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十三章 龍と仮面
百六十一話 綺麗事
しおりを挟む「ぐはぁっ…………!!?」
「なっ、どこからぐふぅっ!!?」
(…………これは…………)
刹那、疾る2つの紫の閃光が茶仮面、そして離れていた緑仮面を紙切れのように吹き飛ばす。また、それらが放たれた場所は…………空だった。
「い、いま、のは…………?」
「やっと来てくれましたか……遅いですよ!」
「うるせー、数が思ったより多かったんだよ。それよりこれはどういう了見だガラルス? この程度の奴らに荒らされてるようじゃ、私の愛弟子は任せられないぞ!」
「最悪の事態にはならないよう警戒してましたよ……ですが、彼女の行動に気圧されてしまいました。流石あなたの弟子です。」
「へっ、そりゃそうだ……って、話は後だあと! まずはこの面倒な守りを破壊してやる!!」
学院長と何やら妙なやり取りをしてから、『彼女』は頭上に存在している二重の壁に目をやる。すると、『彼女』がいつも使っている、剣身に4つの刃が生えたような不気味な剣? を取り出した。
「……なるほど、これは面白い魔法具だ。後で解析させてもらうが……今は人命が優先なんでな、悪く思うなよっ!!!」
「あ、のひと、なにを………って、えぇ!?」
目の前で繰り出された光景に、先ほどまで弱々しくなっていたマグアが突然いつもの調子を取り戻す。それも無理はなく、さっきまで一番頭を悩ませていた障害である、結界とシャウトウォールをその武器であっけなく破壊してしまったからだった。
「ま、まさかあいつは…………」
「さて、次は移動させるか。どうやら十分戦ってくれたようだしな。」
「……えっ、なに……ふぇ?」
「…………あれ、フィーリィアさん、マグアさんいつのま……うぉっ、ソーラまで!?」
(転移……相変わらず早い。)
続いて、舞台に残っていた私たち3人を転移は移動させ、出口でやられていたカーズの元へと送られる。どうやら彼の方は大した怪我はしていないようだ。
「あ、あんたは一体…………」
「おっ、タフだなお前たち。ちなみに私はそこのフィーリィアの親代わりってところだな……紹介でもしてやれ、フィア。」
「お、親代わり……の割には、半端なく強い……?」
「………………『英雄』、だから。」
「「「……………
………………えっ!?!?」」」
「どうも、いつも世話になってるな。私は英雄が1人『テル=クーザ』だ、よろしく。」
そう言って彼女……テルは口角を上げ白い歯を見せた。
テル=クーザ。20年前に仲間と共に世界を救い、たった5人しか使えない、最上の魔法とも呼ばれる神威級魔法を使用する伝説の英雄だ。その膝まで伸びた艶のある山吹色の髪に、紫と黒で彩られた異風なローブ……そして、出会った頃から変わらない若さと気品ある美貌と風格は、いつ見ても憧れてしまうほどだ。
「え、え、英雄!!!? どうして英雄がここに!?」
「そ、それに、フィーリィアさんにまさか英雄と関わりがあるなんて‥‥初耳ですよ!?」
「ていうか何でここに!? もしかしてたまたまこの街に居たとか?」
「おうおう、まだまだ元気いっぱいだな。っていうか、言ってなかったのかフィア?」
「……機会が、無かった……から。」
「そこは言っとけよー……でもお前たち、それで驚いてたらアイツの登場に体がもたないぞ?」
「……アイツ……? まだ、誰か………!?」
テルは意味深な言葉を口にしながら、私たちに回復魔法をかける。そんな一言に首を傾げていると……またもや舞台上に謎の気配が現れる。
しかし、その気配が漂わせる魔力……いや、『存在感』は今まで現れた誰よりも強く深く、ボロボロな身体にでさえ何かを感じさせた。その正体は………………
「……くそ、俺が一番最後か。英雄最強というのも、歳を取れば鈍るものだ。」
「…………えいゆうさいきょう?」
(……あの『雰囲気』……どこかで。)
