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十三章 龍と仮面
百五十一話 ユミルの血氷
しおりを挟むオーガの後は特に魔物も現れず約1時間後、森を抜けて比較的草原のような平地に出た俺たちはそれぞれ野宿をする準備を進めていく。
本当なら夜でももう少し移動しておきたいところだが……それで体力が持つのは俺だけだろう。のんびりするような旅ではないが、かといって修行でもないので、目的地には万全な体制で挑みたいものだ。
「日が暮れるのも遅くなったなぁ……こう肌寒い日は焚き火にあたるのが1番だぜ。」
「おい、ワールも食事の準備をしろっての。お前は下手だが食う量だけは多いんだから、それくらい手伝え。」
「は、はぁっ!?? てめっクルイ、私を何だと思ってやがんだ!!??」
「……大食らい?」
「なんだとぉっ!!?」
「…………仲が良いですね、あの2人。」
「……そうだな。まあ、中々激しいやり取りをしてるが。」
くだらないことで喧嘩をしている2人をよそに、俺とミーファは食事の準備を進めていく。
今は疲れているであろう、俺を除く1年3人と料理が壊滅的なハルナは休憩、俺とミーファとクルイ……とメイルドの4人で夕食のスープを作っているところだった。こうやって夜食を作るのは久しぶりだが……ミーファの手慣れた動きを見て俺は感心する。
「……手早くなったな、見た目も綺麗だし……いつもミーファが担当しているのか?」
「はい、ハルナに任していては山火事になるかもしれないですので。ウルス様が出てからは私がずっと……」
「…………『様』はやめろ。」
「あいた……もう、やめてくださいっ。」
相変わらず身に合わない敬称を付けてくるミーファに、俺は蚊が止まるような威力で頭をはたく。すると、彼女はそう文句を言ってくるものの、何故か嬉しそうな表情でこちらを見てくる。
そんな表情を直視できず、俺は答えることなく食材の準備をしていく。
「…………冒険者の活動は順調か?」
「そうですね……最近はよく街中で話しかけられるようになりました。ちょっとこそばゆいですが、応援してくださる人もいて嬉しいです。」
「そうか……良かったな。」
……俺が彼女たちと別れてちょうど1年くらい経ったが……すっかり冒険者として馴染めているようだ。それを喜んで良いのかどうかは分からないが、とりあえずは何の問題もなく過ごせているのは安心だ。
「変な奴に絡まれたりしてないか? 冒険者の中には面倒な奴もいるからな……そうなった時はちゃんとやり返すんだぞ。」
「はい、たまに私たちの年齢を聞いて見下してきたり厄介ごとをかけてきたりする人たちもいますが、大体はハルナの正拳突きで解決です。」
「…………やり返すと言っても、やり過ぎたら駄目だぞ。」
「分かっています、精々骨が折れない程度に抑えてますので。」
(……結構容赦なさそうだな。)
冒険者は何だかんだ倫理観がズレている者も少なく、俺が旅をしている時も何度かそういう目にあったこともある……だがまあ、そういう奴らに限ってチンピラ止まりなので、数秒後は相手に同情することになるが。
「……ウルス様の方はどうですか? 学院生活は楽しんでいますか?」
「様を……………ああ、それなりには。周りの人間が成長していく姿は見てて飽きないし、力を抑えれば相手も強者になる……学べることは沢山あるな。」
「相変わらず勉強熱心ですね、そこが強さの秘訣なのでしょうけど……たまにはしっかり休んでくださいね。ウルス様はすぐ無理をしますから。」
「……善処するよ。」
他愛もない話をしながら切り終えた食材をまとめて鍋に入れ、他に必要な物をボックスから取り出していく。
「……へぇ、これが武器っすか……ほとんど素手と変わらないっすが、長物相手にはどうやって対処を?」
「そりゃもちろん、殴って壊すよ? 人が使う武器ならともかく、魔物が持ってるやつのほとんどは大した手入れもしてないからね。この拳で粉砕だよ!!」
「ふ、粉砕……見た目によらず、凄い力の持ち主なんだな……」
「冒険者の中でも実力者だからね、私も足を引っ張らないようにしないと。」
(……………嬉しそうだな、ハルナ。)
……俺は彼女たちを『冒険者』として育て、その道を歩ませた。2人自身冒険者になることに抵抗はなかったため、俺もその時は迷うことなく勧めたが…………今となっては本当に良い道だったのか分からない。
「…………ミーファは……」
「ねぇ2人とも、ご飯はまだなの?」
俺の質問は猛スピードでミーファの背後に回ってきたハルナに遮られ、
