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十三章 龍と仮面

百五十九話 儂の生徒

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(……ウルスたちが出て3日…………いつ帰ってくるのかな。)

 調査隊によってしばらく休日になったため、今日も私は1人訓練所で特訓をしていた。
 周りには何人か同じように特訓をしている人がおり、そんな風景を見て何か……胸に寂しさのようなものを感じた。

「…………久しぶりに、感じたな……」

 ここに来てからはほぼ毎日……特にウルスと一緒に過ごしていたせいか、今までのように1人で居るとどこか物足りなさを感じてしまった。

 昔はそんなの感じた……いや、感情だった。そんな資格はないと、ずっと心に刻んで生きてきたけど…………



『……資格は、ある。』

『だってお前は…………優しいだろ?』



 ウルスは、そう言ってくれた。魔力暴走の危険性を知っていながらも優しく手を伸ばしてくれる……そして、どんな時も守ってくれて…………


(…………この…『気持ち』、は……?)


「……あれ、フィーリィアさん? お一人で特訓ですか?」
「…………カーズと……ソーラ?」

 湧き上がって来た感情に首を傾げていたところ、カーズとソーラの2人はこちらへと近づいて挨拶をしてくれた。それを頷きで返しながら、私は彼らのある異変に気づく。

「……今日は元気そうだね。」
「えっ、『今日』? どういう意味だフィーリィア?」
「……だって、最近2人とも動きが鈍い。魔法か何か……訓練? でもしてるんでしょ?」
「……鋭いですね。せっかくなら、皆さんには完成したところを見せたかったんですが……せっかくなのでフィーリィアさんにも付き合ってほしいですね。」
「…………何するの。」

 私がそう聞き返すと、カーズが体の魔力を急に高め始め……強烈な気配を漂わせる魔法を発動した。

「『レベル1・アクア』……ぐぅっ!」
「……それって、確か…………化身流の魔法?」
「知ってたのかフィーリィア、なら話は早いな。俺も今、似て非なる魔法を練習してるんだが……如何いかんせん2人でずっとやってたら凝り固まって来てな。フィーリィアも手伝ってくれないか?」
「……別にいいけど……それってそんなに難しい魔法なの?」
「何せ、英雄の魔法、ですから……僕だって、最近やっと……」
「おっ、なんか面白そうなことやってるねっ!!!」

 ……この溌剌はつらつとした声は…………


「…………マグア?」
「えっと、確かカーズ=アイクとソーラ=ムルスに……フィーリィアだったっけ? 3人とも同じクラスでたまにター…ルくんと話してるよね、仲良いの!?」
「タ、『タールくん』……カリストのことか? 別にそこまでだが……というか急に何の用なんだ?」
「ん? たまたまここに来たら見覚えのある顔があるなって、それでアイクが見たことない魔法を使ってたから僕も混ざりたいなって!」
「カーズで、いいです、よ……別にそこまで面白いものでもないと思いますが。」

 カーズは魔法を一度解除し、興奮気味のマグアを落ち着かせようとする。それをぼんやりと眺めていると、ソーラが何やら小声で話しかけて来た。

「……なあ、なんでマグアってあんなにカリストを気に入ってると思う?」
「…………前から面識があった、とか?」
「そんな風には見えなかったけどなぁ……実際カリストは滅茶苦茶嫌がってるし、マグアの一方的な感じだが…………大体、カリストの性格ならもっと突き放してもおかしくないと思わないか?」
(…………そうかな……)

 確かに、昔の……夏頃のカリストなら一蹴していたに違いない。



『おいおい、なんだぁ? 俺も混ぜてくれよ。』



 あの時の彼は自尊心の塊で、誰に対しても見境なく噛み付くような男だったが、ウルスに負けてからはどこか余裕のある姿を見ることが多くなった。



『……ああ、今まで散々言ってくれたんだ。ちょっとくらい俺たちの願いを聞いてくれたってバチは当たらないもんだぜ?』



 やがて、彼はニイダに乗せられた……いや、形ではあれど、私たちと一緒にウルスと戦い……抱え込んでいる『何か』を晴らした。


(……ウルスはあの時、何を迷っていたのだろう。)


