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十一章 束の間

百三十一話 あの姿

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(…………来た。)

 少し肌寒くなった、枯れ葉の散る秋の夜。俺は外にポツンと置いてあるベンチに座り……を待っていた。
 そして、そんな彼女の魔力を感じ取った俺は、深く息を吐く。


(……手が……震える。)

 寒さ……ではない。緊張か、恐れているのか……少なくとも良い感情では無いことは確かだ。
 
 何を言えばいいのか、どこから話せばいいのか、考えてもすぐにバラバラになってしまう。それほどに俺はこの状況が訪れることを…………


「…………違うだろ。」

 ……ここで逃げてしまえば、もう一生俺は彼女に目を合わせられない。
 嘘をついて誤魔化して、問われても知らないふりをして……これ以上はもう、有り得ないだろ。





「…………寒くなってきたね。つい最近まで暑かったのに……季節って不思議だよ。」
「…………ああ……」

 何度も耳にした足音のリズムに、俺は顔を上げる。すると、そこにはどこか困り顔をしたラナの姿があった。
 俺はそんな表情をするラナに胸が痛くなりながらも、ベンチから立って正面から向き合った。




「………………。」


 彼女の愛称を、今度はしっかり口にする。



「…………なに、?」


 そして、彼女もはっきりとその名を呼んでくれる。


「……………今まで……その、俺は…………」

「………うん。」

「…………ずっと、気づいてた、けど……言えなかった。」

「……………うん。」

「信じてくれないと……思ってて、黙っていた。ラナにとって、俺はもう……居ない存在だと思ってたから。」


 ポツポツと情けなく独白する俺に、ラナはただ頷くだけだった。そんな沈黙がさらに俺を苦しめたが……止まることだけはできなかった。


「死んだと思ってた奴が目の前に現れるなんて……俺でも、信じられない。だから、それならいっそ……って……」

「………………」

「……でも、もうそれは……みんなのためにも、できないって感じて…………だから、俺は…………」

「……………。」

「…………















 ……………本当にすまなかった、ラナ。」



 深く、下げた。これ以上言葉を並べたところで、もはや何の意味もないと感じたから。


(……………苛立ちは……少なからずあるだろう。)


 いくら俺のことを思ってくれていた……としても、こんな辿々たどたどしい言葉を聞くために彼女はここに来たわけじゃない。何かのためとか、誰かのためとか……もっともらしい理由があると思ってきっと、俺の前に現れたはずだ。

 だが、結果はただの自己中心的な言い訳。こっちの一方的な思い込みで、向こう側の気持ちを全く考えていない、最低な………………










「…………ウルくん、私……怒ってないよ。」

「……………ぇ……?」


 予想外の感情に、俺はつい顔を上げてしまう。そして、この目に映ったライナ彼女の顔は……………あの日まで確かに存在していた、ラナ幼馴染のものだった。


「確かに、ちょっとだけ不安だった。なんで言ってくれなかったんだろうって、嫌われたのかなって……ほんのちょっとだけ思ったよ。」

「っ……………」

「…………でも、違うって、あの日……みんなに話してくれたときに気づいたよ。それで…………」

「…………ラ、ラナ………?」




 肌寒い彼女の体が、俺の胸にくっつく。そしてその頼りない腕は俺を抱き込み、力一杯に……しかし、それでいて優しく温もりを与えてきた。


「…………やっと…………やっと……やっと、頑張って良かったって……今日まで、生きて…きて……よかったって……!!」

「……………!」

「また、あえたってっ……わたし……うれしくてぇ………ウルくんに、またぁ………!!!」


 涙を流しながら、ラナの俺の顔を見る。



 その顔に…………悲しみは、見えなかった。



「…………俺も、嬉しかったよ。ラナがここまで強くなって……頑張ってるって知れて。」

「そんなあ、こと……わたし、まだまだっ、全然でぇっ……ウルくんにずっと、助けてもらって…ばっかりぃ……!!」

「そんなことない、俺だって何度もラナに助けてもらったことがある。朝起きるのが苦手だった俺を起こしにきてくれたり……俺のそばでずっと特訓に付き合ってくれたり…………」

「む、むかしのはなしっ……いまじゃあ、もうなにも……」

「ここでだって、一緒だ。ミルの友達になってくれたり、本気で心配してくれたり……俺はそれだけで十分、救われてたんだ。だから…………、ラナ。」

「………っ……!!!」


 透き通るほどに綺麗な金色の髪を、優しく撫でる。その感触は在りし日と全く変わらない……撫で心地のいい、ふんわりとしたものだった。



「…………まだ、言えてなかったな………『おかえり、ラナ。』」

「う、うぅっ…………ひっく……た、『ただいま、ウルくん』………!!!」






『いってらっしゃい、ラナ!』


『お土産、楽しみにしててね……ウルくん!!!』














ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



















「……ウルくんって、昔は暑い方が好きだったよね。『寒いと体が動かない!』って。」
「……そんなこと言ってたか?」
「そうだよー、でもミルに聞かれたときは寒い方がいいって言ってたよね。」
「……ああ、夏か冬かの。寒さなら体の魔力を操作するだけでいいが、暑さは一々服に魔法をかけないとしのげないからな。体温を下げるのは意外と難しいんだ。」
「へぇ~そんなことできるんだ、さすがウルくん!」