現れたのは、茶色と灰色の入り混じった軽そうなローブを着た、薄い黒髪をした渋みのある男であり…………その佇まいは、似ていた。
『ああ、彼に助けてもらった俺はその日から稽古を受けるようになったんだ。もう絶対同じことを繰り返さないように、死ぬ気で鍛えた結果…………』
「…………グラン=ローレス……?」
「……えっ、まさか……えぇっ!!?」
「え、英雄の中でも一番と言われてる……あのグラン=ローレス!?」
「なーにが一番だ、弟子にまんまと出し抜かれたくせに。いいからこっち来てあれ張れよ。」
「分かってる。お前たち、ここから出るなよ……『絶対ノ護守』」
伝説の英雄……グラン=ローレスは私たちが慌てふためくが先にまたもや謎の透明な壁で包み込む。しかし、それは見るからに先ほどのシャウトウォールとは桁違いの頑丈さであり、近づくだけで魔力の圧に押しつぶされそうになった。
「神威級魔法だ、少なくとも仮面じゃどうしようもないから安心しろ。」
「じゃあな、そこで私たちの無双っぷりを見学してくれよ。」
「む、無双……」
今の今まで危機的状況だったにも関わらず、数秒にして好転した対局にカーズが肩透かしの一言を溢す。また、その雰囲気は奴らにも伝播していたようで、明らかに苦虫を噛み潰しているような表情が画面の裏に見え隠れしていた。
「テル=クーザ、グラン=ローレス……なぜ貴様らがここに!?」
「いつまでもお前たちが上手だと思うなよ? こんな分かりやすくあいつ……ウルスをここから引き離したってのに、バレないほうが馬鹿だっての。」
「まあ、全部ウルスの読みだがな。俺たちはそこの学院長に召集されて、お前たちが来るのを待ってたんだ。」
「なっ、いつの間に……聞いてないぞ!?」
「その話してくれる情報屋も、後で全て吐かしてやる……が、散々やってくれたんだ、少し痛い目にあってもらおう。」
そう言って学院長は首を鳴らし、その両手剣を深く構える。また、それに倣うようにテルやグラン=ローレスも武器を仮面たちへと向けた。
すると、唯一大したダメージを受けていなかった紫仮面がテルの奇妙な形をした武器に声を漏らす。
「…… 劫賜剣 クネパス…………神器魔法、《エルベッタ》であらゆる魔法を瞬時に吸収し、何倍にも増幅させ利用できる完全体神器………」
「解説どうも。そういうわけだから、お前たちが魔法を放とうとも全部無駄だってわけだ。」
「……なんか、僕の武器と似てるね。本当に強いの?」
「…………強いよ、神器だから。」
この世に2つと無い伝説の武器、『神器』。その武器が持つ特別な魔法は 世 界 を 破 壊 す る とも云われているほどに強力であり、さらにテルはその神器を我が物へと進化させた……はっきり言って、私たちの武器とは根源そのものから違うと表現しても過言では無い。
「……クネパスは、魔法を吸収する際にその魔法を魔力に変換して、倍増させる。そして、吸収した魔力を自身の体内に送ることもできるから…………」
「…………あれ、そしたら無限に魔法が使えるじゃん。何なら自分で吸収させて回復したら実質魔力量なんて気にしなくていいし、おかしくない!?」
「ウルスさんのはともかく、確かミルさんの神器もめちゃくちゃらしいですからね。剣から出した霧は相手の魔法を全て無効にするとか…………」
…………でも、見たところによると、あの2人の武器はまだそのことを知らなさそうだった。もし、彼らが神器に認められたときには、今より更に…………
「くそっ……なら、物理でやってやるよ!!」
「なら、こっちは魔法でやってやろう……『レベル3・ターミガン』」
「「「「…………っ!!?」」」」
次の瞬間、訓練場全体に文字通り稲妻が伝わっていく。それはもちろんグラン=ローレスの発動した魔法の余波であり、その姿を見ると身体中から眩しいほどの黄色い光を溢れさせており……カーズの化身流とは輝きと迫力も比べ物にならなかった。
「あれが……本場の化身流ですか……!!」
「『トールハンマー』……まずは1人だ。」
(…………なんて、迫力………!)
