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十二章 虚と空 (調査隊編)

百四十三話 強さ

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「…………。」
「えっ……うわぁっ!!?」

 フラン=ハートが消えた直後、今度はニイダの方から声が聞こえてくる。俺はその声を探すようにもう一度彼の所を見てみると…………何故か、彼女が棒立ちで背後を取っていた。
 彼女は眠たそうな顔でニイダを煽り? 始める。

「……すぐ、終わらしてもいい?」
「お、終わらせる? 何を急に………がぁっ!!!?」
(なっ…………!!?)

 ニイダが防御姿勢に移るが先に、ハートはその場で中指を親指で押さえつけ……所謂いわゆる『デコピン』の形を取った。そして、その中指を弾いた瞬間…………

「ゆ、指を弾いただけで…………」

 学生の範疇はんちゅうを大きく逸脱いつだつした彼女の力に、俺は驚かざるを得なかった。

 この世界の人間はステータスに従った身体能力や魔法能力を扱うことができ、基本的にステータス以上の動きは魔法や称号の力を使わない限り、どう足掻いても行うことができない。つまり、バフがかかっていないのならばそれがそいつのステータスであり、『力』であるということだ。

 そして今、彼女は指を弾くだけでニイダを吹き飛ばした。これはあくまで感覚的な数値だが、少なくとも動作だけ……しかも指だけで人を突き飛ばすとなると、最低でもステータスの筋力が『300はないと不可能だ。

(あるのか……一学生に、300以上のステータスが……!?)

「くっ、何がどうなって……!?」
「……受け身、取れるんだ。意外とやるね。」

 ニイダは吹き飛ばされたものの、すかさず受け身を取って衝突によるダメージを打ち消す。その切り替えが目に入ったのか、ハートはのんきに感嘆していた。

 まるで、負ける気なんて微塵も……いや、

「それはどうも……なら、こういうのはどうっすか!?」
(……グラウンドウォール、横に並べたか。)

 ニイダは無詠唱で中級魔法の土の壁を一気に横並びに作り出す。それに対しハートは特に焦ることもなく、今度は腕を薙ぎ払い突風を発生させる。とりあえず邪魔な壁を排除するといった行動なのだろうが……おそらく壁はブラフだ。

「目障りだから壊す……それくらい、俺でも読めるっすよ!!」
「……上手く飛んだね。」

 ハートの動きを読んでいたニイダは風にやられる前にその場で飛び上がり、手を光らせていた。おそらくあの魔法を仕掛けるつもりだろう。

「濡らせ、『苦無ノ舊雨』!!!」
「………………」

 新田が唱えた途端、ハートの頭上からクナイの雨が降り注いでくる。それを見た彼女は何故がその場を動こうとせず……そのまま

「えっ……!?」
(……避けないのか…………?)

 苦無ノ舊雨は見た目の割には威力がないものの、初見ならその数の多さにまず避けようと行動する。それにあんな直撃を受ければ何だかんだダメージは大きいはずだが…………あれをまともに受けられるほどの魔力防壁の硬さを持っていると言うことか。

「…………まあまあ、強いね。」

 全ての雨を受け切ったハートは余裕綽々よゆうしゃくしゃくに告げる。また、彼女の魔力防壁は予想通り大した傷を負っておらず、そのことから魔力量も普通の人間よりもかけ離れていることが分かった。
 さすがのニイダもハートの強さに顔を歪ませていたが、構わず追撃の魔法を放とうとしていた。

「まだまだ、こっか………」
「けど、もういいよ。」
「……っ!!??」

 ニイダが言い終わる前に、再びハートの姿がこの場から消えてしまう。そして、現れた場所は…………彼の目の前だった。

(これは、まさか………!!)
「落ちて。」
「なっ……ぐはぁっ!!!?」

 ハートは剣を抜き、ニイダを地面に叩き落とすように振るった。するとニイダは抵抗する暇もなく墜落していき、ほぼ一撃で魔力防壁を壊されていた。

「そこまで! 試合時間31秒、勝者フラン=ハート!」
「ニイダでも手も足も出なかったか……さすが、儂の娘だな。」

 そう言う学院長は一見誇らしげであるものの、どこか陰りのある表情を見せる。しかし、俺はその色の意味を理解できず首を傾げてしまう。
 学院長はそんな俺の様子を見抜いたのか、息を吐いて語り始めた。

「…………あの通り、娘……フランは圧倒的強者だ。他学年の首席たちとは違って…………孤高で、孤独の強者だ。」
「……孤独………?」
「ああ。普通、いくら首席といっても次席以降との差は大して生まれないものだ。実力、成績……どこかでは必ず下が上を優っている部分がある、そうだろ?」
「……それは、そうですね。」