「ハルナっ……いきなり背後から話しかけないでください、びっくりしましたよ。」
「ごめんごめん、お腹ぺこぺこで我慢できなくって……それで、もうできる?」
「はい、あとは火にかけるだけです。ほらハルナ、ウルス様の分を。」
「へーい! ……って、あれ? ウルス様?」
何の気なしに俺が持っていた鍋を運ぼうとしたハルナの手を抑え……首を横に振った。
「…………俺が運ぶから、大丈夫だ。」
染み付いてしまっている彼女たちの習慣に、やるせなさを感じながら。
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「……あれ、薪が少なくなってきたっすね、拾ってこないといけないっすか?」
「いや、ボックスにあるから大丈夫だ……ほら。」
「わっ、こんなに持ってたの……!? ウルくんのボックスって、一体何が……?」
「……昔の旅で使ってた残りだ。一応、いつでも野宿はできるように物は揃えてある。」
食事を済ませ、今は交代制で辺りの警戒をしながらニイダとラナの3人で火にあっているところだった。といってもこの度の間は俺がずっとこっそり見張っているつもりなので、交代も何も無いが。
「……ウルくんは寒く無いの? せっかく支給されたのに、さっきから何も羽織ってないけど……」
「慣れてるからな、俺には必要ない……それよりラナの方が必要だろ?」
「えっ、そ、そんな……ありがとう。」
俺がこんな物を持っていても仕方ないので、未だ寒そうにしているラナの肩へ俺の分の毛布をかけてあげた。そして、何故かニヤニヤと笑っているニイダを睨みつける。
「…………なんだ、面白いことでも見つけたか?」
「いやぁ別にぃ? ウルスさんってライナさんのこととなると優しくなるなぁって。」
「……幼馴染だからな。」
「えぇ? 本当にそれだけっすか~? ねぇライナさん?」
「わ、わ私に言われても……ウルくんはみんなに優しいから、私がどうとかこうとか………それこそ、ミーファさんやハルナさんに対しての方が優しいと思うけど……」
(……何の比べ合いだ……)
……誰に対してとか、俺は特に考えているつもりはないが…………やはりニイダの指摘通り、心のどこかで無意識的に人を選んでいるのかもしれない。
『何言ってるんですか、『優しさ』は人を選ぶに決まってるでしょ。』
だが、ニイダはそれを当然と言っていた。誰でもではなく、誰かを選び、手を差し伸べる………それは人として当たり前だと。
(…………じゃあ、この2人は……ハルナとミーファは……)
「……そういえばウルくん、さっき昼の時に何か言いかけてたけど……2人がどうしたの?」
「2人? ハルナさんたちのことっすか?」
「………………。」
…………もう、2人は俺とミーファたちの関係は知っている。ならば、ここで口を閉ざしてもいずれ話すべき時が来るのかもしれない。
「……2人は、ミーファたちのことは俺の弟子としか知らないんだよな。」
「え? まあそっすね、ウルスさんの旅について行ったとか何とか言われたっすけど………いつ頃から一緒にいたんすか?」
「……旅を出て半年ぐらいからだ、ちょうど今頃の季節に……俺たちは接敵した。」
「……『接敵』? まるで2人が敵だったみたいな……」
「…………ああ、2人は敵じゃなかった。」
…………あの日は、季節に似合わず手が凍えた。
「…………ハルナとミーファは、敵の奴隷だった。」
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(…………見てるな。)
深い森の中を歩きながら、俺は刺々しく突き刺さる視線と魔力の反応を周囲から感じ取る。そして、今回の目的である敵の情報が載っている依頼書をもう一度読み込んだ。
「……『森に潜む盗賊を排除、生死は問わない。証明は盗品で』…………なら、殺せばいいか。」
情報によると、この盗賊たちは殺しなどの非道な行いも平然と行うとか。ただのチンピラ程度なら殺す必要も無いが………抵抗するならば容赦はしない。
(…………死ねば……終わりだろうが。)
「…………出てこい、屑ども。抵抗しないなら命だけは保障してやる。」
吐き気がするほどの怒りを必死に抑えながら、俺は隠れている奴らへ声をかける。しかし当然というべきか、誰1人として俺の言葉を聞いて出てこようとはしなかった。おそらく俺をどうしてやろうか考えているつもりなのだろう。
(……数は10……やけに小さい反応もあるな。それを足せば12……大したことはない。)