グラン=ローレスは間を空けずに破壊級のトールハンマーを発動したが……以前テルに見せてもらった時とは遥かに大きさや威力の違いがあった。おそらく化身流の影響で強化されているのだろうが、それにしても果てしない凄みだ。
「っ、まずっ…………げほぉっ!!!!?」
「ちっ……派手にやってくれる!」
「おっ、来たか。いいぞ相手になってやる。」
激流の雷槌に1人、緑仮面の男は紙切れのように吹き飛ばされそのまま気絶してしまう。それに怒りを感じたのか、茶仮面の女が棒立ちのテルへと向かっていった。
彼女は振るわれた剣撃を軽く避けながら、煽るように自身の服はひらひらと舞わせた。
「近接は苦手なんだがな、そんな相手にその太刀筋じゃ踊りも退屈に感じるぞ?」
「舐めてるな………!!」
「当たり前だ、私は英雄だぞ? 大体な……当たったところで、ほらな?」
「……………!?」
テルは何を思ってか、急に踊りをやめて立ち止まり、女の剣を魔力防壁で堂々と受け止めた。その結果、受け止められた剣がそこから全く進むことはなく、魔力防壁も傷一つ付いていなかった。
「じゃあ、そろそろお前も寝てもらおうか……グラン! それ私に寄越せ!!」
「ああ、いくぞ……おらっ!!」
「なに……くっ!」
テルの指示で、グラン=ローレスが今度はそのハンマーを茶仮面……ではなく、テル自身へ何の躊躇もなく振り下ろした。すかさず茶仮面は距離を取ったが、テルは代わりに神器……クネパスを掲げ、一瞬にしてトールハンマーを吸収した。
「ふぅ、これでしばらくは持ちそうだな……ってことでおやすみ、『エクストラ・レイ』」
「なっ……ぐぁぁっ!!!」
詠唱とともに放たれた紫色の光線は女を壁へと叩きつけ、呆気なく魔力防壁を破壊する。そして、テルは人差し指でクネパスをくるくると回しながら、最後の1人でもある紫仮面を嘲笑った。
「どうだ、英雄の力を味わえるのは中々乙なもんだろ? これに懲りたら大人しく捕まることだ、なっ。」
「…………化け物どもが……!!」
「力がある者を『化け物』と呼ぶのなら、人を襲うお前たちは怪物か何かか? 大した差もなかろうに、誰かを吊し上げた言い方をしないと気が済まないのか?」
「黙れ!! 弱者にかまけた結果がこの堕落した世界だ! 英雄などという称号に浮かれ、祭り上げられ……ありもしない夢を描こうと足掻く、この場所が正にその象徴だ!!」
敗北を感じ始めた男はやけになっているのか、黒髪を掻きむしりながら英雄に訴えかける。
「何も見えてない、知らない……だからいつまでも綺麗事をのたうち回れる。だから貴様らは………」
「…………綺麗事を語って何が悪い。」
その時…………怒りを含んだ学院長の声が響く。そして、彼は剣を片手に持ち深く構える。
「例えそれが叶わなくとも、不可能でない限り綺麗事ではない。そして、不可能なことであっても……そうありたいと願うことの何が悪い。」
(………………)
「弱きを助け、導く……お前からすれば偽善なのかもしれないが、その偽善に救われてきた人間はたくさんいる。拒絶はしても否定する『資格』なんて誰にもない。」
『……資格は、ある。』
「帰ってくれ、ここはお前たちのような学ぶ意思のない人間が来る場所じゃない。ここは…………
……………儂が守り、育てる学院だ。」
そう告げた時には、男は既に緑の斬撃によって倒されていた。
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