 実際、カリストよりもラナの方が座学では圧倒的に優秀だ。そういったところから、この学院での順位はあくまで目安でしかないが……どうやら彼女の場合は違うようだ。

「だが、フランは『完璧』だ。頭の良さはもちろん、特に戦闘に対する才能と能力が他の3年と比べてかけ離れ過ぎている。おまけに、あのおっとりした性格もあってか……あの子と関わろうとする人は居なくなった。」
「……『住む世界が違う』……そんなところですか。」
「……………ああ。」

 俺の表現に、学院長は渋々同意する。

 努力でのし上がってきた人間は、例え上り詰めた後でも弱者の気持ちを理解しやすい。だが、才能だけで生きてきた人間は、できない人の気持ちを汲み取れない…………極端すぎる話だが、実際十分に起こり得る話だ。
 それに加え、この世界には『ステータス』がある。相手を測る中でこの上なくシンプルで、分かりやすい指標は、目に入れるだけで比べ、並べ、差をつける……まるで、それが全てだと言わんばかりに。



『頼む……生徒たちの『可能性』を広げるためにも、お前の力が必要なんだ。どうかやって見せてはくれないか。』



「あの子の圧倒的な力を見た2、3年は軒並のきなみ諦め、強くなろうとする意思をいでしまった。『フラン=ハートには絶対勝てない・そもそもステータスから勝負にならない』……そう考えているらしいんだ。」
「…………それを、俺にくつがえして欲しい……だから、学院長は一番を目指すよう言ってきたということですか。」
「…………そうなるな。」

 学院長はバツが悪そうに頷く。

(……悪く言えば、この学院の……の状況を変えるためだけに俺を一番に仕立てようとした……おそらく学院長はそう思っているのだろう。)

 今思えば、学院長がどうしてステータス主義の世界を変えたいと考えのか聞いていなかったが……きっと、娘の現状を見て悲しかったのだろう。

 彼も、学院を治める者の前に1人の親だ。もちろん、今の沈み切っているだろう生徒の雰囲気を変えたいと思ってはいるだろうが、それを思い始めたのはやはりフラン=ハートの孤独さからなはず。
 誰とも関わらず、1人で日々を過ごしている彼女の姿は親として、家族として見ていられない……しかし、かと言って強者として確立してしまった自分ではどうしようも無い。だから、俺に頼み込んだ。

「…………利用しようとしていたと思われても仕方ない。お前はあくまで目立たず、この学院を過ごそうとしていたところを、儂は無理矢理目指させた……英雄のくせに情けないよな。」
「………………」
「……だが、もう儂に変えられるようなことじゃないんだ。だから……儂は…………」

 彼は苦渋に満ちた表情を見せる。その姿は学院長でも英雄でもなく……1人の人間である、ガラルス=ハートだった。そして、それは………………




『……それでも、今のミルに俺がどんな言葉をかけても響かないだろう。でも、お前なら……同じ歳で、同じ経験をしたお前なら……ミルを励ますことができると思うんだ。』

…………』

『こんな頼み方はお前に失礼だって分かってる……それでも、今の彼女に1番手を伸ばせるのはウルス…お前なんだ。だから…………頼む。』




「…………俺は……」
「何話してるの、お父さん。」
「…………!?」
「…………おお、フランか。お疲れ様。」

 俺が言葉をかける前に、突如として背後からそんな声が聞こえる。慌てて振り返ると、そこには舞台にいたはずのハートがいつの間にか立っていた。
 ハートは相変わらずのぼんやり顔でこちらを見つめてくる。

「…………仲良いの?」
「……まあ、ちょっと縁があってな。彼とはたまに話をしたりするんだ……それよりフラン、学院で『お父さん』はやめてくれって言ってるだろ? 一応ここでは生徒なんだから。」
「……別に、誰も気にしてない。」

 流石に親子ということもあってか、ハートの声に若干の抑揚があったりするが……それでも、その無関心な目の色は変わりなく冷たいもので、学院長の話を聞いてからはどこか無気力にも感じられた。

「……で、彼とのどうだった? 1年にしては中々強かっただろ?」
「……ちょっとだけ。でも、一緒。」
「…………そうか。」

 ハートの冷淡な感想に、学院長は一瞬暗い表情を見せる。しかしハートにはそれが感じ取れないのか特に気にすることもなく、今度はこちらへと体を向けて見てくる。

「…………なんで、ここにいるの?」
「……ニイダ……あなたのさっきの対戦相手とは知り合いで、たまたま観に来ただけです。学院長ともそこでばったり会ったんですよ。」
「……そう、ところで…………君と…ニイダ? どっちが強いの?」