 …………みんな、何かを抱えて……『正解』を探しながら生きている。

 何が正しいのか、何が間違っているのか……それを決める手段も方法も無いのに、ずっと…………そして、……………




『た…………す…けぇ…………』


『…………フ……ィ……リ、ァ………』




「……どうしたの、フィーリィア? 顔、暗いよ?」
「ぇ……い、いや、何でも…………??」

 うつむきそうになる頭を無理やり上げ、マグアに返事をしようとしたところ私だったが…………不意に、何か『変な感覚』を覚える。また、その感覚に従うように空へ目を向けると……………

「………………?」
「えっ、『紫』って何のこ……っ!!?? 何ですかこの空っ!??」
「う、薄い紫色に染まってる……何なんだこれ?」
「あ、ほんとだ~変な色。何かの魔法かな?」
「いや……結界? だと思う、けど……」

 私たちが騒ぎ出したことによって、訓練所に居た他の人たちも揃って異様な空を見上げる。そしてその景色にそれぞれの声を届かせ始めた。

「結界? 何でこんなところに?」
「さぁ、何かの試験的な? 最近物騒だし、この学院にもそういう研究をする場所があるしね。」
「いや、だからといってここでするか? アレがどんな効果なのか知らないが、下手をすれば俺たちまんまだぞ?」
(閉じ込め…………)



『おいおい、勘違いしてもらっては困るなぁ。あくまで望んだのはその男、俺はそれにちょろっと協力してやっただけだ。』



 ……デュオに襲われた際、あの辺りには結界のような物が仕掛けられていたと後で知らされた。その時は夢中で気づかなかったが、この悪寒の走る気配はもしかして…………

「……カーズ、ソーラ……。」
「『来る』って……まさか奴らが!?」
「おいおい、今ここにウルスは居ないんだぞ……どうすればいいんだ!?」
「えっ、えっ、何なに? なにが起こってるの? 僕なにも把握してないんだけど?」
「マ、マグア、揺らさないで……とりあえずここから逃げ……」












「思ったより人が居るな……熱心なことだ。だがこんなことをして一体何になるのか、何者かに成れると思っているのか……反吐が出る。」
「「「…………!!?」」」


 刹那、訓練所の中心から異様な気配を感じ取る。その方向へ恐るおそる目を向けると……表情と感情を見させない紫色の仮面を付けた細身の男が立っていた。

「……? 誰? なんか変な仮面付けてるけど……」
「あ、あの仮面は……仲間なのか……!?」
「ねぇねぇ、誰なのって。みんなの知り合い?」
「違います……あれは、デュオです。」
「…………でゅお? でゅおって………デュオっ!!?」
(どうする……今ここには私たちしか………)

 動揺を隠しきれない私たちを他所に、紫仮面の男は辺りを見渡しながら何やら考え事していた。すると、男に学生の1人が声をかけようとしてしまっていた。

「……なぁあんた、変なの付けてるけど誰なんだ?」
「っ……そこの、今すぐ離れ……!!」
「………………










 …………消えろ、雑魚が。」


 私が止めるより先に、色の無い一言とともに……話しかけた男の子が吹き飛ばされてしまう。その瞬間、周りの人たちの声が疑問から恐怖へと変化していった。

「…………えっ、なに!!? なにしたの今の!!??」
「さ、さっき、あいつらデュオっつってたよな……もしかして本当にそうなのかっ!!!?」
「な、何でこんなところに!?? もしかして私たちを………!!」
「…………耳障りな虫共だ。まあ、少しくらい時間でも潰させてもらおうか。」
「「「……………!!!」」」

 脅すためか本気なのか、男はそう冷淡に言い放ち……途端にこの場は混乱状態へとおちいる。

「フィ、フィーリィアさん……これは…………!」
「…………今、ウルスや強い人たちはみんな調査隊に出てる。それに結界のせいで学院長が気づいているかどうか……だから…………」
「……俺たちだけでどうにかするしかないってことか? だが全員混乱してて、まともな連携は取れないぞ?」
「なら、私たちだけでなんとか時間を稼ぐしかない。」
「…………あっ、それって僕も入ってるよね?」
「……どっちでも。」

