない会話だったらしいが。」
「はい、言葉は交わしましたが……その内容はとりとめがなく、ほとんど理解できませんでした。」
「それは……具体的にどんな感じだったんだ?」
「…………具体的に……」
……そうは言われても…………龍の話していた内容は本当に……
「……はっきりしているのは、やつの意思を支配したのは神であり、実際に関わったのは『白い髪の男』……それ以外の話は全く別のような、『今は理解できない』…………やつ自身もそう言ってました。」
「今って……ならいつ理解できる話なんだ? というか、そもそも神とその話の関係性はあったのか?」
クーザの話を聞いて、俺はもう一度やつの話していた内容を思い出す。
『……今、お前たち話すわけにはいかない。話したところで……どうこうなる問題ではないからな。ただ……お前たちがこのまま進むと言うのなら、必ずソレは立ち塞がるだろう。ソノトキがいつになるかはお前たち次第だが、考える時間はきっとはある……何も分からなくても、今はそれでいい。』
……理解できない……というより、理解させる気が無かった?
(なら、何故俺たちに話をした? 理解させる気がないくせに、何かを伝えさせようとはする……まるで言葉と意志が噛み合っていなかったかのように。)
やつは俺のことや神の正体もおそらく知っていた…………だとすれば……
「……皆さんが戦った時の龍は、何か言ってなかったですか? やつもその時のことを知っていたようなので、会話はできたらしいですが。」
「いや、一言も交わしてないな。そもそもあの時の龍は予言があったとはいえ、ほぼ前触れもなく現れて街を襲ってきたんだ。俺たちは倒すのにやっとで会話の余裕もなかったぞ。」
「……今にして思えば、何か襲ってきたのにも理由があったのですかね? だが今更確かめようもないのであれですが……」
「…………結局、こっちの話も分からずじまいってか。なら仮面どもについて話そう。」
こちらもやはりと言うべきか、ほとんど進行がなかったのでクーザが話を切り替える。
「今回の襲撃で捕まえたのは3人の幹部と数十人の雑魚だ。これで大分戦力は削れたし、上手くいけば1人くらい情報を引き出せる……だとしても時間はかかりそうだが。」
「ウルスのとこにも、ハルラルスを除いて2人居たそうだ。流石に色付きが何人もいるわけじゃなさそうだし、今回の結果で今度はあっちが動いてくる可能性も十分に高い。今以上に牢獄の警備を高めておかなければ。」
「そこはもう策を打ってます……が、どちらにせよウルスと同等の奴が来ると危いですね。テルさん、しばらくの間任せてもいいですか?」
「えぇー、あそこ暗くて嫌なんだが……まあ任された!」
クーザはそう言って子どものような反応を見せる。確か、見た目はともかく歳的には師匠とそう変わらないらしいが…………
「……分かってんぞウルス、お前の考えていること。」
「…………女の人は、そういうのに敏感ですね。」
「当たり前だっての……よし、そろそろ行くぞ!」
「えっ、どこにだ? というかまだ話は終わってないぞ?」
「その話を進めるためにも、一応確かめたいんだよ……なあ、ウルス?」
クーザはそう言って立ち上がり、俺の挑発するかのようにその整った目と口元を細めた。
「1回勝負しようぜ、世界最強さんよっ。」
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