 
 泣きじゃくるラナの頭をしばらく撫でた、その後。しばらくして泣き止んだ彼女が『色々話したい』と言われたので、再びベンチに座って他愛もないことを話し合っていた。

「…………ラナって、そんな感じだったか?」
「? なんの話?」
「いや……もっとしっかりしてるというか……学院で過ごしてる時はもっとピリッとして気がするが、何か緩くなってないか?」
「えぇ~そうかなぁ? 確かに学院じゃ少しだけ気を張ってるけど、ミルと話すときは大体こんな感じだよー?」
(…………自覚がないのか……)

 今のラナは明らかにふにゃふにゃしており、とても普段見ている彼女とは思えないほどに気が緩んでいた。それほど信頼されている証拠といえば聞こえはいいが……ギャップがすごいな。

「でも、ウルくんは逆に変わってないよね。雰囲気とかは昔と全く一緒だよ。」
「……そうか? 正直……昔とは別人になったと思っているが。」
「そんなことないよ! ウルくんは昔からずっと優しいじゃん!!」
「…………優しい、か。」



『場合にもよるっすけどね。でも普通、人が人に優しくするのは相手のためなんかじゃない、自分のためっすよ……それはウルスさん1番分かってるでしょ。』



「……ラナは、俺が優しいって……思ってるのか?」
「? もちろんだよ?」
「…………どういうところが……って、聞いてもいいか?」
「え、えぇ? 急だね、そう言われると恥ずかしいなぁ……」

 ラナはそう言って頭を掻きながらはにかむ。しかし俺の表情を見たからなのか、すぐに真剣な顔になって答えてくれた。

「そうだね。いくらでもあるけど……やっぱり、その人の支えになってくれるところ…かな。」
「…………支え?」
「……村が無くなってすぐの頃の私は、ずっと塞ぎ込んでて……村のみんなのことも辛かったけど、やっぱりウルくんがいなくなったことが私にとっては一番だった。『もう駄目だ、一生私は……』って、泣いてばっかりだったよ。」
(………………)

 酷くも、その姿はあまりにも容易に想像できてしまい、俺は何も言えなくなってしまう。

 俺とは違い、彼女にとってあの記憶はいましめでも後悔でもなく、と呼ぶことしかできなかった。
 『運が良かった』……そんな吐き捨てたくなるようなものに救われ、何も知ることなく全てが消えた。自分に何かできたできない以前に、そもそも事にという事実は、ある意味俺なんかよりも苦しかったはずだ。


「それで、しばらくして………何をするにも気が入らなくなってたある日、ふと思ったんだ。私のこの号は何のために付いたんだろうって。」
「……『隠れた才能』のことか。」

 ラナには今、この称号が付いている。これは所有者の能力の成長速度を少しだけ上げるといった、効果自体は俺の『記憶維持者』と似ている物であり、後天的に発現しやすい称号だ。
 また、こういった能力上昇系称号は比較的珍しい部類に含まれており、特に『隠れた才能』を持つ者は前提として戦いの才能があるとも言われている。

「……私はその日まで自分を鍛えたことも無かったし、強くなる方法も分からなかった。それで……ウルくんが昔、毎日やってた魔法の特訓から始めたんだ。」
「……俺の?」
「うん。今思えばもっと良いやり方もあったし、わざわざウルくんの真似をする必要なんて無かったけど……やっぱり、私にとってのはウルくんだったんだ。」
「………………」
「……話が逸れちゃったけど、やっぱりそういう所なんだと思うよ。私だけじゃない、ミルやみんなもきっとウルくんが支えてくれるから何かをしようって頑張れるんだよ。特に……とか。」

 ラナは当然と言わんばかりにそう告げる。

「ウルくんのは、他人事って感じがしないんだ。『優しい人間でありたいから、人に優しくしたいから』とかじゃなくて、本当に救いたいモノへ全てを注いでるような……そんな重みを感じる。」
「……俺の言葉なんかに、重みなんかない。ただ言わなくちゃいけないことを話してるだけだ。」
「そういうところ。って意味を持たせようと思っても案外難しいんだよ? 長年の経験とか……例えば、私がウルくんに勝負のことを必死に教えたって響かないように、重さってのは持たせようとすればするほど薄くなる。もしウルくんがそんなことを考えてないなら……ウルくんのはそれほど自然に心に響くってことだと思うよ?」
「こ、心………」

 大袈裟な言い方に、俺はつい苦い顔をしてしまう。流石にただ適当に物を言ったりした覚えはないが……いくらなんでも持ち上げすぎだ。


(……そんなに、俺は何かを成せているのか?)