 地味に冷静なマグア含め、ここで戦える意志を持っているのは4人しかいない。そのため、とてもじゃないが勝てる見込みは無いが……やらなければ死ぬだけだ。

(……他の人たちが逃げようと結界を無闇に叩いているが……それくらいじゃ絶対に壊さないだろう。そもそもこの場の人間に壊せるのかどうか……せめてマジックブレイクを使える人がいたら…………)
「…………とりあえず、ソーラは飛ばされた人を助けに行って。その間は3人で何とか対処する。」
「だ、大丈夫なのか? あいつらの実力は半端じゃ無いんだぞ?」
「……そんな心配をしている暇もないようです。」

 カーズの言う通り、私たちがコソコソと話している姿が気になったのか、紫仮面がこちらへと振り返って歩いて来た。

「……無知の中にも、幾分いくぶんか落ち着けているのも居るようだな。」
「…………無知なのは、そっち。」
「ふっ、減らず口まで叩けるか……もしかして、『赤』を見たことがある奴らか?」
(…………どこまで知ってる……?)

 情報が全く足りない以上、ここで何とか引き出してついでに時間を稼ぎたいが……そんな技量も話術も度胸もない。今は眼前の目標を達成させるしかない……


「……見えてるぞ、『毒霧どくぎりかたな』!!」
「ソーラ、危ないです!!!」
「くそっ……こうなったらっ!!!」

 私が話しかけている隙にこっそり救出しようとしていたソーラだったが、男はすかさず超越級魔法で攻撃を仕掛けた。それに対しソーラは盾と剣を構えるが……とてもそんなものじゃ抑えられな…………

「『第一形態だいいちけいたい灯火ともしび』、はぁぁっ!!!」
「……ほう?」
「……カーズのと似てる…………」
(いや、今のうちに!!)

 感嘆を隅に追いやり、ソーラが耐えている内に私は剣をとって男へ距離を詰めていく。また、それに続くようにカーズも後ろから槍を持って続き、私と同時に攻撃を仕掛けた。

「はぁ!!」「やっ!!!」
「……筋はいいが……当たるわけがない!!」
「「ぐっ!!?」」

 しかし、それも軽々と避けられ、腕払いの風圧だけで吹き飛ばされてしまう。やはり、私たちの攻撃じゃ当たることすら難しいのだろうが……かといって魔法は…………

「カー…ズ、さっき、見せてくれた魔法、は……?」
「あれは……まだ未完成、なんです。発動はともかく、デュオ相手にはとても………」
(……どうすれば…………)

 私の魔法は……所詮、使い物にならない。も……まだ、私なんかじゃ扱えない。

(それに……暴走してしまったら、みんなが…………)

「…………タールくんが言ってたことはほんとだったんだね。なら……躊躇なんかしてられない!!!」
「……マグア、何を……?」
「みんな、ここは僕があいつを倒す! その間にどうにかしてね!!」
「ど、どうにかって、マグアさんの力じゃ勝てませんよ!?」
「それはどうかな……はぁぁぁ………!!」
「……………………」

 何を考えてか、マグアは急にそんなことを言い始め、両手を空へと掲げる。すると、何故か紫仮面はその様子をどこか余裕そうに眺めていた。

「……何をするか知らないが、本気で俺を倒せるとても?」
「へへっ、ならちゃんと受け止めてよね? 世界を騒がせているデュオさんがこれしきで逃げるようじゃ笑いものだよ?」
「…………まあいい、肩慣らしに相手してやる……小娘。」

 マグアは敢えて挑発的な態度を取りながら、標的を自分の方へと向けるように仕向ける。そして、こちらへ目をパチパチさせて合図を取ってきた。

「……カーズ、化身流で結界を壊してみて。あの魔法ならいけるかもしれない。」
「は、はい……ですがフィーリィアさんは……」
「…………マグアを。」


「食らえっ、『スターダスト・スピア』!!!!!」
「……………!」

 途端、マグアの詠唱から彼女の合わせた両手から青い光が数多に放出される。その光たちは瞬く間に紫仮面へと襲い掛かり……この舞台を明るく照らした。

「まだまだぁっ……僕の全魔力をぶつけてやる!!」
「……くっ、意外とうざったいなっ!!」
(ほとんど効いてない……けど、足止めにはなってる!)