 不意に、彼女はそんな質問をしてくるが……おそらく、微塵も俺たちの強さなんかに興味はないのだろう。だったら…………


「…………俺ですよ、俺が……。」
「…………そう、確か武闘祭で優勝し……」

「……………………??」

 俺の唐突すぎる言い分に、ハートは首を傾ける。

「…………急に、何?」
「いえ、ただ……あなたが言葉をかけただけです。」
「…………何言ってるの?」

 少しだけ眉をひそめて聞いてきた彼女に、俺は一歩前に踏み出して答える。

「『強いか強くないか』……あなたは今朝もそう聞いてきましたよね、それは何故ですか?」
「…………別に、理由なんてない。」
「……そうですか、でも俺には……とてもそうには見えませんよ。」
「………………だから、何?」


 …………らしくないことをしている自覚はある。そして……こういう人間を、口だけでは変えられないことも。
 

「学院長から話は聞きました、あなたがこの学院で一番強いって……その自負心はあるんですか?」
「…………あるけど、だってみんなし。」
「…………『弱い』とは?」
「そのまま。遅いし、ついて来れないし……勝負にならない。お父さんぐらいじゃないと面白くない……君だって、あるでしょ?」
「………………」

 虚ろな目のまま、何かを求めるかのようにハートは同意を問いてくる。
 
 正直、彼女の言いたいことは分かるし、気持ちも分からないでもない。かけ離れた相手との勝負は一方的で、もはや勝負とは言えない……そんな経験を沢山してきたのだろう。
 だから興味を失い、関わりを捨てた…………『彼女』とは、まるでだ。




『私は、昔からまともに魔法を使えなかった……そのせいで、沢山の人を傷つけてしまった。』

『……だから、暴走しないために……人との関わりを捨てた。』




「そして、私にとって君も同類。いくら自信があっても、結局私には……」
「そんなことを言うために、あなたは人に『強さ』を聞くんですか?」


 …………こんなやり取りは、もう3回目だ。

 1度目はカリストに『先』を、2度目はアーストに『対等』を…………そして今、ハートには……………


「弱いから、強いから………そんな言い訳ばかりして、自分は何かしようとしたんですか? もっと他に、見ないといけない部分は無かったのですか?」
「…………そんなの、どこにもない。」
「なら、人は強さだけで全てが決まっているとでも? 弱い人間はあなたと口も聞けない、勝負もしてはいけない……それを認めたら終わりですよ。」
「………………」

 今回に限っては、彼女だけの問題ではないのかもしれない。
 ただ才能を持ってしまったが故に、他人との関わりを持てなくなった。その環境に実際抗ったのかどうかは知らないが……少なくとも今の彼女はそれを諦め、人を測る物差しを『強さ』だけにしてしまった。

(……ソレしかなかったのかもしれない。だが……駄目なんだ。)



『私は、人を傷つける…私が、傷つけたくなくても…そうなる……から、私は…わたし、はっ……!』



 例え、成り立ちや想いが違っていたとしても、行き着く未来孤独が同じなのは…………納得できない。してはいけないんだ。
 

「『強い』だけが人の、あなたの全てじゃない……いつかそれを伝えてみせます、ハートさん。」
「…………ウルス……」
「…………………」

 俺の言葉にハートは首を縦や真横にも振らず、ただ無気力な態度でその場にたたずんでいた。
 その目に映る光は傲慢でも怠惰でもなく…………虚でしかなかった。

「…………よく分からないけど、要は私に勝てるってこと?」
「……のなら、その認識でいいです。あなたの測りでは敗者の言葉は戯言ざれごとだと思うので。」
「…………そう、まあ……何でもいいよ。」

 とぼけているのか隠しているのかは知らないが、ハートはあくまで無表情で無関心に俺の横を通り過ぎる。そして……通路の奥で一度立ち止まり、その虚な目でこちらを見た。



「無駄だと思うけど、頑張って。」

「…………無駄な心配ですよ。」


 彼女は動じることなく、今度こそ何処かへと去って行った。また、それと入れ替わるようにニイダがこちらへと向かってきた。

「……ん? 2人とも何でここにいるんすか?」
「……いや、何でもない。帰るぞニイダ。」
「え、あ、はい……というか試合見てたっすよねっ、あの人めちゃくちゃ強くなかったっすか!? 確か学院長の娘さんで3年の首席、そしてあの『強さ』……流石のウルスさんもあの人には…………」

「………………えっ??」
「………………」


 …………俺にとって、彼女は弱く感じる。それは…………




「強くあろうとしていない………そんな人間が、強いわけがないんだ。」







『だから俺は…………今日も、最強を目指す。』




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