 何もしていない……なんて言わない。誰かの人生に手を伸ばしたり、引っ張ったりしている自覚は……ある。が、それがとても人の心を変えられているとは、思えない。

「…………言い過ぎだ。」

 アーストがいい例だ。彼のことを俺は結局何も変えられず、デュオに利用されるような憎しみを生ませてしまった。
 彼のせい……と言えばそれはそれで正しいだろうし、誰も俺のせいだなんて思っている人間はいないのかもしれない。だが、それでも俺は…………


「俺は……まだまだ青い。誰かの支えになれるほど強くないし、人の気持ちもちゃんと理解できない。ラナが思っているほど、万能じゃないんだ。」
「…………そう、かな。私はウルくんのこと……凄い人だって、昔から思ってるよ?」
「いいや……俺は……………」
「……もうっ、もっと自信を持ってよウルくん!! 少なくとも絶対、私はそう思ってるんだから!」

 俺の態度が気に入らなかったのか、ラナは俺の顔を掴んで無理やり自分の方へと向けさせた。


「ウルくんがどれだけ否定しても、私は肯定する。だって……ウルくんと居るだけで私は満たされてるんだよ? そばに居てくれるで嬉しい人なんて、私は君以外知らないっ。」
「……………!」
「私にとってのウルくんは、それくらい大切な人……これでも私の、誰かの支えになってないって言うの?」


 反論の余地も許さない、彼女の強い言葉に俺は声を詰まらせてしまう。







『……………見なければ、よかった。』




 入学式でラナの経緯けいいを知るため、俺は神眼で彼女のことを見たが……最後まで読む度胸は、俺にはとても無かった。
 
 怖かったからだ。彼女が何を思ってこの学院に来たのか、どうやってあの日から生きてきたのか……彼女のことを忘れてしまっていた俺にとってそれを知ることは、あまりにも耐えられなかった。『大切な幼馴染が……』という言葉を見た時には、胸が張り裂けてしまいそうだった。

 時が経てば経つほど、俺の中に生まれる罪悪感は増し……ついには無かったことにさえしてしまおうと考えたりもした。それほどに、合わせる顔がなかったから。


(……いつから、こんなに自信をなくしてしまっていたのだろう。)


 決意を固めた時は、もっと素直で迷いがなかったはずだ。二度失った事実はあまりにもショックで受け止められなくて…………きっと、頭が追いついていなかったんだ。

 しかし、時が流れていく中で色んな人の気持ちを知って、1人だけの世界じゃなくなって……考える余裕ができてしまった。そして、その余裕が俺の視野を広げ、今まで見ないふりをしていたものを無視できないようにしていった。


「…………なれてるのか、俺が……?」
「もちろん、私だけじゃないよ! みんなウルくんが居てくれるから頑張れるし、強くなってる……それこそ『胸を張ってくれ』ってやつだよ!」
「ラ、ラナ……………」

 さっき言った言葉が自分に返ってき、俺はつい目を逸らしてしまう。そんな俺を見てか、ラナは頬を膨らましながら流さないよう顔をより近づけてきた。

「ウルくん、分かってくれた?」
「…………あ、ああ……」
「ほんとーに~?」
「わ、分かったから……というか近いぞ、ラナ……!」
「…………えっ、あ、ご、ごめんついっ!!」

 伝えることに必死だったラナは、俺の指摘に顔を真っ赤にして距離を取った。そんな彼女を見て俺も何だか気恥ずかしくなり、顔を伏せてしまう……ここまで彼女に詰められたのは初めてかもしれないな。

「……あはは、ちょっと熱くなっちゃったけど……それくらい、私もウルくんに自信を持って欲しんだよ?」
「…………そうだな、俺も……。」


 ……ラナとの会話でまた弱気になってしまっていたが…………もう、俺という人間を隠す必要は無くなったんだ。これ以上くよくよしていたら悠に怒られてしまうな。

「…………そろそろ帰るよ、これ以上いたら風邪を引いてしまうかもしれないしな。」
「えぇー……もっと色々話そうよ?」
「ラナ、そんなに焦るな……俺はにいるんだ、明日でも明後日でもたくさん話せる。ほら、ラナも。」
「むぅ………」
(……子どもみたいだな。)

 まだまだ話し足りてないのか、不満そうにただをこねるラナを部屋に帰るよう促す。そして、渋々立ち上がったラナは何を思ってか、唐突に笑みを漏らした。

「……どうした?」
「……懐かしいなって思って。昔もよくこうやって私がわがまま言って、ウルくんがなだめてくれてたよね。」
「……そうだったな、懐かしい。」
「うん……でも、今日からまた同じことができるだね。嬉しいなぁ……」
「おい、毎回ただをこねるのか? それは勘弁してくれ……」
「ふふっ、冗談だよ。」

 俺をからかうラナは満遍の笑みでそう言う。そんな彼女に呆れながらも、俺もつい笑ってしまった。



「…………じゃあ、また明日。おやすみラナ。」


 先にラナが帰るのを見届けるため、俺はその場で小さく手を振った。


 何気なく振った、その手。返ってくるのは…………












「『うん、ばいばいウルくん!!』」







 あの姿あの日だった。




「…………………………あぁ」



 曇り模様の空を見上げ、息を漏らす。秋も中盤を過ぎた空は乾燥からか、所々雲の隙間から垣間見える星がぼやけながらもキラキラと映っていた。


(…………綺麗だ。)


 何度も見た星たちを、俺は溢さないように焼きつけた。


 
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