 手数の多さが功を成しているのか、ダメージは薄くとも十分彼女の攻撃は時間稼ぎになっていた。その隙に私は再び距離を詰めていき、裏をとって魔法を放った。

「打て、『アイススフィア』!」
「……小賢しい!!」
「こっちも忘れないでよっ!!!」

 挟み撃ちにしながら、どうにかカーズが結界を壊すのを待つが……未だにその様子は見えない。このままじゃマグアの魔力が尽きてしまう…………

「いくら放とうとも、俺を倒せはしない……悪足掻わるあがきも程々にしろ!」
「悪足掻き? 違うね、僕は『倒す』って言ったんだよ!」
「ならどうする! このまま無駄な労力をついやすだけか!?」
「無駄なことなんてない……そっちが『無知』なだけっ!」
「人の言葉を買うのが随分と好きなようだな……なら、それを証明して見せろ!」



 その言葉を買ったのは私でもマグアでもなく……燃えるように赤い光を漂わせている剣を握ったソーラだった。どうやらちゃんとマグアの目は届いていたようだ。

「人を簡単に傷つけやがって……これはその報いだぁぁっ!!!!!」
「「…………!!!」」

 ソーラの剣はより一層輝きを増させながら、板挟み状態の紫仮面へ勢いよく振り翳した。するとその刹那……眩い閃光とともに烈火の如く炎が一直線に地面を焼き尽くした。

「うぉっ……凄い威力!!」
「っ、立ってられない………!」

 その勢いに離れていた私たちでさえも押されてしまい、たまらず膝をついてしまう。この魔法、単純な威力だけで言ったら超越級と同等かそれ以上…………



「…………今のは、流石の俺も効いた。だが……ふん!」
「なっ、ぐはぁっ……!!?」
「マグア……がはぁっ!?」
「2人とも……うっ……!」

 しかし、それでも対等とは程遠く、男は全てを受け止めてからマグアとソーラを殴り飛ばし、彼らの魔力防壁を破壊した。それを見た私はすぐさま助けに向かおうとするが……不意に体が震え始めた。

「くっ、うぅっ……これ、は…………」
「……残りは貴様だが……どうやら恐怖で動けないようだな、情けない。所詮、そこらの小物と同類だったようだ。」
(違う……これは、魔力の暴走が………)

 言い訳するように心の中で叫ぶが、そんな声も口に出せずにその場で私はうずくまってしまう。魔力暴走が、今になって…………

「戦う気が無いのなら仕方ない、手始めにあの生意気な小娘を殺してやるか。」
「っ……マグ、ア…………ぐぅ!」

 男の言葉に揺れた心は、より一層私の魔力を不安定にさせていく。

 魔力暴走は魔法の乱発や……不安定な精神状態に陥った際に引き起こされると聞かされた。だからできる限り感情を抑え、ウルスと何度も練習してどうにか魔法を使えるようにした。それなのに……こんな肝心な時に発生するなんて…………!!

(落ち着け……魔法は連発してない、心を……しずめるんだ……)

「マグア……逃げろ…………!!」
「……………ぅ……」
「粋がるだけなら動物でもできる……そして、ただくたばるだけも同じだ。今の貴様のようにな。」
「や、や……め…ろ………!!!」

 しかし、倒れている彼女の首元に突き立てられた剣により、私の鼓動こどうは落ち着くどころかますます高鳴っていく。そしてその高鳴りは私の体をむしばみ……意識を遠のかせる。

(だ、めだ……わたし、は…もう、これい…………じょう……!!)


 ……人、を…………どんな、人も、傷つけ…て…………………………!!!!



















「…………儂の生徒に、何をしている。」



 低く、とどろくような声が…………溢れそうな体に響いた。また、その言葉に男は顔を上げ……その仮面を小さく揺らした。

 
「…………守りたいものには目を離すなよ……英雄、ガラルス=ハート。」
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