今の俺にとって、数は何の意味もなさない。雑魚がどれほど集まろうとも所詮……塵は塵だ。
「……出てくる気はないか、なら…………消してやる。」
『ホロウフィールド』
俺は地面へ手を伸ばし、魔法を発動する。すると、触れた位置から灰色の光が波動のように広がっていき、やがて波動は草木や岩、花を枯らし…………生き物以外の全てを塵へと還した。
また、それによって隠れていた盗賊たちの姿は丸見えとなり、奴らは揃って何が起こったのか分からないと言わんばかりに辺りを見渡していた。
「な、何が……どうして枯れて……!!?」
「ホロウフィールド……辺りを消し去る破壊級魔法だ。お前らが出てこないから仕方なく使ってやったんだよ。」
「は、破壊級……!!?? 何でテメェみたいなガキが……!??」
「見た目で判断しているからこうなったんだよ……その歳で分からねぇのか?」
情けなく慌て始める盗賊たちに、俺は心底見下した感情を抱く。今まで何度かこういった奴らを捕まえにきたことがあるが、そのほとんどは俺を舐めていた……まあ、俺もこんな子供が来たら油断はするが、せめてステータスを見るなりするのが普通だろうに。
(……神眼で確認はできないがな。)
「……で、殺る気か? そうするなら俺も容赦はしないが……お前らも死にたくは無いだろ?」
「……は、はっ、俺たちを殺すと? テメェみたいなガキが? 笑わせんなっ!」
「…………破壊級を使えるガキを前に、まだそんなこと言ってんのか? 少しくらい考えたらどうだ。」
「知るかっ!! どうせ捕まったところで極刑なんだ、ならお前を殺すほうが100倍生存確率は高いんだよ!!」
(…………逆だろ。)
むしろ、捕まってから抵抗する方が希望はあるだろう……それを考えられる脳もないから盗賊なのだろうが。
「ちっ……おい、お前らが相手しろ!!!」
「ぇ…………」
「『え』じゃねぇんだよ!! ……ったく、せっかく使えると思ったのに、これじゃ無駄金だったな!!」
「仕方ねぇだろ。ただの処理道具なんだ……1回もしなかったのは痛いが、こいつを殺せばまた買えるんだし躊躇すんな!!」
「ぅっ……ぅ………」
(……なんだ………?)
くだらない会話をしている内に、奥の方から何者かが2人蹴り飛ばされ、俺の目の前に現れる。
「………ぁ………」
「…………っ…」
その2人とは……………精霊族と獣人族の弱りきった、小さな少女たちだった。
「………っ……!!!!」
(…………まさか………)
少女たちがどういう存在なのか、その姿を見た瞬間に理解する。また……それと同時に、形容し難い怒りが腹の底から溢れてきた。
「…………この2人は、なんだ。」
「あ? 見たら分かるだろ、『奴隷』だっての。」
「……この2人で、俺を倒せると本気で思ってんのか?」
「いいや……だが使えるもんは使わないと勿体無いだろ? そいつらを盾にお前を嬲り殺す……いい作戦だろう?」
「……………は?」
……本当にそんなことができると思っているのか、こいつらは。
「さぁ奴隷ども、そいつを押さえ込め!! その先に俺たちが攻撃してやる!!!」
「うっかり殺しちまうもしれねぇが、絶対逃げんなよ……お前たちの存在価値はそれだけなんだからなっ!!!」
「ぁ……う、ぁ………!」
「ぃ…………ぁ……!!」
「………………
…………寝てろ。」
向かってくる少女たちを、俺は腕を振り払った風圧だけで吹き飛ばし、戦闘不能にさせる。予想通りというべきか、弱り切った体にはこれだけでも限界だったようだ。
「なっ……おい、立てや早く!!! 何のためにお前たちを……がァっ!!?」
「…………どうした、いい作戦が台無しになってんな。」
ペラペラと口を動かす盗賊の1人に俺は一瞬で近づき、その顔を掴み上げる。
「……『存在価値』が、なんだって?」
「は、離せ、はな………グォあッァぁッ!!!!!?」
「なっ…………!!?」
掴んだ顔についていた口の中に手を突っ込み、そのまま頬を引き裂きながらついでに取れた歯を他の奴らに飛ばす。そして、痛みのショックで動かなくなったそいつを蹴飛ばし……最後の忠告をしてやった。
「……覚悟はできたか、蛆共。」
「ば、バケモン……だぁ…!!!?」
「ク、クソ……てめぇら、こうなったら全員でかかるぞっ!!!!!」
恐怖があったのか、やけくそに盗賊たちは一斉に俺へと向かってきたが…………その一歩が出る前に、俺は魔法を放った。
「……『ユミルの血氷』」
胸に当てた手は、冷たく染まっていた。
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